俺を置いていくなあああ
そして何かが這ってきている音。
僕の勘が後ろを向いてはいけないと言っているが好奇心には勝てない。
「なぁ。ネル。凄く……嫌な予感がしないか?」
この恐怖心は僕だけが感じているわけではないと思いたい。
「奇遇ねソラ。……私も感じるわ」
どうやらネルも背後にじわじわと迫ってくる気配に気づいているようだ。
「ならさ、せーので振り向かないか?」
一人だけで変なのを見て驚くのは嫌だ。
「そうね。私たちは仲間だし苦難は共にすべきね」
なるほど。それでトラップに引っかかった時にそんなに反省していなかったのか。
まあ過ぎた話だ。
水に流そうじゃないか。
「じゃあ振り向くぞ?」
「えぇ。いつでもいいわ」
ネルの許可を得たので掛け声をする。
「――いくぞ。せーの!」
お互いが後ろをバッっと振り向く。
そこに見えたのは苔やツタの生えた相変わらずの壁。
そしてポツポツ見える僕らの足跡。
そしてその真ん中にズルッズルッと音を立ててじわじわと近づいてくる腐肉。
緑がかっており所々肉がただれているそれ。
それが近づくたびに異臭が酷くなっていく。
「「ぎゃあああああ!!」」
キモイ。
とにかくあれはキモイ。
あれはゾンビだろう。
聞いたことはあるがあんなにも臭くて気持ち悪い物なのか。
初めて見る姿に混乱して体が動かない。
そのまま呆然として見ているとゾンビはゆっくりと立ち、こっちに走ってきた。
「ネル! 危ない!」
そう言って彼女を守るような前に出てかばう。
そしたら後ろに彼女の気配はしなかった。
「え?」
突然いなくなったので驚いて後ろを見ると出口に向かって全力ダッシュをするネルの姿。
「お前! 僕を置いていきやがったなぁ!」
ネルがてっきり後ろにいるものだと思って守ったつもりだったのだが。
まさか置いて行かれるとは。
「だって! ふつう逃げるでしょ!?」
確かに冷静に考えればそれがいいかもしれない。
「君を守ったと思ったら置いて行かれた僕の気持ちを考えてみて!?」
引きこもりのネルは体力がないのか簡単に追いつけた。
「それはごめんなさい!」
息を切らしながらネルとこのアール遺跡を出た。
そのまま街に戻り、ネルをギルドのテーブルに待たせて職員さんにさっき起きたことを話す。
「分かりました。ゾンビが出たのですね。報告ありがとうございます。では報告料として20ゴールドを」
そう言って銅貨20枚を僕に渡してくれた。
「あの……? 報告しただけでお金が貰えるんですか?」
それなら嘘の報告を言ったら労費なしで大量に貸せげるのでは?
「はい。ただ間違った報告をすると黒星が付きます。それが5個付いたら罰を受けてもらいますよ?」
そう言ってジト目で僕の事を見つめる職員さん。
「ははは……。気を付けます」
どうやら僕のもくろみがばれてるようだ。
用事が済んだのでカウンターを出てネルの元へ。
「ネル、報告したら報酬が貰えた」
そう言ってネルがいるテーブルに行った。
「へー報告するだけでお金が貰えるの?」
僕は報酬の銅貨20枚のうちの半分をネルに渡す。
それをジャラジャラしながらすまし顔で銅貨を見つめている。
すると何かを思い立ったのか急に笑顔になる。
「……適当な報告をすると罰を受けるんだとさ」
多分僕と同じことを思いついたネルに先に口を刺しとく。
「べ、別にそんなあくどいこと考えてないわよ」
そう言うと口を尖らせて明らかに表情を悪くした。
「じゃあ今日はこのまま解散するか」
外を見ると少し黄色とオレンジ色の間の色をしていた。
外を歩く人々から昼より気持ち長い程度の影が出来ていた。
「じゃあそうするわ。ソラはどうするの?」
そう言われてもとる行動は一つだけだ。
「適当に冒険者のことを調べておくよ」
今回はゾンビで尻尾を巻いて逃げたがそのうち戦わなくてはいけないだろう。
冒険者としていつまでも魔物から逃げる訳には行かない。
「そうじゃなくて今日も野宿なの?」
なんだそんなことか。
「当り前じゃないか。無駄に僕にお金を使わせるわけにはいかないしね」
そうなのだ。
俺は孤児院で育った。
その孤児院は貧しく、ソフという女性が一人で運営をしていた。
そんな中成人になった僕はのんきにそこで暮らすという事は出来ない。
正直12歳くらいでこの孤児院を出て冒険者になろうとしたのだけれど、成人するまではここから出さないというソフの意思で成人と同時に孤児院を出ることにした。
「で、お前はまだ親のすねをかじっていると」
基本的に成人したら家を出る。
たまにネルみたいに働かない奴がいるらしいんだがそれは一家の恥といっても過言ではない。
「そうよ? あ、ソラもうちに来る? 多分歓迎してくれるわよ?」
「遠慮しておく」
前にそう言われてネルの家に遊びに行ったことがあるのだがネルの親が僕とネルをくっつけさせようとしてめんどくさかったのだ。
16歳にして働かない、色恋沙汰もないネルに相当親は焦ってたんだろうか。
頭を地にこすり付けてネルを貰ってやってくれと言われたときは本当にビビった。
なんの罰ゲームなんだよって思ったが僕は出来る子。
笑顔でお断りした。
という事があったので事情がない時以外はむやみに遊びに行ったりはしていない。
「僕はこの辺で」
そう言いネルと別れた。
また夜までは時間がある。
それまでに色々見て回るとするか。
まず武器屋を見てみよう。
子供の時からずっと入って見たかったのだ。
「いらっしゃい!」
そんな八百屋と変わりないテンションで出迎えてくれたのは髭が似合う男だ。
「10ゴールドで買える武器ってある?」
一応ナイフを持っているけど近距離でグサグサやるのは危ない。
今回みたいにゾンビとかと戦うのであれば距離を取りやすい剣とかが欲しい。
「お前馬鹿にしてんのか? リンゴ二つ分の金額でいい武器を変えると思うなよ?」
やっぱ無理か。
「ならさ10ゴールドでさび取りと研磨って頼める?」
僕はネルがあの宝箱から見つけた錆びた小剣を渡した。
「う~ん……これくらい酷い物だったらもっと金を貰うんだが。ま、仕方ねえか。やってやるよ」
そう言って錆びた塊を掲げてよく観察をしている。
その顔はまさしく職人顔だ。
「明日には仕事を終わらしてやるよ。金はその時払ってくれ」
彼は背中でそう語りながら店の奥に入っていく。
その姿は歴史が入っているような気がしてかっこよかった。
次に防具をそろえようとしたが明日剣を取りに行くとしたらお金は一文無しだ。
なのでそれはもうちょっと冒険者を頑張ってからにするとしよう。
その他に特にすることもないので街を出て食べれそうな野菜、果実を取ってくる。
今日の晩飯だ。
たまには肉も欲しいんだけど野生の動物を狩れるほどの力は僕にはない。
なので野菜で我慢だ。
適当に腹ごしらえをしたら街に戻る。
その頃には日が落ちていた。
昼とはまた違う賑やかさがある街を歩いていきだんだん静かになっていく。
そして夜の鳥の鳴き声くらいしか聞こえなくなった場所に僕のひっそりとした隠れ家がある。
それは廃墟で勝手に僕が勝手に暮らしている。
本当は無断で利用してはいけないんだろうけど、ばれなければ問題ないって誰かが言っていたから別にいい。
もし怒られたら素直に謝るつもりだ。
その廃墟の立て付けの悪い扉を力技で開けて、閉める。
「あ、ソラ! お帰り!」
ネルが笑顔で僕を出迎えてくれた。
「うん、ただいま」
僕はそう返して家の中に入っていく。
「何でお前がここに居るんだよ!?」
余りにもナチュラルに挨拶をされたから違和感に気づかなかった。