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ポンコツ転生者

 あの頃はなんていうか……どんなに否定しても、私は本物の厨二病だったのだ。


 ちょっと前世を思い出して大人になった気分ではいたけど、前世がバカだったせいか、それとも前世の記憶が精神年齢に影響を与えることが無いのか、私は年齢や見た目通りのお子様だったと思う。

 中学校の中にいても、高校に進学しても一般人(パンピー)とは、話を合わせることが出来なくて集団の中にいると非常に窮屈な気持ちを感じていたのだ。それをずっとお子様な周囲のせいにしたり、前世の記憶のせいにしたりしていた。


 時が経ち、思い出した前世のエピソードが増えていく毎に、私は気ままな冒険者ぐらしを夢見るようになっていた。しかし当然、現代日本にそんなぶっ飛んだ職業は存在してい無い。あっても動物学者とか、海洋学者とか……そこに到達するまでの過程が堅苦しそうだし研究そのものに興味はないので、到底その域にたどり着けそうにない。


 じゃあ、何ならやりたいのか。やれるのか。とにかく旅とか、狩猟とか、似たようなキーワードで心の琴線に引っかかりそうなお仕事を色々と考えてみた。


 最初の第一志望はマタギであった。

 害獣を狩るお仕事なんて、この世のどの仕事よりも冒険者に近い気がするではないか。


 ところが、その職業を目指すには、私は大きな問題があった。




「モミッチって何も無いところで躓くよね」


 ――何も無いところで躓くのは普通じゃ無かったっけ?

 前世ではどうだっただろうか?木の根っこがやたらめったらせり出してる森の中を全速力で駆け回ってたけど。走ってる時と歩いている時は別っていう気もするし……


「モミッチ!あぶないよ!今、車が来ているのに渡ろうとしてた!」


 ――流石に、渡ろうとはしてないよ。

 見てなかっただけ。これから見ようとしてたもん。


「よーしよし。モミッチは本当にどんくさいなぁ」


 ――子ども扱いしたって騙されません。

 私はまだ本気を出していないだけ!


 この時点では、友人たちに何を言われても、私は自分のどんくささを否定する方向に努めていた。

 だけど初めてアルバイトをしてみた時、私は自分の認識と自分の肉体の間に生じている歪みのようなものを認めざるをえなくなった。

 

 その時、私は和菓子の工場で、箱詰めの作業をしていたのである。


 周囲のみんなの指がまるで機械になったみたいに素早く動き、パタパタと目の前の仕事を片付けていく。はじめは、その様子がスゴすぎてとても気になった。周囲を気にしながら、私だけもたもた箱詰めしている。サボってはいないのだがなかなか仕事が進まない。


 そんな時、親切そうな社員のおばちゃんが声をかけてくる。

「朝妻さんは今日が初めてのお仕事だから仕方ないわよ。そのうちになれるから頑張って」

 この瞬間、周囲の仕事の速さにばかり目を奪われていた私は、おそるべき集中力を開眼させる事になる。社員さんの首筋にある大きなホクロから生えた長い毛を全力で注視しはじめたのだ。


(あの、ホクロに毛はえてますよ)

(なんで、そこの毛だけ長いんですか?)

(他は半透明な産毛なのに、どうしてそこだけ髪の毛みたいに太くて黒いんですか?)

 絶対に面と向かって言えもしない話しを延々と脳内でシミュレーションする。


「ちょっと朝妻さん、完全に手が止まってますよ。具合でも悪いんですか?」

 しまった!どうして、駄目だとわかっているのに目で追ってしまうのか?――何故思った通りに体が動かないのか?


「え……あの……。」

 どう考えても怒られるような弁解しか思い浮かばない。


「仕方ないわね。今日は、みんなの完成品をカートンに詰め込む作業だけをして頂戴」

「はいっ!」

 私は大雑把な仕事に自身があった。力持ちだったのだ。薄っぺらい化粧箱を開いて組み立てて、丁寧に和菓子を詰め込む作業より、完成品を段ボールに詰め込む作業の方が大雑把な作業に決まっている。確かに、さっきの作業に比べれば向いてはいたのだ。


 しかしホクロの毛に集中力を全部持って行かれていた私はバイト仲間が箱詰めした和菓子をいくつかコンクリートの床に落として箱の角を潰し、再び足を引っ張ってしまう事になる。


「ふざけんなよ!」

「残業決定……」

「ないわー」

 社員のおばちゃんと違って、年若いバイト仲間の言葉は辛辣だった。


「……ごめん。ちゃんと手伝うから」

「いらんわ、むしろ即帰れ!」


 今日は運が悪い日。明日になればちゃんと出来る。そう自分を励ましてみても、私の仕事ぶりは全然改善されることはなく、1週間でやめた。


 その後、部活や委員会でも程度は違えど同じような経験を繰り返し、2つめのバイトをクビになった時ついに私の理解が友人たちの言葉に追いつく。


 ――わたしって、もしかしてどんくさいんじゃ無いの?

 ――何かを達成するのに集中力なさ過ぎなんじゃ無いの?


 貧しい出自ながらも右腕一本で成り上がっていった前世の私は、今世に来てとんだポンコツボディを掴まされたのである。この時は、絶対に天然ボケのお父さんからの遺伝だと思った。


 そう言えば小さい頃から、物をよく無くす。よく落とす。よく家に忘れてくる。安全確認を怠る。安全確認は怠ってないのに見落とす。一生懸命考えた計画はいつも穴だらけ。大事なことをメモできない。約束が守れない。時間通りに終わらない。


 時々、歯車がハマったようにシャキーンと集中できる事もあるのだけれど、どういう時にそれが出来るのか法則は分からないし、一度始めると今度は周りが見えなくなってしまうので、それも怖い。


 バカなのか?――否、あまり熱意を持って勉強してこなかった割に、成績はそこまで悪くなかった。だから決してバカじゃ無かった……たぶん。ただやれば出来る子だと信じていた(おのれ)は、社会に出るとやればやるほど駄目な子だと気づかされる。根が真面目なのは自分が一番分かっている。真面目にやってるのに、周囲からふざけてるとしか思われていないのである。これに気づいた時の落胆は酷い物であった。


 ――私にはきっと特別な職業が向いてないんだ


 そんなわけで、狩猟は早々にあきらめた。

 いっけなーい!イノシシと間違えて、人間を撃っちゃった!メンゴメンゴっっ!……じゃ、世の中済まされないのである。


 そんな時、親戚のおじさんがトラック運転手なら体力さえあれば誰にでもなれるぞーって言ってたのを思い出す。重い荷物も今時フォークリフトとかいうやつを使えば運べるらしくて、トラックのお仕事を選択する女性も最近は増えてるんだとか。

 トラック運転手はよく考えると旅をしているし、輸送とか護衛のクエストと通じるところがあり冒険者っぽいように思える。

 これでいこう。ご近所さんからも天然ボケとの評価で名高いうちのお父さんですら、車の運転ならできている。根性があれば私だってトラックが運転ぐらいできるようになるに違いない。


 私は普通乗用車の免許を高校卒業と同時に取得し、フリーターの期間を経て、再度自動車学校に入校した。そう、根性でついには大型免許を取得。はじめこそ失敗はあったけれど、先生に横で睨まれながら運転する緊張感のせいか、大きな失敗も無く免許だけは無事に取得できた。


 次の難関は入社試験である。何社落ちても、絶対に諦めない。

 私は夢に着実に接近している手応えを感じていた。ところが、


 キキーーーーッ!

 ボーン!


 入社試験の面接会場に行く途中、私の乗用車はどういうわけか盛大にどぶとガードレールに突っ込んだのだ。


 う

 そ

 や

 ろ

 !


 私はまず、親に電話して事故を起こした時の手順を確認すると、警察と、保険会社と、面接試験を受ける予定だった会社に急いで電話をした。


 ――こんなポンコツ人生、もういやだ。


 私は何社落とされても諦めずに挑戦しようと思ってたトラックのお仕事を、結局一社の面接も受けないまま諦める事になった。

 いっけなーい!おたくの息子さんトラックではねちゃった!メンゴメンゴっっ!……じゃ世の中済まされないのである。


 私には夢を追いかけることも許されないのか……いっそ、ひきこもりになってゲームをプレイするだけの人生が送りたいとも思ったが、ゲームで遊ぶことすら私には向いていない。


 私は、仕方ないので、失敗しても簡単にはクビにならない感じのお仕事を転々とするフリーターとして生きることにした。

 正直なところ毎日怒られてばかりだし、貯金は貯まらないし、国保だし、税金高いし、老後のことを考えるとお先真っ暗である。……私はいつまで生きてるか分からない親に依存して、親の持ち家に寄生しないと生きていけないのだ。なるべく考えないようにして生きてはいるが、自分にはあたりまえの喜びを享受する資格もないような気がしてしばしば落ち込んでいた。


 27歳の時、友だちの紹介で運命の人と出会う。

 彼は1つ年下の癖に、ちょっと生意気でムカつく人だった。しかし頭も良いし、かろうじてイケメンと言えなくは無い。その上、さわやかな醤油顔の男性である。私は、彼のちょっと意地悪な言動や、時折見せる優しさが癖になってしまい、すぐ異性として意識するようになった。……それから告白され、2年の交際期間を経て、29歳で結婚することとなる。


 あの頃、少しだけ、未来が明るくなった気がした。


 前世がアレだったので、専業主婦という生き方があるなんてそれまでは想像もしていなかった。考えてみれば結婚だって一つの冒険!私は家で頑張って夫を支えれば良かったのだ!……とまぁ、そう思うことにした。


 そして有り難いことに前世では味わう事のできなかった出産も経験した。

 出産について、昨今はマイナスなイメージを持ってる人も多い。けれど、私の場合は産んでみて大正解だったと思う。毎晩、隣で眠る息子の寝顔を見ると勇気がわく。伏せたまつげの美しさ。ふわふわほっぺの黄金比。ぷるぷるに輝く唇。その全てが尊い!何しろ、私は毎日「神よ、今世では息子のぷにぷにほっぺをつつく幸せを私に下さり、ありがとうございます!」と、どの神に捧ぐべきか分からぬ感謝を息子に捧げているのである。

 私にラノベ風のタイトルをつけるなら『ポンコツに転生したけれど、前世で得られなかった幸せを満喫したいと思います!』といった感じだろうか。


 ……とりあえず結婚生活は、専業主婦のお仕事はアルバイトより無理ゲーだと気づいたこと以外は順調だった。


 現在、息子2歳。私は前世の享年と同じ34歳になった。


 家事は夫婦で分担して、私もアルバイトをはじめた。そのため家を出た今も、ベビーシッターの問題などで、やはり実家の親には依存している。


 最後にこの長い長いプロローグを締めるにあたって、この場で皆さんにご報告させて頂きたい。




 朝妻もみぢ、家に夫が帰ってこなくなってそろそろ一ヶ月たちました ←NOW! !

頑張ります。

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