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04

(まず問題を整理しよう)


 1人になった所でアレクは思考を巡らせる。今、自分の身の回りで起きている問題を整理し、自分が何をすべきかを探る。

 まず問題となるのはアメジストの処刑だ。そして、この処刑は“運命の強制力”によって導き出された“筋書き”である事。

 これは歴史における転換点と言われ、結末や道筋が定まっていなくても必ずそこに帰結するという、運命からの干渉が強いポイントと言える。


(逆説、アメジストが処刑されれば“運命”は筋書きの通りに進む)


 ここで次の問題が立ち塞がる。この“運命”を覆しても、覆さなかったとしてもその先がどうなるのかは誰にもわからない事だ。それは“運命”というものを知覚している人間も把握する事は不可能だと言う。

 物語が終わった本が閉じられるように、運命の通りの筋書きに進んだからといってその先が続くとは限らない。また、逆に運命の筋書きから脱却した所で、その時点で筋書きが破綻した世界が存続するのかもわからない。

 何もないかも知れない。けれど、何か起きるかもしれない。未知というのは恐怖を煽る。身が震えそうになるのを両手で体ごと抱き締めながらアレクはそっと息を吐く。


(“運命”を越えた後は考えても仕方ない。そして私にとって解決すべきはアメジストの処刑の回避だ)


 アメジストの死は運命によって処刑される事が定められている。だが、本来の筋書きで言えばアメジストは傍若無人な傲慢なご令嬢だったから、その処刑の正当性が認められたと言えよう。

 アメジストはそんな運命に抗おうとした。品行方正なご令嬢として、密かに運命を覆す為に“姉妹”である事も犠牲にして1人の“運命に抗う人間”となって戦い続けてきたのだ。

 それでもアメジストに運命は微笑まない。そんな理不尽、神の意志だろうと、運命の決定だろうと断じて認められるものではない。そんな事が認められてしまったら、人は生きていく上で魂を腐らせてしまう、と。


(正しく生きようとした者が運命に抗う事すらも許されないなら、人は運命など知るべきではないのだ)


 知ってしまえば、それがどんな破滅がが待っているのかを理解してしまう。

 自分ではどうしようもない結末を突きつけられながらも人は生きていけるのか。否、生きてはいけない。死はいつか訪れるものではある。けれど、こんな形で悟るべきものではないとアレクは強く歯を噛む。

 “姉の彼女”と全てを捨てて、忘れて、ただ幸せに溺れる事も出来た。それが出来ないと思ったのは“彼女”をアレクは愛してしまっているからだ。愛した人が運命に翻弄され、処刑されるなどと認める訳にはいかない。

 例え、その先に何も残らないのだとしても。ならば、この愛を貫く事だけを考える、と。


(……冷静になれ、まずは客観的な事実を集めよう。アメジストを悪しき様に言う者は警戒しなければな)


 そこでアレクの脳裏に浮かぶのはルビオの姿だった。かけがえのない親友だった。だが、自分が信頼した彼はもういないのだろう。

 運命の筋書きがルビオを別人に仕立ててしまった。自分はもう彼を今までの友のように思う事は出来ない、と。


(もし、お前が正気に戻る事があったら……その時は、謝らせてくれ)


 狂っているのは私の方かもしれないが。そう自嘲気味に思いながらも、アレクは思考を切り上げて情報を集めるべく部屋を後にした。



 * * *



 アレクが集めたアメジストの証言は、戸惑いの声の方が多いように感じた。


『アメジスト様がそんな事をするとは思えない』

『取り巻きって、アメジスト様ってそんな人を引き連れてましたか?』

『誰かがアメジスト様に罪をなすりつけようとしたのでは?』


 このような反応が大多数であった。これにはアレクも意外に思っていた所だ。運命の強制力が絡んでいるならば、もっとアメジストが悪しきように言われるだろうと覚悟を決めていたのに拍子抜けであった。

 むしろ、収穫があったのは極少数の反応であった。


『クリスタが言うなら、本当の事なんじゃないでしょうか』

『クリスタの事を疑ってるのですか!?』

『彼女は良い子ですよ。アメジスト様も……そんなあの子に嫉妬してしまったのかもしれませんね』


 この反応である。これも予想していた通りの反応だった。運命の筋書きから考えれば、クリスタは栄光を掴む勝者となる運命に選ばれていると言える。

 ならば、彼女を褒め称えるように人々の意志が運命の筋書きによって改変される事も有り得るとアレクは考えていた。

 アレクにとって収穫と言えたのが、同じようにクリスタを擁護する者でも2つのパターンがあったのだ。

 それは、最初からアメジストを悪しきように言う者と、そして……最初にアメジストの話を聞いた時はアメジストに同情的だったのが、クリスタの話をした途端にアメジストを悪しきように罵るように心変わりしたのだ。

 目の前で急変とも言える心変わりを目にしたアレクは動揺を隠し、なんとかその場を切り抜けた。適当に話を合わせ、誤魔化して距離を取る。名前と顔を忘れないように記憶に刻み込みながら浮かんだ汗を拭う。


(……これが“運命の強制力”とやらか。忌々しい)


 気持ちが悪い。まるで台本を喋らされている役者のようだ。だが、誰も彼も自分が役者になった事に気付いていないように、それが本当に自分の本心だと言うように振る舞っている。あぁ、なんとおぞましい事か!

 こんな心変わりを“彼女達”は何度味わってきたのだろうか。それがどれだけ深い絶望に繋がるのか。想像するだけに胸が張り裂けそうに痛む。

 神というものが本当にいるのだとしたら、ただの1度でいい。その命を奪う為に刃を突き立てたいと願う程にアレクの心は荒みきっていた。それ程までに目の前で態度を急変させる様は薄気味が悪かったのだ。


(お前達は何を見ていたのだ! アメジストの何を! 何故、そうもアメジストの事を悪しきように言えるのだ!)


 感情の枷を解いて喚き散らしてしまいたかった。それを今までの経験や教育、己の矜持で抑え込む。王子たるもの、そう簡単に感情に振り回されてはいけない、と。

 しかし、これで“運命の介入”ははっきりと確認する事が出来た。そしてその基点はやはり、あのクリスタにあると。


(……どう動くべきだ?)


 運命の筋書きで描かれるのは2点。“罪を犯した悪逆なる令嬢、アメジストの処刑”。そして“清廉たる麗しき令嬢、クリスタの栄光”。この2つは光と闇、対極の鏡合わせのように存在している。

 そして運命の筋書きでは、クリスタと結ばれようとしていた男性に嫉妬し、アメジストが暗殺を仕掛けてそれが露呈した為に投獄された、という流れだ。



(……ん? では、クリスタとのお相手は誰だ?)


 考えられるのは、まずはルビオだ。ルビオはクリスタに心を奪われているようだし、運命の虜となっていると思うべきだろう。

 しかし、それならばルビオを調べれば何かわかるだろうか、とアレクは聞き込みをする事にした。

 そうして集められた情報にアレクはまたもや頭を抱える事となる。


(……クリスタに心を奪われたのはルビオだけではないな?)


 クリスタと近しい男性の名を聞けば、まずルビオの名前が上がる。だが、それ以外の男性もまたアレクにとっては頭が痛い者ばかりだった。

 まず見目が麗しい。貴族学校でも人気を集める男達ばかりだ。そして地位も盤石と来れば、確かに華々しい運命の相手の候補としては申し分ないのではないだろうか。


(確か、クリスタには男性と結ばれる可能性が多くあると言っていたな。……まさか、その全ての可能性が?)


 それはまた恐ろしい話だと思う。誰もが運命に操られるようにクリスタに思いを寄せる。そして自分の意志を奪われると思えば声も出ない。

 自らの意志でクリスタを好いたのならともかく、運命によってねじ曲げられた気持ちを本心だと思っている可能性を思えば悍ましい限りだ。


(……運命を崩しすぎれば世界の崩壊を招く恐れがある。しかし、アメジストの処刑とクリスタの栄光は表裏一体。少なくともアメジストは“本物”ではない。その時点で最初の破綻は来る。しかし、それは俺の望みではない)


 はっきり言ってアレクにとってクリスタはどうなろうと知った事ではない。むしろ、真実を知ってしまえば恐ろしい限りだ。人心を惑わす運命の申し子、それを知らずに振る舞うならば、あの無邪気ささえ世界の毒となりかねない。

 ……暗殺。そんな言葉がよぎる。そうだ、クリスタが何らかの要因で死ねばアメジストは助かるかもしれない。そこまで考えて両頬を叩く。


(落ち着け、短絡的になるな。それにクリスタの死が決定的な破滅を促すとしたら……いや、どちらにせよ些細な事か)


 アメジストの命を助けたい。それがアレクが望む結果だ。しかし、その結果を叶えた瞬間に世界が終わる可能性もない訳ではない。

 それならば、運命の片割れとも言うべきクリスタを殺した所で何も変わらないのではないか、と。そんな思考がアレクの脳裏に過る。


(……いざとなれば、だな)


 だが、それは王子としては許されない。アレクとしてならばともかく、アレクサンド・フォン・エルメライトとしては許されない振る舞いだ。

 公平にして公正に。王族とは秤でなければならない。己の価値観による善悪で人を裁いてはいけない。国を守る為に必要な事を為すのが王族なのだから。

 ……その上で、国としてアメジストを殺すべしとなった時、自分が王子のままでいられるかはわからないが。少なくともその時までは、自分は王族である自分の事は裏切れない、と。


(……それに私が手を下してしまえば、アメジスト達を裏切ってしまう気がするしな)


 彼女達はあくまで正々堂々、とは言い切れないかもしれないが、少なくとも周囲に迷惑をかける事を望まず、誰からも羨まれる存在になろうと努力していた。

 ならば自分も王子として振るまい、この事件の真実を明らかにする事でアメジストの無実を証明してみせると。その思いを新たにアレクは顔を上げる。


「……あっ」


 そこに、クリスタがいた。

 また妙なタイミングで現れるものだとアレクは感心してしまう。不安げな表情を浮かべたクリスタが駆け寄ってくるのをただ黙って見守る。


「アレク様……」

「……何か用か?」

「い、いえ。ただ……姿をお見かけしたので」

「そうか」


 相槌を打つだけの返事。言葉数は少なくしなければ、何を口走ってしまうかわからない。注意深くクリスタの様子を見ながらアレクは慎重に振る舞おうとする。


「……アレク様、その」

「……用がなければ失礼する。私も忙しくてね」

「あ、あの!」


 クリスタはアレクの顔を見上げるように見つめる。言葉を選ぼうと必死なようにも見える。だが、そんな彼女の振る舞いに邪推をしてしまうのは己が疑ってかかってるからだろうか、とアレクは自問する。


「アレク様、私……! 私は!」


 足を止める。……彼女は何を言いたいのだろうか。むしろ、言いたい事はこちらが山ほどあるのだが。


「私は、アレク様の助けになりたいのです……!」

「何故?」

「だって、今のアレク様は見てられないのです……! とてもお辛そうで、だから、私!」


 ――誰のせいだと思っている!?

 そう怒鳴りつけそうになった所で、唇を噛んで目を逸らす。その顔を見ていれば全力で殴り飛ばしてしまいかねなかった。


「……あぁ、とても辛い。アメジストが、まさか暗殺など企てるなど、とてもではないが信じられない」

「え……?」

「これは何者かの陰謀なのではないかと、そう思う心が抑えられないのだ。……だから無闇に私に近づかないでくれ、クリスタ。でなければ謂われもない憎しみを君にぶつけてしまいそうだ」

「……」

「全ての真実が明かされた時、私は納得する事が出来る。だから」

「アレク様は、私を信じてくださらないのですか?」


 アレクがその問いに視線を戻せば、クリスタは俯いて視線を下げていた。

 その言葉に、信じられるかと怒鳴りつけたいのを抑えながらアレクは返答する。


「すまないが。……君に、アメジストほどの信用はない」

「……アメジスト様の事を、今でも思っていられるのですか?」

「当たり前だ。10年前からずっと思い続けてきた相手なのだ、彼女と共に交わした喜びは……今でも、何一つ嘘ではないと思っている」


 例え、それが“2人のアメジスト”で共有されたものだとしても、自分が彼女達の正体に気付かなかった間抜けなのだとしても。

 アメジストという少女をアレクは深く敬愛している。その事情がどうあれ彼女達がここまで積み上げてきた努力が、この胸に信頼の花を咲かせているのだ。

 一方で、クリスタには疑惑の種しか根付いていない。それが信頼という花を咲かせる事はないだろう、と。


「……10年前、から」

「再会したのは貴族学校の、この学年からだがな……だからこそ、私も無念で仕方ない。だからこそあらゆる可能性を探してしまう。だからクリスタ、わかって欲しい。私を思うならば、私を放っておいてはくれないか? 君が出来るのはその身の潔白を示す事だ。何か後ろめたい事があるならば、それを詳らかにして欲しい。……どうしても、私はアメジストがクリスタを暗殺しようと企てたなどと思えないんだ」


 それが運命によって描き出された結末なのだとしても、認められないと。

 クリスタは俯いたまま、何も言う事はない。何も言う事がなければ、こちらもここに留まる理由はないとアレクはクリスタに背を向けて、一度も振り返らずに去っていく。


 ……かり、と。かり、かり、と。

 誰もいなくなったその場で音が響く。かり、かり、がり、と。それは歯が何かを噛んで食いちぎる音だ。



「……なんで、バグってるのよ。10年前とか、そんなのシナリオに書いてなかったじゃない……」



 その呟きを、誰も拾う事はしない。



  

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