11 新年会!
「あけまして、おめでとうございます…」
新年早々。ドアを開けた勇は、ボコボコの傷だらけだった。
「あけましておめでとう、いっちゃん!早速おば様にやられたんだね!」
こくり、頷く。
家族で初詣の約束をすっぽかして、寝坊した勇。キレる、母。
最初は、丸めた新聞紙。
言い訳したら、木の定規。
逆ギレしたら、でかいダンベルで…
ボコボコに躾けられ、撃沈。
ちなみに、初詣の後、父親は職場の新年会、母親は友達と飲み会で早々に出かけた。両者、翌朝までは戻らないだろう。
懲りない勇は、満面の笑みで親を送り出し、仲間たちを実家に呼び集めたのだ。
「気を取り直して、おじゃましまーす!お姉ちゃんがケーキ作ったの、みんなで食べよう!」
「勇、あけおめ~。言われた通り、たくさんお菓子とジュース買い込んで来たよ。重い。手伝えバカ。」
「紙コップと紙皿も万全ですよー。これならご両親にバレません。」
「なんやー酒ないんかー。まぁ未成年飲酒で炎上したら始末に負えんし、しゃーないかー」
「昨日の晩、兄貴のバイト先で半額になってたオードブル、買って来たぞ!」
「あけおめことよろ!人生ゲームと弟のス●ブラ持って来たよ。予備コンは2個でいいんだよね。」
「羽子板と福笑いも持ってきたよー。罰ゲーム用の墨セットもね。」
あっというまに、仲良し6班と宴会道具が揃ってしまった。
そう。
金持ちの広い一戸建て、貸し切り状態。親不在。暴れ盛り勢揃い。
中坊流新年会「親(鬼)の居ぬ間にバカ騒ぎ」が、今、始まろうとしていた。
オードブルで昼ご飯を済ませて、庭で羽子板選手権が始まった。
「ストレングス・スターター流スマッシュ!!」
「甘い!」
冷たい突風が羽根を押し返し、勇の足下へ。
「ずるいぞ咲、板使えよ!」
「じゃ勇もスターター能力なしでやれば?」
「ぐぬぬ…分かった…」
勇が次の羽根を撃った瞬間。
どかんっ!!
…羽根から爆炎が炸裂した。
「…ユウ…」
「てへっ。ハズレを混ぜてみましたー」
次は、スマ●ラ大会。テレビゲームの名物キャラによるスクランブル対戦ゲームだ。
「食らえ電光石火!はっはっは弱い!小学生の弟以下!」
「ぐわあっ理江強い!あんなのピ●チュウと認めねぇ!」
「ダメージ200で油断は大敵です」
「わっ死んだ!え、今のリ●ク、スズ!?」
「伏兵だな…」
日は暮れ始め。
まだまだ続くバカ騒ぎ。
買ってきたハンバーガーと菓子、オードブルの残り。
飲み食い騒ぎながら、人生ゲームを始めた。
「ユウ、すげぇ子沢山になってる…」
「いいじゃない、子どもはいくらいても可愛いよ。」
「結婚相手は女なのか男なのか迷いどころだよな…」
「失礼な!僕だって女の子が好きなんだぞ。」
「へ~…」
マジ顔になったユウに、好奇の視線が注がれる。
「あらユウ、好きな人がいるの?咲姉さんに話してごらんなさい。」
「へぇ、ここで恋バナに進めていいのかな?咲ちゃんにもちゃんと暴露してもらうけど?もちろんこの場で。ねぇ、いっちゃん~?」
「やだぁ、ユウ、駄目に決まってるじゃない。」
ケラケラ笑いながら、ユウにしなだれかかり、口を塞ごうとする咲。
「…木々原さん、なんか咲さんの様子、おかしくないですか?」
「やっぱりそうだよな…まさか…」
勇は振り向いた。
案の定。
咲の紙コップに、甘酒。
「やっちまったか…」
勇は、その紙コップを、そっと隠した。
日もすっかり暮れた頃。
ようやく中坊軍団は、解散した。
勇はリビングをチェックし、親にバレそうな形跡がない事を確認した。
ところが。
「勇、あの、すごく言いづらいんだけど…」
戻ってきた、咲が、
「ごめん!泊めて!」
とんでもないことを、言い出した。
「ドン引きされるのは分かってる…でも、おばあちゃんの家、親戚一同集まって飲んだくれてて、セクハラオジサンとか多いし、危なくて帰れない…親元は論外だし、スズもナナもリエん家も駄目だった…勇の家、大きいから、部屋余ってない?」
「あ、余ってるけど…」
「お願い!」
断りきれず、勇は頷いてしまった。
「咲〜?こら、風邪引くぞ。」
勇がシャワーから戻ると、リビングのソファーで咲が寝息を立てていた。
昼間の疲れが出たのか、甘酒が効いたのか。深く寝入っていて、起きようとしない。
その寝顔は、穏やかで、可愛らしかった。
「ったく、無防備な。おーい、咲、起きろ。起きないと襲うぞー。」
自分から男の家に泊まり、ソファーで寝る。その上、甘酒で酔っ払ってる。
この上ない、据え膳シチュエーションだ。
(咲、お前が無防備に泊まりにきた家の男は、お前のこと、こんなに……)
気になっていると、いうのに。
言えない想いに呑まれる前に、
「…よし。じゃ、せめてチューだけ、どうですか咲さん?」
そう、提案。……反応、なし。
「へへへ。拒否の意思なし、と、みなす。」
勇は、ニンマリ笑うと、唇を尖らせて咲に覆い被さり……
「くぉらああああっ!!!」
「ひっ!?」
怒号が聞こえ、勇が飛び退く。
「あんたって子は…正月早々にっ…」
「げ、お、オカン…」
目の前に立っていた雄々しい仁王。
勇の母親、その人である。
「いっつもオール飲みしちゃって申し訳ないなー、なんて帰ってみたら…庭は穴だらけ!キッチンに食い散らかしたゴミ袋!その上、あんた、その子連れ込んで、何してた!!!」
勇に向けられたハイキック。避けると、ブン、という音だけが遅れて聞こえた。
「うっ…」
羽子板大会の形跡と、徳用ゴミ袋だけ隠蔽し忘れた。
それよりなにより、
風呂上がり、パンツ一丁。
ソファーで寝ている同級生の少女。
ほのかに酒の匂い。
ていうか、チューしようとした瞬間、見られた。
これ、女の子を酔わせて連れ込んだようにしか見えない…
「これは…その…誤解でして…」
「問答無用!」
リビングの端にあるガラスケースから、父親のゴルフクラブを取り出す。
「ひっ…」
…殺される。
咄嗟に、足に力を込めて、跳躍。服を掴んで、目にも留まらぬ速さで脱出。こんなところで、日頃の訓練が生きる。
無事、勇は鬼のいる家から逃げ延びた。
「う…ん?」
咲が目を覚ますと、勇そっくりな女性が、優しい目で覗き込んでいた。
「大丈夫?うちのバカ息子に、何かされなかった?警察?病院?親御さん?どこに連絡すればいい?」
「あ…」
咲は全て思い出し、
「ご、ごめんなさい!私が無理言って泊めてもらってただけです!勇は無罪、無実です!!」
慌てて、謝った。
「なるほどね。親論外、ばぁちゃん家も危険、女友達全滅。そりゃ、うちに来るしかねーわ。」
咲にお茶を出して身の上話を聞き出した勇母は、納得したように頷いた。
「わかったような口はききたくないけど、あんたも苦労してんのね。その上、あのバカ息子の世話まで。」
「そ、そんな、バカだなんて…(たしかにバカだけど…)」
勇母も、お茶を一口。
気まずそうに、話す。
「察しがつくかもしんないけど、あたし元ヤンでさー。勇の奴、あたしに似ちゃって生まれつきバカなのよ。
あたしもバカだから、ちゃんと躾とか出来ないし。
あろうことか、うちの旦那、社長さんなのよ。跡継ぎ候補の長男がマジモンのバカだったせいで、旦那ちょーガッカリ。
そりゃ、バカはバカなりに、グレるしかねーでしょ?」
「はぁ…」
(お金持ちなのは知ってたけど、勇のお父さんて社長さんなんだ…)
茶化してはいるが、勇のことを気にかけてやまないようだ。
心配そうに、愛おしそうに、バカバカ言う勇母に、
親の愛を感じて、咲は羨ましかった。
「まぁ、バカすぎる息子は放っといて、咲ちゃん。あんたは他人の子と思えないから、ちょいちょい遊びに来な。今日みたいに、泊めてやるから。食いっぱぐれた時や身の危険がある時は、助けてやれるから。うちらは、そうやって生きてきたから、慣れてんのよ。」
「は、はい…」
撫でられて、咲の心が温かくなる。
その夜咲は、いつものような悪夢ではなく、楽しく暖かな初夢を見た。
一方。
勇は、締め出されてあちこちの知り合いを訪ね歩き、風邪をひいた。