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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

企画もの

何故、何、ナニコレ?

作者: 鶯埜 餡

 何だこりゃ。

 というのが、私の目の前に置かれたものに対する疑問だ。


 ああ。私、由良美香は大学2年生で、今は無事単位も取得でき、絶賛春休み中の2月だ。


 現在、大学の近くの歯科で授業後にアルバイトをしている。もうすでに2年間、この歯医者でバイトをしていて、器具出しや受付についてある程度何でもできる。処方箋だってもうお茶の子さいさいだ。

 バイト先であるこの歯科は『鹿野歯科』という名前で、30代前半の若先生と60代と思しき優しい大先生の親子で営んでいる。どちらもイケメンだ。だが、若先生は寡黙なのが玉に瑕。ほぼ毎日入っている私でさえ若先生とめったに喋ったことはない。現在、奥様はいらっしゃらない。若先生のお父様である大先生は無理して染めていないグレイの髪が素敵で、絶対に今でもモテていらっしゃるだろう。


 そんな話は置いておいて。

 この歯科にどうして私が働いているのかというと、入学直前の春、下宿先でもあり、大学近くでもあるこの近辺にどんなお店があるのか気になり、たまたまこの近くを通ったのがきっかけだった。偶然、歯医者のバイトの募集を見つけ、珍しい物好きの私にとってはたまらなく、即座にバイトの応募をした。

 翌日、軽い面接が行われ、面接官は大先生の奥様。こちらが何といってもお綺麗なのだが、性格がきつい。地元の人間ならではの性格なのだというが、どうやら前に若先生に粉を掛けたとかで、この奥様ともめ事を起こした先輩がいらっしゃるという。これは奥様から直々に伺った話なので、確かなのだろう。

 なので、雇う前に自分の息子に粉を掛けないだろうかとか見極めるらしい。

 で、運よく粉を掛けない、と判断された自分はバイトとなり、2年間、たった一人だけのバイトの私は、奥様の見立て通りに粉を掛けずに、トンズラもせずにずっとお務めを果たしている。


 日給や週にどれくらい働くのか、その他待遇はここでは割愛する。

 お給料は低すぎず高すぎず、働く時間も全然ブラックなバイトじゃない。むしろホワイト通り越してクリアレベル。忘年会には実家じゃほとんど、いや、一生に一回行くか行かないかくらいの高級料亭に連れて行ってもらったり。

 嘘だって?全部、本当なんだぞう。


 で、本題だ。

 今日もこれから3時間、みっちり助手と受付を務めさせてもらう。だが、始業前、制服に着替え、奥様から引継ぎを終え、受付で予約している人の名簿を確認した私はデスクのまえに置かれているものに目が釘付けになった。

 今、私の目の前にあるのは猪のマスコットだ。

 普通の紙に印刷されたものが1枚と、ゴム製と思しきマスコットになっているその猪はデフォルメされていて、ずいぶんと可愛くなっている。そして、手?前脚?には歯ブラシを持たされている。井の中の蛙なのだろうが、私はそのマスコット、イメージキャラクターを使っている歯科や絵本、アニメなどを見たことがない。ここで、このマスコットが存在している理由を考えてみた。


 1.私の知らない歯科、絵本、アニメなどでこのマスコットを使っていて、これをモデルにして当院のマスコットを作ろうとしている(最有力)。

 2.前半は1番と同じだ。後半は違って、ただ、誰かからもらってきて、それを置いてあるだけなのか。

 3.その他。


 …………。

 いや、考えたくはないが、これはもしかしたら、猪に見立てた鹿なのかもしれない。だって、この歯科、『鹿野歯科』なんだもん。


 ないか。

 じゃあ、何だろうか。


「こんにちは」

 しばらくその猪のマスコットについて考えていたが、最初の患者さんが扉を開けた時、気持ちを切り替えた。今日の担当医である若先生を呼び出し、待っている間に患者さんの受付を済ませ、診療台に案内し、治療のための器具出しを始めた。


 原則予約制なので、今日の治療が何か想像つく。私は頭の中で優先順位を立てて、動き始めた。


 3時間後、終業後、私はぐったりとしていた。

 元々予約として入っていた歯石除去2件、石膏での型取り1件に虫歯治療3件(そのうち重度な虫歯治療1件)は、予定通りだった。だが、空いた時間に歯が痛いという駆け込み初診で3件ほど写真撮影も行ったので、洗い物が増えて困った。というか、途中で洗うタイミングがなくて困った。


 全ての洗い物を終え、今日の業務日誌を書こうと受付デスクに戻った私は、意外な人物をそこで発見した。若先生は、診療中は着けているキャップを外して、歯形取った人のオーダーを書いていた。

 イケメン且つ字も綺麗なのになぁ。


 いや、いらっしゃっても別にいいんだけれど、何にも話さないし、な。


 ねぇ?


 少し気が進まなかったのだが、業務日誌を書かねばならないので、受付デスクに向き合った。


 …………。

 ………………。

 …………………………。


 気まずい。

 非常に気まずいんですけれど。



 視線を感じながらも、業務日誌を書く手を止められなかった。


 数分後、書き終わり、明日の予定を確認し終えた私はさあ、帰ろうと立ち上がった。更衣室へ向かおうとしたが、まだそこにその人はいた。じっとこちらを見つめている。怖い。

「あの~何か御用で?」

 私はぎこちなく若先生に話しかけた。すると、

「由良君はあれ、どう思うかな?」

 と、綺麗な低音ボイスで聞いてきた。うん、破壊力がすごい。だが、質問の意味が分からない。『あれ』とは何ぞや、と思って若先生の視線の先をたどると、その先には例の猪のマスコット?があった。

「可愛いですよね。あれ、どちらで頂いたんですか?」

 私がそう答えると、若先生は目を泳がせる。


 え、何か不味いこと言っちゃいましたか、私。


「ははは、だから言っただろう、政幸?由良ちゃんがお前の意図なんか理解できないってな」

 突如聞こえてきたその声は、今日はお出かけされているはずの大先生だった。

 それ以上に今の発言はどう意味なんですか、大先生。私が若先生の意図を理解できないって。いや、確かに意図を理解できない時だってありますとも。例えば、無言でどこかのお土産を差し出されたときとか、誕生日でもクリスマスでもなんでもない去年の3月なんか、無言で可愛く包装されたキャンディー渡されたときなんかねっ。


「政幸がこのデザインをうちのイメージキャラクターにしようって言い出してね?で、由良ちゃんはどうかなって聞こうと思っておいておいたんだ」

 大先生が改めて解説してくれた。ありがたや。

 いや、だが、なんで『鹿』なのに『猪』なのかという疑問が残っているぞ。

 それを尋ねると、若先生が顔を赤らめた。なんでそこで赤らめる?私なんか怒らせるようなことしたか?と、思って隣の大先生を見ると、こちらは大爆笑している。解せぬ。


「――――――由良君が来てくれたのが、猪年だからな。それから『鹿野歯科』にとって良い事が多い」


 はい?


 解説をプリーズと隣の大先生を見たが、大爆笑が収まらないのか、役に立ちそうになかった。若先生、いや政幸先生に視線を戻すと、何かを言いたそうにしていたので、じっと耐えた。

 だが、耐え切れなくなり再び尋ねようとすると、政幸先生でも大先生もない声が聞こえてきた。

「政幸の言う通りですわ、由良さん」

 なんと奥様までやってきた。どういう状況なんだこりゃ。私は目を白黒させていると、奥様がため息をつき、

「あなたを雇って正解だったのです。ここまで長く続けてこれた人はいません。政則さんも政幸もそこそこ顔立ちが整っているだけに、政幸に媚び売ろうとしてくる人がほとんどで、あなたほど純粋にこのアルバイトをしようとしてきた人はいませんのよ。

 それに、患者だって寄ってくるでしょ?それを角が立たないようにいなせるのはあなたが初めてです。なので、私たちは非常に感謝しているのですわ」


 奥様、江美子様は微笑んだ。60歳近くのはずなのだが、お美しい。


「それに、駅前に新しい歯科が立ったのに、鹿野歯科のお客さんも増えましたわ。あなたがいないときに、どうしてここの歯医者を選んでくださったのか、ちょっと聞いてみたんだけれど、ここの受付のお嬢ちゃんの感じがいいからって皆さん言ってくれているのよ」

『お嬢さん』っていったい誰のことだろうでしょうかね。まさか、私では――――

「ここの受付のお嬢さんはあなたしかいないのだから、あなたですよ」

 私の思考を読んだかのように、奥様からぴしゃりと言われてしまった。


「ですので、私たちにとってはあなたの存在が幸運を呼ぶ、あなたを雇い始めたのは猪年。だから猪は幸運の動物ってなるのですよ。それに、由良さん、あなたは猪年生まれよね?」


 そうなのだ。私は諸々あって6歳ほど同期の子たちよりも年上で、一昨年は年女だった。頷くと、奥様は満足そうだ。ほかの二人も満足そうである。


「じゃあ、やっぱり猪は幸運を呼ぶのね。あなたが生まれてきてくれた年なんだから」


 今まではしぶとく生きてきた自分で、誕生日ごとに親に申し訳ないとばかりに思っていたが、今、この時はそう言われて、とても嬉しかった。




 こうして、『鹿野歯科』のマスコットキャラクター「シ~ちゃん」が完成した。

 初めて訪れた人は、看板に描かれたこのキャラクターを見てこのうちのどれかを必ず思うだろう。


  何故?

  何?

  ナニコレ?


 さあ、あなたはどれを思い浮かべる?

お読みいただき、ありがとうございました。


今年初、今年度最後(改稿作品除く)の新作です。

年末?にありま先生の企画案内を見て、これいいなと思ったのですが、他の作業をしていて、一月中旬まで全然ネタが思いつかなく、これを執筆した日の数日前まではあきらめようかと思ったほどでした。


が、ネタの神様って本当にあるんですね。

突然、ネタが降ってきまして、執筆は二日弱。時間にしたらとても短い作品です。



ちょっとついったの方で、呟きましたが、実話ネタです。

あまり本筋には関係ない話の部分だけですが。


以下、本編内容について。

よく勘違いされるのですが(私もした、されたのですが)、歯科助手になるために資格はいりません。むしろ資格(歯科衛生士)があると、雇う側にとっては不利になるのです。人件費がかさむので(これは実際に雇い主の奥様に聞いた話です)。なので、美香が歯医者で助手をしていることは法律上問題ないのです(医療行為はダメですが)。

基準としては患者さんの口の中に指を突っ込まなければオッケーらしい……って、ここの文章だけ読むとなんだか卑猥に見えるのは私だけ?

あと、歯医者に勤めているからといって、必ずしも美味しいお店に連れて行ってくれるわけでもありませんので、悪しからず。


ということで、なんだか、この続きとバックボーンを書きたくなってきたぞい。



以上です。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 若先生とお父様、お母様の会話がから仲の良さが伝わってきて、突然若先生がマスコットの話を切り出すあたりがたのしかったです。 [一言] 餡さまの実際のお仕事経験から、すごく描写が生き生きとし…
[一言] ありまさんのリンクから来ました。 若先生の初心な感じがいいですね。 随分と描写が細かいので感心していましたが、なるほど実体験だったのですね。
[一言] 春節企画にご参加いただきありがとうございます。 可愛らいいお話だと思いました。 下記ネタバレ感想行きます。 若先生の由良への想いが溢れてます。 鈍感由良、だからこそ、アルバイトも続けられ…
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