オリエンテーション
その日、本社駐車場には3台のトラックが停まっていた。
1台は社長である黒瀧のトラックで、残りの2台は仕事中に面接の応援に駆けつけてくれた澤村とリコのトラックだ。澤村は今日は余分な時間を使い過ぎたとかで、この2台に積み込まれた荷物をそれぞれ転送魔法で目的地に送り届けると言っていた。
へぇ、そんなことも出来るんだと感心しながらも、トラックの存在意義についてつい深く思い巡らせてしまうのは私だけではないだろう。
社長の黒瀧は私に嫌われていると思ったのか、会社についての簡単な説明をリコに任せて自分はショボショボと1階のオフィスへと退散していった。事情さえ分かれば黒瀧のことを嫌ったりしないのだが、今日の所はリコ相手の方が落ち着いて話せそうなので、有り難い。
どうやらあの物理攻撃のごとき強烈な視線も、圧迫面接のためではなく鑑定眼を発動するために必要な事だったらしい。私の子ども時代をしっているのであれば若干オバタリアン入ってる今の私を、親目線で思わず抱き上げちゃうのはわか――いいや、やっぱ、異常だ。ただ、どんな仕事についてても失敗ばかりの私を欲しい人材だと言ってくれたのには、正直救われた気がする。
「さてと」と、リコ。
「私の仕事は澤村さんが肩代わりしてくれてるんで、モミッチ先輩は私とお話でもしましょうか」
女2人だけが取り残された社長室で、リコは新しい蝋燭に火をつけた。先ほどみた古銭のような模様の魔方陣が、再度展開される。
「それなんだけど、リコ先輩。この会社ではあなたの方が先輩なのだから、その呼び方は止めておいた方がよいのではないかと」
「じゃ、モミッチで」
「私は伊集院さんとお呼びしていいですか?」
「そこは、リコで」
「せめてお仕事中は、リコさんで」
「――ん~まぁ、特別に許しましょう」
顔は似ててもやはりイジュコとリコは違う、と当たり前の事を考える。イジュコは、ボクっ娘だったけど図書館の片隅にいる大人しい文学少女タイプだったのだ。それに比べて目の前にいる妹は、パリピ感がすごい。
「今、火をつけたローソクは『ずっと、心を照らしてく』のキャッチフレーズでお馴染みのアメヤマの普通のローソクです。ロウソクの火はあくまでスイッチの代わりであって、魔力を供給する物ではありません。うちの魔道具はみんなビジューという魔石によって力を発揮します」
「なるほど」
「――と言いますのは、この地球では精霊魔法と言って、自然界に浮遊している魔力源を使った魔法は禁則事項になっています。精霊は太陽光、月光、炎、大気、水、樹木、大地、雷……などわりとあらゆる事象に存在していますが、基本的に人には扱えません。
一方で自分の体内にある魔力源を使う通常魔法と、ビジューを使った魔方陣や魔法式は地球でも使うことが出来ます。澤村さんは体内の魔力量が豊富な上、前世が異世界の宮廷魔術師だったので魔法の知識も豊富です。あの人は、社長以上のチートですね。
ところでモミッチの前世は何ですか?」
「ごく普通のしがない冒険者でしたね」
澤村さんの華々しい前世を聞かされ、少し卑屈になる私。
「そうなんですか?じゃ、たまたま高く生まれただけですかね?……あのですね。昔、社長に聞いたことあるんですが、チコ、じゃなくて姉の友人の中にすごい魔力量を持ってる女の子がいたらしいんですよ。ハッキリとは言いませんでしたけれど、姉の友人の転生者は私もだいたい知ってるんで、消去法で行くとモミッチの話だと思ってんですけどね」
「そうなんだ?」
そんな私が優秀みたいな話をされても、全くピンとこない。
「因みに姉は巻物だったので、知識量は多くても、魔力量は最低でした」
「おっふ」
「因みに因みに私の能力は『瞬間記憶』ですね。一種の天才というだけで別に転生者ではありませんし魔法も使えません。ただ姉のスクロールの知識の一部を継承しています」
「継承ですか?」
「そうです。スクロールは世界のバランスを崩壊させるほどの情報量なのですが、そのチート知識を防衛できるほど、姉には魔力量がなかったんで、前世の記憶?……記録?を4割思い出した所で全てを忘れる道を選びました」
「さすがイジュコ、前世で焚書されただけの事はある」
「まぁ、そういうこってす。ちなみに記憶を消すお仕事を担ったのは、澤村さんです」
「……澤村さん、ちょっと便利過ぎない?」
「ですね。是非、私の家にも一台欲しいです」
そう呟いたリコの目はマジだ。
「ところで、リコさんは、そんな危険な知識を継承して大丈夫ですか?」
「まぁ、悪い組織に狙われることはあるかもだけど所詮『最高の焼き芋を焼く魔道具』や『肉料理が冷めないお皿の魔道具』みたいな感じですんで……」
それはそれで利益に換算したら、けっこうな額になりそうだが。
「澤村さんに守って貰う事は出来ないんですかね……」
「そうなりゃ、こっちも願ったり叶ったりなんですが。それが出来たら姉も記憶消さなかったと思うし……第一、矢が二本飛んで来たら、あの人私を見捨てて社長の方助けそうですしねー」
「それはなんというか、……薄い本がアツくなりそうですね」
――2人して顔を見合わせて、苦笑する。
「とりあえず、話がすぐ脱線してしまうんで先に話の肝からお伝えします。
①この世界で魔法が使えるのは、異世界で体内魔力源を使う魔法を使っていた転生者だけである
②この世界で魔法を使うためには、前世の記憶をガッツリ蘇らせる必要がある
③異世界や魔法のお話はこの社長室の中だけでする
④ミルフィーユ紙工業のお仕事は普通にしっかりやる
⑤だがそれ以外の業務は会計士がフワッとなんとかしてくれるので適当でよい
⑥異世界との貿易業務について
⑦異世界トラックについて
ってとこですかね。①は今、ほぼ終わったんで、②から行きますよ」
「お願いします」
「まず、異世界で魔法を学ぶ時には『魔力循環』と言って、師匠と自分の体の魔力を循環させて魔力の操作方法を学びますが、この世界ではそれが出来ません。禁則事項です。なので非転生者はどんなに魔力量が多くても魔法を使う事が不可能です。それは転生者にも言えた事で、魔力循環が出来ない以上、魔力を操作していた前世の記憶を明確に自力で思い出すより他ありません。
前世の記憶を思い出す方法は一つです。脳トレ。あれの場合、思い出すというよりは呼び覚ます、というのが正解なんですね。なにせ今世の体と、前世の体は別物です。いくら海馬をフル活動させた所で今世の脳みそに前世の記憶の引き出しなんて無いんですから。
ただし魂魄の方にはそれがあります。魂魄に残ってる前世の思い出を、『前世の夢』を通して脳みそに一度コピーする。こうして、やっと自由に前世の記憶の出し入れができるようになります。
ただ、夢をコピーするためには脳みその方にそれなりの受け皿を作らなくてはいけません。人間って普通、一生分のデータしか脳みそに刻みませんから、前世の夢を記憶するためには多少の無理はしないとダメなんです。それが脳を鍛える作業ですね。所謂脳トレじゃなくても、受験生みたいにガリガリ勉強するのも、良いんですよ。
幸い人の脳には空き容量が沢山あるんで、理論上、魂魄に記憶されてる分ぐらいは全部呼び覚ますことができます。……ここまでで質問は?」
「ありません。心当たりがありすぎて、とてもよく分かりました」
むしろ前世の夢を見るのが怖くて、ガリガリ勉強するのを避けて来たぐらいだ。
「この試練を越えたら、もみっちも異能バトルの戦士になれちゃいますよー」
「そういうのは、別にいらないんだけどな……」
「③はこの部屋以外で魔法や異世界のお話をしないことでしたが、例外もあります。フェイクを交えつつ異世界小説を書いちゃうのは実はアリです。前世の記憶がとっても綺麗に整理されますよ。『な●う』とかに投稿するのがおススメです。今は異世界もの流行ってますから、うまく埋没しますし。万が一書籍化されても誰も本当の事だなんて思いませんよ」
「……『なろ●』ですか」
「④はミルフィーユのお仕事なのですが、説明は省きます。最初のうちは社員の誰かが運転するトラックに同乗して、順番に仕事を覚えていきましょう。
⑤うちの会計士は、傾国の悪女、鷲見きららさんです。嘗ての悪女も、今世では真面目にお仕事なさってます。ミルフィーユのお仕事とかは良いのですが、うちは異世界貿易の収入なんかもけっこうありまして、普通の書類には計上できない色々なふわふわがあるんですよ。で、きららさんがふわ~っと適当に処理してくれたやつを、最終的には認識阻害魔道具なんかを使って、税務署の人にもふわ~っとご理解頂いてます。脱税はしてないつもりですが、普通の会社と違う所が多くても、気にしちゃダメですよ。伝票も、勤務態度も、ふわっと解決しましょう」
「……きららか、私の同級生ちょっと多すぎない?」
私は、懐かしい旧友の顔を思い出しながら、また思った事をそのまま口に出した。
「――それは、異様に多いです。これについては仮説が色々あるのですが、後日お話しします。
⑥は異世界貿易ですが、だいたい社長の管轄ですね。ミルフィーユは紙関係のお仕事なので、製紙会社から安くトイレットペーパーを仕入れることが出来ます。うちもその伝手でトイレットペーパーを安く仕入れて貰ってます。取引先の異世界メタフィアではまだトイレットペーパーが製造されて無くて、大変ご好評とのことです。オーバーテクノロジーで世界のバランスが崩壊する程のアイテムじゃないのもよい所ですね。代金はビジューや金や調度品で頂戴してます」
「トイレットペーパーが、魔石に……」
廃品回収のプロが聞いたら、真っ青になりそうだ。
「あと、一番大切な⑦の異世界トラックのお話ですが、人をはねて異世界送りにしたとしても、それもまた彼の運命なので気にしないでください。当たるも当たらぬもなんとやらですよ」
「トラックそんな八卦あつかいでいいんですか?」
「送り先の異世界はだいたいポロ、チュロス、パンジアあたりが多いです」
「一つだけおいしそうなのが混ざってますね」
「ちなみに異世界トラックは普通の木野自動車のトラックを、わが社のテクノロジーで魔道具化したものです。大変貴重なものですので、簡単に他人を乗せたりしないでくださいね」
「――そういうのも、テクノロジーっていっていいんですかね?」
「人間ははねても良いんですが、絶対に電柱には激突しちゃいけませんよ。
トラックが壊れても、トラックに施された魔法陣が壊れても、あるいは電柱を異世界送りにしても、どれもどえりゃー大変な事になりそうなんで」
「……肝に銘じます」
「以上をもちまして我が社のオリエンテーションを終了いたします。初出勤日がいつになるかわからないんで、そこだけ社長に確認しておいてください」
パチパチパチパチ
情報過多だったけど、こういう時はとりあえず拍手しておけば、間違いないだろう。
「ところで、モミッチ。駐車場にモミッチのらしき乗用車が全く止まってなかったんだけど……」
彼女の中で仕事が終わったのか、リコの喋りが完全にタメ口モードになる。
「あ。駅から歩いて来ました。昔、採用試験の直前に交通事故起こしたのトラウマになってて……」
と、私。
それを聞いたリコはしばらく凍り付いた後、私の肩をポンポンと叩いて笑みを深めた。
「異世界トラックはモミッチの天職かもしれないね。今年は勇者が豊作になりそうだわ」