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【01】 その姉妹、変なフラグを立てる。

挿絵(By みてみん)



 私は姉のクリムゾナ、いや……。

 姉妹だけの限定呼び名である、姉のアイリィと一緒に町の郊外へ来ていた。


 身体が小さく縮んでしまった姉。


その周囲には空の瓶が散乱し、微かに淡い光を放つ紫色の液体が所どころに飛び散っている。



「うううう……ごくごく。 おえっ……。 ううううううううう……。 ごくごくごくごく」



「お、おねえちゃん……。 そんなにマナポばっかりたくさん飲んだら、中毒になっちゃうよ……」



「止めてくれるな妹よっ! アタシはたとえポーション中毒になっても、頭がパーになってでも、絶対に魔力を取り戻さなきゃいけないのだっ!」




 私はこの姉が大好きだ。


 たとえポーション中毒になって床に伏せたとしても、いくらでも喜んで看病していられる自信がある。

でも姉の頭がパーになるのは少しやだなぁ。と思った。



 姉のアイリィは『ド』の字をどれだけ付け足しても不足するくらいにドS。ドドドドドドドってもう別の擬音になってるくらいの超絶ドS。しかも酷くバイオレンスに暴力的で暴虐的。

他人なんて自分が都合よく利用するための駒としか思ってない。


 私だって何度魔物の群れの中に放り投げられたか知れない。姉はいつだって刺激に飢えてるのだ。

安定志向なんて一切ないし、無難なんて言葉も絶対に似合わない。


 だけどその危険な橋を渡るために犠牲にされるのは、いつも自分以外の赤の他人。もしくは愛すべき妹という私。



 いつだったか唐突に毒の沼に叩き落された事もあったっけ。


 それも妹の私が【状態異常 : 猛毒】になったら、どんな反応をするのか見たかっただけっていう、只それだけの理由。

でもその後に誰よりも苦労したのは姉のアイリィの方だった。


 私の【解毒ステイタス】が低すぎて毒が自然に解ける気配は無し。市販のアンティドートも全然効かない。

一応解毒可能な薬はあったけど、それを作るのにはとても高価で貴重な秘薬が何種類も必要だった。


 アイリィは自分のなけなしの貯金を叩いて必要な秘薬を買い漁った。

毎日ほとんど寝ずに、色んな危険地帯や秘境を駆けずり回って秘薬を掻き集めた。


 その間に猛毒状態の私はどうなっていたか、と言うと。苦痛を和らげる薬を飲まされてほとんど意識がなかった。

むしろその時の気分はとても心地よくて、ずっと姉に抱えられたまま眠っていたいと願ったほど。


 最後の方なんて秘薬を守る【エンシェント・ドラゴン】とタイマンの死闘を繰り広げていたアイリィの方がよっぽど瀕死になってた気もする。


 

 やっとの思いで解毒薬が完成して、私の毒が解かれた時なんて。

『わぁんわぁん』と泣きながら私を抱きしめて喜んだのは姉のアイリィの方だった。



 普通の人なら『そんなに泣くなら最初から妙な事をするなよ』とも思うかもしれないけど、姉の好奇心だけは誰にも制御できない。



 朝、目が覚めたら変なヤギと合成させられてた事もあった。別にその時に妙な黒魔術の生贄が必要だった、とかそんな事は全然ない。

それだって姉のタダの好奇心から齎されたもの。


 私からしたら好奇心でキメラにされるなんて堪ったものじゃないし、自分の頭に獣の耳が生えて、全身が毛むくじゃらになっている事にはビックリもしたけど……。


 あの時はタダの牧草があんなに美味しいとは思わなかったし、夜があんなに寂しいなんて知らなくて毎日夜鳴きしながら過ごした。

それを見兼ねた姉のアイリィは、私をヤギがたくさん詰め込まれている家畜小屋へと即座に放り込んだ。


 そこで就寝するとヤギ化していた私の心は不思議と落ち着いて、とても安らかに眠れた。

その間アイリィはずっと『うるせぇー、くせぇー』とブツブツ文句を言っていたけれど……。


 それでも文句を言いながらも私のために同じ家畜小屋で一緒に寝泊りしてくれるアイリィ。



 姉が暴虐の垣間に見せる時折の優しさが、私にとっては不思議と心地いいものだった。

今でもヤギ化の後遺症でたまに『メェー』と鳴いてしまう時があるのが玉に瑕だけど。私にとってはそれもいい思い出。





 様々な暴虐に加えて、口を開けばいつも毒ばかり吐く姉。人を欺く事も多い姉。暗黒面に落ちる事も頻繁にある姉。

だから色んな人に嫌われてるのも知ってる。同じパーティーのヴェインさんやシロナさんにも煙たがられてるのも知っている。


 色んな人に恨まれたり、命を狙われてる事だって知ってる。

魔王の側にいた事だって勿論周知の事実。姉に莫大な懸賞金が掛けられている事も知っている。



 それでも私はそんな姉が大好きなのだ。



「うっしゃぁー!! MP336で踏み止まったぁッ! って、言ってる矢先に消失してるしっ!?」



「あっ。 お姉ちゃんの身体からキラキラしたものが溢れてきて……。 すっごい綺麗。」



「ああああああ!! あああああああ!! んな事言ってる場合かぁ! ナナハ! アタシからMPが漏れないように手で抑えてっ!」



「ええっ!? う、うん。 分かった!」



 私は姉の全身のそれっぽい箇所を手で塞ごうと奔走した。

 

 片方を押さえれば別の部分から光が溢れた。反対方向を抑えれば、また別の部分から。

あっちを抑えればそっちから。キリがなかった。


 でもそれが何だか可笑しくて私は『おねーちゃんの身体で不思議な光の実験! よく分かる!女体の神秘』をコッソリと1人で愉しんでいた。



 愚かな妹が敬うべき姉の身体で密かに楽しんでいる事をすぐに察したのか――。

 姉の冷たい視線に気付いた私はすぐに実験を中断した。





 アイリィは朝からずっと大量のマナポーションをがぶ飲みしていた。


 バグみたいなふざけた理由で私達の【ステイタス】が相互交換されて狂ってしまったのだから、【MP】を無理矢理に調整すれば何か勢いで元に戻るのではないか?という考えに至っての事らしい。


 それでも無理矢理にマナポで底上げされた【MP】は無慈悲にも1の数字を刻まんと姉の身体から大量の【MP】を流出させていく。

限界値が『1』になってるのだからそれはごく自然な現象に思えた。



 (こんなんで本当に上手くいくのかなぁ……。

私は単に【INT】を上げすぎた事が原因だと思うんだけどなぁ……。)



 言っても聞かないのは分かってるから敢えて何も言わない。

地味な妹である私に出来る事は、この能動的すぎる姉をひたすらに見守る事だけ。



 既に100本にも達する量のマナポーションを摂取して満身創痍のアイリィ。

瞳の中に無数の輪を描いて、ぐるぐると目を回し、その額や頬が異常な色に変色しつつあった。


 これはもう別の新たな弊害が生み出されるのではないか――?私の心が不安を訴えた。




「どうせ消えるMPならっ! ちぇえぇぇぇぇいっ!」



 アイリィの裂帛の気合と共に、虚空に向かって放たれる火炎呪文と氷結呪文。

これは【焔渦巻く火球(ラギアルガ)】と【招氷の吐息(フリズガ)】という中級の破壊呪文。


 これは一般市民からすると十分に強力な呪文なんだけど……。



「ダメージは……!? 35に、37……か。 うぐふうううううぅぅぅ……」



 声にならない呻きをあげて地面に両手を付き項垂れる姉。


 次元の魔王との闘いではダメージ9000代をも余裕で叩き出していた、最強の魔素紡ぎと名高い紅蓮の魔女。

それが今ではこの有様。


 ダメージ30程度の中級呪文でも、姉の精神に与えるダメージは一万に達しているかもしれないと思った。




「お、おねえちゃん……」



 私は憔悴の姉を励まさんと、そっと小さな姉の肩に触れた。


 黙って私の胸の中に顔を(うず)めてくる姉。その両手はしっかりと私の背中の後方で紡がれている。

ただそれだけを維持して何も言葉を発する事のない姉。



(ああ。 なんてかわいいおねえちゃんなの……。 はふう……ナデナデしたい……)



 姉の身体が小さく縮んだからそう思うんじゃない。


 姉は昔からこうだった。普段は邪悪な魔女の如き姉でも私と2人きりの時だけはデレる。たまに激しくデレる。

他の人には絶対にこうはならない。妹の私にだけ。


 かといって明確に『好きだ』とか好意を口に出したりもしない。無言で甘えてくる。黙ってデレる。


 

 姉のこのある種キラー的な特質が、妹である私の性癖にクリーンヒットしてくるのだ。

毎日こんな胸キュンイベントにありつけるなら、普段がどれだけ暴虐的でも笑って許せるというもの。



 だから私はこんな姉がたまらなく大好きなのだ。




 私は無言で姉の頭を撫でた。私の胸の中に埋まってる姉の表情は分からないまま。


 姉がレベル1になっても、弱っちくなっても関係ない。

禁呪の域に達した姉が全人類どころか、天使や神にだって恨まれてても構わない。


 たとえ勇者パーティーから追放されても――。



 私はこの姉さえいれば生きていける。

 

 だから、これからの2人の行く末を力残された妹の私が考えなくては。

私は強い想いと決心を胸に抱くのだった。



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