第二話 黒宮先輩との出会い
5月、それは交流の時期。ある人は、新しくできた友人や仲間との親睦をより深め、またある人は、イベントを介して交流の輪を広げる。
僕、花見詩織もその内の一人です。4月に私立冷涼高校に入学して早1ヶ月。友達もでき、クラスにも馴染み、楽しい高校生活を送れています!
そんな僕には最近、楽しみにしていることがある。それはずばり、部活動!僕は、4月に行われた部活動・サークル紹介を経て、料理研究会に所属していた。なお、幼馴染の斎藤雅は、昔からやっているバスケットボールをするため、女子バスケ部に所属している。雅には、バスケ部のマネージャーをして欲しいと懇願されたこともあったけど、僕はスイーツを作ってみたくて料理研究会を選んだのだった。ごめんよ、雅...。
放課後。生徒たちは各々の予定に向けて、動き出す。僕と雅は木村さんたちに別れを告げ、一緒に部室棟のほうへ向かっていた。
「詩織ー、今日も部活終わったら一緒に帰ろっ」
「いいよー、雅はいつも通り17時半終わり?」
「そ、詩織は?」
「僕は18時くらいだと思うから、ちょっと待たせるかもだけど、いい?」
「全然平気!何なら部活終わったら、調理室向かうしね」
「おっけー、んじゃ部活終わりにねー」
「はーい」
そう言葉を交わして、僕と雅は別れた。
僕が調理室に着いたころには、部員の方々は既に集まっていた。うぅ、皆さんを待たせてしまいました...。
「すみません、遅くなりました!」
僕がそう、謝罪の意を皆に伝えると、代表して部長の今野真由美先輩が優しく許してくれた。そのまま、今野先輩は今日の流れを説明してくれた。
「んじゃ、みんな集まったんで今日やること発表するねー。今日はクッキーを作ります。それから、新入生は知らないかもしれないんだけど、うちの部には月一回恒例行事で他の部活に差し入れを持って行ってるのね。なので今日は差し入れしに行きます!」
他の部活に差し入れなんて初耳です!僕上手く渡せるかなぁなどと不安になっていたら、次の一言でさらに不安になる。
「んでね、今回の差し入れ先なんだけど、なんと剣道部です!」
そういうと部員の女の子たちが一斉に喜び始める。剣道部って、あの男装家で有名な黒宮涼香先輩がいる部活だよね?どうしよう、黒宮先輩とは一度話してみたかったけど、緊張でうまく話せるかわかんないし、第一、僕なんかが話しかけてもいいのかなぁ。でも、せっかくの機会だし、やるからには頑張ろう!と一抹の不安を抱きつつも、僕は人知れず決意を固めたのだった。
クッキーを作り終わった僕たち研究会の面々は、各々好きなように自作のクッキーをラッピングしていく。僕もラッピングしてリボンをつけていると、今野先輩に声をかけられる。
「どう、詩織さん、いい感じに作れた?」
「んー、なんとも思ったようにはいかなくて...。喜んでもらえたらいいなって思って、一生懸命作ったんですけどね...。」
「気持ちの籠ったお菓子は人を笑顔にするのよ。だから自信もって!」
そういって今野先輩は僕のことを元気づけてくれた。先輩、優しくていい人だなぁと感じていたら、予想もしない質問が飛んできた。
「ところで、詩織さんは誰に渡すとか決めてるの?」
「え!えっと、その、誰というか...」
言えない!黒宮先輩と話してみたいから、直接渡したいなんて、恥ずかしくていえないよぉ。そう考えていた僕の気持ちを知ってか知らずか、今野先輩はこう口にした。
「ふふっ、黒宮さんかな?」
「え、どうして、それをっ!?」
「んーそうじゃないかと思っただけよ。あの子競争率高いから頑張って!」
そう言い残して、今野先輩は行ってしまった。どうしてばれてしまったのでしょう、恥ずかしい、絶対今顔真っ赤だよぉ...。
そうこうしているうちに、ラッピングが終わったので、僕らはお茶とクッキーを持って剣道場に向かったのだった。
剣道場に着くと、剣道部の皆さんが面を外して待っていた。今野先輩が道場のドアを開け、挨拶を述べる。
「失礼します、料理研究会です。差し入れをお持ちしました!」
そういうと、待ってましたと言わんばかりに剣道部員の方々が集まってくる。
「きたー!今日の差し入れタイム楽しみにしてたんだよね!」
「どうせ、あの子目当てだろw」
「男でも関係ないよな、あの可愛さ見てると性別とかもうどうでもいいよな」
「天使だもんなw」
各々話しながら寄ってくる部員の方々。うぅ、緊張で心臓が飛び出そうですぅ。僕が縮こまっている中、料理研究会の面々は作ったクッキーを手渡していく。僕も勇気を出して、クッキーを配り始めることにした。
「ど、どうぞ」
「ありがとう、一生の宝にするねw」
「き、恐縮です」
緊張で会話が上手くできない中、懸命に手渡す僕。うん、僕にしては頑張ってる!えらいぞ僕!そう自分を励ましながらクッキーを配り、最後の一個を手渡す時が来た。そう、その相手は黒宮先輩である。他の料理研究会の方々は既に黒宮先輩に渡しており(特別なラッピングのものを渡していた)、あとは僕だけという状況。緊張して手が震えていると、なんと、黒宮先輩のほうから話しかけてくれた。
「初めまして、黒宮涼香です。君は料理研究会の新入部員の子かな?」
「ひっ、そ、そうです...」
やっちゃたー!緊張して変な声でた!絶対変人だと思われたよぉ。などと考えていた僕に対して、黒宮先輩は優しく問いかける。
「君のお名前を伺ってもいいかな?」
「えっと、花見詩織です...」
「花見さんか、そうか君が!よろしくね。そのクッキーもらってもいいかい?」
「どうぞ、お口に合うかわかりませんけど...」
僕はそういってクッキーを手渡した。黒宮先輩は僕のクッキーを口に運んでから、満面の笑みで、
「おいしい!とてもおいしいよ!残りもありがたく頂くよ!」
と言っていた。おいしくなかったらどうしようと考えていたが、杞憂に終わったらしい。僕はそんな黒宮先輩の言動にドキッとしてしまった。
それから30分ほど剣道部の皆さんとお話をして楽しんだ。僕も黒宮先輩のおかけで緊張がほぐれ、楽しいひと時を過ごすことが出来た。
十分に楽しんだ後、僕ら料理研究会は剣道場から立ち去ろうとしていた。みんなが道場から出ていく中、僕は黒宮先輩に呼び止められる。
「花見さん、少しいいかな?」
「はい、何でしょう?」
「実は私、君のうわさを聞いた時から、一度君と話してみたいと思っていてね」
僕なんかと話したいなんて恐縮ですぅなどと思っていた僕に対し、黒宮先輩は言葉を続ける。
「私が男装しているのは知っているだろう?だから女の子の格好をする君とは何かと話が合うんじゃないかと思っていたのさ。君がよければなんだが、これから私と仲良くしてはくれないだろうか?」
「僕なんかでよければ、是非!」
「よかった!これ、私の連絡先だ。よければ登録してほしい」
「はい、よろこんで!」
そう言って、僕は黒宮先輩と連絡先を交換した。やった!やりました!以前から話してみたかった黒宮先輩と、お近づきになれました!すごいぞ僕!
「たまにでいいから剣道場にも顔を出してくれると嬉しいな」
「はい!ではその時はお菓子も一緒に持ってきますね!」
「ふふっ、これからが楽しみだよ、改めてよろしくね」
そう言って微笑んだ黒宮先輩に、僕は、
「こちらこそよろしくお願いします!」
と会釈とともに返して、剣道場を後にしたのだった。なお、後日、料理研究会の先輩方に、黒宮先輩に呼び止められた経緯を根掘り葉掘り訊かれました。疲れたぁ...。
調理室に戻ると、雅が待っていた。雅にもう少しだけ待ってほしい旨を伝え、僕は後片付けに取り掛かる。片付けが終わり次第、各自解散という形で今日の部活は終了した。
調理室を出た僕らは、駅に向かって歩き出す。
「待たせてごめんね、雅」
「ダイジョブよん。ところで、今日どこか行ってたの?」
「んとね、うちの部活、月一回別の部に差し入れするイベントがあって、それをしてきたんだぁ」
「そーなんだ、どこの部に行ってきたの?」
「剣道部だよー」
そう僕が口にすると、雅が驚いた顔をしていた。何故でしょう?
「へ、へー、剣道部ねー、ふーん、楽しかった...?」
「うん!最初は緊張してだめだめだったけど、黒宮先輩と話してから緊張がほぐれてさー」
そう言うと、今度はジト目になって僕を見る雅。え、僕何かいけないことでも言いました?
「黒宮先輩ねー、よかったねー、話せて」
「う、うん、これからも話したいって言われたし、連絡先も交換できたし、すごくよかったよ」
「れ、連絡先!?交換したの!?」
「したよ?」
そう言うと、今度はむすくれてしまった。何か地雷を踏んでしまったのでしょうか、うぅ、わかんないよぉ。
「まだ、その、ね、連絡先交換しただけだしね...、落ち着け、私」
「ん?何か言った?」
「別にー、なんでもない」
途中で雅が小声で何か言っていたが、僕には聞き取れなかった。そこから、雅は最寄駅に着くまでずっと不機嫌なままで、お詫びとして甘いものを買わせられた。その後少しは機嫌が直ったみたいでよかったけど、僕は解せないよぉ。
自宅の前で雅と別れ、玄関のドアを開ける。
「ただいまー」
今日は両親とも仕事で帰らないため、家には誰もいない。こういう場合は、自炊している。そのため僕は部屋着に着替え、キッチンで夕食のメニューを考えていると、不意にスマホに着信が入る。相手は雅だった。
「もしもしー、どしたの?」
『あ、詩織ー?今日両親いなくてさー、暇だからそっち行ってもいい?』
「うちもいないから、ご飯作るの僕だけど、それでもいいならおいでー」
『問題ないよん、今から行くねー』
「はーい、玄関開けとくから入っておいで―」
『わかったー』
そう言うと、通話が切れ、ほどなくして雅が到着した。
「急にごめんねー」
「いいよー、僕のところもいなくて暇だったしさー。何食べたい?」
「んーおまかせでw」
「えー?それが一番困るんだけどなぁ、何作っても文句言わないでよ?」
「はーい」
そう返事すると、雅はリビングへ向かった。僕はキッチンへ戻り、献立を考える。そうやって、冷蔵庫のものと相談しながら、かれこれ30分ほどで夕食が完成した。それを僕はテーブルに並べ、雅とたべる。
「ん-!おいしい!詩織ご飯作るのうまいよね」
「そういってもらえると嬉しいなぁ」
たわいもない会話をして、僕たちは箸を進めた。
食後、片づけをしていると、雅が話しかけてきた。
「ねね、今日お父さんたち帰ってこないんでしょ?」
「そだよー」
「私の家もそうだから、泊っていい?」
「いいよー、んじゃ、お風呂湧いてるからお先どーぞー」
「やった!ありがとー」
そういって、雅はお風呂場に向かう。思えば雅が家に泊まるのなんてここ最近なかった気がする。何だかちょっと新鮮だなぁ。
雅が上がった後、僕もお風呂に入り、二人で自室に向かう。なお、雅には僕の服を貸している。家が近いのだから持ってくればと言いかけたけど、怒らせたくないので我慢しました。明日の学校の準備をしたのち、雅の分の布団を押し入れからだして敷く。そうして僕たちは布団に入った。電気を消して、しばらくすると、雅が声をかけてきた。
「詩織、もう寝た?」
「起きてるよー」
「そかそか、ねー、学校楽しい?」
「どしたの、急に?楽しいよー、雅もクラスのみんなも、僕に良くしてくれるしね」
「ならよかった」
そう答えた僕に対し、雅は小さく安堵の声を漏らす。
「詩織が幸せならいいんだ。んじゃ、あの高校に行って正解だったね」
「うん、そうだね。今では昔のことも少しずつだけど、克服できてるしさ」
「ならいいんだけど、でも、無理はだめだよ、焦らずゆっくりね」
「うん、そうするよ、ありがとう、雅」
「いいえー、おやすみ、詩織」
「おやすみなさい」
僕らはそう言葉を交わした後、まどろみの中へ落ちていくのであった。