4 頂点なる者
夏を制する者は、〇〇を制する。
受験や甲子園と同じように、スターターもまた、夏の自主練がものをいうらしい。
「これは…なかなか楽しめそうですね…」
武道館に横たわった大量のマットを持ち上げ、男は笑う。
自動車の衝突実験で使う頑丈なマットなのに、原型を留めないほど、ボロボロになっていたからだ。
「うーん、このひとときが、俺の幸せ…」
ファミレスで、新作パフェを頬張る勇。そのふやけた表情といったら。
自主練のあとのファミレスが、自分へのご褒美なのだ。
「やぁ、偶然。いいもん食べてんじゃん。」
「咲!」
ニンマリ笑うと、当たり前のように同席し、予備のスプーンで勇のパフェを侵略しようとする。
「こら咲!自分で注文しやがれ!」
「もちろん自分のも食べるよ。でもそれ新作のチョコミントかき氷パフェでしょ?味見くらいイイじゃんー」
「なんて奴だ…」
ファミレスから出ると、一気に汗が噴き出す。
エアコンに甘やかされた体に、蒸し暑い空気の塊がのしかかるようだ。
「あんた、いい味覚してるじゃん。私に勝てたら、駅前の穴場ケーキ屋教えてあげようか?」
「おっ、いいねぇ。俺、メキメキ強くなったんだぜ?俺様の喧嘩無敵伝説は永遠だぜ!」
勇の下品な笑い声。
弱ったセミなら、それだけで木から落ちそうだ。
「言うじゃん。私に勝てたら、次はスターターマスターにでも喧嘩売ってみたら?」
「スターターマスター?」
スターターマスター。
また知らない単語が転がり出たぞ。
「スターターマスターってのは、今一番強いスターターのこと。強いだけでなく、悪いスターターを粛正したり色々働いてるんだってー。」
「ふーん。それ、どんな奴?」
「こんな奴、ですよ。」
「「!?」」
勇と咲が振り返ると、そこに一人の青年が立っていた。
ファンタジー映画みたいな民族衣装を着こなす、美しい顔立ちの外国人。何より目立つのが、
空のように、真っ青な、長髪。
「キャン族の民族衣装、長髪イケメン…もしかして、現スターターマスターの、ドリートさん!?」
「いかにも。」
咲が珍しく黄色い歓声を上げる。
勇にはしっくり来ないが、どうやらスターター界隈のスターらしい。
「初めまして。スターターはじまりの民族、キャン族の副族長。ドリーミスト・キャンと申します。よろしくお願いします。」
ドリートは、営業スマイルを振りまき、咲と勇に握手。咲は嬉しそうだが、勇は、こういうタイプは苦手だった。
「来日したときは、必ず叶学園の近くをブラつくことにしているんです。こうして、見所があるスターターと出会えますからね。君たち、名前は?」
「立花咲です!こっちは、新人スターターの木々原勇!」
「立花さん、木々原さん、ですね。」
笑顔で2人を見比べる、ドリート。
勇には分かった。
その目が、親愛ではなく、
2人を見下し、利用しようとしている、悪い大人のようである、と。
「良かったら、記念に一つ、手合わせでもいかがでしょうか。叶学園の裏山で、待ってます。」
ドリートはそう言うと、踵を返し、
「「!?」」
テレポートか何かの能力だろうか。その姿を消した。
2人が駆けつけると、
学校の裏山の入り口に、本当に彼は立っていた。
「すごい…ホントに裏山にいた…」
「なぁ。あんた、どういうスターターなんだ?テレポートとか、どうやんの?」
「企業秘密です。ふふ、怖くなっちゃいました?」
「はぁ?」
勇の問いを、笑って受け流すドリート。その態度は、勇にとっては挑発にしかならなかった。
感情を燃やす、懐はエンジン。
ぐっと拳を締めると、熱いエネルギーの奔流が流れ込むのが分かる。
特訓の成果か、スムーズに発動した。
「いくぞ!歯ぁ食いしばれ!」
小手調べの一撃。とはいえ、
勇はストレングス・スターター。
その右ストレートは、
大型車両の激突と同じ、建物さえ粉砕する、強烈な一撃。
ドリートの腹に、突き刺さる拳。
「…これが本気ですか?」
「…はぁ!?」
ドリートは、無傷だった。表情すらも、崩さない。
「何だ?ドリート、お前の腹、チタンで出来てんのか!?」
「そうかもしれませんね。なんせ僕たちはスターターですから。
いいですか?相手がチタンを使うならば、自分はそのチタンを破る力を得るまで鍛錬せよ。それがスターターです。」
ドリートは、自分の腹をさすった後、その左手を拳の形に変え、
殴りかかる姿勢を、身構えた。
「その逆も、然り、です!」
「!!」
とっさに受け身をとった勇。
腹にドリートの拳がめり込む。
「ぐぁッ……!」
とんでもない力。勇が喧嘩慣れしていなければ、さっき食べたスイーツが全部胃から飛び出すところだった。
それより、勇は驚愕した。
ドリートの構えは、自分が放った一撃目のときと、
全く同じだったからだ。
「勇!?」
予想外の光景に、驚愕する咲。ますます、ドリートの能力が分からなくなったからだ。
「どうですか?これがマスターの力です。立花さん、貴女もいかがです?」
「…っ」
咲は一歩退きながらも、
「…もちろん!」
右手を掲げて風を起こす。威嚇のつもりか、ドリートの伝統衣装の袖を風が切り裂く。
「いい切れ味です。でも、まだまだ伸びしろがある。」
ドリートが左手を上げると、
「いっ…ッ!?」
咲の右肘に、ぱっくりと赤い線。またたくまに、ポタポタと、血が流れ出す。
「油断大敵です。反撃に備えて大気圧で壁を作っておけば、綺麗な肌に傷なんて付かなかったのに。」
「なるほど、そういうことね。」
咲は、ポケットからハンカチを出して傷に当てる。
「ドリート、あなたの能力。コピーでしょ!」
勇も、合点がいった。
左手のパンチ。左手のかまいたち。さっきのテレポートも、おおかた、そういうスターターの能力をコピーしたのだろう。
…わかったところで、どうしようもない。チート級に強いだけじゃねぇか。
「ご明察。僕は、シミラー・スターター。鏡映しのモノマネ名人です。スターターの力を、主体としても、客観的にも分析することができます。」
ドリートが、尊大な営業スマイルで、2人に手を伸ばし、
「ということで、僕が教えれば、もれなく能力をさらに使いこなせるようになり、数段パワーアップをお約束します!さて、立花さん。木々原さん。僕の配下につく気はないですか?」
そう、のたまった。
「…。」
咲は、躊躇した。
自分にはまだ、伸びしろがある。ドリートの助言を受ければ、もっともっと強くなれる。
強くなれば、乾竜みたいなスターターにも負けない。
勇に限らず、誰かに助けてもらわなくたって、
1人で、強く、生きていける……
「やなこった!!」
勇は、迷いもせず、反射的に叫んだ。しかも、アカンベー付きで。
「勇…」
「俺、偉そうな奴大っ嫌いなんだ。親父を思い出すぜ。そんな奴にペコペコするなんて、まっぴらごめんだ!」
「そうですか…では、力づくで…」
「そこまで!!」
後ろから、大人の大声。
警察かと思った勇が、一瞬慌てる。
しかし、その声の主は、
「ドリート!また初心者にちょっかいを出していたのか。私との会合の時間をすっぽかしてまで。」
「叶さん!?」
叶校長、その人だった。
ドリートが裏山にいるのが分かっていたのか、ナイスタイミングだ。
「やー、その、スミマセン…」
「全く。先に山を降りていなさい。」
叶校長は、ドリートを追い払うと、呆れたように笑った。
「2人とも、正解だ。」
「「はぁ?」」
「強くなるために、優れた者を真似たり助言を受けたりすることは、悪いことじゃない。むしろ、自分のプライドに打ち勝ち、そういう近道を選べることも、心の強さである。
一方、不当な圧力に負けず、助言を受ける相手は自分で選ぼうという意思を通すことも、心の強さである。確かにドリートは天才だが、全面的に師匠と呼ぶにはルーズ過ぎるからな。」
2人はきょとんとして、顔を見合わせた。
その表情、タイミングの合い方といったら。でも、それを指摘したら、この場で痴話喧嘩になるだろう。
いいコンビだ。きっと、もっと、強くなる。
校長は、それを心に留めたまま、ドリートを追って山を降りていった。