【04】 その姉妹、ラスボスと対峙する
「ボクの名はウルスラ。 次元の魔王少女さ。 気軽に魔王少女ウーちゃん、とでも呼んでねェ。 テュヘヘ!」
「なっ……!?」
魔王少女ウルスラは飄々とした様子で己の名を告げた。
だが未だ驚愕の渦中にある一同。彼女の言葉にマトモな反応を返せる者はいない。
「次元の……魔王ッ!!」
魔王バラムデウス。ただその一名を除いては。
バラムデウスは明確な敵意をウルスラへと向けていた。
目の前にいる女の子の姿をした未知の存在は、彼の目にはかよわい存在としては捉えられていない。
暗黒の世界の言語を流暢に紡ぎ、詠唱を瞬時に完成させる魔王バラムデウス。その指先に焔が集った。
「ちょ、ちょ、ちょッ!? 魔王さん!?」
勇者ソーマが慌てて魔王を制止しようとする。
一度でも先制攻撃を加えてしまえば否応無しに次元の魔王ウルスラとの戦闘が開始されると危惧しての事だ。
まだ相手の意思を明確に確認してはいない。彼女の飄々とした雰囲気から察するに今のところは敵対の意志は見えないのだ。
だが勇者の言葉に一切構わず、呪文の力を紡ぎ続ける魔王。
やがて破壊の力と凄まじい螺旋が合成・収束されると、それはただちに眼前のいたいけな少女へと向けて解き放たれた。
「あああッ! ダメェェェェェェ!」
それでもウルスラは微動だにしない。眼前に迫る強大な焔の塊を避けようともしない。まったく意にも介していないのかもしれない。
立ち尽くすウルスラに巨大な焔の塊が直撃した。
巨大な閃光と爆風が彼女の姿を視認外へと掻き消し、そこから生じた閃光はその場にいる者全ての視界を奪い去った。
それは『ゾーマ系』に分類される怨嗟より焔の力を成す灼熱の呪詛。
『灼獄の災禍炎』という名の極大呪文であった。
『『うわあああああぁぁぁぁぁぁぁッ!?』』
凄まじい爆風に包まれて、追放会議の場に選ばれていた酒場『竜の三つ首亭』も木っ端微塵に吹き飛んだ。
そこにいた一同もまとめて吹き飛ばされた。ゴロゴロと転げ回る者。壁に叩きつけられて失神するもの。慌てて灼熱の中から飛び出してくる者。様々。
勇者パーティーと熾天使が揃って崩壊と黒煙の渦中から飛び出して来た。
「ふひえぇぇ! いきなり攻撃するなんてっ! なんて暴虐的な魔王なのですかっ!?」
「あの野郎、無茶苦茶しやがるッ! 改心したんじゃなかったのかよ!」
「所詮、『魔王は、魔王』という事よ……。 愚かな」
ナナハを抱えたクリムゾナも煙に撒かれながらも遅れて登場。
【ステイタス】の敏捷の値が低下しているためか、ヨタヨタと覚束ない足取りだった。
「ぷはぁっ! ゲホッ。 あっ……。 酒場、無くなっちゃったね……。 」
「あっはっはっ! これでアタシのツケもナシかな! 魔王のヤツ、やってくれるわねぇ!」
「んー……。 むしろ壊した建物の修理費を請求されそうだけど……」
ナナハの言葉にクリムゾナの表情が曇った。
『フシュルルルルルルゥゥゥゥゥゥッ!』
更に遅れて黒煙を纏ったまま、ヌッと姿を現わす魔王バラムデウス。その身体が巨大化して数倍の大きさに膨れ上がっている。
孤島に追放されて質素で慎ましやかな生活を送っていた『バラムスさん』はもうそこにはない。
全盛期の力を取り戻したかのようなその姿は、周囲に凄まじい畏怖と畏敬を放っていた。
ダメージに目ざといクリムゾナ。
先程放たれた焔の極大呪文の威力も、ちゃっかりと可視の方眼鏡を用いて測定していた。
「『灼獄の災禍炎』のダメージは……っと。 596か。 なかなかやるじゃん、バラムデウス。 でもそれでもやっぱりアイツには……」
クリムゾナの言葉に応えるかのように次の詠唱を開始する魔王バラムデウス。
それと同時に吹き飛ばされていた魔王少女が、対の方角からその小さな姿を現わした。
「ふわぁ。 酷い事するなぁ、もう。 ボクは別に争いに来たって訳じゃないのにィ……」
ウルスラは『灼獄の災禍炎』を受けても蚊程の傷も負っていなかった。
魔王バラムデウスは知っていた。次元の魔王という名のその少女がいかに危険な存在であるかを。
太古の記憶を呼び覚まし、苦渋な思いに顔を歪めたバラムデウスは刹那の間に内なる思慮を巡らせて言葉を紡ぐのであった。
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かつて魔界の王達との間で大きな勢力争いがあった。
それは旧世代の魔王とその後世に生まれた新世代との血肉を分けた者同士の骨肉の争い。
新世代側からすぐに頭角を現わしたのは『竜魔王ドラグノス』、『黒獄の魔王ブラゴ・サークロフニル』、『不定なる魔王ルミス』、『異形どもの王アルグゥ・シエル』
そして今追放会議の場にいる『恐怖の魔王バラム・デウス』。
旧世代の魔王もそれに及ばず屈指の力を持っていた。太古の時代から地獄、魔界共に長らく君臨する彼らの名は。
『暴食の魔王バアル・ゼブル』『色欲の魔王アスモデウス』『煉獄の魔王ベリアル』など他にも様々な列強名立たる面々。
新旧の派閥争いは熾烈を極め、大戦は数百年……いや、数千年は続くといわれた。
だが新世代の魔王達は、旧世代にはない未知の力をその内に秘めていた。
それは既存の常識に囚われない型破りで掟破りな不思議な力。
新世代の魔王達はその不思議な力を『チート』と呼んでいた。
旧魔王勢はその言葉の意味を真に理解する事はできなかったが、その力の強大さはすぐに身をもって思い知る事になる。
未知の能力を持ち、魔王ならざる不定の魂と不思議な魅力を兼ね備える新世代。
それに魅了された旧世代の多くの者がたちまち新世代側へと寝返った。
やがて、多くの軍勢を従えるようになった新世代は新生魔王軍と名を変える。
旧世代の魔王らはその個々の力が強大すぎたためか、お互いに結束して力を合わせるという事を知らなかった。
いわば圧倒的なパワーバランスによる閉鎖的なワンマン魔界経営だったのだ。
旧世代はたちまち劣勢へと追いやられた。
そして、数千年は続くかといわれた大戦は僅か数年で終結を迎える事になる。
新たな覇権を得たのは新生魔王軍。破れた旧世代は魔界の更なる深淵の領域に追放された。
魔界に響き渡る勝利の歌に歓喜し、新生を称える呼声に酔い痴れ、魔界統治の未来にそれぞれの思いを馳せる新生魔王軍の面々。
だがその時、突如としてその者は現れた。
未知なる存在は自らを『次元の魔王』と名乗った。次元の魔王は目的も理由も告げずに、新生魔王軍と開戦する。
新たに君臨した魔王達は全く怯まなかった。果敢に次元の魔王に立ち向かった。
己が内にある未知の力は決して他者に敗れる事はない、と信じて疑わなかったのだ。
だが新生魔王軍は次元の魔王に敗れた。それも僅か数日という異例の速さで圧倒的大差の元に敗れた。
魔王達が持つ『チート』も新生魔王軍からなる『大軍勢』も次元の魔王には全く歯が立たなかった。
次元の魔王はそれを遥かに凌駕する規格外れの【ステイタス】を持っていたのだ。
次元魔王のステイタス欄に踊る四桁の数字。魔王達は目を疑った。
それは新世代の悪ガキどもの抗う意志を虚空の彼方へと吹き飛ばした。
賢しい小細工を圧倒的なパワーバランスで一撃の元に捻じ伏せる次元の魔王の勇姿。
それをこっそり中継映像を介して深淵から覗いていた旧世代の魔王達は大いに歓喜した。もうスタンディングオベーションな拍手喝采の嵐だった。
次元の魔王は驚愕する新生魔王の面々をそれぞれ一瞥すると、何の情緒も見せずにこう言うのだ。
『私のレベルは6666だ。』
新生な魔王達は恐怖に慄いた。それもそのはず。
当時の魔王達のレベルといえばせいぜい300代。これは天界の最高戦力である熾天使とも大差ない。
頑なに己のレベルを開示しない全知全能の神々でさえ四桁に満たないという。
『我らはくだらぬチートなど決して許さぬ。 賢しい小細工など無粋の極みよ。 我らの次元では純粋な力こそがすべて。 単調なるレベル上げこそ至高。 故にはぐれメタルには目がない。 アイテム界にも万回潜って当たり前……』
新たな魔王勢は次元の魔王の言ってる言葉の意味が理解できなかった。
だが何となくその雰囲気だけ察した。
コイツはやりこみ系の次元からやって来た、そっち系の人なんだな――と。
そんな奇天烈な存在に、せいぜい三桁ステイタスが限界の此方側の世界の住人が敵う訳がない。
魔王達はすぐに戦う事を諦めて次元の魔王に降伏した。
だが次元の魔王はそんな彼らを許さなかった。
チートな能力を根こそぎ奪われ、さらに『勇者のかませ犬』という屈辱的なパッシブスキルを付加され魔界から現世界へと追放される新生な魔王達。
旧世代の魔王達は次元の魔王の手によって深淵より釈放され、再び魔界の覇権を手にする。
彼らは現世界との繋がりを断ち、その境界に『卑怯でズルっ子な悪ガキ魔王の立ち入りを禁止する』という立て札を立てて封鎖した。
そして『次元の魔王さんありがとう!』と手を振りながら叫んで、帰還する次元の魔王を見送った。
これが太古の時代に起きた魔界の闘争の歴史の一幕である。
結局トドのつまり何が言いたいか、というと。
魔王バラムデウスの次元の魔王への激しい憎悪は『単なる逆恨み』という事なのであった――。
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それっぽい語り口調で真実を語り終えた魔王バラムデウス。
その満足げな顔が周囲にいささかの不快感を与えていた。
何かを察した勇者ソーマとヴェインの顔が真顔になっていた。セイファー・マグヌスとシロナが揃って呆れていた。
ナナハはキョトンとしていた。既に真相を知っていたクリムゾナの表情だけは何も変わらない。
「ヌハァァァァッ! 貴様ッ! 貴様らのせいでぇッ! ワシはかませな魔王犬に身を落としたのじゃぁッ! フシュルルルルゥゥゥ!」
「それってボクらが悪いの? いやいやぁ。 絶対にズルをする方が悪いよね? ねえ? 元転生者の魔王さん?」
「ぐぬうっ! 貴様らは、次元の魔王らは……。 何故それも知って……」
「アハハハ。 ボクらは全部お見通しなんだよぉ。 でも追放されたおかげでキミだって愛しのクリムゾナちゃんと出会えたんだからさぁ。 感謝はされど恨まれる筋合いはないよねぇ? ねぇ? ねぇ?」
口撃の応酬を繰り出しつつも、ステステとバラムデウスの傍に歩み寄って来るウルスラ。
「ええいっ! 近寄るでないッ! ならばっ! これを喰らってもまだ飄々としていられるかッ!」
憎悪に支配された脳細胞を酷使して次なる呪詛を囁き紡ぎだす魔王。
『ホグ・フィトゥス・チェルノ・エクスプロズ・べネ・イオナ――。 鉄掟、血掟の理の元に来たれ冥府の神よ!
其名チェルノの御魂に代弁す――。 清浄を穢す極光を齎さんと! 核熱の災渦に抱かれて死ねッ! 禁忌の灼獄ノ大禍爆!!』
詠唱が完成すると魔王の口先から怪しい煌きが生じた。それは刹那にも満たない刹那以下の次元の瞬き。
光の帯を纏った波動が放射状に放たれ、小規模な爆発を連続して伴いながら外側へと『シュゴオォォォ』という音を立てながら拡散していく。
爆発は街にある建造物を破壊しながら、その規模を瞬く間に増大させていった。
だがそれもまだ灼獄ノ大禍爆の前哨。奔流の大爆発へと向けて膨張の力を蓄えながら広がる波動。
「ちょ、ちょっ!? 街を破壊する気かぁぁぁぁッ!?」
「ひえええぇぇぇぇぇ!? に、逃げろぉ!」
「ああああああ!! あああああああ!! あの魔王も禁呪をっ!? 見ましたかマグヌスっ! すぐに神々にチクリましょう! そうしましょう! あそこに悪い魔王がいるぞーーって! ほらっ早く!」
「う、うぬ……? いや、それよりも今は防御障壁を張った方がいいと思うのだが……?」
禁呪を見て何故か興奮気味のシロナに若干呆れ顔のマグヌス。
彼の言葉通り、今はそんなしょうもない事をしている場合ではない。
「ちょっと、そこのアホの熾天使! アタシとナナハを守りなさいな! 今のアタシはかよわいんだからっ! あんた一応天使でしょ! 人を助けるのが仕事でしょ!」
「ぐぬ……!? 確かにそうだがその言い草はなんだ!? もう少し頼み方ってものがあろうが……」
「ああ、天使さん。ごめんね。 お姉ちゃんが失礼でごめんね……。 あ、あの……どうか、私達を守ってくれませんか? 美しい天使様……」
両手を繋いでキラキラと輝き潤んだ眼差しで熾天使に懇願するナナハ。
その美しい少女の姿に目が釘付けになるセイファー・マグヌス。天使は美しいものと可愛い女の子に目が無いのだった。
「よぉぉし、きたぁぁぁ! 可憐な少女よ! このマグヌス様にドンと任せるがいいっ! ヌワハハハハ!」
マグヌスは活き活きとした表情で巨大な魔法障壁を顕在させた。
シロナもそれに呼応するかのように隣で独自の障壁を展開する。
「さあ、住民のみなさん! 今のうちにこの中へ! ただし魔王連中だけは立ち入り禁止ですからねっ! お前らはあっちいけっ!」
聖女の呼声にワーッと殺到する人々。『シロナちゃんとマグヌスのわくわく魔法障壁ランド』は瞬く間に満員御礼。
「アハハ。 キミ達って本当に面白いナァ。 やっぱり一年も待たずに遊びに来てよかったよ~!」
ウルスラが街全体を覆いつつある極光の波動を眺めながらそう言った。
ゆっくり広がっていた灼獄ノ大禍爆の波動が、ある一点を迎えて膨張の限界を迎える。
その瞬間、急速な勢いで一点に収束する波動。
輝かしい稲光りが波動の中に無数に生じ、ついに極限の閃光が呼び覚まされた。
『ズドガォオォォォオォォォォォオォォォオオォォォォォン!!』
某究極魔法的な甚大な擬音。極めて破壊的で暴虐的な激甚の局所大爆発が巻き起こった。
大爆発は街の全ての家屋と、ついでに周辺に生息している魔物達を何の例外もなく微塵に吹き飛ばしていった。
それによって生じた光の奔流に、大気がビリビリと振動しているようだった。
シロナとマグヌスの魔法障壁も激しい衝撃に揺られる。ピシピシと音を立てて亀裂が生じた。
「うおおぉぉ!? 大丈夫かこの壁ッ!?」
「ぬぬぬぬぬ……! 分かりませんっ! でも大丈夫! すぐに壁の回復をばっ!」
「よしきた! 任せたまえ! 可憐な少女ナナハよ! 私の勇姿をとくと見るがいい!」
現金な天使だなぁ。まあナナハが可愛いのは認めるが――。
ソーマが心の中で静かに呟いた。
マグヌスが手をかざすと、障壁に生じていた亀裂がただちに修復されていく。
魔法障壁の中で悠々としているクリムゾナが、サッと方眼鏡を取り出した。
「ダメージは……っと。 ……1278! 普通の魔力でスキル補正もナシなのに!? すっげぇーッ! 魔力が戻ったらあの禁呪、教えてもらおーっと!」
「おねえちゃん……」
「うん。いつも通りのクリムゾナだ……。 まあ全然懲りてないよね……」
眩い光景に照らされる只中で暢気に呟いている勇者パーティー。
「あーっはっはっ! なんて爆発なんだい! すごいなぁーーっ! すごいなぁーーっ! たーのしーっなぁ!」
核熱の暴虐の最中にいるウルスラもこの有様。まったく動じてない。まるでただの禁呪鑑賞会といった様相。
ただし禁呪は本当に禁呪なのであって、その威力は大概。
微動だにしないウルスラが異常なだけであり、モロにその余波を受けた街は巨大な核の爆発に吞み込まれ光の中へと掻き消えていくのだった。
新しい次元の魔王はかわいいボクっ子でした。