【17】 その姉妹、修羅の狐の姫君に救われる?
私は目の前で何が起きているのか理解する事が出来なかった。
クリムゾナが有無も言わずに解き放ったのは【煉獄渦焦がす灼炎】の呪文。
開幕からラギア系の極大を放つなんて予想はできても受け入れは難い。そこに戯れ心なんてものも微塵も無く一撃粉砕の構え。
出会ってすぐに相手を焼き殺さんとするのは、クリムゾナの獅子搏兎の表われか。亢竜有悔なんて一切の顕れもない。
彼女の手より飛び出した火球は視認するにも一瞬の速度で地に落ち、ただちに激しい灼熱を巻き起こした。
呼び焔の極大呪文。だけども私の遥か眼先で炸裂、生まれた炎の勢いは極大どころじゃなかった。業火は筆舌に耐え難い規模で凄まじかった。
紅吹の火球に凝縮されていた力は禍々しい災となって大きく立ち昇り大炎上。
私の視界一面を超高熱の朱と支子が支配、周囲の地形を木から草ごと平らげ瞬間に焼き尽くした。
肌で痛みを感じるほどの超高熱。このまま此処に留まっていれば、只それだけで酷い火傷を負ってしまうかもしれない。
眼球さえもが熱を帯びる錯覚を覚えて、私は慌てて灼熱と閃光から目を逸らした。
トラ猫の姿はもはや確認できなかった。紅蓮がすべてを覆い焼き付くしていたから。猫は一瞬で蒸発してしまったのか?
だとするならむごい。全くの容赦もないの。普通の可愛らしい猫っぽい存在に対しても、何もここまでする必要があるの?
ああ。かわいそうなトラ猫のエリザベス。もう素敵な名前だって決めていたというのに……。
でも『クリムゾナのした事だから仕方ない』で済まさせれるのだから、私達の思考は愚かしくも彼女に奪われているのでしょう。
それにしても、これはもう極大呪文ながらにして禁呪の域に達しているのではないか、と思った。
ラギア系の極大呪文とはいっても本来であれば【煉獄渦焦がす灼炎】にここまでの出力はないはずなのに。
私は地に伏せながらも【虚ろ影の心疚】の魔法を詠唱、行使した。
紅一辺倒だったシロナちゃんの視界を数字の世界が取り代わって支配する。
焔に表示されている千を遥かに凌駕する超高温は、鉄さえも溶解させる程の灼熱。普通に恐ろしかった。さっきからもうずっと肌が熱く痛いのはこれのせいか。
そんなものがもし自分に向けて放たれたら……。いくらデフォルメを効かせてもそれは普通の描写では済まない程にグロテスク。
かつケロイドと増悪必須の嫌悪的叙事。何事もありのままに伝えればそれでいいという事でもないのです。
【煉獄渦焦がす灼炎】が生み出したと推測される瞬間最大ダメージは……『1561』。
いつもの威力の2倍。ソーマの【碧猛き迸る閃雷】の3倍。私の【封神の水晶機兵】の攻撃力の4倍。
今も燃え盛る灼熱の継続ダメージが『312~468』の値。継続ダメージだけでも並の極大呪文クラス程度の威力があった。
【碧猛き迸る閃雷】でさえもゴミ呪文と化してしまうであろう、そのDPSが末恐ろしかった。あまりにもブーストが効き過ぎている。何故?
もう【煉獄渦焦がす灼炎】の呪文の一発で魔王さえも轟沈する威力。魔王でさえもむせび泣き、命乞いをするレベル。
クリムゾナは魔王級の存在をワンパンできる。またチートみたいなしょうもない常識がこの世界に確立されてしまったのだろうか。
だけどあまり彼女の事を太鼓持ちしてはならない。彼女の瞳の先にあるのは『9999』ダメージなのだから。
この程度でいちいち驚嘆していたら冷笑されてしまうでしょう。それでも焔は私達を延焼せんとする勢いで不快に暑苦しいのだから多少は仕方なかった。
なんだか肌がビリビリと焼けるように痛くなってきた……。もうありふれた感想や逡巡を悠長に巡らせている場合でもなくなってきた。
すぐにここから退避しなくては――。
これはもう比喩でも何でもなくて本当に灼熱を傍観しているだけでも全身が焼け爛れてしまう。
『……ここから離れましょう』
だけども私の提案は言霊となって空気を微かに揺らす事もなかった。刹那の勢いで迫ってくる何かの影によってそれは妨げられた。
一瞬だけ私の視界に飛び込み、表示された『四桁』にも達する速さの数値。でもさすがにそれは気のせいかな。
この世界の神々でも『三桁ステイタス』の域を脱しないのだから……そんな事はあり得ない。
影はクリムゾナを鋭く狙っていた。だけども彼女の超反応が傍にいたソーマの襟首を摘み上げる。
影に向かって迎撃の意志を込めた何かを投擲。それは勇者ソーマの肉体だった。
「やめっ……!? うわああああぁあぁぁぁぁ!!」
勇者の叫びも虚しくクリムゾナの【投擲のプロヴォーク】が放たれた。
だけども空中を跳ね回る影の速度は逸脱していた。何者なのかを認識する事も出来ない程の魔の跳弾と化していた怪影。
勇者は影を一切も捉える事なく虚空を通り抜けた。影の一撃が勇者を跳ね返し弾き飛ばした。
そのまま勢いよく地面に激突し、『あぶひぇっ!?』と虚しく響く勇者の情けない叫び。
(あっ……ずるい。 本当なら次は私の番だったのに……ずっと我慢してるのにぃ……)
勇者が墜落すると同時にシロナちゃんの羨望が心の中を支配した。
影がソーマに対して発生させたダメージの『四桁』は羨望の感情によって見えなかった事にして忘れよう。
クリムゾナにとっては投擲の勇者なんてフェイント以下でも何でもなかったのでしょう。
勇者の無駄弾に全く動じる様子も、間断もなくクリムゾナの掌から解放される【爆裂灼散弾】。
更に残り片方の腕からは【連なる水呼の螺旋】の呪文の青き光が。
爆裂の力を内包する拡散弾と高速回転する水球の群弾が、無数に連なって影を迎え撃った。
重ねられた2つの派生呪文の発動タイミングは美しく完璧だった。ソーマはやはり前座以下の最下級的役割でしかなかった。
そこには何者も回避不能とするロジックが緻密に組み敷かれていたので勇者の存在はいたって不要。
着弾対象に激しい爆風の嵐を見舞うプロド系派生呪文と、物理的な水圧の力で叩き伏せ穿つアクシア系派生呪文の2つ。
それは迫り来る影を精到な角度と気鋭の暴虐で、巧みに撃ち落とす筈だった。
だけどそれでさえも影を捉えるに敵わず……。弾丸の流星群は輝く星となって遥か彼方へと飛び去って消えた。
影は空中を蹴るようにして軌道を変えるだけではなく、瞬間の動体視力にも逸脱していた。
弾丸と弾丸の隙間を縫うようにして滑空、回避する影を迎撃するのはもはや不可能ではないのか?
常識外れの機動力で【煉獄渦焦がす灼炎】の領域を瞬時に離脱。
【爆裂灼散弾】も【連なる水呼の螺旋】も難なく回避してみせたのだから。
極大呪文も勇者の人間投擲も会心の多段呪文でさえも通用しない相手を次はどう対処するのか。
さすがのクリムゾナにも焦りの表情が見えて……なんて事は別に全然なかった。
「……撃ち落せないなら直接捕まえて……殴るッ!」
迫る影に対して地に片手をつけて構えるクリムゾナ。接触する刹那に発動する地の呪文が山吹の色彩に輝く。
クリムゾナの周囲を取り巻くようにして大地より隆起した強固な鋼色の岩槍。
さすがの影も寸前の位置で発動する呪文とは衝突せざるを得ず。『ガオオオオン』と激しく鳴り響く轟音。
鋼鉄と鋼鉄がぶつかるような不快なオトノマペ。空気が波紋を生じ歪むような振動。衝突した後に速度を弛めつつ、くるりと身を翻して姿を現わした影は……。
影の正体は件のトラ猫だった。
だけどそれは別に意外でも何でもなかった。とても鋭敏で賢いシロナちゃんは薄々はその事にだって感づいていたのだ。
この展開から都合よく飛来して襲い来る物体なんて……もうトラ猫くらいしかないもの。
でも私はその事を受け入れたくなかった。現実から逃避していた。
魔王と黙示録の黒騎士の後釜がこんなにかわいいトラ猫ちゃん(白色毛混じり)である事を認めたくはなかったから。
だからどうでもいい逡巡を重ねて煙に巻こうとした。猫が何かとチラホラ垣間見せる四桁の値なんて絶対に理解したくない。
それなのに今も猫とクリムゾナの【地縛の魂鋼岩】の呪文は激しい衝突を繰り返して争っている。
空を蹴りながら跳ね回る猫と幾重にもなって噴出する鋼岩の槍が何度も何度もぶつかって、それなのに猫は全くの無傷。
色んな意味でも何でもなくて端的に言って物理法則を無視しまくっているトラ猫の様相。
これを現実だと認めてしまえばそれがトラウマとなって、私はもう一生まともに猫ちゃん達を愛でる事はできなくなってしまうだろう。
結局、鋼とモフモフとのぶつかり合いで勝敗を勝ち得たのはトラ猫……だった。なんか頭が言い得て妙に痛くなってきた気がする。
健在のトラ猫に対して折れ曲がり砕け散った鋼の槍【地縛の魂鋼岩】の無残な姿は酷く不自然だもの。
さすがにシロナちゃんによって素敵な名前を得た猫なだけはあるのかな……。寵愛されるべき愛猫シャルロットはとっても豪胆なにゃんこなのでしょう。
今はその『豪胆だから』の一言だけで済ませておくのがいい。私の心を防衛して、まともな猫認識を維持するためにはそれがいい。
鋼に勝利したトラ猫シャルロットは、クリムゾナに対して一撃を加えんと両の腕を振り上げた。可愛かった表情が鬼のような猫の形相に変わっていた。
それだけはダメだと私の心が瞬時に叫んだ。クリムゾナへの暴力は許すわけにはいかない。
でも地に伏せている私は何の援護だって出来ない針の筵だから心の中で叫ぶだけ。今の私は応援して彼女を案ずる事しか出来ない矮小な聖女……。
やはり調子に乗って【封神の水晶機兵】を暴れさせまくったのは不味かったかな。
【神越の清浄盾】分の魔力くらい残しておくべきだった。
「おねーちゃん!? あぶないっ!」
叫びつつ姉の前に立ち塞がったのは妹のナナハだった。だけど彼女のその行為の方が危ない。相手は修羅の如き強さを持つと思われる野良猫。
妹の行動をまるで不用だと言わんばかりの手の合図だけで制するクリムゾナ。
「平気よ! これも……想定内なんだからッ……!」
どこまでもがクリムゾナの戦略の範疇なのか。【地縛の魂鋼岩】がトラ猫にあっさりと敗れる事も計算のうちだったの?
どちらにしても黒騎士後半戦の間中に重ねていた彼女の即時発動の呪文のストックに底は無いようだった。
『極大なる焔の鉄拳ッ! 灼神の戦鉄拳!! ちぇえええええいッ!!』
クリムゾナの啼叫のような咆哮と同時に突き出された拳と、華奢な身体が華麗に誇る均衡が私の瞳を奪った。
その所作と連動して発動する赤い輝きを纏った呪文。彼女の後方に生じた紅蓮の六芒より顕現する巨大な何者かの腕は、術者の可憐さに反してとてつもなく逞しい。
紅の豪腕はクリムゾナの拳を模倣するような動きで鋭い正拳の一撃を放った。
鋼岩の槍とぶつかり合ってもビクともしなかったトラ猫だが、【灼神の戦鉄拳】は敵性を爽快に殴り付け、猫のような般若の形相をメキメキと音をいわせて歪ませた。
2つの衝突から生じた爆風が当該猫だけでなく、周囲にいる私達にさえも甚大な衝撃を与えた。
一瞬の虚空の歪みと拡散する波紋から時間差。弾丸のように吹き飛んでいった猫は、焔を纏いながら遥か遠方の地面に激しく激突して粉塵に巻かれた。
轟音と共に硝煙と夥しい白煙が、砕け散って降り注ぐ岩の雨が、【灼神の戦鉄拳】の強烈な威力を物語っていた。
後に残されたクリムゾナは尚も警戒を解かずに両腕を構えたまま。炎の腕もその任を解かれる事もなく顕在維持。
微塵も油断する事なく猫の姿を己の視界内に収めんと、強い輝きの意志と共に敵性を活目するクリムゾナ。
【灼神の戦鉄拳】によって発生したダメージは……『2143』だった。またもや極大に次ぐ極大なの?
これは炎の神の強大な力の一部を具現化させる近接特化の呪文なのでしょう。
それも適正の距離で絶妙なるカウンターで猫を捉えていた。猫の額から顔面からその全身から、全ての部位に至るまでに灼熱の巨大拳をクリーンにヒットさせていた。
加えてクリムゾナの呪文ブーストの効果が甚だしい。呪文倍率844パーセントだけでなく、おそらく別の何かの倍率も乗っているのでしょう。
(これではさすがのトラ猫でも……。)
案の定。粉塵からフラフラと姿を現わしたトラ猫のアデリーナ。
神クラスのぶん殴りをモロに喰らって生きてるアデリーナも大概だけど、蚊程とはとても言えない程度のダメージを負っているようだ。
それを見たクリムゾナがニッと何かを確信したようないやらしい笑みを浮かべた。
「お、おねーちゃん……? もう止めてあげ……」
「もう十分でしょう? あんなに傷ついて……。 ああ、エカテリーナ……」
シロナちゃんもナナハと同意見。傷ついたトラ猫のエカテリーナの姿を見るのは心が耐え忍ぶに難かった。
エカテリーナによって一撃粉砕されたヴェインとかソーマの仇とかそんな事はどうでもよかった。猫なんかに鎧袖一触される不肖どもが悪い。
それなのにクリムゾナは猫への暴虐を一切止める気はないようだった。
「次元の魔王……ッ! コイツなら9999を狙えるかもしれない……!! アハハハハハハ!!」
またもや飛び出す次元の魔王。次元のニャ王という単語。それと『9999』。クリムゾナにとっては目前の猫は猫にあって猫に在らず、なのか。
『9999』に至らんとする彼女の熱を帯びた瞳は他の些細な事象を一切もモノともしない。
彼女の呟き出した呪詛が大気中の配列魔素と紡がれて、可視化された銀色の言葉へと変貌していった。
『荒ぶる嵐招くは慈悲なき破壊の顕現――此へ集うは狂乱の暴君よ――。 祈れ請え――奉げよ――。
救済は虚空の果て、吹き荒ぶ暴乱は此界へ来たる――』
(えっと……これは禁呪……なの……では?)
激しく禁じられてる呪文だからこそ、そう呼ばれている禁忌の呪文。
禁じられてるくらいだから、その威力だって敵味方を関係もなく吹き飛ばしてしまう程の甚大な規模のはず。
私やヴェインを巻き込むならいざ知らず。むしろ望むがままに巻き込まれたい私の事は一旦置いといて。
クリムゾナが唯一大切にする妹のナナハでさえ巻き込みかねないカテゴリーに分類される呪文なのよ?
それなのに……。だけども彼女は止まらないのであった。
『己が卑小を呪うがいいッ! 暴虐の裂甚嵐の虚央眼!!』
禁忌の呪文を容易く解放してしまったクリムゾナ。
シロナちゃんの【召聖の封神の水晶機兵】どころの騒ぎじゃない。その程度の掟破りは目にもならない。
【暴虐の裂甚嵐の虚央眼】だなんて……。
かの者は陰の実力者でも何でもない普通に表向きの神からなる実力者。
大君かつタイクーンな語源は神風嵐の由来ともなって、暴風の力を凶暴に顕す粗暴な嵐の神。
クリムゾナの巨大な緑色の光芒より顕現化された極大規模の暴乱嵐は、トラ猫だけではなく私達さえも飲み込まんとする。
決して衰える事を知らない強烈な風による吸引力は竜巻界一のシェアを誇りそうだった。
「あひえええぇえぇぇぇぇッ!?」
『何も吸引力が強ければいいってもんじゃない』
宙を紅葉のように舞う木々と一緒になって、宙に巻き上げられたシロナちゃんの心がそう叫んでいた。
驚嘆に慄くトラ猫も、屍を晒していたヴェインもソーマも、一緒になって空を飛んでいた。
空を飛んでいるけど自走ではない。自分の意志でコントロールする事が不可能な飛翔……。なので。
それは優雅な飛行でも何でもない。だから全然楽しくもない。ただ竜巻に弄ばれている。私達は竜巻とクリムゾナにとっては有象無象でしかない一要素達。
周囲に転がる大岩の残骸や様々な物体ごと根こそぎに巻き上げて、吸い込まんとする嵐。
勿論それはクリムゾナやナナハであっても例外ではないのだけど……。
「わっ! はわわっ! ちょっと、おねーちゃんっ!! みんなも一緒になって飛ばされてるよぉぉっ!?」
足元の光芒の不思議な力によって、その場に強力に固定されるクリムゾナだけは驚くほどの吸引力を前にしても健在で立ち。
姉と誓約の鎖によって繋がれているナナハも、とりあえずは空中で浮かび上がったまま停止している。
それを確信してか、ナナハの言葉に何も応えないクリムゾナは狂気抱くような嘲笑を浮かべていた。
みるみると私の視界から遠ざかっていく姉妹の姿。ぐんぐんと地面も一緒になって遠ざかっていく。
シロナちゃんの小さな柔身体が無重力の上昇の不快感に悲鳴を上げていた。
全身が冷たい空気に晒され、荒れ狂う嵐に翻弄されて、内側から凍りつくような恐怖と錯覚を覚えた。
あっという間に眼下に竜巻を確認出来る程の高度に達した私は、竜巻の中心に視線を移すとそこに奇妙な眼球がギョロギョロと蠢いている事に気付く。
あれが【暴虐の裂甚嵐の虚央眼】の本体なのだろう……。
なんて……悠長に逡巡してるけど、何か防御魔法でも唱えなければ確実に死に至る状況。落下なんて想像もしたくない大気の只中の高所。広大な死の空間に放り出された矮小が私。
だけども自身の魔力がどの程度残されているのかも定かじゃない。もはや他の事に気を割く余裕も無かった。
(あっ……。 投げられたり蹴飛ばされるくらいの暴虐は快感だったけど……。 本当に殺されるのは……ちょっと……怖いかも……)
私は一抹の不安と妙な寂しさに思わず目を閉じた。
「誠しやかに奇天で摩訶の紅蓮の君かな。 けれど、ちと暴が過ぎるでありんしょうがね。 うふふ……」
「――――っ!?」
私達は突如として現われた未知なる存在によって一様になって絡め取られていた。
何かフワフワとしたものが私の身体を優しく包んでいた。この柔らかさは犬系でも猫系でもない。
羽毛に似ているけれどそれとも少し違う。だけど、とっても心地よい。思わずふわふわをぎゅっ。と握ってしまう私。
未知の存在はそんな私を見て優しい微笑を向けた。
堂々と威風を現わしていたのは九の尾をもつ不可思議な妖艶の美女だった。
紅の色彩からなる異国と思わしき装束は、まるで意図して肌蹴させているかのような着こなし。
それなのにその内側には一糸纏わぬ白肌の裸体を覗かせている。特殊で奇抜な様相だった。
これは異性を魅了するための策なのでしょうか?
もしそうだとするなら小賢しくも効果は抜群だと言わざるを得ない程に、注視し難い破廉恥な格好。
それに豊富な金色の艶髪の頭頂部に可愛く生えているのは……獣の耳……?
まるで九尾狐を模した神性とも思しき妖艶。クリムゾナとはまた違った属性を持つ美しき魔性。
彼女はまるで愛しい者を見つめるかの如き慈愛を込めた眼差しで私達の事をじっと見つめていた。
「お初にお目にかかりませう。 黄昏に育った愛しき子らよ。 もっとも……手前九尾に名乗る気など毛頭もござりんせんがねえ……うふふ」
見た目に相応しい美の囀りで奏でられる彼女の台詞が、否応が無しに私の耳に居座り続けた。
それが不思議と心地よくて女の私でも思わず惚情に呆けてしまいそうだった。
おそらく絶世の美女と称しても何ら偽りの無い彼女は、やはり人の領域に生きる存在ではないのでしょう。
彼女の九尾の力によるものか……。【暴虐の裂甚嵐の虚央眼】もその姿を忽然と消していた。
トラ猫にさえ暴虐的だったクリムゾナの敵対心は言わずもがな。
九尾の魔性にも変わらずの矢の如き邪気からなる視線を絶えず放ち続けていた。




