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【07】 ウルスラの夢



挿絵(By みてみん)



 気が付くとボクは見渡す限りの純白が広がる不思議な場所にいた。

そこには何もない。地平線もない。時間が流れてるのかすら分からない。


 試しに深呼吸してみる。ちゃんと空気を吸い込めているか分からない。

何か、意識が混濁しているような鈍い眩暈に襲われる。


 もしかすると、これは夢なのか?もしそうだとするならボクはまだ微睡(まどろ)みの中にいるのかもしれない。


 だったら夢のお決まり通りに頬でも抓ってみよう。あれ……?でも指に何かが触れる感覚がない。

というか、自分の頬がどこにあるのかも分からない。それにボクの指はどこにあるの?


 よく分からなくなってきた……。


 ボクはウルスラという名の闘争の次元に君臨する、第三の王……だったはず。


いや……?本当にそうだったっかな?違かったかも……。それも本当は夢だったのかもしれない。



 だとするなら本当のボクは誰……?




 脳裏に自分自身に対しての疑念が浮かんだ途端、真っ白でしかなかった世界に変動が起きた。

パッと地平線が現れたかと思えば、次の瞬間には巨大な亀裂が生まれ、その中へと渦巻く光の胎動がボクを虚空の中へ誘わんとした。



「わああああああッ!?」



 ズルズルと引き寄せられるボクの意識。何かに掴まろうにもこの世界には物質というものが何もない。

ボクは亀裂の成すがままに吸い寄せられるしかなかった。



「ちょっちょっ! ちょっと待ってェェェ……! ってあれぇ……? 止まった……のかなぁ?」



 ダメ元で叫んだつもりだった。それなのに亀裂は普通に待ってくれた。

なんだ。悪い亀裂さんじゃないのか。案外いい亀裂さんなのかもしれない。


 いい亀裂さんって自分でも言ってて意味がわからないけれど。

世界は再び純白だけが支配する空間に戻っていた。




「大丈夫……? 」



 唐突にボクに声を掛ける存在がいた。でもその姿は見えない。今のボクと同じなのかな。

ただボクの眼前に、炎のようにゆらゆらと揺らめく不思議な光が輝いていた。



「うん、大丈夫だよぉ。 あの……ここは一体? さっきのアレはなに?」



「ここはどこにでもあるようで、どこにもない場所。 さっきの亀裂は無の(ひず)み。 さっきは怖かったでしょう? でも大丈夫。 あなたが自分の事を無だと思わない限り(ひず)みは生まれないのよ」



「そうみたいだねぇ。 ボクが嫌がった途端に止まってくれた」



「ええ。 でも止まってくれた、というのは少し語弊があるわね。 (ひず)みはあなたそのものでもあるの。 同時に全ての存在と同位なの。 (ひず)みは望めばいつだって現れるし、望まない限り絶対に現れない」



 目の前の光が言ってる事はボクにはほとんど理解できない話だった。

 

 だってボクに自分が(ひず)みだなんて自覚はまったくない。

それに自分自身と同じ存在なのに、望めば現れるって言葉も何だかおかしい気がした。


 でもたぶんこの光は嘘は言っていない。何の根拠も無いけれど。

それでもボクは目の前の光を不思議と信用していた。



「何故だかキミの声を聞いていると安心する……。 なんだか懐かしいような気もする。 もしかして……キミは……ボクの死んだママなのぉ?」



「えっ!? ち、違うわよ……。 つい最近知り合ったばかりの赤の他人だし。 あなたのママさんなんかじゃないわよ……」



「ふげっ……!? そ、そっかぁ……。 あははぁ……」



 光にハッキリと一蹴されたボクの心が少し傷ついた。

はあ……。ボクって昔からこうだった気がする。ずっと誰にも愛されなくて、ずっと1人で寂しい想いをして。


 それなのにいじける事しかできないようなちっぽけな存在。


 ふんだ!でもいいんだ、なんてったって今のボクは不思議と愛の活力に満ち溢れているのだから。

それが何故だか分からないけれども。心の奥底から力が溢れてくる気がするんだ。だから1人でだって平気なんだもんね。



 ボクは頬を膨らませて、むくれて見せた。

でもよくよく考えたら自分の姿も定まらないくらいなので、むくれた気になっただけ。



 光が少しだけ輝きを増してボクに言った。



「私はあなたのお母さんじゃないけど。 でもね……。 私はあなたの事が大好きなの……」



「え……っ」



 傷つけられたかと思ったら次の瞬間には告白されていた。混迷の渦中に誘われるボクの意識。


 何なんだ、この光は……。落としてから上げるタイプなのだろうか?

だとするなら怖ろしくもボクのちょろい心の扱い方を巧みに弁えているな、と思った。




「はぁう……。 大好きだなんて、そんな……。 ふぐうぅぅぅ……」



 好きと言われると普通に嬉しかった。少しかわいいと褒められただけでも、すぐに相手の事を好きになってしまうんだボクって女の子は。

ハッキリ言ってボクはちょろい系の女の子だ。自分でも自覚がある。だって早くももう目の前の光の事が好きになってきてる。


 誰かに好かれている、その事実だけでボクの心の中が温かいもので満たされるんだ。



(ああ……嬉しいなぁ。 もっと大好きって言われたい。 その分ボクもいっぱい大好きになるから……)



 軽々しく見えるかもしれない。陳腐にも思われるかもしれない。

でもだって……仕方ないよ。もう何千年もの間、ボクは恋をした事がなかったのだから。


 だんだん思い出してきた。ボクのいた世界の事を。






 ■□■□■□■□■□■□■□■□







 無数の多次元領域が存在する中で、表裏の『裏』に位置する領域。

ただし全ての表の世界に対して裏として存在するのはこの世界だけ。それがボクらの住む修羅の世界。


 表の世界の住人はボクらの事を次元の住人だとか、次元の魔王だとか呼ぶ。

でも本当は修羅の世界以外にも無数の次元が存在しているのに、繋がりがあるのはこの修羅の世界だけだからそう認識してしまうのだろう。



 修羅の世界では恋をする事も、誰かを愛する事も罪に問われるような酷い世界だった。

それだけじゃない。弱音を吐くことも涙を流す事でさえも硬く禁じられていた。


 そこは戦いと、多次元領域への調停のみを目的とした峻厳なる覇道のみが支配する世界。

修羅に生きる人々はただひたすらに強さだけを追い求めた。


 男も女も、子供も老人も、ネコもイヌも、序盤に登場するスライムだって皆同じ。

地面を這い回るアリでさえレベル100くらいは普通にあった。

生まれたばかりの赤ん坊が既にレベル500はあるとか、それも当たり前の事だった。


 いつもボクのお弁当のお魚を奪いに来るライバルのトラ猫が確かレベル800はあったっけかな。

トラ猫とはよく地形が変わってしまうくらいの激闘を繰り広げたものだけど、負けるのはいつだってボクの方。

その度にみんなに笑われ、奪い去られるボクの焼き魚。



 ボクは修羅の世界では落ちこぼれの人間だった。何十年と鍛錬を続けても周りとの差は開くばかり。


 周りがレベル4000を達成する段階でもボクだけはレベル1000あたりを彷徨っていた。

同じクラスの子とは勝負にもならなかったから、野良ネコ達を相手に特訓するしかなかった。


 イヌには普通にボロ負けするから特訓にもならなかった。



 自分が惨めになって泣きたくなる事もあった。もういっそわんわんと泣いて、号泣の罪で投獄されてしまうか。

そんな事ばかりを考えている毎日だった。


 でもボクが泣きそうになる度に、母がボクに不思議な魔法を掛けるのだ。

そうすると心の中は悲しみで包まれたままなのに、何故か涙だけが出てこなくなる。それはとても苦しい事だった。



(どうして泣きたいのに泣かせてもくれないの……? ボクの事を慰めてもくれない癖に……。)



 母は冷たい視線を向けるだけで何も言ってはくれなかった。

ボクはそんな母の事をずっと心の底から憎んでいた。



 ボクの父と母の間にもやっぱり愛情は無かった。


 ただ2人の両親が適当なデータの中から見つけた相性のいい個体同士を掛け合わせただけの関係。

でもそれが当たり前だった。周りのヒトだってその事に何の疑問も抱かなかった。


 愛情も無いのに、ただ子孫を残すためだけに、男のヒトと女のヒトが形式的に交わっていた。

それは酷く淡々とした種を付けるためだけの作業。でもそんなのって家畜と変わらないじゃないか。


 ボクはそんなのはイヤだ。好きでもない人に自分の身体を触られるなんて耐えられない。気持ち悪い。

ボクの事を好きだと言ってくれる人じゃなきゃヤダ。


 それなのに、そんな事を考えてるのはボク1人だけだった。

自分だけがずっと異端な気がしていた。誰にも心の中を打ち明けられずにいた。孤独だった。


 

 更に数百年の時が過ぎた――。

 


 何の張り合いもなく淡々と生きているだけのボクに向上心なんてものは無く、あっという間に底辺の世界へと叩き落とされた。

ボク1人だけがずっと進級できなかった。もう何千人がボクを踏み越えて行ったかも分からない。


 皆がボクの事をクズだ、ゴミだと言って笑った。小さな石コロどころか巨大な岩が飛んできた。修羅の世界だからいじめも熾烈だった。

鋭い槍が大量に降ってくるとか、巨大な斧で叩き斬られるとか、木っ端微塵に爆破されるとかスケールがいちいち大きかった。


 いじめだって弱者を淘汰するために必要な儀式だとして世界によって認められていたのだ。


 公認なのだからそれはもう歯止めが利かなかった。思い出したくも無いような事ばかりが起きた。

あの時のボクの心はもうヒトである事さえも放棄しようとしていた。



 そしてやがては修羅の世界に完全に絶望した。


 いっそ死んでしまうか。どうせ誰も止めやしない。自殺だって公的に認められている。この世界には弱者の存在なんてものは必要とされていないのだ。

その方がボクにとっても楽だ。絶対にその方がいい。優しさも愛もない世界なんて、軟弱なボクが生きてくにはあまりにも辛すぎる。



 ボクは自らの命を断たんと、奈落の渕へと足を運ぶ。


 ここから飛び降りれば次元を超えて宇宙の真空に放り出されるらしい。

生まれながらに強靭な肉体を持つ修羅の世界の人間でも、宇宙空間に放り出されたらさすがに死ぬだろう。


 もはやそれはフリでも何でもなかった。ボクには何の躊躇いもなかった。

誰にも別れの言葉も告げてない。寂しさもない。だって誰かを信用した事だって一度もないのだから。



 いやでも、いつも死闘を繰り広げていたトラ猫くらいには別れを言ってもよかったかもしれない。

ネコだけが唯一のボクの友達。フフフ……ボクらしいな。



 そんな事を考えてみるも既に引き返す気は無い。



 ボクは自らの命に幕をおろさんと、静かに目を閉じて巨大な空洞にその身を委ねた。

一瞬だけふわっという感覚があった。でも肝心の体が急速に落下していく感覚がない。






 目を開くとボクは誰かの腕の中にいた。

ボクを抱えていたのは、これまでずっと恨んでいたはずの母だった。



 母は酷く狼狽していた。美しい髪がボサボサに(ほつ)れていた。衣服も僅かに乱れていた。

息が荒い。その白くて小さな肩が僅かに震えていた。


 まさかボクの事を必死に探していたとでもいうのか?

今までボクの事を意にも介さなかった母が、今さら……?ふざけるな……。



 ボクの思考は乱脈になった。『離せェェェ!』といって暴れに暴れ、泣き喚いた。

母の手の中から抜け出したボクは拒絶の意志を込めて勢いよく母を押しのけた。


 押し飛ばされて惨めに臀部を地に付ける母の姿。

そんな母の綺麗な瞳が潤んでいた。瞬く間にポロポロと涙がこぼれ出した。それを見たボクの目からも何故か涙が溢れてくる。



 もうワケがわからないよ……。辺境の地で、奈落のすぐ隣で静かに泣いている親子2人。



 自分の頬を伝う涙を拭うと、母が静かに口を開いた。



「ウルスラ。 ごめんなさい……。 母が間違っていました。 本当にごめんなさい……。」



「――!?」



 何故この母親は謝ってるのだろう?それが修羅の世界というものでしょう?

母がボクにしてきた行為だって修羅基準でいけば当たり前の事なんだってば。それを今さら謝るなんて。


 さっきからこの人はワケがわからないよ……。



「あなたは私にとてもよく似てしまったのです。 すっごく泣き虫ですっごく甘えん坊さんな女の子……。 そしてそれが本当の母の姿でもある。 私もあなたと同じだったのです」




 俄かには信じられない話。

それでも黙って母の言う言葉に耳を傾けることにした。


 

「でもそれではとてもこの修羅の世界では生きていけない……。 だから私は自分の心を無理矢理に変革させた。 だからあなたにも厳しくあたる事が正しいと、ずっと自分に言い聞かせてきたの。 修羅の世界の基準なら親が、子が死ぬのを止める事もない、そんな心だってないのが普通でしょう。

でも私は違うの。 本当はウルスラ……あなたの事が愛しくてしょうがないの。 あなたが死ぬなんて母には耐えられません。」



 母の『愛しい』という言葉を耳にした瞬間ボクの感情は暴走した。



「ううぅぅっ……、ううううぅぅぅ……。」



 ただ泣くばかりで何も答えられなかった。何の言葉も浮かんでこなかった。

頭の中がグチャグチャに掻き回されている気分だった。


 そんなボクを優しく抱き寄せる母。ボクの頭を撫でてくれる指がとても心地よかった。


 それでも母は長年ずっと憎んでいたはずの存在だ。

不信はそう簡単には解けない。それなのにボクは心の中を不思議な感情に支配されている。


 イヤなのに。本当は触られたくもない相手なのに、拒絶ができない。

惨めさと恥ずかしさと、少しの嬉しさと、よく分からない感情がボクの脳裏で混濁してそれが涙となってボクの頬を流れた。



「ああ……なんて愛しい私のウルスラ。 それなのに……我が子なのに、抱き締める事も許されないなんて」



 気付いたら母をぎゅっ。と強く抱き締めていた。


 奈落の渕に立って命を断たんとした時、そうする事が自分にとって一番の楽だと感じたように。

今は母の身を委ねる事が自分にとっての最良なのだろう。



 数百年の間ボクの中で渦巻いていた心の中のどす黒い感情が一気に吐き出されていく気がした。





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