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6 キモチとツヨサ

秋も深まる、放課後の夕陽。

エアコンより冷たい風が、ひんやりと教室に差し込む。


「咲!快気祝いに甘いもん食いに行こうぜ!ティラミスとか、どうだ?」

教室を横切る、厚かましい声。咲は、あからさまに眉をひそめる。

「最近あいつら、仲良すぎじゃね?」

「なんや、聞いとらん?あいつら温泉旅館デートからの、キッスまで行ったらしーで?」

「マジ!?抜け駆けなら許せん!!どこ情報よ?」

「ユウ。」

「〜っ!?!?」

6班男子の不穏な会話に、たちまち真っ赤になる咲。

「だ、誰がコイツと!!ティラミスなんか!!」

「さ、咲…?」

「こっち来るな!!」

「ぎゃあああ!!」

咲は、景気良くクラスメイト達を切り刻むと、ツカツカと教室を出て行った。





「ユウてめぇ!とんでもねぇ嘘情報流しやがって!」

「青春だもん、拡大解釈してでも楽しまなきゃ☆」

「楽しくないわ!見ろよ、咲が怒って出てったじゃねーか!!」

ユウは、指を振って、ちっち、と舌を鳴らす。

「咲ちゃんのセリフ、思い出して。いっちゃんと一緒に行きたくないのか、それともティラミスの気分じゃなかったのか、分からないじゃない?」

「それも…拡大解釈か?」

「もちろん☆」

「…。」







「この、馬っ鹿野郎!!」

咲の怒声と、メキメキ倒れる大木の音。色付き始めた秋の葉がザクザク落ちる。

裏山で八つ当たり……もとい訓練中らしい。

あの滝事件から一晩で退院できたものの、祖母に心配され、しばらく祖母宅で療養した咲。

リハビリにしても、入念だ。



(咲。そろそろ裏山が禿山になるぞ。)

殺鬼が内側から制止する。

「うん。でも、もっと強くならなきゃ…」

(私達は十分強い。スターターマスターをあそこまで追い詰めたじゃないか。それとも、咲はマスターになりたいのか?)

「違う。私、みんなに助けてもらってなかったら、あの時、死んでたよ。私が、弱かったから…」

(確かに、まさか唇を奪われるとは…)

「馬鹿、あれはノーカン!!そうじゃなくて…」

荒ぶる秋の風が、止まる。

「誰の助けも、借りない。誰にも、頼らない。そのくらい、強くならないといけないの。私は、1人で生きていくんだから……」

(咲…)

心を、閉ざす音。

殺鬼は、それを察して、素直に引っ込んだ。

咲はしばらく佇むと、とっぷり暮れた道をザワザワと降りて行った。




裏山を降り、学校の敷地を出る。寮には、外出を告げて。


駅前まで歩くと、街灯が、店の明かりが、賑やかになってくる。

他人同士の灯りが、寂しさを麻痺させてくれる。

ひときわ味のある電燈の元、咲はその店のドアを開けた。


カランカラン、と歓迎の音。


香ばしいコーヒーの香り。どこかに混じる、実家のような古い木の匂い。鼻をくすぐり、胸に染み込む。


「こんばんは。おばちゃん、いる?」

「あら、咲ちゃん。どうしたの、こんな時間に。」

カウンターから、女性が手を振る。少し立派な恰幅ながら、整った顔立ちの、美しい女性だ。

「来てみただけー。ミルクティーちょうだい!」

咲の表情が和らぐ。


ここは、咲の母方の叔母夫婦が営む喫茶店。両親の代わりに何かと咲の面倒をみていた叔母は、咲が唯一、心を開ける相手だった。


他愛ない日常会話。学校の愚痴。(といっても、スターター関係の色々諸々はうまく誤魔化しながら)

喫茶店の夜は、叔母の笑顔と共に更けていく。


「なんだかんだ、咲ちゃん、いい表情してるわよ、最近。そりゃ、こないだ怪我で入院したのは肝が冷えたけど。」

「あはは、ごめんって。」

「新しい学校が、性に合ってるのかもねぇ。それとも、好きな人でもできた?」

うっ、と、咲がむせ返る。

「あっ図星い〜??」

「ち、違う!あんなの、ただの、友達以下!!」

言ってしまってから、真っ赤になって顔を覆う咲。ニマニマする、叔母。

「ツンデレっていうのかしら。愛情がうまく伝えられないのは、母譲りね。」

「だから、違うってば!」

「そう。でもね、私は、咲ちゃんにそういう人がいてもいいと思うわよ。」

咲以外の客が、みな帰る。叔母は、モップを手に、店仕舞いを始めた。

「ほら、親があれでしょ?だからなおさら、あんたには、他に信頼できる人が必要よ。」

「おばちゃんがいるもん。それに私、もう子供じゃないよ。1人で生きていける。」

「あんた、人を信じるのを怖がってるでしょ?」

「それは…そんな…」

咲が言葉に詰まる。ギュ、ギュという、モップ跡に擦れる叔母の足音が響く。

「あんたなら分かるはず。独り立ちできる強さと、人に背中を預けられない弱さを、履き違えちゃいけないよ。」

「…うん。そう、だよね……」

咲は、残っていたミルクティーを飲み干した。


ずいぶん話し込んだのに、まだ熱い気がした。紅潮した頬もまだ、熱いまま。


「ありがとう、おばちゃん。また来るね!」

咲は笑顔で手を振り、叔母の喫茶店を後にした。





「なんだ、遅くまで粘る客がいたんだな。」

叔父が、2階から降りてくる。

「さっきまで、咲ちゃんが来てたのよ。だいぶ話し込んだわ。」

「まだ中学生だぞ。こんな遅くまで外出させていいのか?」

「中学生だから、遅くまで語りたいこともあるわよ。大丈夫、たっぷり愚痴は聞いたし、ミルクティーに甘酒混ぜたから、帰ったらぐっすりよ。」






ところが。

人によっては、アルコールにめっぽう弱いことがあり、それは甘酒も例外ではなく。


寮の階段の前で、ふらふらになっている咲がいた。


「なんだろ、気持ち悪い…目が回る…リハビリ張り切り過ぎて風邪ひいたかなぁ…」


そこに、異音を放つ人影が近づいてきた。

「∞☆#∀$♂〜♪」

かろうじて、大人気アイドルやまとなでしこのヒット曲と分かる何かを口ずさむ、音痴破壊兵器、勇である。

「お、咲?どうした??俺はトイレの帰り。2階の男子トイレ壊れやがってさー…」

「わかんない。あと、あんたの怪音波のせいもある……」

「ひでぇなぁ…んん??」

勇は、鼻をヒクヒクさせて怪訝な顔をする。

「ミルクティーと、酒の匂い…お前、酒飲んだの?」

「お酒!?まさか…おばちゃん……」

心当たりにたどり着き、なおさらグッタリする咲。

「あー、混ぜられてたのか。大丈夫?帰れるか?」

「大丈夫!へーきへーき!!」

咲は、伸ばされた勇の手を振り払い、背筋を伸ばして階段を登ろうとし、

「へー…き…」

そのまま崩れ落ちた。

「全く、しょーがねーなぁ…」

勇は、抵抗できなくなった咲を担ぎ上げ、階段を登り始めた。



寮の2階にたどり着いた頃には、流石に勇も疲れ切っていた。

「咲、重てぇよお前。」

「しつれーな…」

「違くて。ちょっとは自分で歩けって。」

咲は、勇の背でウトウトと、まどろむばかり。

「はぁ…ちょっと休憩!」

男子フロアは2階、女子フロアは3階。怪力の勇かて、放課後の特訓でパワーを使い果たしている。咲の部屋まで一気に登るのは、不可能だった。

「…なぁ、眠いなら、俺の部屋で少し寝てくか?なーんて…」

言ってしまってから、風攻撃を覚悟して身構える勇。しかし、攻撃は来なかった。

「いいよ、それで…」

「へ!?」

「眠れるなら…どこでも…」

「…マジ?」

勇は唾を飲んだ。

「よーし言ったな。言ったからには、何されても文句言うなよ…」

異論反論なし。勇は気合いを入れて、咲を部屋に連れ込んだ。



自分のベッドに咲を横たえると、勇は大きくため息をついた。

「ほんと、変な奴だよな、お前。下校の時、あんなに怒ってたのに。」

咲からの返答はない。すっかり寝入っているようだ。

「黙ってりゃ美人なのになぁ。こんな無防備に寝やがって…」

勇は、ハッとした。


(もしかして俺、試されてる?

下校の時のことがあったから、俺が下心だけの男か見極めるつもりで酔ったフリを…?

でもって、手ぇ出したら半殺しどころじゃなく…肉体的にも社会的にも粉々に……)


勇は身震いした。寒いけど、添い寝なんてしたら酷い目に合うだろう。椅子に座ったまま足先だけを布団に入れ、膝を抱えて硬直した。


結局、一睡もできないまま。








「咲!大丈夫!?」

「今病院に行けば間に合うし、付き添うよ?」

「木々原さんに部屋に連れ込まれたと聞きました!本当ですか??」

咲が教室に入ると、仲のいい6班女子に取り囲まれる。

「ええ?何、どこ情報??」

「ユウ。」

教室を見渡すと、

「だーかーら、拡大解釈禁止!ますます俺の立つ瀬がなくなるだろ!!」

「キャハハハ!青春青春!僕しーらない!」

真っ青な顔でユウを追い回す勇と、

「中坊のくせに抜け駆けしやがって!」

「咲ちゃんの貞操の仇や!」

怒りの形相で勇を追い回す6班の男たちが。

咲は、うーん、と腕組みをする。

「それがねぇ、記憶がなくて。起きたら勇の部屋にいて、目の下にでかいクマつくったキモい勇が笑ってたから、一発かまいたちを…」

「意識のない女の子を弄んだのですね!!」

女子たちも、勇討伐に加わる。

「ぎゃあああああ!!」

袋叩きに遭った勇の断末魔が、朝の教室に響いた。







その日の夕方。

咲は、寮の階段を見て、昨夜のことを思い出した。

(うわ、私、なんて事を…。

でも、あいつ、イタズラ一つ、してこなかったんだ……)

そこに、医務室帰りのズタボロ勇が通りかかる。

「ったく、酷い目にあった…咲ぃ、お前も否定しろって…」

「ごめんごめん!今全部思い出した!」

パン、と、手を合わせて謝る咲。

「埋め合わせに、ミルクレープ奢るから!オススメのケーキ屋も教えるから!!」

「おっ?ティラミスでなくミルクレープならいいのか??」

「え?」

「何でもねーよ!」

2人は、寮を出てファミレスに向かった。


気まぐれな秋の風は、暖かかった。

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