表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/18

13 人格の軋むとき


廃墟の窓が、ギシギシと北風に揺れる。

人々から忘れ去られたような廃工場。ここは、地龍塾のゴロツキ達の溜まり場、兼、特訓場所。

「体はもういいのか?」

「ああ。学校医のお墨付きだ。」


今日も、合同練習が始まる。


勇が右腕に力を込める。

溢れるエネルギーが、紅い陽炎のように腕を覆う。


バラバラに襲いかかる、刃、爆音、茨薔薇、銃火器、鉄骨、ゴムボール、雷…

勇はフットワーク軽く逃げ回り、鉄骨を粉砕する。

「ははっ!絶好調だぜ!!」



地龍塾と叶中の合同チーム対、勇1人。

何故なら、一対一ではたいていのスターターは勇に勝てなくなってきているし、唯一張り合える実力のある咲とでは、勇が一対一勝負に抵抗感を示したからだ。


スターターは、生命の危機を乗り越えたとき、能力が向上する特性がある。


勇はもはや、初心者ではなく、指折りのスターターと呼んで差し支えなかった。


今回の自主練には、どこからか乱入したマックが混じっていた。

その笑顔は、化粧抜きに、楽しそうだった。


そのとき、

「てめぇら!そいつから離れろ!!」


工場の入り口に立っていたのは、

見たこともない、凍てついた目をした、

乾竜、だった。


彼が指差したのは、マック。

「やっと見つけたぜ…死神プルート!!」



その言葉に、そこにいる全員が固まった。


この可愛らしい、小さなピエロが。

死神だと、いうのだ。


「…あーあ。茶番も、終わりかぁ。」

笑顔が、かわる。

狂喜が、道化の面を塗りつぶす。


「…その通り。オレの名は、マッドクラウン・プルート。死と狂気の道化師さ。」


マックだった時とは、まるで別人。

もしかしたら、咲と同じく、多重人格なのかもしれない。


その表情に、竜が気圧される。


「死神、てめぇの目的は何だ?」

「オレぁピエロだ。人の笑顔に決まってんだろ。」

狂喜は、ますますケタケタ揺れる。

「人の悲劇は最高の喜劇!一度掴んだ幸せを失う絶望!見ていて興奮するだろ?そして絶望から立ち上がり、1つずつ日常を取り戻す幸福!ほら、オレのもたらすものは、笑顔ばかりじゃないか!!」

「…分かった、もう、黙れ!!黙れぇぇぇっ!!!」

竜は耳を塞ぎ、引きちぎれんばかりに、叫んだ。

死神の足元が、ブラックホールのように歪む。竜から溢れたエネルギーのダイヤモンドダストが、あたり一面に広がり、

「お前こそ、もう、黙ったら?」

「ー…っ!?」

音もない死神の一撃で、

そのすべてが消えた。


「竜!?」

「りゅっち!!」

竜は、己の腹に突き立てられている三本のナイフを見ると、膝から崩れ落ち、力無く倒れた。


「はははっ!大好きだった彼女の所に逝っちゃうのもまた、幸福かもなぁ!?」

とどめを刺そうと、近づいていく死神。やっと我に返った勇達が、制止しようと駆け出した、


そのとき。


「ぐっ!?」

死神が、巨大な突風で弾き飛ばされる。

他のスターター達も、旋風に吹き飛ばされる。


風は風でも、咲のそれではない。



廃工場の入り口に、3人の大人が立っていた。


「こっそりつけて来てみて、正解だったみたいだな、空。」

叶校長が空と呼んで笑いかけた男は、映画に出てくる外国のマフィアみたいなちょいワル親父。


一目で、竜の父親だと分かる顔立ちだった。


父親と、学校医の宍原が、竜に駆け寄る。

「大丈夫だ、全部急所を外してある。ナイフは抜くなよ。このまま119だ。かかりつけは市立病院、ケースS、宍原の扱いって伝えるのを忘れるな。」

「了解!恩に着るぜ、オミ。」


死神は、苦々しく3人を睨みつけた。

「くそ、知ってるぜお前ら。

悟心の賢人、元スターターマスター、竜巻の乾空、プロジェクトS最後の生き残り宍原桜実…

…ちっ、面倒くせぇ、興醒めだ、最悪だ!オレぁ、なんて不幸だぁぁぁッ!!」

ボン、と、カラフルな煙幕。


死神は、奇声を毒づきながら、姿を消した。




乾親子が救急車で去ったあと、自主練軍団は校長に本日解散を言い渡され、咲は宍原先生に呼ばれた。


「なんで、私だけ居残りなんです?勇じゃなくて??」

「とぼけるな。なんとなく、察しはついてるんじゃないか?」

「….。」

咲は、気まずそうに俯く。

「…殺鬼の、こと……」

「ああ。…ここじゃ気が滅入る。車に乗れ。」



咲と殺鬼には、分かってしまった。

死神は、自分と同じ、ちょっと特殊な人格障害だ。

第二の人格は、普通、抱えきれないストレスを分散させて請け負うために生まれる。

しかし殺鬼は違う。

咲の負の感情を、ストレスを、糧にして生きている。まるで、血を啜り生きる魔物のように。


死神からも、同じ匂いがしたのだ。






「ほら、ついたぞ。散歩でもしながら、話そう。」

宍原先生が車を停めたのは、駅の反対側にある大きな自然公園だ。


遊具を見守るように、しっとりとした常緑樹の林が構えている。駐車場側には湿地があり、それに寄り添う丘には風車が回っている。乾いた冷たい風に、軋むように。


「結論から言う。お前たちの成り立ちは、あいつと同じだ。けど、お前たちは、ああはならないだろう。さて、詳しく聞きたいか?」

「…はい」


2人は歩きながら、吹き付ける風の行方を眺める。


「これは伝聞と推測に過ぎないが、死神の生い立ちはこうだ。

マッドクラウン・キャン…彼は、純粋なキャンの者ではないためか、スターター能力が無かった。当時のキャンの若者達は、幼い彼を笑い者にした。

クラウンは、辛かっただろうに、腐ることなく奇術の特訓に励んだ。頑張れば、この技術でみんなを笑顔にできる。頑張れば、いつかスターターになれる。そう信じて。

みんなに石を投げられても、暴言を吐かれても、彼は笑っていた。いつしか、笑った化粧をするようになった。

そうして、彼は壊れていった。

そんな彼を助けるために生まれたのが、冥王プルートという第二の人格。

なんの皮肉か、冥王は強力なスターター能力が使えた。あれほど練習した、奇術絡みの能力を。

クラウンは、すでに擦り切れていた。冥王に、身体をほとんど明け渡して、寝てばかりいた。

嘲笑。侮蔑。仲間外れ。クラウンを蝕むすべてが、冥王の糧となった。いつしかその毒は冥王さえも侵食し、冥王はその在り方を変えてしまった。


人のドン底こそ、笑顔の源である…


そんな歪んだ喜劇に夢中になった冥王は、完全にクラウンとは乖離し…

いつしか、死神と呼ばれるようになった。


あまりの残虐さに、当時のスターターマスターが死神を処罰しようとしたとき。

最期の力を振り絞ったクラウンが、死神を道連れに自害を図った。


しかし、どういうわけか、死神はこうして生きている。歳も取らず、あの頃の姿のまま…残虐な行為と、徘徊を繰り返している。」


「…マックと冥王は、大きくズレてしまったのか…」

いつの間にか表に出ていた殺鬼が、眉根を寄せる。

「そう。求めるもの、守るものがズレたんだ。孤独が…毒が、そうさせた。…さて、立花達よ。」

「…!」


散歩の結果、辿り着いた林の奥。


そこには、とても小さな小さな、滝があった。


「強大にして、無限。滝を…困難の壁を躍り昇るのが、龍の力。羨ましいか?お前達が求めるのは、その力か?」

「…。」


咲も殺鬼も、トップクラスに強い。

しかし、勇と同じことは出来ない。


「…違う。私の力は、風…」

殺鬼が、右手を前に出す。

「…滝なんて、昇らなくていい。」

咲が、右手を振り抜く。


滝は旋風に巻き上げられ、

ビョウビョウと音を立て、水の竜巻をつくり、舞い上がった。


躍り昇る、蒼い龍のように。


「困難なんて、こうやって吹き飛ばしてやる。私より強い奴がいたって、気にするもんか。」

咲と殺鬼、口を揃える。

「じゃ、どうしても昇らなくてはいけなくなったら?」

「当然、勇をパシらせる!」


宍原先生は、さすがに驚いた。


他人を寄せ付けなかった咲と殺鬼が、まさか2人してこんなことを言うなんて。


「…上等だ。これで分かっただろう。お前達は、死神にはならない。理由は2つ。お前達が少しもズレていないこと。そして、大切な人…仲間がいること。」

「…!」


急にスターター能力を解除したため、

ざざぁ、と、大量の水が辺りに落ちてくる。

「うわ、バカっ!!冷た!寒っ!!」

「ご、ごめんなさい!!う、うああっ、冷た!寒っ!!!」





2人は車に戻って、タオルと暖房で身体を乾かす。

「…なぁ立花。お前は、人格が統合される時のことを考えたことがあるか?」

「…え?」


簡単に言えば、

咲の問題が解決され、殺鬼が役目を終えて消滅する未来のことだ。


「…考えたくありません」

咲の髪から、涙のように滴が落ちる。


「だろうな。大切な人といるときに、別れの瞬間のことを考えられる奴なんて、そういないよ。」

「…。」


しかし、咲には予感があった。


最近、殺鬼が眠っていることが増えたのだ。呼び掛けても、一回で応答しないことが多い。


もし、殺鬼が、居なくなってしまったら……


自分は、壊れずにいられるだろうか。



髪が乾き、車が動き出しても、咲は風車が軋むのを眺めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ