【14】 その姉妹、清浄の白と黙示録の黒に絡まれる
シロナ一新しました
(さすが、クリムゾナなのですわ。 黒騎士なんて彼女にとっては立ち塞がる脅威にもならない。 それに、フフフ……。 何と言っても彼女にはこのシロナちゃんが付いているのですからね……)
私ことシロナちゃんの『清浄たる白きブリュンヒルド』の秀抜たる加護の力。
その強固な後盾を以て不屈の攻勢を遺憾なく発揮する我が勇者パーティー。
いや、クリムゾナの単なるオマケでしかないその他諸々か。だけど間違いなくこの世界で最強のパーティーだろう。
名立たる列強、『竜魔王ドラグノス』、『恐怖の魔王バラムデウス』でさえ尽く打ち破ってきた私達なのだ。
既にこの世界で私達の前に力及ぶ者など存在しないのではないか?
『黙示録の惨禍』との畏れを称する黒騎士でさえその例に漏れなかった。
シロナちゃんが秘かに慕情を寄せる愛しきクリムゾナの暴虐の魔粧の手によって、瞬く間に物言わぬ朱殷と黒緋の肉欠片と貸した黒の騎士。
これまで黒騎士がどれだけの意味有り気な『忌』を周囲に解き放ってきたか。それはモブどもの噂でしか知り得ない事だけど。
でもこうなってしまえばその辺で野たれ死んだ村人と何ら変わりないわね。猫に遊ばれた可哀相な黒窮鼠と言っても何ら過言では無いのだわ。
シロナちゃんの絶対防御に超優秀な補助魔法。無尽蔵の永久機関を肉壁どもに与える超回復の秘儀たるは至高。
クリムゾナの千々多彩、衆多の属性にも及ぶ破壊の呪唱たち。手段を問わない暴虐の名誉たる数々。彼女の止まる事を知らない叡智の進化。
それは本来であれば『単なる炎属性が得意な子』という意味だけを表していた『紅蓮の魔女』という彼女の異名を、『然許り畏れ至りの紅蓮』という禍名へと変えてしまった。
シロナちゃんとクリムゾナのコンビは、まさに聖なる最強の盾と最強に過ぎたる紅蓮の矛。
素晴らしき盾矛コンビのついで程度に存在してるだけの肉壁最強戦士のヴェイン。こいつだって肉壁にしてはちょっと贅沢すぎる戦力だわ。
愚か者どもの面倒な戯言を一挙に引き受けてくれる、マスコット的存在でしかない勇者ソーマだって、それなりには役に立つ。
いや。大衆論理から言えばこの2人も一応は、周りから逸脱した最上級の戦闘能力を持っている。
クリムゾナの戦闘能力が神の域を凌駕し過ぎて霞んで見えるだけか。
ただ、本当であればクリムゾナの美しい手によって投擲される肉壁役は、このシロナちゃんだけが独占すべき逸楽のはず。
ヴェインの事は別段嫌いではないけど、無骨な野郎の肌に触れる事を汚らわしく感じてしまう程に彼女の食指は侵されざる聖域なの。
侵略されるのはシロナの聖域だけで十分なの。むしろもっと別の部位も攻略して欲しい。それも愛しき彼女の食指と紅指し指で。
いつかシロナちゃんの身体の内部の隅々まで慰撫、軟化されたい。愛するクリムゾナの手によって。
もちろん、クリムゾナの妹ちゃんであるナナハも2人の情事に参加してもいいわ。妹だけど、妹じゃないとは言わせない。彼女の事だけは唯一認めましょう。
だってナナハはクリムゾナとの享楽には欠かせない魅力のひとつ……そのものだもの。
クリムゾナに対してはM気質全開な私だけど、ナナハ相手だと攻め手に回るかもしれない……。
そして淫らな三角関係が構築されてやがては……うふふ。
おおっと……!いけない。今はまだ『黙示録の黒騎士』との戦いの事後処理中なのでした。
こんな場面で私だけ恍惚の表情を浮かべているのはあまりにも不自然。異質極まりない様相。
っていうかこんな私でも一応は『清浄たる白きブリュンヒルド』という名の清らかな聖女代表なのだった。
世の中の全ての僧侶達のためにも、表向きは優等生なおりこう様を演じていなければ……。
周辺には勿論すぐに飛び込める寝室のベッドは無い。すぐに駆け込める公衆トイレだって見当たらない。
あんまり艶かしい妄想を続けるのは不味い。変えの下着だって何枚もは用意していないのだから。
クリムゾナの美しい横顔を眺めながら、心秘かに自身の聖域を潤している私の慕情と、陶酔の熱視線に全く気付きもしない紅蓮の瞳が映し出すのは妹のナナハの姿だけ。
それがまた私の愛慕をよりよく深めて、切ない気持ちへと誘うの。
こんな場所でもクリムゾナとナナハの仲といえば睦まじいまま、ナナハはひたすらに姉の妙々たる呪文の数々を褒め称えている。
『ふふん』とでも言わんばかりの得意げな表情で、詳しい呪文の解説を続けるクリムゾナ。その表情が精彩溢れ過ぎていて私には眩しく目に毒だった。
最後に名残惜しくも彼女を一瞥すると、私はすぐに自分の心を清浄の領域へと誘った。
少しの間を置いて唐突に現れる虚空の歪み――。
え?虚空の歪み?何それ。ちょっと。そんなのは全くの想定外なんだけど。
虚空が何ものなのか、確認する間もなく現れる黒の甲冑に身を包んだ未知の存在。
「――――!?」
現れたのは未知でも何でもなく、少し見慣れてしまった黒甲冑の騎士の姿だった。
これはついさっき倒した筈の『黙示録の黒騎士』……なの?
身に纏う甲冑がまんま同じ。容姿は非常に酷似している。もうさっき倒した黒騎士との差異が蚊ほども判別し得ないのだわ。
いや、ちょっと待って。しかも現れた虚空は一つだけじゃない。
私達の周囲にいくつも湧き出た歪な狭間は、その数とまったく同じだけの黒騎士を生み出した。
「え……、 なっ……!?」
……待って。待ってよ。ちょっと待ってってば。
黒騎士といえば私達の知る既存の魔王達を凌駕する程の逸脱した力の使い手で……しかも唯一絶対悪の黒幕だったのでしょう?
何でそんなヤツが雑魚モブみたいなノリでポンポンと生み出てくるの?ふざけてるの?ねえ、バカなの?
ちょっと、その思考の愚かさを延々となじってあげるから、このクソ展開を考えたヤツは私の前へ名乗り出なさい。
「さっきので終わりじゃ……、 なかったのか……!?」
「いや、それにしたって……この数は……」
私達を取り囲むようにして現れた黒騎士の数。計7体。もっと分かり易く例えるなら魔王以上の戦闘力を乗算することの7回。
終盤の雑魚モブでさえ7体同時出現は稀なのに。いわばラスボス以上の存在が7体同時とか。
そんなラスボスの安売り大バーゲンなんて誰も望んでいないし。ラスボス本人達ももっと個の威厳というものを重きに考えるべきでは?
なのに対する私達の戦力は、数に含められない守るべきナナハを除いてたったの4人。
そっとナナハを制して自身の背の後ろへ招き入れるクリムゾナ。その光景を見てちょっと羨ましい……とか何とか言ってる場合でもない。
少なくとも残った一人当たりが、黒騎士2名ずつを相手にしなければならないのだ。
これはさすがにちょっと洒落にならなかった。
有無を言わさず攻勢に転じる黒騎士達。
複数になると一気に雑魚っぽい雰囲気が増しそうなものだけど、黒騎士達はそんな事も無かった。
後方で腕を構えて深淵の呪法の詠唱を開始する者。漆黒の十字を振りかざしつつ猛然と迫り来る者。両腕に黒の双刀の刃を鋭く光らせる者もいる。
纏う甲冑は酷似なのだけど備えている武器は多種多彩。
見た目だけで各々を呼称するのは困難だから、手にする武器種別で判別するのがいいかもしれない。
だけど、もうそんな些細な事を分析している暇さえも無かった。
狼狽する私達を好機と捉えて強襲せんと迫る黒騎士軍団を迎撃しなければならない。
黒の刃の第一陣が迫り、激しく斬り合うのは勇者と黒騎士のうち一体。ソーマの返す刃がそれを受け止めた。
だがソーマの反撃のターンは回ってこない。そんな事は黒騎士達が許容しない。
その前に第二陣となる黒の十字が勇者の頬をかすめ、致命の一歩手前でそれを回避する。
更に縦横無尽の軌道と化した双刀、黒の閃刃が勇者を付け狙う。
慌てて地を蹴り反転して後方へ身を翻す勇者。一旦距離を取り体勢を……。
立て直す事さえ許されなかった。その足を漆黒の鞭が絡み取って、引き摺られて転倒するソーマ。
前戦時の勇者パーティーの連携に対抗するかのような黒の連携。無様に臀部を地に付ける勇者に容赦なく黒騎士達の影が襲い掛かる。
「ああっ!」
慌ててシルド系魔法の最高峰、神越の清浄盾を詠唱するシロナちゃんである。だけど唐突過ぎる敵の強襲には詠唱が追い付かない。
これじゃ、まったく対応できない。いや。黒騎士出現と同時に即座に詠唱を開始していればまだ間に合ったかもしれない。
だけど不測の事態に完全に呆気に取られていた。迂闊だった。
仲間の命を信頼と共に預かる最強の防御ソースであるこの私が、失念から後手に回るなんて事は……決して許されない。
いや、だけども。たとえ神越の清浄盾を開幕で上手く発動できたとしても、この魔法は強固な防御力を誇る分、味方の1人ずつにしか付与できないのだ。
物量で勝る黒騎士の圧倒的攻勢の前には、それでもやはり後手と言わざるを得ない。
この状況でも問題なく対応できる最適な魔法……。ええっと。今一番に相応しい魔法は……。ええっと、ええっと。うーん……。
ああ、でもダメだ。間に合わない。私が刹那の間に思索を重ねる矢先にも、黒騎士達の幾重にもなる影が勇者を覆い尽くす。
それは物理的な脅威だけじゃなくて、擾乱から精神的な混迷を呼び起こす程の恐慌。いつもの慧敏な私であれば、すぐに最適解が導き出せるはずなのに。
この時の私の心は動揺一色に包まれていた。
「うわぁあぁぁぁッ!?」
戦慄して叫ぶソーマ。そこに割って飛び込む戦士ヴェインの巨大な刃。
無数の黒鉄の武装達を一挙に受けたヴェインの手にある強固な鋼。凄まじき豪腕で黒騎士達を押し返す。
「うがあああああ! 落ち着けッ! ソーマッ!」
「あ……ヴェイン……助かったよ」
「おう。 さっさと立ち上がれ! 反撃に移るぞ! ってかシロナ! お前も何を呆けてやがる! さっさと支援をしやがれ!」
ぐぬうっ……そんな事……。その通りだけど。呆けてたし動揺してたけど。
でも脳味噌筋のあなたに言われなくたって。
「……分かってますっ! 神越の清浄盾!! ついでに聖壁に与する神耐!!」
私が唱えたシルド系の最高峰と障壁を強化、自動修復するレジス系最高峰魔法。神の秘術からなる守り手の本質に回帰する2つの集大成は、ヴェインの周囲に絶対的物理防御の障壁を生み出した。
うっすらと透明に具現化される六角、ヘキサの輝く集合体。2つの魔法の効果が続く限り、敵の激しい攻撃からもヴェインの身を強固に守ってくれる事でしょう。
すぐさま大剣を嵐のような勢いで振り回して黒騎士達の群れに特攻するヴェイン。別に振るう刃を敵性に命中させようとは望んでいない。
傷ついた獣のように形振り構わず暴れ回ることで、自分の身に一挙にヘイトを集めるつもりなのだろう。
さすがは私の肉壁枠を奪取せんと暗躍する戦士。それは頭で考えての判断ではない。肉壁としての本能が彼をそうさせるのだ。
この言い方だと何だか如何わしく聞こえるけど、これは絶対にそういう意味ではないからね。
でもヴェインのこの特攻も私の加護を力を信託しての事。確かに私の神越の清浄盾の防御力は最強だから信ずるに値する。
ただし敵対する黒騎士の攻撃力も最強クラス。いくら最強の盾でも敵の数が、数だけあるのだから過度な期待は禁物なのだけど。
「がああああああああ!! うがああああああああああ!!」
「…………!! 深淵の恐刃…………!!」
「ぬがああああああああああぁあああぁぁぁッ!!」
「顕成す混沌…………!! 陰鬱なる球域…………!!」
案の定、黒騎士達の反撃は半端なかった。振るわれる刃、飛び込んでくる無数の深淵の呪詛、闇のエネルギーの猛攻。それは凄まじい勢いだった。
そのうちの大半を見事鋼の刃で受けるヴェイン。だがしかし、残りの大半は神越の清浄盾が受け、みるみると防御障壁が崩されていく。
防御はガリガリと音を立てるように削られているというのに、ヴェインが反撃する暇なんてものは微塵も無い。
一方的な攻撃。一方的な防御。それもそのはず。今やヴェインに群がる黒騎士のその数はオール7体。黒騎士の七英雄、と言わんばかりのすべての戦力。
やはり状況は完全に後手に回っていた。いくら最強の防御力を誇ると言っても最強掛ける事の1は1。
それを自動修復する聖壁に与する神耐だけど、今の私の錬度だと25回の修復が限界。
対して最強クラスの攻撃力を掛ける事の7は7。どう考えても絶対に数の面で劣ってしまう。そんな事は子供でも分かる単純な計算。
何も『最強=無敵』という訳ではない。最強には何の確約も保障も無い。
でも仮に防御障壁が壊されてヴェインが酷い手傷を受け、瀕死の重症を負ったとしても、まだ私には超自然治癒の輝光や神癒の虹羽衣といった超回復、再生の秘術がある。
最悪死んでしまったとしても私の囁きと祈りと詠唱で蘇生する事だって可能。ただし肉体の損傷度合いと運にもよる。あと下手に『念じる』事だけは禁物。
最後に迂闊に念じてしまって気合を入れ過ぎると、蘇生は普通に失敗して、しかも即座に蘇生対象は灰化するのだ。
そうなるともう無理矢理に強制転生させるしか復活の道はない。
さすがに転生ともなるとね……。私は別に転生女神でも何でもないから、あまり転生には自信がないの。失敗して変なモノに転生させてしまうかもしれない。
例えば無職に転生とか。転生したらスライムだったとか。スライムならまだマシな部類かも。仮に盛大に失敗して、ヴェインに『蜘蛛ですが何か?』とか言われても、『知らんがな』としか言えない。
最強戦士に戻るのは無理でも、ありふれた職業で最強でも目指せば?とか真顔でそれっぽく言ってしまうかもしれない。
いや……でも転生させる時にヴェインを女の子にしちゃうのはアリかも。転生したら女の子でした……!
それはそれですっごく楽しい気がする。思いの他美少女になるかもしれないし。
だからまあ、その……安堵して果てなさい。永久ゾンビ肉壁戦士で物理さんなヴェインよ。
確かな策略と不毛な逡巡を以ってして、次なる魔法の詠唱を始めるシロナちゃん。その眼前を何かが光の速さで通り過ぎていった。
(んん…………?)
しかもどうやらそれは一つじゃない。どうやらというか、どう見ても数える気にもならない程の夥しい量。
止まる気配は微塵もなく、全くの間断の隙間もない。まるでそのひとつひとつが満を持して解き放たれた矢の如く鋭い。
ひたすらに数を重ねて飛び込んで来る弾丸の嵐。向かう先は黒騎士達の群れ。
それは人間の頭部程度の大きさの火球であったり。無数の岩の弾丸であったり。氷塊だったり。風の刃だったり。
碧雷を纏った閃光だったり。属性が多彩すぎて全てを正確に捉えきれない。
これは虹色の色彩を持つ制圧射撃?オーバーウェルムという名の暴虐の流星群かもしれない。
飛翔の起点に視線を移すと、そこに陣取っているのはクリムゾナとソーマの2人。
暴虐の流星群は『紅蓮の魔女』と『碧の勇者』が同時に連続して放った呪文による一斉攻撃だった。
「あーっはっはっ!! バカめ!と言ってあげるわ! ヴェインという名の私専用の肉壁に群がるお前らが辿ってるのは、単なるしょうもない負けパターンなのよっ!!」
確かに開幕の瞬間で黒騎士達がクリムゾナやナナハ、このシロナちゃんを狙わなかったのは愚行とも言える。
まあ狙おうにも、まるで狂ったかのように暴れ回るヴェインの決死の特攻が、簡単にはそうはさせないのだけどね。
おまけ的な存在の癖に意外と役に立っているヴェインに少しだけ嫉妬するシロナちゃん。
それにしても、クリムゾナ専用の肉壁ですって……?ああ。なんて甘美な響きなのかしら。そっちの要素の方が大嫉妬だった。
よし……。今すぐ魔法の詠唱を止めて私も肉壁になろう。もう肉壁家になろう。そうしよう。
そうして肉壁作家としての感想やら肉評価ポイントや肉ブックマークをとち狂ったかのように追い求める子になるの。そのためには手段を選ばない。
うん。絶対にそれがいい。だからほらクリムゾナ、早く私を掴んで敵の真っ只中に投げなさい。
シロナちゃんは見るからに投げられたくなさそうな嫌そうな顔で、投げられたそうな顔をしているでしょう?ほら、早くっ!!
……だけど、もう既にこの状況に肉壁的な存在は必要ないみたいだった。
まだまだ2人の呪文の猛攻は止まらない。
『 灼獄の爆裂!! 破岩の地裂爆!! 灼熱の超神星!!』
『碧き迸る閃雷!! 焔渦巻く火球!! 碧猛き迸る閃雷!!』
爆裂が生む砂塵。衝裂の波動。弾け飛ぶ痛撃の岩礫。焔の精霊の小規模惑星が呼び起こす灼熱。立ち昇る業火。焼き焦がす電撃。眩く輝く迸る雷光。
黒騎士達は怒涛の呪文攻撃を無尽蔵に受け続けて、侵略の方角とは逆の方角へとみるみる押し返されていく。
もはや描写が困難な程の圧倒的物量制圧の只中に飲み込まれた。
何処からとも無く歓声のような、鬨の声のようなものが聞こえてきた気がした。でも、この場には私達と黒騎士しかいないはずなのに。
状況をいちいちこと細かく実況したり、何かと大袈裟に驚いて見せるような、場を盛り上げる役目のモブ達なんて存在していないはずなのに。
そういえば今まで全然気付かなかったけれど、何か得体の知れない存在にずっと監視されてる気がする……?
シロナちゃんしか気付いていないのか?これは気のせいだろうか……。




