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覚醒(前編)

 14歳の頃、最初に取り戻したアノセカイの記憶は、死んだ時の記憶だ。

 ――それは大きくて長い魔物の爪が、私のはらわたを奥深くまで抉った所から、はじまった。


 熱い血液が頬に当たり、それが自分の物だと気づくのに地球の時間でおよそ0,1秒。 

 絶叫するほどの痛みを感じるのにおよそ0,5秒。


 いや、絶叫なんて、物の例えなのだ。……最早、声は出ない。


 倒れる直前に振り返ると、私の教え通り、新人冒険者たちは、私を置いて一目散に逃げていった。


 ……イケ、フリムクナヨ……


 背中に向かって叫びたくても、前述の通り全く声は出ない。唇だけは動いていたけど、見ている者は当然誰もいない。その時、私は新人冒険者たちの無事と成功を、ただただ祈っていたのだ。


(仕方ねぇな。……あいつら、鬼モグラの巣なんかうっかり壊すから……)


 声こそ出ないものの死の直前は意外と頭がよく働いた。

 鬼モグラ。所謂、バッファロー並みにデカいモグラが私の足のあった辺りで立ち上がり、私の上に今にも覆い被さろうとしている。


(おやおや、全く足の痛みを感じないんだが、あいつらいったいどこにいったのやら……)


 四肢の中で両足の所在は不明。左手も折れてて大して使い物にならない。それでも、利き手だけは辛うじて無事である。私は剣を握り直して、掌の感覚を確かめる。


(まだ動く。ここからなら、喉と腹の急所だけは狙いやすいが、問題はこの震える掌でどんだけ剣が持ち上がるかだ……)


 一か八かの最後のチャンス、迷いなど無かった。狙うは、腹。ここなら多少急所からずれたとしても致命傷にできるかもしれない。


(出血大サービスでトドメの一発をくれてやる!!……3,2,1……剣よ、上がれ!)



***


 ――目が覚めると、私の目には全然悲しくないのに涙が浮かんでいた。

 あの剣は持ち上がったのだろうか?鬼モグラの腹はちゃんと刺せたのだろうか?


 その日から私は、何度もアノセカイのことを夢で見るようになり、パズルのピースのように少しずつエピソードが繋がっていった。私のファンタジー脳もなかなかのものだと感心してた頃、1学期のテスト週間がやってきた。


 普段からあまり勉強をしない私はここぞとばかりに詰め込み学習をはじめた。丁度見たい映画があったのだ。おねだりのために私は必死で机に齧り付いた。とくにテスト前日の夜は殆ど徹夜である。それを連日4日間。


 テストが明け、私は友人たちとろくに挨拶もしないまま帰宅した。家について真っ先にしたことは自分のベッドにダイブすること。こんなに勉強したテストは正直初めてで、自己採点するまでも無く私は手応えを感じていた。


 夜を待たず泥のように眠りにつくと、私の脳みそには膨大な情報が流れ込んで来た。それは大雨で増水した川の濁流さながらで、整然としてはおらず、渦を巻いて荒々しく流れ込んで来るものだった。



***


 暖かい。


 私はやわらかな布にくるまれて、お気に入りの揺れる籠の中に寝かし付けられていた。

 すぐ側から、ママとパパの囁くような声が聞こえる。


「……この子の名前は、ハクア・マイアン・レカレカ・トーラ・クエヒアイ・ホチカにしましょう」

「ちょっと長いんじゃない?」

「長くないわよ。クエヒアイ・ホチカは私とあなたのファミリーネームだし……」

「マイアンは、死んだお姉ちゃんの名前だね」

「そうよ、マイアンの分も長生きして欲しいの。ケコアだって、お兄ちゃんの名前を付けたら元気に育ったじゃない。お兄ちゃんがケコアのことを守ってくれてるんだと思うわ……」

「じゃあ、レカレカ・トーラは、ぼくのお母さんのことだね」

「そうよ、トーラお義母さん、とっても長生きだったもの。長老レカレカ・トーラでお義母さんにあやからせて貰います」

「それなら、ハクアだけがこの子特有の名前になるね」

「そうよハクアの花みたいに、きっと可愛い女の子になるわ。ね、ハクア・マイアン・レカレカ・トーラ・クエヒアイ・ホチカ、いい名前でしょ」

「そうだね。それなら全然長くない。決まりだ」


 ママの甘えるような声に、パパの穏やかな優しい声。そして最後に聞こえたキスの音。

 まぶたを開けると、まだ若かった頃のパパとママが私の顔を覗き込んでいた。


「おはようハクア、今日も愛しているよ」



***


「かっこいい!!ねぇ、お姉ちゃん。この剣、1つオレに頂戴!!」

 細っちょで、頼りない弟のセラが、重たい模造剣を抱えながらフラフラ私についてくる。


「えー、やだよ!この剣は私が貰ったてきたのに……」

 途中までロバで送って貰ったとはいえ、隣村から2振りも担いで帰るのは、死ぬほど大変だったのだ。これが欲しいなら同じ苦労を味わって欲しいものである。


「バカだな、ハクア。どうせ1人じゃ2振りも使わないんだし、1振りやって一緒に稽古すればいいじゃないか」

 兄さんはあの苦労を知らないからそんなことが言えるのだろう。


「でも稽古は兄さんがつけてくれるんでしょ?」

「俺が使えるのはせいぜい鋤と鍬ぐらいだよ。素振りだってやり方を教えてくれたのはノロだぞ」


「へぇー」

(意外。ノロさんがこんな重い剣を振り回せたとは……)

 私の表情から即座に考えている事を読み取った兄さんが黙ってこちらを見つめてきた。


「……」

(俺は教えて貰ったと言ったんだ。本人が振れるとは言ってないぞ……)

 血なのか。兄さんの表情も非常に雄弁である。


 そんな時、遠くから私の名を呼ぶ大きな声がした。

「ハクアー!良いお知らせよ!熊匠のナブチさんが、剣の使い方知ってるって言ってたわ」


 畑に挟まれたデコボコ坂道をはだか馬に乗った姉さんが器用に上ってきた。


「マジか……俺、ナブチさんが魔物と素手で戦ってる所しか、見たことねーわ……」

「…………素手!?」



***


「ばっかやろう!!こんなんでチャンバラやったら頭がパカーって割れて脳みそドバーって飛び出るからな!」

 村の少し外れた所に1人で暮らしている、顔中にヒゲが生えた熊みたいなモジャモジャおじさんは、見た目通り怖い人だった。


「じゃあ、どうしたらいいんですか?」

 自分としては口答えしたつもりは無く、かなり躊躇いがちに質問したと思う。


「その模造剣は素振り用だ。それ持ってまずは上段、中断、下段の振りから憶えろ」

「こうですか?」

「おお、姉ちゃんはよく出来てんなぁ、これで100回振ってもフラつかなかったら次教えてやるよ。弟は家で姉ちゃんのマネしとけ、遠いから無理にここまで来なくていいぞ!」


 出来てると言われて、私は少し得意顔になった。


「セラは来なくていいってさ」

「おお、今は歩いてここに来ただけでバテちまうだろうからな。大きくなってから来な」

「そんな……オレ、もう、14歳なんだけど」

 私がちょっといじわるな言い方をしただけで、目に見えてしょぼくれる、弟。そう言えば、テリア兄さんならとっくに婿入りしてた歳だ。うちの末っ子は年下だから小さいのだと思っていたが、年齢抜きにして小柄なようだ。


「ああ、そうそう。チャンバラごっこなら、これと同じぐらいの長さのやつで、マコの木の枝を使え。できるだけ真っ直ぐなヤツで、こんな風にシューっとなったこんな枝だな。お互い、姉弟の頭だけは狙うんじゃねぇぞ!」



***


 『夢』の中は、とりとめも無く、映像が浮かんでははじけるように消えていく。


 いったい、これは何なのだろう?

 本当に『夢』なのだろうか?


 ハクア・マイアン・レカレカ・トーラ・クエヒアイ・ホチカ。


 このフレーズを聴いた時、その懐かしさに全身の血液が一気に熱を帯びた。それは私に結びついたまま、片時も離れないもの。私がもみぢというフレーズに持っているのと、同じ感情を呼び覚ますものだ。


 ――つまりこれは――そして私は――


 これまで、一つ一つ丁寧に繋げてきた長い長い夢の結論は、これが幻想(ファンタシー)なんかじゃないということ。


 私がハクアだったのだ。

 夢だと思っていたものの全てが前世の記憶だったのだ。

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