4 確執
今回は少し長めです。
灯の本質に少し触れる、シリアスな…そう、初めてのシリアスな場面があります。
当然、キャラはこってり、展開はだらだら、ご都合主義健在で突き進みます。
ファイト~bb
木崎さんが病室をあとにしてしばらく、俺は病棟の闇について少し考えていた。
とはいっても、想像の範疇をでない話だ。
とはいえ、想像だけならしやすいものだ。
おそらく、生真面目で口下手、さらに絶望的な不器用さが祟って木崎んの病棟内での立場は、苦しいものなのだろう。
なまじ優秀だという事実が嫉妬を生み出し、美麗な容姿も相まって複雑に縺れているのかもしれない。
出来れば、木崎さんにはその努力ややる気に見合った、幸せな未来が待っていてほしいと思う。
しかし、人同士のしがらみが最も苦手な俺にとって、病棟とは人外魔境であることは、ほぼ確定なようだ。
手に負えない。
俺に出来ることは、木崎さんがこの病室に来たときに、少し心を休める時間を出来るだけつくってあげられるように、話しかけてみるくらいしかないのだ。
結論が出たところで、俺はまたスマホで新たな物語を物色する作業に移るのだった。
昼、11時50分頃五十山さんが昼食を持ってきてくれた。
相変わらず不味い。
五十山さんに、売店の場所を聞いて、買い食いの許可を取ると、五十山さんが訪ねてきた。
「あの子、毛布被ったままロッカールームに走ってったけど、何があったんだい。」
「さぁ、起きたら走っていきました。寝顔見られたのが、恥ずかしかったんですかね?」
「そうかい。あのこがねぇ。ふーん…。」
五十山さんは、楽しそうになにかを考える仕草をすると、何か小さく呟いていた。
やはり病棟は魔境らしい。
そのあと、今日の予定を告げる。
「今日は昼から検査のフルコースだよ。1時に違う看護士が迎えに来るからね。心の準備をしておきな。長くなるはずだよ。」
「具体的にはなにやるんですか?」
「色々だよ。採血、尿はもちろん、X線、CT、MRI、まぁ、フルコースさ。詳しくは1時に担当に聞きな。」
五十山さんは、昼食のトレイを下げると、忙しそうに仕事に戻っていった。
そのあと、俺は物足りない昼食の美味しいおかわりを求めて、売店にやってきて、弁当コーナーを見ていた。
よし、これがうまそうだ!
俺は、卵焼き、白身魚のフライ、若鶏の唐揚げ、蓮根のきんぴら、竹輪の磯辺揚げの乗った【デラックスのり弁~スーパーサイズ~】をひっ掴む。
紅茶とコーラのペットボトルも忘れない。
部屋に戻ると、満足のおかわりを楽しむのだった。
おかわりを平らげたあとは、紅茶を飲みながら物語を楽しみつつ検査の時間を待った。
すると、1時を少し回った頃、やっとお迎えが来た。
「一さーん、検査にご案内しますねー。」
笑顔の看護士が対応してくれた。
やはり看護士はサービス業らしい。
丁寧でそつの無い、爽やかな対応だ。
だがしかし、俺は病棟の闇の一端を覗いてしまっている。
その爽やかな笑顔の裏に流れる(かもしれない)、どす黒くドロリとした闇の存在が気になって仕方がない。
そうやって、俺は検査へとドナドナされていった。
検査自体はスムーズに進んだ。
あらかじめスケジュールが組んであったのだろう。
各検査室に案内され、リストバンドのバーコードを読み取ってもらうとほぼ待ち時間なく検査が受けられる。
しかし、数が多い。
検査が終わる頃にはかなり疲れていた。
時々目にする看護士同士のやり取りに、その暗黒面を見ていた(気がする)のも疲れの原因だろう。
俺はそのダークサイトに戦々恐々としていたがために、普通に検査が不安なのだろうと思われたらしく、非常に丁寧な対応を受けていた。
その営業スマイルが、余計に俺の心をガリガリ削っていたことを看護士は知らない。
「検査、お疲れさまでした。ゆっくり休憩してくださいね。」
丁寧にお辞儀して病室から去っていく看護士を見送り、肩の力を抜いて深呼吸する。
明日は先生が色々説明してくれるんだろう。
そうおもうと、今の自分の現状について少し整理した方がいい気がしてくる。
しかし、あまり気が進まない。
それは、未来への不安とか、死への恐怖などが理由になっているわけではない。
単純にあまり興味がないのだ。
しかしながら、やはり整理はしておいた方がいいだろう。
両親は仕事が終わると病室に来るだろうことは予想できる。
というか、母から着替えなど用意して持っていく旨のメールが届いていた。
今から憂鬱である。
その時にあまりに考えていないと、変にこじれる可能性があった。
時刻は午後4時を回っている。
夕食までに整理をつけよう。
面倒はごめんだ。
最近背中が痛かったんだよな。
で、昨日の朝、正確には未明からか。
急に激痛に変わり、起き上がれずに救急車を呼んだ。
搬送途中に意識が途切れ、気が付けば手術されて今に至る。
保険は、前の職場のときに勧められるがまま入ったものがまだ生きているはずである。
多分お金は問題ないだろう。
職場には、急変した朝と病院からと連絡がいっている。
しかし、現状の報告をもう一度入れるべきだろう。
詳しい病状は、明日の問診でわかるだろうが、その前に電話くらいいれておこう。
俺は、二従兄弟へ電話して、今日めちゃくちゃ検査されたこと、いつまで入院かは明日まで不明であること、病棟の看護士界は人外魔境であることなどを報告した。
職場は大丈夫だから、安心していいと言われたので、迷惑を掛ける旨を伝えて、また明日連絡する約束をした。
これでひとつ片付いた。
今までの流れを反芻して、結局のところ明日の診察まで特に考えておくことも無いとわかった。
明日次第である。
ところで、明日もし入院が長引くようならば、PCは持ってきてもらおう。
無いと落ち着かない。
そんなことを考えていると、病室の扉がノックされ、男性の声がした。
「一さん入りますよ。」
「どうぞ。」
扉の方を見るとそこには、チノパンにロンT、某スポーツメーカーのサンダル、上から白衣という、何とも言えない先生が入ってきた。
歳は30代後半だろうか。
服装は理系大学生である。
「はじめまして。私は一さんの手術を担当しました吉田と申します。今後についても担当医となりましたので、明日の診察の前に挨拶に来ました。お加減はどうですか?」
ベットの近くに寄りながら、挨拶をこちらに向ける。
服装の割には、物腰の柔らかい、優しい語りかけである。
まぁ、俺は不衛生だったりしない限りは、服装や髪型、アクセサリーなんかは個人の趣味なので、好きにすればいいと思う方なので、気にしない。
少しは新しい情報が聞けそうなので、話しやすそうでよかったと思う。
「吉田先生ですね。お世話になります。今は痛みもありませんし、快適ですよ。点滴が邪魔におもうくらいです。」
「落ち着いていますね。こちらとしては助かります。困ったことや、質問などありませんか?」
「困ることは今のところありませんね。看護士の方にもよくしてもらっています。質問は~、そうですね、何の手術だったのかだけ伺ってもいいですか?あの背中の激痛の正体は気になりますからね。」
「そうですね。医学の知識は少しはありますか?」
「医学とまではいきませんが、高校、大学と、生物分野は好きだったので、大まかな体の仕組みは、世間の平均よりはわかる、と言ったところですね。」
「素晴らしいですね。それも助かることです。実は医者って言うのは、治療もですが、患者さんへの説明が本当に大変なんですよ。理解が早い患者さんは本当に助かります。」
「まだ、理解できるかはわかりませんよ。」
「いや、話した感じ大丈夫でしょ。そんなに複雑ではありませんから。一さんは脊髄の脇、背根の外側に腫瘍が出来ていました。それが何かの拍子に少しずれて、ガッツリ脊髄を圧迫していたみたいです。腫瘍は取りきりましたが、病理検査の結果悪性であることが確認されました。つまりまー癌ですね。」
「癌ですか。少し予想外ですね、てっきり椎間板ヘルニアや狭窄症の類いだと思っていました。だからあの検査の多さですか。納得です。」
「ホントに落ち着いていますね。ここまでの人はあまりいません。大きな病気の経験が?」
「いえ、小児喘息が一番でしょうか。本格的な入院なんて、アキレス腱再建くらいしか経験してませんよ。それにしても今はあっさり告知するんですね。俺にとっては、助かりますが。」
「やっと、患者の人権ファーストの考えが広がってきましたからね。本来当たり前のことです。」
「それはそうですね。ただ、この国はそこまでいくのが、難しかったですから。今後も俺のことは、俺に一番に知らせてくださいね。知らされないのは、気分がよくないって言うのもありますが、うちの両親は俺ほど冷静を保てませんから。判断が必要なときは、本人にお願いします。」
「わかりました。ではそうさせていただきます。また何かありましたら看護士へ言ってください。五十山さんでしたよね。彼女は頼りになります。」
「はい、頼りにさせてもらっています。また明日、詳しく説明をお聞きします。あ、それと今日両親が来たら、一緒に診察に立ち会いたいと言うかもしれませんが、問題がなくても俺だけにしてもらえませんかね?ややこしくなりそうなんで…。」
「わかりました。もともと一さんだけと考えていましたので、そうさせてもらいます。その方が私も助かりますから。」
「お忙しいなか、わざわざ来ていただいてありがとうございます。」
「それでは、また明日。失礼します。」
「はい、明日もよろしくお願いします。」
吉田先生は、会話を終えると、手に持っていた紙パックのミルクティーをストローで吸いながら、つかつかと病室を出ていった。
完全に大学生である。
俺は、別に気にしないが、あれはいいのだろうか?
まぁいいか、俺が気にすることじゃない。
と思っていたら、廊下から、
「吉田先生!また、そんなの飲みながらウロウロして!」
と看護士の声が聞こえてきた。
そっとしておこう。
そうこうしていると、五十山さんが晩御飯を持ってきてくれた。
不味いが腹は減っている。
醤油とマヨネーズがほしい。
今度買ってこよう。
と思いながら食べていると、両親が入ってきた。
「起きとるね!ああ、今ご飯か、ちょうどいいね。ご飯不味いって聞いたからおかず持ってきたよ!どうね、調子は?着替えどこ置く?職場には電話した?充電器はこれでよかった?今日検査やったらしいね、何調べたと?保険の人には連絡してみたね?」
母が話しかける。
情報量が多い…。
質問はいくつあった?
総攻撃である。
父はムスっとしている。
とりあえずおかずをもらう。
「あーありがとう。着替えはそこにおいとって。まず飯食っていい?椅子あるけんすわっとかんね。」
とりあえず最低限の何割かに答えて、食事を進める。
おかずは肉野菜炒めだった。
助かる。
食べ終えるまで、じいちゃんが心配してどうの、友達がお見舞くれてお返しがどうの、職場の同僚がどうの、妹への説明がどうのとひたすら喋っている。
いつものことながら、知恵熱が出そうになる。
まだ一回しか話していないが、吉田先生の話し易さが恋しくなった。
食べ終えて、口を開く。
「今日は、朝目が覚めて、昼から検査やったよ覚えてないくらいいっぱいやね。看護士さん曰くフルコースらしい。職場は心配ないらしい。さっき先生も来てくれて、だいたいのことは聞いたけど、明日の診察で、検査結果踏まえて、詳しく話した方が良いってことでまとまった。保険はそれこそ検査結果次第で色々違うと思うから、そのあとにするよ。」
それからも、多種多様な質問が俺を襲い、それに何とか対応するのだった。
俺が、対応に疲れてくると五十山さんが経過観察にやってきた。
正直助かった。
真っ先に反応したのは、母だった。
「あ、こんばんは。お世話になってます。うちの子は迷惑掛けていませんか?」
止めてくれ…俺もう30だぞ…。
「いえいえ、理解が早くて要点のまとまった無駄の無いやり取りで、助かってますよ。」
心証をよくしながらも、まとまりの無い無駄な話を困ったものとするその返しは、さすがに魔境の猛者である。
五十山さんは、手際よく点検項目を埋めていきながら、愛想よく母をあしらっている。
なにそのスキル、すごいんだけど。
五十山さんが去ったあと、母の標的はまた俺に戻る。
「明日診察よね?何時から?」
きた。
「午前中みたいやけど何で?」
「心配やし、一緒に聞こうと思って。」
「いや一人でいいよ。先生もそのつもりみたいよ。」
「いやでも、方針とか決めるかも知れないでしょ?」
「そうやね、でも俺のことだから。」
「いやでも、私も親だから。」
「明日は一人でいくよ。」
「そう…。」
重たい空気になる。
はぁ、これがいやなんだよな。
まぁこれが、日本が人権後進国と言われる大本の原因なのかもな。
結局のところこの人は俺の人生の決定権に食い込みたいのだ。
今までも、かなり制限されて来ている。
ホントに自由な決定権が今までの俺にあったなら、かなり違う人生になっていただろう。
「治療方針については、そのとき決めずに、相談したあとに決めなさい。」
今まで無言を貫いてきた父が、唐突に言葉を放つ。
「何で?」
「なんでも何もあるか!当たり前のだろう。勝手に何でも決めるやつがあるか!」
病院だからか、声を潜めながらも、青筋を立てて凄んでくる。
この人はいつもこうだ。
怒鳴ればどうにか押し通せると、本気で思っている。
いつだったか、思い出せないほどの幼少期に、俺はこの人との会話を諦めている。
俺は、ため息をつき、無言を貫く。
腸は煮えくり返っている。
俺の人権は死守してやる、と、もう一度心に決めるのだった。
それからは母が、当たり障りの無いことを喋っていたが、俺は無言を貫くのだった。
養い育ててくれたことには感謝している。
仕事も出来るらしい、そこもすごいとは思う。
でも、俺を詰め込んだその型という檻は、俺の心を確実に蝕み、俺の世界から色を奪っていった。
生きている価値。
俺にとっての俺の人生の価値。
そんなものが、俺にとってはすでに紙くずと変わらないのだ。
これが、俺の現状に対する無関心の理由だった。
癌で死ぬならそれでいい。
とりあえず、早く帰ってくれないか。
月齢は12くらいだろうか。
雲のかかる、上弦を過ぎ、満月を控える、灰色の7分のつきを見ながら、他人事のように思うのだった。
改行とかスペースとか、読みにくいかな?
んまいいか。
要望あれば直したり、気を付けたりしまーす。