【13】 その姉妹、魔王達のアイドル的存在になる
描写が雑すぎたので改…です
『第一の万象の魔王』コルトゥ。彼女の細い指の中に映し出される映像。
修羅の世界で広く流通している伝達機器、修羅フォンの液晶画面だ。
1人で鑑賞する分には何の不自由もない修羅フォンの画面なのだけど、それを修羅の王七名で共有しようとしている。
さすがにそれはちょっと無理があるんじゃないか?と思った。
「ふむ、始まったみたいだぞ」
「なぬ! ワシにも見せろ、全然見えん!」
「もう。 押さないで下さい! ちょっとマガツヤ……あなたの大きな尻尾が場所をとり過ぎてるんじゃないんですか!?」
「なんざんす? あちきに文句はいりんせん。 イーサリサ、ぬし様がどけばよござんしょ?」
「ちょっと! みんな、うるさいよぉ! 全然聞こえないじゃん!」
案の定、視野が限定されすぎる長方形の映像は魔王同士のしょうもない小競り合いを巻き起こす原因となった。
決してお互いに譲ろうとしない。でもそれがまさに修羅の王って感じ。
マガツヤと呼ばれた魔王は『第五の殺生の魔王』と称されるマガツヤヒメ。表世界の漢字で書くと禍津耶姫。
大きな狐の耳、ふわふわの大きな尾がトレードマークの和装に身を包んだ妖艶な狐の美女のお姫様。
彼女の最大の武器は自由自在に操る事ができる九つの尾。
まるで触手のような多彩な動きに伸縮自在なその九尾は、鋼や灼熱、電撃や硫酸など彼女の司る様々な属性に変異させる事が可能。
修羅の王の中では珍しくトリッキーで強力な特殊能力を持つナインテイルの魔王だ。
そんな彼女の九つの尾も、今はもふもふを大の嗜好とするアルカナによって愛でられている最中。
彼女は多くの異形に囲まれるお姫様だけあって獣属性の女の子には目が無いのだ。
「あう~。 マガツヤちゃんの尻尾は最高だねぇ。 癒されるねぇ……。 ふわぁ。 なんか眠くなってきちゃった」
「うふふ。 あちきの尾の中で好かねえ事も忘れてお眠りなんし。 夢の国へおさらばえ。 異形の姫や」
実はボクやコルトゥと変わらないくらい奔放なアルカナ。そんな彼女を尻尾の豊かな動きで巧みにあやすマガツヤ。
司る眷式や属性は違えど2人は同じお姫様同士。何か通じるものでもあるのかもしれない。
修羅の王は他の多くの民とは違って個性豊か、というボクの批評通り。
彼女達の個性豊かで何ものにも捉われない魅力的な立ち振る舞いは、表の世界の人間に通じるものがある。
一応は修羅の世界の人間である彼女達は、残念ながらボクの恋の攻略対象には成り得ないのだけども。
とうとう会議そっちのけで安らかな寝息を立て始めるアルカナ。でもよく考えたらそれもいつもの事だった。
別にマガツヤのもふもふ尻尾に包まれていなくても、会議中の彼女といえばいつも惰眠を貪る只中にいるのだった。
他にも映像を奪い合うのは『第六の破極の魔王』ハシュラトや『第七の威光の魔王』ヌツァク・カイザル。
ハシュラトは漆黒の装束を身に纏う筋骨隆々の武人。
常に仮面の下に隠された彼の表情は寡黙――と見せかけて、実は勇猛かつ敢然。尚且つとっても陽気な性格だったりする。
性格に反してその真っ黒の見た目はどうなの?とも思うけど、これも彼なりの修羅の王としての威厳の顕し方であるらしい。
第六位の強さと言っても【STR】や【VIT】の【ステイタス】は4万に達する程の高い数値。それは第三位の強さを持つボクよりも遥かに高い値だったりする。
物理的な戦闘力においては第二の魔王と評しても差し支えないのに、ハシュラトが第六と評されるのには訳がある。
それは彼の【INT】や【魔法耐性】が絶望的に低いためだ。とにかく賢さが足りない。とにかく魔法に滅法弱い。
彼の異様な魔法耐性の無さは、もはやマイナスの域に突入していており、むしろ相手の魔法の基本ダメージを何十倍にも増幅させてしまう。
本来であれば【基本ダメージ:100】程度の威力の魔法であっても、彼が受ける実際の被ダメージは1000以上の値を叩き出してしまう事だろう。
これでは彼を下手に表の世界に送り込む訳には行かない。
例えばこの前ボクが手合わせしたミスティカとハシュラトが交戦したとして、両者間の戦闘で発生するダメージは、彼のマイナス耐性によって余裕で『9999』を叩き出してしまう事だろう。
『9』が4つ並べば有無を言わさずに神の真理の絶対者が出現してしまう。
それでは表の世界をゼロの脅威から守るために、ボクらがわざわざ粛清を与えるために降臨する意味がない。
だから総合的な修羅の王としての役割と能力を考慮しての『第六の破極の魔王』なのだ。この評価はハシュラト自身も既に了承済。
本来の実力に反する低評価にまったく異を唱えることも無く、今も『グワハハ』と豪快に笑っている気さくなおじさん。
他人からの評価よりも自分自身の悦楽や、ストイックな鍛錬を何よりも大事にするハシュラトは、たとえ『第六』であってもボクの崇敬を十分に集める修羅の王に相応しい人物だ。
だけどもボクは『第七の威光の魔王』ヌツァク・カイザルの評価には納得していない。
彼が魔王の座に就いている事でさえも認めたくない程だ。
ヌツァクは修羅の世界では珍しく、親の七光りだけで修羅の王に成り上がった。そのせいか実力が全く伴っていない。
彼の【ステイタス】はせいぜい1万台。これはうちの従者であるル・グウェインと変わらない強さ。
特化する一部の【ステイタス】だけ取り上げれば、2万の値にも達する程のグウェインだから、むしろうちの従者の方が強いかもしれない。
いや、ル・グウェインは解雇してしまったから今はもうボクの従者ではないのだけど……。
でもヌツァクが魔王として君臨するくらいなら、ル・グウェインが魔王になった方がよっぽどいいとボクは思う。グウェインの方がいい仕事すると思う。
この役立たずの魔王はボクの傍にいるトラ猫とだっていい勝負を繰り広げるかもしれないんだ。
それにヌツァクの性格だって他の個性豊かな魔王達と比べても何の情緒も無い。修羅の世界の民達とほとんど変わらない淡白さ。
もし彼が主人公の物語があるとするなら、それは絶えず読者を惰眠に誘って絶望と走馬灯を呼び起こし、数日も経たずに打ち切りになる事だろう。
これはボクの個人的見解だけど、修羅の王に問われるのは何も強さだけではないと思う。
だから尚更人としてクソつまらないヌツァクが修羅の王である事に納得がいかない。
そんな彼を魔王の座から引き摺り下ろせないのは、今も彼の父親が眩いばかりに周囲に放つ虹色の威光のせい。
親の七光というか、もうその親が七色に光っている。だから虹色の威光。
ヌツァク・カイゼルの父親はかつての『第一の虹檻の王』セア・ラ・アザゼル。
コルトゥに第一位を譲るまでは彼が修羅の世界の第一位の王として君臨していたのだ。
子煩悩で過保護すぎるアザゼルは未だにヌツァクのありとあらゆる行動に事細かに介入してくる。
この超魔王会議だってアザゼルによって監視されている事だろう。
アザゼルの親バカな行動はある意味情緒に富んでいて、修羅の王らしいと言えば修羅の王らしい。
もしアザゼルが今も魔王でいるならボクだって何も不満はない。でもヌツァクの事はまったく話が別。ヌツァクが魔王なのはとにかくクソムカつく。
ボクにもっと力があれば物理的な暴力でヌツァクを魔王の座から叩き落してやるのだけど、さすがのボクでもヌツァクの背後に潜むアザゼルには全く敵わない。
引退後のアザゼルのハッキリとした【ステイタス】の値は不明だけど、とりあえずコルトゥに勝てる程の実力がなければお話にもならないくらいの強さは保持しているだろう。
無能魔王のヌツァクがボクにとっても重要な鑑賞会に我が物顔で参加しているのは、非常に腹立たしい事だけど、今は我慢するより他なかった。
「おお、見ろ。 クリムゾナが動き出したぞ。」
今も互いに犇き合いながら画面を凝視する只中、魔王ハシュラトが映像の変化に気付いた。
魔王達が活目の渦中にある映像は、美しい漆紅の艶髪を持つ1人の美女を注目して映し出していた。
「今日も紅蓮のおゆかり君の成す事は塩が効いておるのう。 此度、投げたもうは戦士の武左かの? 僧侶の君かの? うふふ」
「うんうん。 たまには勇者を投げるとこも見てみたいよねぇ」
マガツヤとコルトゥが年甲斐も無く騒いでいる。
活目の渦中の美女の名はクリムゾナ。彼女の住む世界で最強と評される勇者一行のメンバーの1人。
時に『紅蓮の魔女』と呼ばれる事もある最も禁忌に近いスペルミューラー。
とても勇者一行のメンバーとは思えない妖艶で邪悪な雰囲気を纏った彼女は、禁忌の呪文を躊躇わずに行使することも持さない凶悪な魔術師。
かつて『恐怖の魔王・バラムデウス』とかいう『ラスボスという名のかませ犬』の裏に潜む黒幕であったクリムゾナ。
だけども今では勇者パーティーの中でも逸脱した火力を誇る超アタッカー。世界を救うとかそんな愚行には一切興味が無い。
ただ究極のカンストダメージを叩き出す事だけに執着を見せる、常識の狂った魅力溢れる表の世界の魔法使いの女の子。
クリムゾナの見せる並外れの暴虐は、修羅の王達を一挙に魅了した。
「今日も美しいクリムゾナ……。 魅力的なクリムゾナ……。 あふう。 是非とも私の元に招待したい……!」
「ちょっとイーサリサ! 君は自分の世界があるんだから欲張らないでよ! クリムゾナはこのアタシが狙ってるんだから~!」
「ええ~。 私もゾナちゃんお迎えしたいよ~。 ついでにそっちの気がありそうなシロナちゃんも一緒に愛でたい……」
「あちきだって紅蓮のおゆかり君を手篭めにしたいでやんす。 碧雷の子もかわいくて間夫い。 うふふ……。 皆して抜け駆けを言いなんすな」
「クリムゾナは勿論ワシの第一の嫁候補だが、ワシはヴェインの勇猛さも好いておるがの! グワハハハ!」
「ハシュラトのそれはそっちの意味なの……? まさか違うよね? まあボクはナナハちゃん派かなぁ……それとミスティカちゃんもセットで……」
修羅の王達はそれぞれの推しを激しくアピールしつつも、映像に映し出される光景を活目して一喜一憂に騒いだ。
こういうお祭り事には目が無いのも修羅の王の特質。ただ淡白なヌツァク・カイザルだけが1人で退屈そうにしている。
何でコイツは此処にいるんだろう……?表に出て来たくないアザゼルの身代わり、と考えると合点がいくけれど。
最強魔法使いのクリムゾナとその愉快な勇者の仲間達は、映像の中で『黙示録の黒騎士』と呼ばれる絶対悪と対峙している只中だった。
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「風の弾丸を見舞ってあげるわ! 飛翔せよ! 召風の螺旋解!!」
クリムゾナが召喚したのは双璧を成すつむじ巻く真空、召風の螺旋解。
まるで意志を持つかのように動き回る超高密度の竜巻は一瞬で黒騎士との距離を詰める。
攻撃対象の周囲を旋回しながら、物体を穿つ力に特化した衝撃破の弾丸を次々と放つ召風の螺旋解。
鞭のように撓る無想の黒の十刃で、それを難なく弾いてみせる黒騎士。
『……深淵の恐刃!!』
弾丸を退けると同時に反撃の意を込めた無数の黒の刃の凶弾、深淵の恐刃がクリムゾナへ向かって次々と射ち放たれた。
だが全ての深淵の恐刃はクリムゾナの眼前の虚空に不自然に突き刺さって停止していた。
「無駄です。 私の魔法障壁、神越の清浄盾の防御力は最強。 さらに素晴らしい反射性能を誇る鏡面世界の聖儀式も既に展開済み!」
僧侶シロナの卓越した防御魔法がクリムゾナに強固な鉄壁を付与していた。『清浄たる白きブリュンヒルド』と評される彼女のプーリストとしての能力は最高峰にして逸脱。
さらに彼女の言葉どおりに、虚空で停止していたはずの黒の刃が反逆の意志を以って黒騎士へと跳ね返る。
術者と独立して、多彩な動きを見せる自翔砲台召風の螺旋解、さらには反射して迫る深淵の恐刃の黒の刃。
夥しい量の黒と白からなる弾丸の嵐。それさえも刃の鞭で受け流す黒騎士。
だが黒騎士の行動を阻害するには十分すぎる量の多重火砲。その隙間を縫うようにして地面すれすれの位置を疾走して迫る戦士の影。
「隙ありゃああぁぁぁぁぁぁッ!!」
未だ無数の弾丸に翻弄され続ける黒騎士を、戦士ヴェインの強烈な突貫が狙っていた。
突貫と同時に斬り上げられる巨大な刃。黒騎士の左腕部に煩雑な刃の軌道が深く刻まれた。
ミシミシという鉄のひしゃげる音。生じる亀裂。斬撃の引き裂く鋭い張力が黒の甲冑の限界強度を凌駕。
黒騎士の左腕が勢いよく回転しながら弾け飛んだ。だが片腕を失っても何ら動じない黒騎士。
空かさず刃の鞭によるヴェインへの反撃を試みるが既にそこに戦士の姿は無い。
重戦車の如き強大な腕力と、鋭い飛翔鉄機の如き俊敏さを兼ね備えているヴェインの強襲即脱に抜かりは無く。
「喰らえ! 碧猛き迸る閃雷!!」
前線から即座に離脱した戦士に代わって次に襲いくるのは迸る巨大な碧き稲妻。
それは勇者ソーマの放った極大呪文。勇者パーティーの剣と魔法による怒涛の連携攻撃だった。さすがの黒騎士といえどもこれには回避反応を鈍らせてしまう。
巨大な閃雷が黒騎士の全身を包み込み、激しい轟音と共に焼き焦がす。
鎧の隙間から隈無く立ち昇る硝煙。堪らずにガクッと片膝を地に付ける黒騎士。
勇者ソーマの得意とするレギオ系極大電撃呪文、碧猛き迸る閃雷の一撃は、表の世界では最強クラスのダメージを誇るのだ。
元々高い近接戦闘能力を誇る勇者であるが、その近接戦闘能力を無駄なものへと変えてしまう程に強力な碧き稲妻呪文。
モロに極雷の威力をその身に受ける事で知った黒騎士の被ダメージは甚大だろう。
それでも内に秘めたる邪悪な深淵の力を全ては解放していない黒騎士。
それを肌で感じ取って理解しているクリムゾナは、黒騎士に対する警戒を緩める事は無く、徹底して容赦なく次なる多段詠唱を完了していた。
「このまま押し通すよ! くたばれ、陰気くさい仮面野郎ッ!」
叫ぶクリムゾナの周囲に可視化された無数の術式が展開した。
それは禁呪とは言わずとも総火力では禁呪に匹敵する程の威力を誇る、無双の多段呪文攻撃。
こうなるともう、勇者パーティーがクリムゾナと敵との間に介入する事はない。
下手に手を出せば自分達もクリムゾナの強烈呪文攻撃の巻き添えを喰らう事受け合いだからだ。
暴虐的なドSの性質を持つクリムゾナの事だ。むしろ嬉々として仲間に向けて呪文を放つだろう。
『微塵に爆ぜろ! 灼獄の爆裂!! 焦熱核禍爆!!』
クリムゾナの詠唱と共に黒騎士に吸い込まれるように突き刺さる爆風の嵐。
次々と連鎖して巻き起こる裂衝が黒騎士の身を激しく撃ち付け、回避不能の熱線が黒の甲冑を焦がす。
『ぐ、ぬ……!? ――――ッ!?』
灼獄の爆裂はプロド系の中級呪文。
何も特殊な挙動を見せない単なる爆撃を呼び起こすだけのこの呪文ではあるが、単純な威力の面においては同系列の呪文の中でもトップクラス。
威力だけを評価するなら攻撃手段としてはとても強力かつ優秀な爆裂呪文だ。
灼獄の爆裂と連続して唱えられた焦熱核禍爆はプロド系の派生呪文。
禍々しい中性子爆裂を解き放つ焦熱核禍爆は爆風の威力自体は中級と比較しても劣ってしまう程度だが、生物に対する苛烈極まる殺傷能力でいえば上級以上。
物体を透過して生物のみを焼き焦がす熱線は、極大呪文の殺傷能力に匹敵すると言っても過言ではない。
2つの異なる爆撃は黒騎士に決して抗う事の出来ない可虐を絶え間なく与え続けた。
黒騎士の姿は爆風によって瞬く間に視認外へと掻き消え、巨大な黒煙と異様な熱気を周囲に放つ高温の渦が折り重なって、一つの巨大な業火の焔と化し周囲を禍々しい灼熱と眩いばかりの閃光で包み込んだ。
これでも黒騎士が生きているというのなら、それだけでも化け物染みているのだが。
それでもまだクリムゾナは攻撃の手を緩めなかった。彼女の辞書に『油断』の二文字は存在しない。
容赦も無く命乞いをする猶予も与えられず、絶対的な破壊衝動によって齎される徹底的なまでのクリムゾナの暴虐に慈悲は無い。
『絶対零度、極限の圧殺! 無氷の極結界!! 螺旋の水瀑刃!!』
激甚爆裂の後に呼び起こされたのは、2つの氷と水が織り成す双極の嵐。
フリズ系の極大呪文である無氷の極結界。周囲の大気を氷獄の領域と同等の絶対零度に変えてしまう程の強力な冷気を解き放つ呪文。
クリムゾナの広げた掌から放たれる冷気の極太レーザーが、軽快な氷結音と共に巨大な業火を一瞬で凍結させ、『凍結した大爆発』という見るも奇妙で不可思議な芸術作品を生み出していた。
それを遠くで見守る勇者達が唐突に来訪した極寒の冬に身を震わせた。
続け様に唱えられたのはアクシア系の極大呪文螺旋の水瀑刃。この呪文によって生み出されるのは湖畔と見紛う程に超巨大な螺旋の軌道を描く水弾。
クリムゾナの頭上で顕在化された超巨大水泡は、彼女の号令によって地上へと叩き落された。
地響きを伴う轟音と津波の如き衝撃が件の『凍結した大爆発』を微塵に吹き飛ばした。
弾け飛んだ水泡は即席の豪雨となり、沛然と降注いだ。
未だ災禍と水蒸気の霧の中に掻き消えた黒騎士の姿を視認する事はできないが、それでもさらに畳み掛けるクリムゾナ。
『灼熱を纏え! 薙払いの灼十字!!
ラギア系の上級派生呪文、薙払いの灼十字。巨大な業火が収束され、クリムゾナの細腕は這うような焔の螺旋を纏った。
意志を得た薙払いの灼十字は術者の思うがままに振るわれる巨大な焔の鞭。
クリムゾナの腕の動きに従うように焔の鞭は大きく薙ぎ払われ、螺旋の水瀑刃によって吹き飛ばされた極寒の霧と、輝く氷の粉塵に巨大な灼熱の十字を幾重にも重ねて刻み付けた。
『………ッ!!』
業火と煙霧視界と水蒸気と諸共に吹き飛ばされた、黒騎士が姿を現わした。
爆炎を纏ったまま無抵抗で宙を舞うその姿は、全身が陥没変形し、凍結しつつも焼け焦げた無残な様相。
そのまま受身を取ることも無く勢いよく地面に激突し、引き千切れた手足が地を跳ね、散らばった黒の欠片がカラカラと音を立てた。
ついに息絶えたのか?黒騎士はピクリとも動かなくなった。
敵性の骸にゆっくりと近づくクリムゾナ。今もその両手には次なる呪文の魔力を携えたままである。
ここまでしても彼女の暴虐の意志は全く緩みも無く、その表情に不敵な笑みさえ浮かべている。
クリムゾナにとってはこれが仇敵への徹底的なまでの警戒心なのか、はたまた単なる享楽なのか。
どうも後者であるような気がしてならない。それは彼女の様子を眺める勇者パーティーも全く同じ感想を抱いている事だろう。
「よ、容赦ねえな……何もそこまでする必要あんのか?」
「ええ。 まったくです……。 上級に加えて極大に極大の連鎖を重ね合わせるなんて……。 なんて暴虐的な女なの。 」
「おねーちゃんだから……暴虐を趣味とするおねーちゃんだから……」
「あはは。 まあいいんじゃない? 何はともあれ黒騎士は倒せたみたいだし」
既に『9999』ダメージ発動の条件を十分に満たしているクリムゾナの力は禁忌を行使せずとも絶大だった。
表の世界の人間にも関わらず修羅の世界と同格の強さを誇るかもしれない。
禁忌を侵して禁呪を連発すれば、下手すれば最強魔王のコルトゥでさえ打ち負かしてしまうかもしれない。
修羅の王達もコルトゥ本人でさえも、彼女の素晴らしい呪文の数々に驚嘆して完全に視線を奪われ、食い入るように映像を見つめている。
修羅の王として、次元の魔王として、クリムゾナにはただちに粛清を与えに行くべきではないか?――と言いたいところだけど。
クリムゾナとその妹のナナハには誰も知り得ぬような、未知の秘めたる能力があった。
それは本来であれば『チートっぽい能力』を毛嫌いする修羅の王でさえも、喉から手が出るほどに欲する力。
未だそれが何なのかは確定的ではないし、具体的な能力の効果も不明。
だけどもその能力の存在自体が修羅の王達の価値観を大きく変えてしまう程の魅力を誇っていた。
彼女らの魂は神の真理の絶対者とほぼ同等の性質を持っていたのだ。
未知の能力もゼロと全く同質の値を示している。それはゼロに関わる何かの能力なのだろう。
たとえそれが革新的な性能を誇るものではないとしても、仮に『無』という事象そのものであるゼロに何らかの干渉が可能なのであれば……。
それだけでも十分逸脱した能力で、修羅の世界に新たな進歩を齎す事だろう。
ボクらは今まで最初から立ち向かう事も無くゼロに翻弄され続け、粛清と消滅の力を恐れ続けた。
クリムゾナとナナハの魂の内側に潜んでいるものは、修羅の王達がひたすらに待ち望んでいたもの。
本人達もその事には気付いていない。何故そのような特質を持っているのか修羅の世界の賢智を以ってしても不明。
それにボクにとっては未知の能力だけが魅力的という訳じゃない。
かつてル・グウェインが見つけ出した転生した母の反応。その反応を有しているのがクリムゾナの妹のナナハなのだ。
波動が限りなく似ているというだけでまだ断定はできないけど、ボクの脳内では既に『ナナハ=母の転生先』という図式が成立していた。
もしナナハが母じゃなくても、それでも構わなかった。
だってこの妹ナナハの行動はボクの心を魅了して離さないのだから。
(是非ともナナハちゃんと仲良くなりたい……)
ボクはこうして『次元を超えたストーカー行為』の新しい相手を見つけたのだ。
もちろん同時進行でミスティカちゃんの事も狙っていた。
実はこの時ル・グウェインとアルカナが結託して不穏な動きを見せていたのだけど、ナナハに夢中になりつつあったボクはその事に気付きもしないのだった。




