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救いを求めてその手を伸ばすは

お手々シリーズラストになるはずが、間が空きすぎて迷子になりました。幸せになったよ!って書きたかっただけなのに……。やっぱりシリアスです。

 革命当日。後世、王家最後の日とも、民主制が生まれた日とも呼ばれるその日、その国のあちこちで戦火は燃え盛っていた。

 これはその一幕の物語――――……。





 ……近衛隊が来たぞ!!


 ……女は逃がせ!!


 ……石は何処だ?!


 ……弾薬を!


 遠くから男達の声が響く。


 広場にたどり着いた一人の娘は誰かを探すように周囲を見回す。長く走り回ったのか、その服装は煤に汚れほつれている。


「お嬢さん、どうした? 親とはぐれたか」


 瓦礫に寄りかかるようにして怪我をした体を支えていた男が問いかけた。


「ここに金獅子は来ませんでしたか?」


 無表情のままの娘は、戦火の只中にいるにも関わらず、冷静な口調で問い返した。


「金獅子? 我らが指揮官、サー・ウィリアムか。ならばここで戦って俺達を助けてくれた。王家の兵士を蹴散らして、今は砦に向かってるはずだ」


 負傷者の手当てや瓦礫の片付けをするために、女子供が隠れていた場所から出てくる。その中の一人が男の怪我を見て、顔をしかめた。助からない。それが表情に出てしまっている。


「俺はいい。それよりも若い連中を頼む。

 ……お嬢さん、ここはまだ危ない。隠れておけ」


 自身の状況は分かっていたのだろう。手当てを断り、マスケット銃を杖に立ち上がろうとする男を娘は見つめた。


「キャァァァァ!!」


「やめとくれよ!! ここには兵士はいないよ」


 広場の入り口から女たちの悲鳴が聞こえる。慌てたように戻ってきた男たちと、進撃してきた兵士達が撃ち合う。


「来やがったか! お嬢さんは逃げろ! その服装、どこかの貴族のお仕着せだろう?

 ここは危険だ!!」


「お断り」


 娘は短く答えると目をつけていた布を拾いに、広場を走る。銃弾が掠める様に飛ぶが、気にするものでもない。


「おい!!」


「瓦礫に隠れろ!! 女たちを逃がすんだ!!」


 戻ってきた市民兵達が、王家の兵士を押し止めている間に少女は目的の物を手にした。


「あれを見ろ!」


「何だって金獅子の旗が!!」


 王家の兵士に動揺が走る。手酷い敗北を重ねている王家の兵士たちにとって、金獅子の旗は恐怖の象徴だった。


 埃で汚れたメイド服の娘が頭上に掲げる、泥で汚れた金獅子の旗。自由の旗頭。人々を先導する新たなる指導者の印。それを光に翳しながら娘は大きく声を響かせた。


「マイ・ロードは金獅子!!

 ただの捨て子だった私を、サーは雇ってくだされた。

 この革命を始める日!

 雇い人たちには逃げろと言われた優しいご主人様。でも私は逃げない!

 サー・ウィリアムの元へ!! 私たちの命を守る為に!!

 集え! 進め!! 私たちの自由の為に!!」


 重そうに旗を揺らすと、娘は王家の兵士たちに向かって歩き出す。


「おい、やめろ!!」


「危ないぞ! 隠れろ!!」


 市民兵達は口々に少女に警告する。それを一瞥した娘の歩みは止まらない。


「撃ちたければ撃ちなさい!!

 私はただの家事妖精! けれどもこの忠誠は揺るがない!!」


 パァーーーン!


「っうッ!!」


 肩口を撃ち抜かれた娘は一度大きく体勢を崩す。けれども娘は止まらない。ヒタと兵士を見つめて歩みを進める。


「私は孤児で文字も読めなかった。

 友達はみんな、篤志家と名乗る貴族に売られていった。

 サー・ウィリアムだけは違った。私を助けてくれた。駄目な家事妖精の私を、人間にしてくれた!!

 だから、今度は私が助ける番!

 非力で貧相なこの身体でも! 一度くらいは盾になれる!! 女なんか役にたたないと言われてもっ! それでも私はマイ・ロードの元へ行く!」


 ヒュンヒュンと風切り音を発てながら、弾は娘の体を掠める。

 怯えもなくただ金獅子の旗を掲げて歩く娘の姿に、王家の兵士たちの中に動揺が走る。


「うわぁ!!」


 娘を狙い撃っていた兵士の頭上に煉瓦が落とされる。それを皮切りに、隠れていた市民たちが近くにある物を投げ落とし始めた。


「この!!」


「帰れ!!」


「お前たちのせいで息子は死んだ!!」


「肥え太る貴族の犬めっ!!」


 怒り狂う婦人たちの攻撃は止まない。それどころか、硬い金属の調理道具や煮えたぎった湯等も降り注ぐようになった。


「女たちに負けるな!!」


「意地をみせろ!!」


 荒ぶる女たちに怯えていた市民兵も、逃げ惑う兵士を狙い撃つ。


 街全てが敵に回ったかの様な錯覚すら受ける攻撃に、兵士たちは這う這うの体(ほうほうのてい)で逃げていった。


「おじさん!!」


 娘を守っていた兵士は、腹部から血を流し力尽きた様に地面に伏せる。近寄り揺さぶるが反応はない。


「お嬢さん!」


「ありがとう、あんたが兵士の視線を釘付けにしてくれたお陰で助かった」


 住人達が近づいてきて礼を言う。娘が手に持つ金獅子の旗が気になるのか、チラチラと視線を向けていた。


「お嬢ちゃん、サー・ウィリアムの所へ行くのかい?」


 煉瓦作りの建物から出てきた恰幅の良い女が問いかける。


「はい。砦に行ったとその人に教えてもらいました。これから追いかけます」


 銃を握りしめたまま、うつ伏せに倒れた男を見つめて娘は頷いた。動くことがない男を引き受けると胸を叩いた婦人は遠くに向けて声を張り上げる。


「あんたぁ!」


「何だよ、かぁちゃん!!」


 ぶんぶんと手を振り、遠くにたむろしていた男を呼んだ婦人は、娘を送るように己の旦那に言いつけた。


「おう、嬢ちゃんか。いいぜ、これからおれらも砦に突撃するんだ。一緒にこい」


「ありがとう」


 無表情に戻った娘はペコリと軽く頭を下げる。


「お嬢ちゃん、さっき家事妖精って言ってたな? 本気かよ?」


「はい。私は元家事妖精。お花を売る事も出来ず、歌いあげることも出来ない出来損ない。養護院にいた私をサーは助けてくだされた。その時サーは怪我をして、私の小屋に転がり込んで来たのだけれど。

 私はサーに恩返ししなくてはなりません。どうか一緒に連れていって下さい」


 娘が行くならと女たちの一部も砦に向かって歩き出す。道行きで金獅子の旗を抱えた娘を見つけた人々も合流し、砦に着く頃には万に近い民が怒号を上げていた。






 ――――……ドガッ! ガァァァン!!


 砦から撃たれた大砲の弾が、金獅子の軍を襲う。勇猛果敢と言われた金獅子の部隊も負けじと大砲を打ち返す。


「閣下!!」


「何事だ!」


 敬礼する部下に、騎士の格好をした金獅子は馬上から答える。


「西から市民たちが大挙して押し寄せてきています!!」


「何だと?!」


 驚いたウィリアムが確認すると確かに市民達が手に武器を持ち、砦に向かって進軍してきていた。王家の軍が破棄していったのであろう大砲すらも引きずってきている事に気がついたウィリアムが目を見開いているとき、それに気がつく。


「我が家の旗?」


 先頭近く、組織だった民兵達の中に、汚れた旗がある。市民たちを先導するように上下に振れながらも、砦に近づいていた。


 部下に市民を集めるようには命令していない。それを確認して旗の持ち主を探す。人垣に見え隠れする相手を凝視した。


「あんの……バカ娘」


 食い縛った口許から引き潰されるように漏れる音を聞いて、側近の兵士に怯えが走る。


「閣下?」


「ウチのバカ娘だ」


「は?」


「先頭、ウチの使用人だ。自分の事を本気で妖精だと思っていたバカ娘……。何をやっているんだ」


「へ? あの、閣下?」


 ギロリと宙を睨んだウィリアムは貴族としてはあり得ない口調で毒づく。部下に命じて本隊の方向に誘導しようとしたとき、砦から攻撃がきた。


 それまではウィリアム達を狙っていた筈の砦の攻撃は市民たちを狙っていた。


「な?! 市民だそ?」


「逃げろ!!」


 兵士たちは自分達が危険に晒されるのも構わず、市民たちに向かって叫ぶ。それはウィリアムも同様であった。


 ウィリアムが見ていることに気がついた自称家事妖精が、一度大きく旗を振ると市民達が走り出す。


 手に手に調理器具や農具と言う名の武器を持ち、怒りも露に砦を目指す。てっきに合流すると思っていたウィリアムは慌てて部下に進軍を命じた。


「進め! 市民を守れ!! 我々ではなく市民達が砦を落としたとなれば、名折れだぞ!!!」


 戦略も計画も何もない乱戦。混乱が支配する戦場であっても、他国から恐れられた金獅子の指揮は確かなものであった。


 戦況は一気にウィリアムの有利に動き、降伏の為門が開かれる。整列した国王派の兵士達の先頭には最後の守護者とも言われる伯爵がいた。


「お久しぶりです」


「レティシアを送って以来か」


 伯爵の口から漏れたこの名前に、ウィリアムは唇を噛んだ。ギロリと殺気の籠った視線を浴びても、伯爵は肩をすくめるだけだった。


「……我々は選択を間違えたと思うかね?」


 武装解除の為に兵士達が近づくと同時に、伯爵が問いかけた。


「さあ。どうでしょう。ただあの時より、私はこの支配体制の敵となった。数年はただ死人のように過去を懐かしみ、恨み、そして己を憎むだけでしたが」


「マイ・ロード!!」


 話ながら不用心にも伯爵に近づくウィリアムに娘の呼び声が聞こえた。それと同時に身体に衝撃が走る。


「ジェーン?」


 ズルズルと地面に倒れ込む娘の姿を瞳に写してウィリアムは呆然と呟いた。その先には銃口から煙を上げる青年貴族がいる。


「くそっ! 邪魔するな!!」


「捕らえろ!!」


「ジェーン!!」


「たかが毒婦の為に、国を裏切った卑怯もの!! 放せ! 殺してやる!!」


 罵る貴族に近づき、武器を取り上げ殴り飛ばすと部下に引き渡す。そのあと娘を抱き起こすが反応がない。嫌な予感に震えながら呼吸を確かめれば、酷く細いものだがまだ続いていた。紺色のお仕着せ、その胸に広がる黒い染みが残り時間が刻々と減っている事を示していた。


「誰か! 医者を!!」


 ウィリアムの悲痛な叫びが砦に響きた。









「……………こ、ここは?」


 ぼんやりと薄明かりの室内を見回した娘は掠れた声で呟く。


「気がついたのか」


「マイ……ロード……」


 少し離れた壁際に椅子を置き、自分を見守っていたウィリアムを視界に収めたジェーンは、軋む身体を無理やり起こそうとした。


「起きるな。一週間寝ていた。

 無理だろう」


 案の定、目眩でベッドに逆戻りをするジェーンに向けて、ウィリアムは不機嫌そうに問いかけた。


「何故、あそこにいた?」


「サーを追って」


「何故、我が家の旗を」


「途中で拾ったから」


「何故、民衆を率いていた」


「知らない間に増えていた」


 怒りを堪えたウィリアムと、何も感じていないようなジェーンの表面だけは平穏な会話が続く。


「あの、サー。革命は?」


「成功した」


「そう……」


「王は捕らえられ、王族も牢へ。

 海へと逃げようとした王太子は、民衆の手により捕らえられ、今、都へと護送されている」


「おめでとうございます」


「何が……めでたい……と?」


 笑みひとつなく伝えられた祝いに、ギリッと歯を食い縛ったままウィリアムが返す。


「サーはレティシア様の無念を晴らされました。それがお望みだったのでしょう?」


 何を当然の事をと言う雰囲気のまま、ジェーンはもう一度祝いを述べる。その反応に拳を握って堪えたウィリアムは、努めて冷静に口を開いた。


「ジェーン、結婚してくれ」


「………………は?」


 長い沈黙の後に、空気が漏れるような疑問符が聞こえた。


「お前を愛している」


「間違いです。サー、ウィリアム様。貴方が愛しておいでなのは、王族の為に殺されたレティシア様。それゆえに剣をとられたのでしょう?」


 身を守るように上掛けを握りしめてジェーンは言い募る。


「私はただの家事妖精。貴方に救われ人にしてもらったに過ぎない孤児。

 それに求婚するなんて、病気ですか? それとも何か性質(たち)が悪い毒にでも冒されてますか?」


「散々な言い種だな。確かに今まで初恋の影を追っていた俺を信じないのは当たり前だが」


 ベッドに腰かけて、ジェーンの手を撫でながら、ウィリアムは続ける。その瞳には隠しきれない情熱があった。


「俺の妖精。

 傷付き立ち上がれないまま、酒に溺れ、王家のからの暗殺者すらもどうでもよいと感じていた。

 王権打倒により、決着をつける覚悟を決めさせたのはお前だ。

 常に努力を忘れず、誠実に前向きに進み続けるお前だ。

 そんなお前を愛さない事は出来なかった」


「夢。それは夢。

 サーは天上人。革命の指揮官。王家に繋がる血筋の貴種」


「お前が寝ている間に、自分が何と呼ばれ始めたか知っているか?」


「寝ている間の事など知らない」


「そうか。俺はまた、妖精ならば聞こえているのかと思っていたがな」


 混ぜ返すウィリアムに食って掛かろうとしたジェーンだったが、両肩を押さえられてはそれも難しかった。


「民衆を導く不跪の女神」


「は?」


「民衆は砦を攻め落とし、凶弾から俺を守ったお前をそう呼んでいる」


「何を……馬鹿な」


「女神どの、どうかその愛を俺に」


 スッと跪き愛を乞うウィリアムだったが、突然押し開かれた扉に中断させられる事となる。


「おう、目が覚めたか」


「お久しぶりです、アーサーさん」


「何しにきた、アーサー」


 呑気な声と地を這う声が男を迎え入れた。育ちの良さと田舎者らしい素直さに、一筋の世知辛さを混ぜた、味のある表情を浮かべる男はジェーンに向かって跪く。



「アーサーさん?」


「女神さまのお目覚め、とても嬉しく思います」


「おい、アーサー!」


 ビックリして固まるジェーンに変わって、ウィリアムが声を荒げる。


「怒るな、新たな国王陛下」


「は? え? サーが国王」


「何だ、ウィリアム、まだ話してなかったのか」


「俺は認めていない」


「これだ……。おい、家事妖精ちゃん。すまんが君の雇い主を何とかしてくれ。これじゃ、新たな国の出発を祝えない」


「……………サー?」


「この男は俺を国王に、お前を王妃にする気だ」


「外の音を聞いてくれ。この奥まった部屋にも聞こえる民衆の祈りの声。君の無事を祈っている」


 言われて耳をすませば確かに人々の声がする。


「何故?」


「民には新らしい綺羅星が必要だからな」


 暗い瞳になったアーサーは嘲るように続ける。


「そこの英雄殿と、平民、しかも孤児の娘の恋愛譚。娘は英雄を庇って瀕死の重症をおう。娘に泣いてすがる英雄。……かくして愚かな民は新しい幻想の中」


 侮蔑を隠すこともなくそう言い放つアーサーを、ウィリアムは無言で睨んでいる。キョトンとしたジェーンはアーサーに問いかけた。


「いつもそう。アーサーさんは何故いつも悪ぶるのです? 誰よりも民を大事にしている郷士なのに」


 アーサーの恋人である雑貨屋の娘とジェーンは友人だ。誰もが眉をひそめた家事妖精を名乗っていた頃から、唯一ジェーンを受け入れてくれた娘。彼女が愛する人が悪いヒトなはずはない。その確信がジェーンにはあった。


「ブッ!」


 噎せかえるアーサーを尻目に、ウィリアムはジェーンへの求婚を続けた。


 この後、金獅子のウィリアムは独身を貫き新たな国の初代大統領に、ひねくれ者のアーサーは平民の妻を娶り初代首相となる。


 ウィリアムの側には「女神」と呼ばれる娘がいたが、彼女が歴史の表舞台に再び現れることは要としてなかった。





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