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猫被りシリーズ

猫を被るお嬢様は王子に愛してもらいたい

「愛が足りないわ!」


 唐突に声を上げるシェフィに侍女のクラリスは呆れ混じりの息を吐いた。

 王宮の中にある大きな箱庭。

 そこでは、一人の令嬢と一人の侍女が夢のない無駄話に花を咲かせている。


「お嬢様……紅茶の飲み過ぎで頭が可笑しくなったのですか? 医者を呼びましょうか?」

「違う。……というかクラリス、言い方に敬意が篭ってない」

「込めてませんもの」

「酷いこの人!」


 侍女クラリスの雑な扱いにわざとらしく嘘泣きをするシェフィは、これでも由緒正しい公爵家の一人娘。

 いずれはこの国の王子と結婚し、王妃になるような人物なのだが……その面影は欠片も見られない。侍女にもこんな態度で接されている始末。


 しかし、こんな態度を取れる侍女は実はクラリスだけである。外から見たシェフィの印象と現在クラリスに見せている素の姿はあまりにもかけ離れているからだ。


「お嬢様の残念な本性を知れば、他の子達もとっつきやすくなりますのに」

「は、本性? 見せるわけないでしょ」

「素をさらけ出している相手によくそんなこと言えますね。ある意味尊敬します」


 そう、このシェフィは家族と付き合いの長い侍女クラリス以外には猫を被っているのである。無論、それは婚約者である王子も例外ではない。

 例外を除いて、周りを欺く。それがシェフィの生態なのだ。


「むぅ〜、クラリスの意地悪」


 よって、この気の抜けるような膨れっ面を見せるのも今は隣にいるクラリスにだけ。

 そんな反応を見せてくるシェフィに頭を抱えるようにクラリスは額に手をやる。


「全くお嬢様は……」

「私は悪くないもん。クラリスが私を虐めてくるのが悪いんだもん」


 反旗の色を見せるシェフィの幼稚な言い分を前にクラリスはシェフィの前にある紅茶の減ったティーカップに追加の紅茶を注ぎながら、口を開いた。


「これはスキンシップの範疇だと思うのですが……まあ、この話は一旦終わりにしましょう。……正直面倒です」


 そう言うとクラリスは紅茶を注ぐ手を止め、シェフィの顔を覗き込む。


「それで、愛がなんでしたっけ?」


 クラリスの問いかけにシェフィは不満がながらも言葉を紡ぐ。


「だから、ハルト様からの愛が足りないの」

「逆に聞きますが、お嬢様はハルト王子に愛を持って接しているのですか?」

「え? 誰がどう見たって、私はハルト様に対して、愛を持って接しているでしょ?」

「その自信はどこからくるのやら……」


 クラリスはハルト王子とシェフィのやり取りを連想する。


===


 そう、あれはつい昨日のこと。


『シェフィ、急に呼び出してどうしたんだい?』


 お嬢様に呼び出されたハルト王子。

 急ぎで来たのか、額には光るものが張り付いている。私はお嬢様の横に立ち、その様子を静かに見守っていた。


『遅いわ。王子なのに私をこんなに待たせるなんて』

『すまない、色々と立て込んでいたんだ』

『あっそ。……まあいいわ。それより、酒税に関しての書類のことなのだけど』


 いや、いきなり酒税の話を持ち出す辺り、お嬢様の非常識さがヤバイ。もっと雑談から話を展開すればいいのに。……なんて、ハルト王子の前で言えなかった。言ったら後でお嬢様がいじけるのが目に見えているからだ。はっきり言って、手に余る。


『しゅ、酒税……かい?』


 ほら、ハルト王子も困ってらっしゃる。


『そうよ。だいたいなんなの? あの雑な管理体制。貴族の買うような高いお酒にはより多めの税を掛けろって、私言ったわよね?』

『そうだけど、周りの貴族からの反感とかもあって……これでも頑張った方なんだよ』

『頑張ってあの程度なのかしら?』


 いや、今のは「ありがとう」とか「頑張ったわね」とか言う場面じゃないの?

 なにザックリ切り裂いてるの。冷たい声で、しかも見下すような鋭い目つき……これではハルト王子の心がズタズタのボロボロになるのですが……。


『シェフィすまない』


 小さくない衝撃を受けたであろうハルト王子であったが、なんとか持ち直しお嬢様に頭を下げる。

 なんというか、王子なのに王子ではないかのようで……お嬢様とハルト王子の上下関係が逆転しているという意味の分からない状況をマジマジと見せつけられた気分だ。


『そう思うのなら、今から緊急会議を開いて話し合いなさい。王子の権力を使えば簡単でしょ』

『いや、急にそんなこと……』

『やれないのなら、私がやるわよ? 古株を黙らせるのは得意なの』

『ちょ、シェフィ! 落ち着いてくれ』


 お嬢様の横暴な発言とハルト王子の嘆くような弱々しい声……お嬢様は、まるで暴君、独裁者のよう。

 こんな感じに終始ハルト王子が萎縮していた光景を見たような……。


===


 回想を終えたクラリスは再度シェフィに疑うような目を向ける。


「……昨日のアレを人に見せてもまだ愛を持って接されていると言えるんですか?」

「え、なんで? 昨日のは王子の背中を押してあげただけじゃない」


 自覚なし。

 クラリスもこれには落胆の表情を隠すことが出来ず、顔を手で覆い隠した。


「お嬢様、もしかして正常な感性死んでるんですか?」

「また悪口⁉︎ というか、なんでそんな残念そうな顔してるのよ!」


 悲壮な気分になるシェフィに対して、クラリスは平然とした面持ちになり、王宮の方へと目を向ける。

 ハルト王子が実務をこなしていることを考えつつ、その報われない彼のことを哀れむような、そんな目つきである。


「ハルト王子もつくづく苦労されているのですね」

「相対的に私が苦労させてるみたいに言わないでよ」

「実際そうじゃないですか……」


 まるっきり自分の非を認めようとしないシェフィ。しかめっ面を崩さない姿を見てクラリスは一息置いてから、一つの提案をした。


「お嬢様、昨日のことをよく思い出してみてください」

「昨日のこと……」


===


 そう、あれは私がハルト様を呼び出した時のことだ。


『シェフィ、急に呼び出してどうしたんだい?』


 額には汗、顔を紅く染めながら白い息を吐くハルト様。

 私が呼ぶとすぐに駆けつけてくれた。流石は私の婚約者。しかし、私が今からする話はあまりいいものではない。

 しっかり視線を合わせ、ハルト様に顔を近づけて。


『遅いわ。王子なのに私をこんなに待たせるなんて(緊急事態なの。私としてはハルト様を急かすのは心苦しいのですが……)』


 精一杯の気持ちを込めて、わたしはそう伝える。

 ハルト様のため、私は常に愛を持って接している。本来は杞憂を増やして欲しくないのだけど、緊急なのだから仕方がない。


『すまない、色々と立て込んでいたんだ』

『あっそ。……まあいいわ。それより酒税に関しての書類のことなのだけど(そうだったんだ。わざわざ仕事を切り上げてまで来てくるなんて……って、いけないわ。ハルト様を呼び出したのは酒税に関しての書類に穴があったからなんです!)』


 私がそう伝えると王子は深刻そうな顔をする。


『しゅ、酒税……かい?』


 王国の財政は切迫している。

 貴族から税を搾取するというのが一番手っ取り早いのだが、そのために設けていた酒税の欄に緩みがあったのだ。


『そうよ。だいたいなんなの? あの雑な管理体制。貴族の買うような高いお酒にはより多めの税を掛けろって、私言ったわよね?(そうなんです。何故なのでしょうか。管理体制がきちんと整備されていないのです。貴族から多めの税を徴収しなければいけないというのに……。ですので、酒税についての見直しをしていただきたいのです)』

『そうだけど、周りの貴族からの反感とかもあって……これでも頑張った方なんだよ』

『頑張ってあの程度なのかしら?(ハルト様が尽力してくださったのに……お年寄りの貴族の方々が意見されたのですか⁉︎)』


 なんということでしょう。

 ハルト様は酒税の穴を埋めようとしてくれた。流石、王国の将来を考えていらっしゃるからこその行動です。やっぱりハルト様は最高の王子様ですね。

 ですが、このままだと少しよろしくありませんね。


『そう思うのなら、今から緊急会議を開いて話し合いなさい。王子の権力を使えば簡単でしょ(よろしければ、もう少しだけ酒税の率を上げて欲しいのです。ハルト様のお言葉があれば、きっと皆さんも話を聞いてくださいますし)』

『いや、急にそんなこと……』

『やれないのなら、私がやるわよ? 古株を黙らせるのは得意なの(ごめんなさい。ハルト様のお手を煩わせるなんて、ご迷惑ですよね。でしたら、未熟であるのですが、私がハルト様の代わりにお話しましょうか? お年寄りの方々との会話は得意なんですよ!)』

『ちょ、シェフィ! 落ち着いてくれ』


 確かこんな会話だったような。


===


 回想したことをシェフィはクラリスに伝えて、何が可笑しかったのかと首を傾げる。

 その反応にクラリスはまたも頭を抑えるように手を額に当てた。


「お嬢様、全治五年くらいの重症ですね」

「いや、なんでよ⁉︎」

「言っていることと考えていることが全然違っていますよ」


 そんな……とシェフィは膝から崩れ落ちる。その光景はまるで世界の終わりかのようなものだ。


「じゃ、じゃあ……私、ハルト様にどんなこと言ってるのかしら?」

「まあ、普通に罵倒レベルですかね」

「ば、罵倒……⁉︎」

「はい。それはもう、お嬢様とハルト王子の立場が逆転してるかと思うくらい強烈なやつですね」

「うはっ……」


 まるで瀕死急の攻撃を食らったかのようなシェフィは魂が口から抜け出しそうなくらいに白く燃え尽きている。少々やりすぎたか……クラリスは一瞬そう感じたのだが、すぐにその考えを消し去る。お嬢様はもう少し自覚をするべきであると、自分に言い聞かせながら。


「取り敢えず、お嬢様。ハルト王子への接し方を改善されるところから始めたらよろしいかと」

「ど、どうやって? もう少し固い感じに話した方が……」

「これ以上なにを固くするんですか。そうじゃなくて柔らかく、和やかな雰囲気を作り出すような感じにするんです」


 和やかな雰囲気とはどう作るのか? そんな顔をしているシェフィを横目にクラリスはいいですか、と前置きをした。


「お嬢様に足りないのは、素直に気持ちを伝えることです」

「私は……素直だもん」

「私の前では、ですよね?」

「そうとも言えなくもない」


 曖昧な言い方で言葉を濁すシェフィ。

 そこで、クラリスはとある提案をした。


「分かりました。ではこうしましょう」


 イマイチなにを言われるのかを理解できていないシェフィであるが、次の一言によって体を硬直させる。


「ハルト王子へ感謝を込めた言葉を申し上げる、練習をしてみましょう」

「ええっ、そんなの恥ずかしいわ……」


 顔を赤らめるシェフィを見て、クラリスは遠くを見つめる。


「その姿を見せれば、ハルト王子も心が揺れ動くと思うのですが……まあ、お嬢様は取り繕うんでしょうね」

「もう、なんの話?」

「自覚がないんですもんね」

「一人で話を進めるな!」


 頬を膨らませるシェフィ、それを軽くあしらうようにクラリスは強引に話題を引き戻す。


「取り敢えず、ハルト様いつもありがとう……と言ってみましょう」

「いきなり無茶振りしないでよ⁉︎」


 しかし、強引すぎたためにシェフィに反論されてしまう。


「お嬢様、愛を持って接するには感謝の言葉を伝えるのが必要不可欠です」

「で、でもでも……そんなこと言ったことないし。だいたい、私が言っても、似合わない……」

「その赤面しながらモジモジしてるまま、言えばいいんですよ」


 そうは言うものの、やはりシェフィにすると恥ずかしく、到底できることではない様子。絞り出すようにか細い声を出すままであった。


「……私には無理よ」

「お嬢様」

「だって恥ずかしいもんだもん! ハルト様に直接大好きです、なんて言えるはずないじゃないの!」

「ええ、ですから。そこまで要求してないんですが……」

「私がハルト様に嫌われたらどうするのよ!」

「なんか怒られた」


 こんな言い合いをしている間、シェフィに冷たい雰囲気はない。むしろ、駄々をこねるような愛らしい顔つきであるとクラリスは感じていた。

 一方、そんなこと知る由もないシェフィである。ニヤニヤとしているクラリスに更に怒るように口を尖らせる。


「もう、こっちは真剣に悩んでるのに!」


 そうシェフィが言いかけた途端、付近にあるブッシュがガサガサと揺れる。

 思わず、シェフィとクラリスは顔をそちらへと向ける。


「誰⁉︎」


 シェフィは取り繕った冷たい声を出し、そちらを威嚇するようにするが……。


「あー、えっと」


 そこにいたのは、顔を赤らめて俯くハルト王子であった。



「ハ、ハルト様……なんで」

「いや、すぐに出て行こうと思っていたんだけど……会話を聞いているうちに出て行きづらくなって」

「じゃ、じゃあ今ままでの会話……」


 頭を下げるハルト王子。


「すまない、最初から聞いていた」


 瞬間、ふらつきすぐにでも昇天しそうなシェフィは倒れそうになるが、すかさずクラリスがその体を支える。だが、クラリスは思った。これでいいのではないかと。


「それで、ハルト王子はお嬢様の言葉を聞いてどう思われましたか?」

「ちょっ、クラリス⁉︎」


 そうと思ったら、クラリスの行動は早い。

 シェフィが油断している間に一気にそう訊ねた。


「あ、うん。意外だったかな。いつも弱みを見せない強いシェフィが、あんな風に話したり僕のことをあそこまで想ってくれていたのが」

「も、もういっそ殺して……」


 ハルト王子から、そんなことを言われて、嬉しくないはずがない。が、それ以上に悶え死にそうになるシェフィ。

 結果、ハルト王子の前で取り繕うという行為を忘れて、シェフィは本来の姿をハルト王子に晒すことになっていた。


「シェフィ、今まで僕は君を誤解していた。……これからは君に寂しい思いをさせないように頑張るから」

「私こそ……ハルト様には、酷いことばかりを言ってしまいました。今更以前のように振る舞う気はありません。ハルト様……私は、ハルト様をお慕いしております」


 思いがけない甘々な展開、クラリスはやれやれとため息をつき、ちょっぴり微笑む。


「あ、お嬢様……あんなところに騎士団長様が」

「え、どこよ⁉︎」

「……冗談ですよ」


 ハルト王子に猫を被らないとはいえ、他の人にこの姿を曝け出すことは嫌なようだ。クラリスはまだまだ楽しめそうであると確信して、にこやかにそう告げた。


「クラリスの意地悪」

「お嬢様が可愛いのが悪いのです」


 その様子を眺める王子の目にはシェフィに対する怯えは存在せず、むしろ愛らしさを感じているようでもある。


「シェフィ、君は彼女と仲がいいんだね。そんな楽しそうな顔を見るのは今日が初めてだ」

「クラリスは私をからかってるだけですわ」


 木漏れ日の差し込む王宮の庭。

 そこでは、一人の令嬢と一人の王子が幸せな気持ちに。そして、一人の侍女がなにやら悪巧みを企み始める。


 今日の王宮はいつにも増して平和であった。

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