02 狐色の機体
――二〇分前。
黄に近いオレンジ色の機体――EA《Engagement Armour》、バレットフォックスは目的地に降り立った。狐の鼻先のようにとがった胸部をもつ、一八メートルの先鋭なフォルムが砂まじりの風にさらされている。頭部が左右を見やり、板金鎧の覗き窓に似たスリット状のカメラアイが赤くゆらめいた。
『では、作戦の概要を再度お伝えします』アルテミスがルナールに言った。
『現在地はアル連邦国跡地、首都跡のディーです。ここに一年ほど前から、小規模ながら盗賊組織の拠点が置かれていることが判明しました。当地域の安全保障も担うわがインペリアル・インダストリズ《I.I》にとってこの盗賊組織は排除対象です。すべての盗賊を無力化、処理してください』
「ああ、分かっている」
『そうですね。――わが社にとって邪魔だから潰せ――のほうが簡潔でよかったかもしれません』
「……お前、ときどき苛烈なことを言うよな」
アルテミス――狩りの女神の名を冠する戦闘支援自律ユニットは『一種の冗談です』とルナールに返した。
『情報によると盗賊組織のEAはヒウガ社製七〇二式ベース。型落ちですがカスタマイズを繰り返しており性能はもはや別物になります、ご注意を。また彼らの正確な人数も不明です』
「了解した。戦況に応じて動くとする。……今回も殺しの依頼だ、何も変わらないさ」
――
――
推進器の炎柱を胴体部から吹きだしながら、狐色の巨躯は砂漠をなめるように前進する。ルナールは迫りつつあるEAたちを肉眼で目視した。
バレットフォックスとおなじ二脚の機体、七〇二式ベースのとげとげした細身な六機は、砂漠の淡いベージュ色に良く映える黒色だった。先頭の一機を中心に楔形の隊形で突き進んでくる。(ルナール側から見て)右翼側は二機、左翼側は三機。
突如、盗賊たちの右翼側が腕部の機銃を掃射しはじめた。有効範囲に程遠い距離だが、右から左への弾幕にバレットフォックスは左に移動した。
傍受する無線が聞こえる。
〔全機、隊形をロメオに展開! 油断も狼狽えもするな、俺たちの錬度を見せつけろ〕
盗賊たちの〔おう!〕という叫びとともにEAたちの隊形が変わる。
「これは……」
隊形は、ほぼ斜め一列になった。
『目標群、突撃隊形からエシュロン隊形に展開を確認。斜行方向はわたしたちから見て左側。さきほどのは陽動ですか』アルテミスは続けた。
『左翼側EAの速度増加。おそらくは、ゆるやかな凹角の包囲陣も考えているようです』
「機を見て十字砲火を狙っているのか。俺が近づけば下がり、逃げると迫る……陥ると厄介だな」
『策はありますよ。各機体の分析を終えました。彼らの緻密な連携は、互いのデータリンクの補助によるものと推察されます』HUDに現れた目印が七〇二式たちの右肩上に重なる。
『円筒形のレドーム、これを最低三基ほど破壊してください。アンテナの破損により連携力は六〇パーセント程度まで落ちるでしょう』
「分かった。アルテミス、いつもお前のおかげだな」
『いいえ。わたしができるのはあなたのサポートですマスタ。――死なない男、そう呼ばれるあなたの力、彼らに見せつけましょう』
「ああ、もちろんだ」
ルナールの眼差しが鋭くなり、バレットフォックスが推進器の出力を上げる。両腕を盗賊たちに向けた刹那、四本の電磁砲が火を放つ。
目標のレドームは次々に狙撃され、瞬く間に四基が爆風に散った。
〔被害っ、被害報告!〕
〔レドームが壊された!?〕
〔焦るな! 包囲を中断、斜行のまま反撃しろ〕
盗賊たちは機銃を乱れ撃ち、格納したミサイルを放つ者もいる。バレットフォックスは左へスライドしミサイルを避けていく。勢いを緩めないルナールの機体が、砂漠に埋もれかけた建物の残骸を粉砕した。
『表層電磁シールドの減衰二パーセント。機体ダメージなし』
次々に襲い掛かる攻撃も狐色の巨躯を留める力にならない。機体は瞬時にそれを躱し、翻り、敵陣に迫る。ロボットハンドがもつ巨大な突撃銃二丁の引き金が引かれる。弾丸が次々に盗賊たちへばら撒かれた。
左翼端の一機に狙いが定まる――
〔……おい、おい来るなくるな!〕
盗賊の機体が短刀を出しバレットフォックスを斬り伏せようとした。だがその刃は空を切る。
盗賊のパイロットは気付く。上を飛び越えていく狐色の機体と、コックピットに広がる縦の裂け目を。
バレットフォックスが着地した瞬間、盗賊の機体は裂け目から火を噴き、爆発した。
右腕には引き出した高周波ブレードが熱のゆらぎをまとっている。巨躯は速度を殺さず一八〇度反転し、ブレードを腕に格納。背中に掛けていた突撃銃に持ちかえる。盗賊たちに銃口を向けたまま後退していく。
『レドーム破壊、七〇二式の一機を撃破。短時間にお見事です』
「まだ褒める段階にないだろアルテミス。急にどうした」
『……別に。ときには早めにそういう言葉をかけてもよいと判断したので』
「ありがたいが少なくとも今は気を抜けそうにない。次いくぞ!」
〔くそっ散開だ、散開しろ!〕
盗賊たちのEAが散りぢりになっていく。ルナールは進行方向をカーブさせながら敵たちを追いかける。電磁砲と突撃銃の弾を撃ち込んでいく。
『右手突撃銃、残弾なし。破棄します』
『左腕電磁砲、残弾四〇パーセント。敵一機の推定ダメージ増加。右脚部の破壊を確認』
動きが鈍った七〇二式にバレットフォックスはすれ違いざまブレードを斬り付ける。火花とともに、黒い機体は炎上した。のこり敵数は四機。
『各機体、包囲陣の展開開始を確認。……もう撃ってきますか。攻撃的になっているとはいえ連携が乱れているようです』
「どちらにせよ囲まれるまえに叩く」
ルナールは迫るミサイルを上昇と左右移動で回避を続ける。
『ですね。この程度の機数、あなたには楽なもの。わたしが当機に搭載されて八四回目の戦闘では二三機をいちどに相手していましたから。世間のうわさではあなたがわが社に所属するまえは、五〇機のEAを倒したとか?』
「……。それは昔のことだ」
『もしや、照れていますか』
「照れるか!」
攻撃をしのいだルナールが急降下する。着地寸前に推進器で衝撃を和らげたバレットフォックスは、両肩に格納していたミサイルを上空へ向け連射した。鋼鉄の火矢たちが伸ばす煙とともに狐色の機体は砂漠を滑るように疾走。叩きつけてくる弾の雨もかえりみない。
『電磁シールドの減衰九パーセント。機体ダメージ、ごく軽微。押しきりましょう』
陣を突破した瞬間、ルナールは向きをかえて盗賊の一機に電磁砲を撃ち込む。降り注いだミサイルと砲の攻撃で粉々になった敵をすり抜け、次の敵に肉薄し、また粉砕する。
その姿は、まさに弾丸。機体そのものが銃弾のように砂漠を駆けていく。
〔ああ! メイ・ロン隊長が〕
〔これが死なない男、……だから伝説の機体なんて相手にしたくなかったんだよ! もういやだ、俺は抜けてやる〕
逃げる盗賊のEAたち。だが戦線を脱する彼らには銃弾が撃ち込まれ、一機は動かなくなり、もう一方も左腕をなくす。
ルナールが動ける機体に迫る。盗賊は振り向きざまに短刀を突いたが、ステップでそれを避けたバレットフォックスは相手の右腕部をつかみ握り潰す。そのまま跪かせた。
『……やはり、強い。勝負ありですね』
身動きが取れなくなった七〇二式にルナールは、熱を帯びるブレードを突きつけた。
「無線のチャンネルはひらいてある。拠点の場所は、ほかの仲間は?」
そのとき、だった。