03 復讐
『レーダーにあらたな機影を確認……攻撃きます、回避を』
ルナールはアルテミスのひと言に機体を急後退させる。つぎの瞬間、盗賊の七〇二式へ黒い塊が撃ち込まれ、爆炎が広がった。それは一発の砲弾だった。
〔……遅い反応だなルナール。企業に飼われて腕が落ちたか?〕
砂塵がバレットフォックスを包み込んでいる。視界がひらけたとき、そこには撃ってきた相手の姿があった。
黒い機体の七〇二式ベース。だが先ほどの盗賊たちとは装備がまるで違う。両腕の大きな機銃もさることながら右肩からは長い砲身が伸びており、背中に大きなミサイルパックがふたつ。左腕は並列二枚刃のチェーンソーに似た武器を装着し、紫色のプラズマ炎が不穏な低音にあわせ刃から断続的に噴き出ている。装甲も推進器もふくめ、ひと目わかるほどにさきほどの六機よりも強化されたものだった。紫に光る細目のようなカメラアイがルナールを見据えていた。
『あの機体、同胞を巻き添えに攻撃をおこなったようです』
「そのようだ」
傍受する音声の主は、ルナールに呼びかを続けた。
〔声は聞こえているはずだ。……ルナール、待ちわびたぞこのときを〕声は低く、よりいっそう殺気に満ちたものになる。
〔貴様を殺す。あの日、堕ちた俺はそのためだけに生き延びた。屈辱を晴らすためにだ。……どうした応えろ!〕
『マスタ、お知り合いですか?』
ルナールはアルテミスの問いに考え込む。沈黙がすぎ、口をひらいた。
「すまん。憶えていないんだが」
『……。ここの音声通信を暗号化しておいて良かったです』
〔何も応えんのか。忘れたとは言わせないぞ! あの恨み……、一二年前に貴様が『伝説の男』と呼ばれはじめたころ、貴様は俺を倒した〕
「一二年前。……じゅうに年、まえ」
『どうかされましたか』
「いや、……大丈夫だ」
アルテミスはルナールの様子をコックピット内のカメラで見ている。彼がうかべる表情に普段と違う何かを認めつつ、アルテミスは情報提供を優先した。
『敵パイロットの声紋はデータベースと照合済みです。声の主はベルトランド・モンティーノ。EAを用いた犯罪者集団のリーダーとして手配されています。しかしながら彼の組織は一二年前に壊滅しているようです』ルナールの目の前に顔写真が表示される。
『当盗賊のリーダーは彼で間違いないでしょう。仲間を巻き添えにするような危険人物です。注意してください』
ルナールがうなずき、バレットフォックスは構えの姿勢をとる。アルテミスがそれに応える。
『戦闘支援を開始します。敵目標、強化型七〇二式EA――』
〔言わぬが戦うと……。ならば始めようか!〕
七〇二式の右肩の砲身がルナールへ火を噴いた。狐色の機体は砲弾を避けながら後ろに距離をとる。電磁砲を撃ち込む。
『自機の残弾および蓄積ダメージを考慮した戦闘を』
「わかっている」
と、
『敵目標、上空にミサイル発射。飛翔体の直径からみて多弾頭ミサイルです。五つに分離します』
「アルテミス、……何発出た」
『五発、ですね』
「……まずい!!」
空中でミサイルの弾頭が分裂した。あわせて二五発分の軌跡が、バレットフォックスめがけ落ちはじめる。
狐色の機体は推進器の炎を最大にして右へと疾走する。迫りくるミサイルを直撃すれすれで避けるたびに、後方から爆発の衝撃と破片がコックピットを揺らす。
『電磁シールド、減衰三五パーセント。ダメージ、小程度』
回避を終えたすぐ、あらたなミサイルが射出された。
「くっ! どれだけあるんだ」
『ポッドの大きさから最低あと二〇発は』
「……避けるだけでは駄目か」
七〇二式に突撃銃の弾を叩き込む。電磁砲の攻撃も加えながら、来たるミサイルと機銃の弾を左右に躱わし、スラロームの動きで黒い機体に近づいていく。
『推進器および機体の温度が上昇。冷却装置フルパワー』
『左手突撃銃の残弾なし。破棄します。左腕電磁砲、残弾二〇パーセント。右腕も四〇パーセント。……大丈夫ですかマスタ、無駄撃ちが多いです』
「……なんとかする、大丈夫だ。落ち着け……想像しろ、想像しろ」
『マスタ……?』
〔どうしたルナール。鈍いぞ!〕
七〇二式の音声が聞こえたすぐ、ルナールの真正面に避け切れなかった一発のミサイルが迫ってきた。とっさに高周波ブレードをミサイルにあてがい刃をひねる。弾頭はふたつに分かれ、ぎりぎりの角度でうしろへと流れる。
しかしそこに七〇二式の砲弾が飛び込んできた。重い一発がバレットフォックスの右胸部に直撃、爆発する。
『電磁シールドの減衰八九パーセント。機体の損傷箇所を確認。ダメージ中程度以上』
無言のままルナールは相手の砲身に電磁砲を放つ。三発の連射に相手の砲は崩壊した。
七〇二式が推進器の力で浮きあがる。ルナールも砂漠の大地から浮く。たがいが空中でミサイルと機銃、電磁砲のやり取りを続けるうち、七〇二式が急接近する。左腕にもつ二枚刃のプラズマチェーンソー、振り下ろされるそれをルナールの高周波ブレードが食い止める。
紫色のプラズマは刃の上を走り、受けるブレードの接触部が赤く焼けていく。七〇二式の腕に力が増していく。急激に、まるで怒りを流し込むように。
プラズマの炎がバレットフォックスの左肩に触れ、火花がはじけ飛んだ。
『左肩、および左腕部の装甲破損を確認。ダメージ甚大。これ以上は機体が持ちません、……マスタ』
「……っ!」
機体のミサイル全弾を一斉に放つルナール。回り込んだ鉄の火矢たちは七〇二式の背中と脇腹に着弾する。ルナールは相手の動きが鈍った隙をつき右うしろへ退避、砂漠に降りた。猛攻から逃れたあとも、腕の火花がとまらない狐色の伝説の機体。
ルナールの息は震え、しかしそれはしだいに収まっていく。
ちいさな、だがしっかりとした言葉を彼は吐いた。
「絶対に、倒す」
砂漠に足をつけた七〇二式に、バレットフォックスは速度いっぱいに迫る。押し寄せた機銃の隙間を抜けたルナールは、砂漠の大地に電磁砲を撃ち込んだ。
砂塵が大きく舞いあがり、狐色の機影が霞む。途端に七〇二式へ超高速の砲弾が襲う。ルナールが進む方向や逆方向、あらゆる場所で砂塵が舞い散るなかで、七〇二式の装甲は剥がれ落ちていく。
『左腕電磁砲、残弾なし。破棄します。右腕電磁砲の残弾わずか』
『音声通信の暗号化システムに異常。以後の会話は傍受される可能性があります』
七〇二式の背中側へルナールは電磁砲を叩く。ミサイルポッドが砂漠に落ちる。
速度を維持しながらルナールの機体は七〇二式の前方へ回り込んでいく。右腕の電磁砲で砂の大地を巻きあげながら。
『……右腕電磁砲、残弾なし』
ルナールが機体を止めたとき、砂漠地帯は砂塵に覆われていた。
七〇二式のパイロットは、その景色に嘲笑した。
〔さすがは狡賢い狐を名乗る男だ。相変わらずの卑怯者か!〕プラズマチェーンソーを構える。
〔決着をつけよう。来い〕
流れる風と、砂が降りそそぐ音が静かにその場を漂っている。
重い音が響いた。その瞬間、七〇二式の前方に大きな影が迫る――プラズマチェーンソーの刃が貫いた。
〔討った! ……なに?〕
砂塵が晴れていきパイロットは理解する。自らの刃で貫いたものは、狐色の機体が破棄、投げ捨てた右腕の電磁砲だった。
右側から迫る赤いカメラアイが見えたとき、七〇二式の脇腹は、バレットフォックスのブレードに突き抜かれていた。
「……そうだ、俺は卑怯者だ。もう変えることもできない。するつもりもない」
高周波ブレードが引き抜かれ、バレットフォックスは備えるために距離をとった。
七〇二式の機体が、しだいに火花と高温をまといだす。
〔聞こえたぞ……やっと聞こえた〕ノイズまじりの音声が届く。
〔ルナール、その声……。……きさま、いったい〕
七〇二式からの音声が途切れ、火花に包まれた機体は大爆発を起こした。衝撃波で砂漠を揺らしながら。
『敵目標――強化型七〇二式EAの撃破を確認。戦術記録用の録画を停止。お疲れさまですマスタ。……マスタ?』
アルテミスはルナールを見た。彼は静かに爆炎を見据えたまま、唇を噛んでいた。