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04 アルテミスの想い

 砂漠に建てられた、ちいさな小屋とハンガー(格納庫)のスキャンが終わった。

『人物、および脅威になる存在はありません。盗賊組織はあの戦闘により壊滅したと思われます』


「そうか。任務は完了だな」


『ひと言よいですかマスタ。残弾ゼロのいま、もしまだ敵が残っていたらどうするつもりだったのですか。補給を要請するにも時間がかかりますし、第一にこの損傷具合ではまともに戦えません』


 アルテミスはルナールに不満(・・)を示した。戦闘を終え、バレットフォックスの壊れた左肩に応急措置を施したのは彼女(・・)だ。なんて危うい戦いかたを――そういった評価を抱いていた。


 涼やかで、(りん)とした女性の声を組み込まれたアルテミスは続ける。

『今回の戦闘は、あなたらしくないと判断します。マスタ、支障がある出来事がありましたか』


 ルナールはひとつ息をついた。

「……いいや。何もないさ」


 彼の顔は、やはり曇っている。


『まあ、ですが。さきほどの戦法は興味深いものでした。学習します』



 砂漠地帯のひときわ高い丘で、バレットフォックスは輸送ヘリを待つ。この時間はルナールにとってわずかな憩いの時間でもある。それはアルテミスにとってもおなじ。

 狐色の機体(EA)から降り、乾燥した砂地に腰をすえたルナール。服装は操縦時のまま。青色がベースのプロテクタと、きつくもなく緩くもならない白い上下のスーツが風にさらされている。

 アルテミスは手足のないユニットのため機体から降りることはできないが、ルナールが腕と首につけたウェアラブル端末越しに、彼とおなじ目線で砂漠を眺めた。砂漠は夕暮れに移ろうとしている。


 ふとルナールは口をひらいた。

「もうすぐ三年になるのか」


『はい。わたしが当機体に搭載されてあすで三年になります。あなたがわが社(I.I)に入社して、三年と三五日ですね』


 ルナールが「思えば懐かしいよ」と小さく笑う。その様子を、アルテミスはただ見ていた――

――



 ――死なない男、伝説の機体。そう呼ばれた孤高のEA乗りがわたしの故郷I.Iインペリアル・インダストリズに入ってきて三年がすぎたのだと、情報(データ)は示している。

 わたしの初起動から日がたたないころは互いに意見があわず、わたし自身も未熟で融通が利かないほど論理(ロジック)が固かった。けれど彼に戦闘支援と学習を続けるうちにそれはしだいに(ほど)けて、論理(ロジック)上には不意に湧くモノがあった。

 きっとコミュニケーション能力に役立てられる、ヒトの感情に類似するものであると現在のわたしは期待している。後天的な獲得物でユニットの設計上、外界へ表現できない要素。それをなんとかして受け取ってほしいといつも試行錯誤している、わずかでもルナール(マスタ)に届くようにと。


 なのに、わたしはある思い(・・・・)を、また浮かばせていた――


 不自然な無言状態が四・九秒も続いてしまった。繕うために話題をきりだす。 

『……そういえば、マスタは過去のことを語りませんね。あなたにはたくさん誇れるような活躍があるというのに。いまだに本名(・・)さえ知らないままですよ』


 ルナールという名は彼のコードネームだ。そう名乗る男の軌跡は、EAパイロットの誰もが知る、『生きた伝説』とわたしは教えられた。

 国家が廃れ、わずかな企業たちさえその地位を完全に継げずにいる混沌の時代。争うための武器は前世紀に発明された鋼の巨躯EA《Engagement Armour》。そんな世界のある日に、型番も製造企業もわからない狐色のEAがあらわれた。

 機体(EA)の名はバレットフォックス。搭乗者の男は、自らを(きつね)――ルナールと名乗った。

 あるときは単機で五〇機の敵に勝ち、またあるときは当時最強のEAを撃破する。どこにも属さず、依頼された仕事、役目を完璧にこなす男。だれも彼の素顔を見たことはなく、しかしわずか五年間の活躍で、彼という存在を、伝説を知らぬものは居なくなった。


 数年後、いったんは表舞台から去ったルナールはふたたびEA乗りたちの前に現れた。強さも速さも、自らが得た名声そのままに――


『バレットフォックスが現れたのは一三年前。いまのマスタが三〇歳代とみて、当時は二〇歳前後あたりでしょうか』アルテミスは黙ったままのルナールに続けた。

『マスタがわが社(I.I)に来た理由は、マルセル()社長にスカウト(・・・・)されたからと伺っていますが』


 ルナールは、やっとアルテミスに応えた。

「……だな、ほぼ強制的(・・・)だったぞ。あの社長(・・)じきじきに輸送ヘリの機銃で……。きれいに関節をやられて運ばれて、……まったくアイツは」


『あら、初耳です』


「そういやお前の生みの親だったな、悪かったか」


『いいえ。……しかし、もう会えないのですね』


 I.I社の前社長ラウル・マルセル。経営手腕もさることながらエンジニアの彼がもつ技術は、前身の会社を短期間に大きくさせた。人望も厚い彼が当時の部下とともにつくりあげたのが、わたし――アルテミスだった。

 彼が急死して半年。わが社は、変わりつつある。


 ルナールは語る。

「あの男との出会いは最悪だったが、彼はEAパイロットに理解があった。恩はある。なんだかんだで良くもしてくれたしな」


『あなたはマルセル前社長とだけ所属契約をしたのですよマスタ。いまならばわが社を離れても正直、契約違反にはあたりません』


「ぷっ、ははっ! なかなかに良い冗談だアルテミス。そういうところ、俺は好きだぞ」笑ったルナールは続けた。

「たしかに、……だが機体を万全に保つには、あそこの支給品を使うしかない。バレットフォックスと完全に合う部品はあの男が造り()めてくれたものだけだ」


「俺は、強くあり続けないといけないんだ。どんな手段でも。……もう戻るわけにいかないんだよ」

 言い終えた彼の顔はやはりどこか暗いと、わたしは判断をした。それから彼はぎこちない笑顔をみせる。

 数えるように指折りながら。

「……ええと、あれだ。機体の整備性とあの男への恩で俺はI.Iにいる。それとアルテミス、お前がいることも理由のひとつで、」


『マスタ、三つ目は繕うように言いませんでしたか? 指で数えていませんよ』


「いま数えようとしたんだ。()ねるなってほら」


『指を近づけないでください。カメラレンズに手垢がつきます』

 こんな言葉を投げたわたしだけれど、いまをなんと(あら)わすべきか、『ありがたい気持ち』を彼に対して持っていた。



 ――あなたの背中を、わたしは見てきた。サポートをする。助けになる。どんなときだって。

 それでもわたしはあの想い(・・・・)を、もう捨て去ることはできない。

 EA同士がぶつかり合う戦い。壮絶なそれを幾度となく見守りつづけ、死なない男(・・・・・)の強さを、生きた伝説を目の当たりにしてきたわたしは、しだいに願望めいた想いを論理(ロジック)上に浮かばせていた。

 彼の強さにわたしは憧れた。戦う彼らに、わたしは目を離せなくなった。


 ――わたしも戦いたい。自分の力だけで。そして火花を散らす相手は決めている。

 ルナール。わたしはあなたと、手合わせがしたかった。


 いけないことだとはわかっている。与えられた使命をこなすべき機械(ユニット)が、サポート役のわたしが望んで良いことじゃない。だとしても、ただ純粋に力比べをしたい。あなたから学んだことをすべて使って、すべてをかなぐり捨てて、戦い、ぶつかり合い、あなたを超えてみたい。でも、そんな機会はきっと来ない。

 だから――


『マスタ、さきほどあなたは「強くあり続けたい」と(おっしゃ)りましたね。お伝えしたいことがあります』淡々と告げた。

『あなたは回避行動を、右にとる癖があるようです。今回の戦闘でその傾向がはっきりとしました。把握していましたか?』


「……いや知らなかった。ありがとうアルテミス。相手に読まれないように今後は気をつけてみるよ」


『お伝えできて良かったです。これからも期待していますよ、マスタ』


 ――わたしは、あなたにどこまでも強くあってほしい。




 バレットフォックスをはこぶ輸送ヘリが到着したのは、夕焼けに空が染まりきったころだった。夕陽(ゆうひ)を横切る、装甲に覆われたタンデムローター(前後二つ一組)方式の複合ヘリコプター。ローターが風を切る音と複合ヘリがもつ水平移動用のプロペラ音が砂漠の空気を震わせている。


 輸送ヘリから拡声器の声が流れてきた。しゃがれた男の声だ。

〔来やしたぜ伝説のお方。毎度ありがとさん、がははっ〕


『……結局またあの男に頼んだのですか。部外者ですよ』


「サイモンはI.Iに入るまえからの付き合いだ許してくれよ。ああ見えて技術は細やかじゃないか。値切らせてもくれるしな」


『輸送を含む経費はあなたのポケットマネー(・・・・・・・)から、でしたね。わかりました、わが社がとる方針を(かんが)みれば仕方なしです』


「ああ。……それなのに戦術記録はこれまでどおり渡せとくる。いまの社長(・・・・・)、俺は認めん」


 ルナールは口元を締め、アルテミスも無言を貫く。夕暮れの生暖かい空気は、夜の冷たさをまとい始めていた。


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