3 現実はかくも…
んー、長くなるのは仕方ないよね。
本題に入るまでまだまだかなー。
2分ほどして、別の看護士がやってきた。
40代程の、元気なおばちゃんといった感じの、何とも安心できる看護士さんである。
しかし、混乱しているようだ。
当たり前である。
意識不明のはずだった患者が普通に起きていて、看護士がその膝の上で寝ているのである。
カオスである。
「あのー…。」
何といったものか、言葉を濁らせたおれであったが、おばちゃんは、はっと、何かに気づいた様子で、
「おにーさん、起き抜けでやるね!」
と、サムズアップを繰り出す。
頭がいたくなった。
取り敢えず、説明しないとな。
でもなんて説明しよう。
全部赤裸々に話せば、木崎さんのプライドに傷をつけてしまうかもしれない。
となれば、無理の無いカバーストーリーが必要なのだが、現状はむちゃくちゃである。
幸いにもここは個室だし、さっきのやり取りは俺と木崎さんしか知らない。
となれば。。。
俺が、人よりも少しだけ良い程度の思考力を空回りさせていると、おばちゃんが先に話しかけてきた。
「点滴は替え終えてるみたいだね。体温計はどこだろね?」
これに乗らない手はないので、無難に返す。
「ありますよ。えっと、熱はないみたいですね。」
体温計を渡すと、おばちゃんは確認して記録し、体温計を消毒する。
「少し待っててね、他の項目も記録するからね。あとは、酸素と脈拍数、血圧だね。。。」
おばちゃんは、手際よく仕事をこなしていく。
いや、おばちゃん、何か色々置き去りなんだけど。。。
取り敢えず山積みなあれこれを少しでも減らそうと、俺は口を開く。
「あの~、起こさなくて良いんですか?」
「もう少しそのままにさせてやりな。疲れが貯まってたんだろうよ。この頃、ろくに休んでなかったからね。」
おばちゃんは、事も無げにそんなことを言う。
「その子は、夜勤明けであんたが最後の仕事だったからね。心配はないよ。だいたい、定時は1時間半前にとっくに終わってるんだよ。」
「そうだったんですか。」
俺は、起きたらこの状態だったという、何ともできの悪いカバーストーリーを貫くために、無難に返すが、違和感を感じていた。
ん?見た感じ木崎さんは、優秀だと思ったんだがな。そんなに残業をしないとまわせなかったのか?
それに、こういう経過観察は時間が決まっているはずである。1時間半もずれることは普通無いと思われる。
俺が難しい顔をしているのに気づいたのか、おばちゃんが話しかけてくる。
「意外と頭が回るんだね。今日出勤の他の看護士が家の用事なんだってよ。もうかれこれ代わる代わるに3週間目だね。まぁ、病棟は女の戦場、首突っ込むと灰になるよ。」
おばちゃんは、爽やかに笑って見せた。
何それ怖い。
でも、そんなことなら少し休ませてやるのも吝かではない。
「俺としては、美人さんのお昼寝のマットレスになるのは、むしろ嬉しいので構いませんが。。。。」
俺は、灰になら無いように、話題を修正しながら、自分の布団の下半分に畳まれていた毛布に手を伸ばし、木崎さんに掛けてあげる。
ここで一旦思考を切り上げ、人のことどころじゃなかったことに思い至る。
「そういえば、ここは井栗中央病院ですか?俺は今どうなっているんでしょうか?」
「あんたねぇ…。まぁいいさ。ここは井栗だよ。あんたは昨日の朝方緊急搬送されてきて、検査の後緊急手術になって、今入院中さ。職場と、両親には連絡が行ってるはずだよ。あ、両親は昨日の晩にも来ていたよ。」
ふむふむ、手術したらしい。マジか。
「手術ですか。。。どこもそんなにいたくないんですけど?」
「内視鏡でやって、そんなに切ってないからね。あとは、痛み止も点滴にも背中にも入ってるからね。」
「そうですか。。。」
何気に大事みたいだ。
「うん、体も問題なさそうだし外すよ!」
「はい?」
手足の感覚や、動きや力を確かめたおばちゃんは、俺の体から管をひとつ抜いた。
大事なところと、俺の小さな矜持が痛かった。。。
「そんな顔しなさんな!ま、だいたい始めての人はそんな顔するけどね!私らにとっては日常だからね!」
おばちゃんは、豪快に笑う。
何か辛い。
「あんたの体の詳しいことは、今日の午後に、いくらか検査を回って、明日の診察で先生に聞きな。冷静みたいだし、先生も多分色々教えてくれるはずだよ。」
ふむ、明日までは確実に入院みたいだな。
おばちゃんは、一通りやることを終えると。
「もうすぐしたら、朝食が来るはずだよ。覚悟してな!ここの飯は、不味いよ~。はははは。」
と、去っていった。
そんな様子を見て俺は、あの管を抜いたのが木崎さんじゃなくて、おばちゃんで本とによかったと、思うのだった。
俺は、携帯を弄ることにする。
2日経つならば、続話も貯まっているだろう。
依然木崎さんは寝ているが、そっとしておこう。
あまり、目を向けると、良からぬ思考が過りそうである。
そうして、続話の消化をしていると朝食が来た。
おばちゃんが持ってきてくれた。
結構腹は減っていた。
メニューは、葉物のお浸しと麦ご飯、白身魚の焼いたやつに、モヤシの味噌汁。
豪華である。
朝にしては良い食事なのは間違いない。
ただ、おばちゃんは、正しかった。
まぁ、入院食に期待するのが間違いだろう。
甘んじて受け入れよう。
後で売店の場所聞かないとな。
そんなことを考えてながら、携帯に目を落とし、次の続話を漁る。
時々木崎さんの寝顔をチラリと見ながら、悪くない時間だと思うのだった。
続話も読み終わり、飽和したので新たな物語を物色していると足下がもぞりと動いた。
時計を見ると、10時半を回っていた。
足下に目を向けると、木崎さんがむにゃむにゃしている。
朝イチの鋭い眼光は成りを潜め、何とも可愛らしい。
しばし見入ってしまった。
すると、閉じられていた眼が、花火に火を付けたように、かっと見開かれる。
一瞬にして、鋭さを取り戻した眼光とバッチリ目が合う。
混乱しているようだ。
何か不味い気がする。
とっさに口を開いた。
「落ち着きましょう。」
すると、木崎さんの眼光は何かをにらむように中空をたどり、何か思い出したのかギロリと、もう一度視線を向けてきた。
なぜか、顔が赤い。
寝顔を見られていたのが、恥ずかしいのかもしれない。
そして、
「約束は守ったか?」
と、訪ねてきた。
「はい、もちろんです。五十山さんだけここで寝ていることを知ってますけど、過労で倒れたと思ってもらっています。そのまま寝せてたのも、五十山さんがそうしてやれって言ったからです。まぁ、俺としても美人さんを寝かせてあげるのは嬉しいことでしたから。」
少しおどけて説明してみた。
ちなみにおばちゃんこと五十山さんは、何度か顔をだし、俺の体調を確認してくれていたので、名前を確認してあった。
木崎さんは、一度毛布に隠れた。
30秒ほど経つ。
「えっと、木崎さん?」
すると、木崎さんは毛布を被ったままのそりと起き上がる。俺から見て後ろ向きのまま立ち上がると、スススとこちらに寄ってきて、俺の頭にガスっと肘を落とすと、毛布を被ったまま出ていった。
何なんだ!
痛い。
木崎さんの奇行から、十数秒後、俺の顔にはなぜか笑みが溢れているのだった。
ありがとうございました