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14 本音のマニフェスト

「はぁあ!?私が!?生徒会長!?」

寮の女子フロアに、咲の素っ頓狂な絶叫が轟く。

お願い!のポーズで固まっているのは、元生徒会長、3年生のトリィ。


才色兼備、品行方正、容姿端麗。どこに出しても恥ずかしくない生徒会長の鏡である。

このハーフ美少女が叶校長の1人娘だということは、一部の人しか知らない。


「無理無理!何言ってんですかトリィ先輩!!」

「そこをなんとか…」


先輩の話は、こうだ。


次年度の生徒会長は、2年1班の馬締という女子に内定していたし、引き継ぎも進んでいる。

しかし、内外から不信任が出ているため、1週間後に選挙を行うというのだ。その対立候補として、1・2年生から多数の推薦が出ているのが、咲だという。


確かにスターターとして実力はお墨付き。容姿もバッチリ。しかし、

「あの、私、そういうガラじゃ…」

「うん、知ってるけど…」


かつて、友達のいない目立たない少女だった咲。逆に、品行方正とは程遠い、暴力的な今の咲。

とてもじゃないが、みんなの代表、みんなの手本なんて、務まるものじゃない。


「お、ね、が、い!選挙に出てくれるだけでいいから!」

「うー…」

当て馬として選挙に出るくらいなら、バチは当たらないかもしれない。

大好きな先輩の可愛いお願いに、咲は渋々、頷いた。



「「おはようございます!皆様!」」

翌朝、登校した咲が目にしたのは、寒い寒い教室の入り口に、ズラリと並んだ1班。

「おはよ…何してんの、これ…」

朝の弱い咲は、ぼんやりとしながら怪訝な顔をする。

「これ?あいさつ運動。マナーアップキャンペーン。」

「生活規律の改善はまず朝のあいさつから、って、馬締ちゃんが。」

そんな1班をかき分けて、ツカツカと1人の少女が前に出た。


眼鏡。お下げ。ロングスカートにニットのカーディガン。手には、なんかの本。

真面目女子のテンプレートを地で行く彼女こそ、次期生徒会長、馬締。ずばり、その人である。

「聞きましたよ咲さん!わたくしの対立候補になるつもりですか?」

「あぁ、うん。成り行きで…」


ふん、と、上から下まで舐めるような視線。咲は、早速か、とゲンナリする。


「…断じて!相応しくありません!まず中学生で金髪ですか?あり得ません!首にペンダント?学業にアクセサリーが要りますか?そして短いスカート!なんて、はしたない!!」

「あのね、馬締さん。私のこれ、地毛。私一応クウォーターなの。首のこれは、妹にもらったお守り。何よりこのスカートの下、レギンスジーンズ履いてんだけど、見えてる??」

スカートをたくし上げて、下のズボンを見せつける咲。周りの男子が、おお、と視線を送る。


その様子に、馬締は溜息ひとつ。


「見ましたか、男子の反応!そもそも、この学校は規範意識が低すぎるんです。わたくしは、生徒会長となって、この惨状を改善したいのです!」

「はぁ…」




馬締が去った後、咲は考え込んでいた。


彼女の言う規範意識の大切さも、よく分かる。

なんせ、このところ毎朝のように、先生の説教タイムからスタートのことも多い。何故って?朝からスターター大乱闘で、備品の破壊や怪我人が出るからだ。

普通の学校だったら、あり得ないことだ。


それでも。

この学校に、規範や秩序は、似つかわしくない。そう、感じていた。


「てめぇぇ表出ろ!!」

「君こそ覚悟しろ!!」

早速始まった。珍しく、勇とユウの一騎討ちだ。


「馬締さん!喧嘩です!」

「また6班ね。いいですか皆様、喧嘩は両者が興奮状態のうちに介入しては2次被害の恐れがあります。2人が疲れ切ってから仲裁致しましょう。」


という馬締の前を、咲が突っ切っていく。

「ほら2人とも!また朝から説教タイムになるよ。今日の喧嘩の原因は何?」

「こいつが俺のハイビスカスを馬鹿にしたからだ!!」

「ハイビスカス?」

咲をはじめ、傍観者が首を傾げる。


「いっちゃんのパンツは派手で下品って言ったの!!」

「うるせぇ!この万年ブリーフが!!」

「ブリーフ馬鹿にするな!トランクスなんてスカスカしたパンツ、ごめんだね!」

「ブリーフ馬鹿にしてんじゃない、お前を馬鹿にしてんの!どーせ、そこに収まるサイズしかねーんだろ!」

「君こそ、スカスカ揺れるほど大きくないんだろ!!」


「いい加減にしなさい!!!」

「「ぎゃああああ!?」」

耐えかねた咲が、2人を切り刻んだ。

「アホ、下品、くだらない、どうでもいい!これ以上続けたら、2人分切り落とすからね!!」


「なんてこと、暴力を暴力で鎮圧するなんて…」

馬締は、呆れて卒倒しそうだった。



その日の放課後、またひと騒動あった。

「なんの騒ぎです?」

バタバタと逃げる生徒に、馬締が首を傾げる。

「蜂!逃げて、馬締ちゃん!」

蜂?普通の蜂ごときで、逃げ出すスターターではない。


もちろん、普通の蜂ではなかった。


「はぁあ!?」

「ほら、逃げますよ!!」

飛び回る蜂は、一匹一匹が子犬くらい大きかった。


馬締は手元の本に能力を込め、検索。

彼女の能力で、検索結果がページに浮かぶ。


「藤原先生の品種改良!オオキスギスズメバチが逃げた!そうですね、何にしろ、逃げるに如かず!」

馬締が逃げ出すと、逆走する1人の影。


「咲さん!?」

「どいて!怪我人が取り残されてるって!!」

咲は突風と風の刃で蜂を蹴散らすと、倒れている後輩を担いだ。

「咲さん…あなた、足…」

「わかっ…てる…」

咲の足に、大きな刺し傷がいくつかあった。大きく腫れ上がり、痛々しい。

「咲!助太刀に来たぞ!!」

「咲ちゃん!刺されたの!?」

6班がみんな集まって来る。なんて命知らずな、メンバーなんだろう。


そのとき、咲は安心したのか、担いでいる後輩もろとも倒れ込んだ。


「…っ!!」

馬締は、歯を食いしばると、

本をかなぐり捨てて、

後輩と咲を担いだ。

「6班、ここは頼みます!私は医務室へ向かいます!!」


眼鏡がずれるのも、服が乱れるのも構わず。

馬締は自分と同じくらいの体格の生徒2人を担いで歩き出した。




後日。

馬締の辞退により、咲は次期生徒会長に繰り上がった。


「安心してください。生徒会の経験と知識は、このわたくしが副会長となってお支えします。それよりも、この学校が必要としているのは、咲さん、貴方です。」

馬締は、清々しく言い切った。

「わたくしは、今まで、正しいことのみが大切だと教えられ生きてきました。しかし、この学校の皆様は、個性の塊です。わたくしのやり方では、うまくいきません。一方、咲さんは、誰の個性も否定しません。誰のことも、見捨てません。叶中には、貴方の姿勢が大切なのだと実感しました。」

馬締が、体育館のステージへの階段を指差す。


これから、次期生徒会長の演説が始まるからだ。


「…。」

高く大きく見える、階段。

一歩登るたび、足が、ふにゃふにゃになりそう。

自分に、こんなことが、出来るのか……


「咲!」

「…!」

2年の席から、聴き慣れた声がする。

6班の歓声。勇も、拳を挙げて、口元だけで「大丈夫だ」と。


「…うん。」


やってみよう。

私なりの、やり方で。



「私が次期生徒会長の、立花咲です。

正直、自分に務まるのか、とても不安です。何故なら、私はスターターになる前、一人ぼっちだったからです。

でも、この学校に来て、たくさんの仲間が出来ました。自信をくれる人も、心を開かせてくれる人もいます。だから私は、大好きなこの学校に恩返しをするために頑張ります。

そして、一番大切にするのは、絆です。一人ぼっちの哀しさは、よく知ってるつもりだから。私は、誰も見捨てません。私は、誰かの大切な人になりたい。それが、私の目指す生徒会長です。

力不足ではありますが、精一杯力を尽くします。よろしくお願いします。」


咲が礼をすると、津波のような拍手に、耳がクラリと揺れるのを感じた。






「よう、お疲れ様。」

冷え込む夜の寮のロビー。

薄暗いそこに、勇の姿があった。


引継ぎ作業でグッタリ帰ってきた咲は、その影に、差し出された熱い缶コーヒーに、

ほっと、息を吐いた。


「いいスピーチだったよ、咲。」

「はは、ありがと。正直、緊張しすぎて、何喋ってたのか覚えてないんだよね。」

「そうかい。俺には、あれが咲の本音っぽく聞こえたけどな。」


乱暴で、つんとした素直じゃない咲。

普段、本音を言葉にしない咲。

でも、誰よりも臆病で、寂しがり屋で、

誰よりも、仲間を想っている。

みんな、それが解っているから、咲を慕う。


「だからさ。俺もちゃんと、本気の本音は言葉にしようと思って。」

「は?」

珍しく、真面目な顔で真正面から咲を見つめる。


「咲、お前が好きだ。付き合ってください。」


勇らしい単純明快な、短い告白。


咲は、一瞬ポカンとフリーズし、

言葉の意味を飲み込んでからは、カァッと真っ赤になって俯いてしまった。


「ば、馬鹿!今更、何を…」

「ちゃんと言葉で堂々と伝えたことは無かったなぁ、って。」

「だ、だからって…こんな…」

咲の目が、泳ぐ。まともに勇の目を見られず、冷めたコーヒーをぐっと一気に飲み干す。

「…ああもう!!今日はもう無し!終わり!!色々ありすぎてキャパオーバーです!破裂しちゃう!!」

飲み終わった缶を、ゴミ箱に放り込む。


無し、終わりと言われ、勇はやっぱ駄目か、と肩を落とす。


「…だから。落ち着くまで、返事は保留。おやすみ!」

「え?」

そう言い残して、咲は駆け足で寮の階段を登って行った。


「…脈、あり…なのか?」

無人のロビーには、ゴウゴウという換気扇の音だけが響いていた。


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