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【限定投稿】 次元の魔王はチョコを溶かしすぎる

番外編その2


挿絵(By みてみん)




 エプロン姿の魔王ウルスラが溶解したチョコと格闘していた。


 いや、厳密に言えば戦うべきチョコはもうそこにはいなかった。

自身の空間に宿すべきチョコを失った空虚なボウルと、本来の役目を放棄された攪拌器が、魔王の傍らに虚しく転がっている。


 一体チョコはどこへ行ってしまったのだろうか。まさか、前回ル・グウェインが危惧していた通りの結末を迎えたのか。

チョコの完成を待たずして、食いしん坊のウルスラが原液ごと飲み干してしまったとでも言うのか。

だがチョコは魔王の体内にも存在していなかった。魔王の体内には大量のドーナツが眠っているだけだ。



 チョコはどこにもいってなかった。ただしもはや視認できる状態にない。

質量を失って微粒な粒子と化したチョコは、ウルスラの周囲の空気中を甘い香りとなって漂っていた。



 ウルスラがうっとりとした表情で芳香を楽しんでいる。彼女のチョコを作るという目的も何処(いずこ)へ消え去ったのか。



「魔王様。 チョコはもっと優しく混ぜて下さい。 それではチョコが蒸発してしまいます……」



「はへっ!? う、うん。 分かった……」



 魔王ウルスラは絶望的な程に加減というものを知らなかった。

彼女の【STR】2万台の力によって攪拌されたチョコ。それはもう攪拌ではなくて超振動分解だった。

よく見ると摩擦によって生じた炎によってボウルが焼け焦げていた。


 ウルスラの手によってヴィヴラブレードと化した攪拌器も、もはや調理器具ではなく単なる凶悪な化学兵器。

彼女は物理的な力のみで煉獄を呼び起こす事ができるのだ。

その威力をモロに受けたチョコの【HP】は瞬く間にゼロを通り越して、ナノミクロン未満の不思議な領域に(いざな)われた。


 凄まじいまでの魔王の潜在能力だが、それは正直な話、料理という分野においてはただの弊害でしかない。



 ル・グウェィンが自身のチョコに手ほどきを加えながらも魔王の暴虐的な調理加工の様子を見て深い溜め息をついた。

彼の手にあるチョコは豊富な空気を取り込んで柔らかく仕上がり、卵とバターとココアパウダーが絶妙なバランスで配合されていた。


 あとは型に流し入れて冷却さえすれば、それだけでも店頭に並べられそうな品質である。



「グウェイン……、お前……。 どうして……そんなにチョコ作るのが上手なの?」



 従者に問い掛ける魔王の手の内で、綺麗に割られるべき卵が激甚な力を受けて微塵に爆散した。



 すべての女の子が家庭的で繊細な性質を持っており、家事において優れた手腕を発揮するというのは単なる都市伝説に過ぎない。

それは男性が女性に一方的に抱いている幻想。むしろ男性の方が女性よりも繊細な技術を有している事も少なくはない。


 家事や料理という作業は別に性別由来の役割ではない。その時代の背景や様々な環境によって偶発的に各々が果たすべきとされた責務。

このご時勢である。男性のように前衛的な立場に才を誇る女子だっている事だろう。この魔王ウルスラもこと戦闘の才においては修羅界の三本指に数えられる程なのだ。


 何もすべての女子が女子としての役割に秀でている必要はないし、その能力を無闇に問われるいわれもない。


ただし、魔王ウルスラの場合はその粗雑さがあまりにも目立つのも事実。



 彼女が度重ねて巻き起こす失敗は本来であれば料理を行うべき空間を、超次元的な科学実験を行うための空間へと変貌させていた。



「ううううぅぅぅ…… 全然上手くいかないよぉ……」



「……魔王様は豪胆すぎるのです。 この作業には力は必要ありません。 むしろ邪魔なくらいです。

試しに魔王様の力を1万分の1まで下げれば、案外簡単に上手くいくはずですよ」



 妙にそれらしいアドバイスを主に送るル・グウェイン。


 実はウルスラには内緒で普段からお菓子作りに励んでいたこの従者。

いつも主の命令で人気ドーナツ店の行列に並ばされる彼だが、時にはお目当ての品が完売してしまって手に入らない事もあった。


 そんな時は彼自身の手でウルスラの好きな味のドーナツを製作、再現していたのだ。もちろんその事もウルスラには内密だ。

再現というのも口で言うほど簡単な事ではない。それは相当な調理技術と繊細な味を判別するための優れた味覚を要する。


 ル・グウェインは相当な回数の調理修行を重ねているはずだった。だが彼はその事実さえも墓まで持っていくことだろう。

機械のような心しか持ち合わせていない彼にとっては、それは無意識レベルでの主への心遣いだった。

勿論主を喜ばせたい、だとかそういう明確な意思も彼にはない。それが心遣いだという事さえ認識できていない。


 それはウルスラの『生ける生温かい抱き枕』として接する中で彼の中に芽生えた不思議な矛盾だった。



 従者のアドバイスを何も言葉を介さずに心の中だけで首肯するウルスラ。何となく従者に技術で劣っているのが悔しかった。

『力は必要ではない』とは言ってもウルスラにとってはそれが一番難しい事だった。


 戦闘時であれば一桁レベルでも巧みなダメージ調整が可能な彼女。

だが料理の際の力加減となればそれは全くといっていい程に別物。1ミリたりとも調整が効かなかった。


 それもそのはず。ウルスラが戦闘時に発揮する繊細な技術は、彼女が1700年の修練を積み重ねて培ってきたもの。

頭で考えて実行しているのではない。身体が技術を行使するための過程を覚えているのだ。


 対して調理をするのは今日が始めてとなる経験。むしろ膨大に積み上げられた戦闘能力がそれを露骨に邪魔してしまう。

普通の人間レベルで例えるなら、極小のアリをまったく傷つけずに指で掴むのが困難である事と同意。



 不屈の精神で諦めまいと、再度初めからチョコ作りに挑戦するウルスラ。


 だが彼女が攪拌するチョコは、何度やっても灼熱の業火に包まれる。

仮にその【STR】を2万から1000にまで抑える事ができたとしても、それはまだ魔王クラスの存在をたった3発の打撃で沈める程の威力なのだ。


 そんなだから彼女の手にある調理器具はバキバキに変形し原形を留めていない。

その周辺の光景もまるで空襲を見舞われたかの様相。床は陥没し、壁はヒビ割れ、天井からはパラパラと粉塵と欠片が一緒になって落ちてくる。

硝煙漂うその光景は、とてもチョコ作りの最中とは思えない様相。



 

 彼女は好奇心の塊だ。このチョコ作りだって実践する前はそこにどんな楽しみが待ち受けているのかと大いに期待に胸を膨らませていた。

そのつぶらな瞳をキラキラと幼い子供のように輝かせて、料理に対する未知の経験に自身の鼓動を高鳴らせた。


 それなのに蓋を開けてみれば何ひとつ上手く行かなかった。


 すっかり自信を無くしたウルスラ。その目にうっすらと涙が浮かんでいる。

いつもはお喋り好きな彼女なのに、すっかり静かになってしまっていた。



「…………。」



 己が主の不憫な様子を見兼ねたル・グウェインが自身の調理作業を中断した。



「まったく……。 仕方ありませんね」



 一言だけそう呟くと、静かにウルスラの傍に歩み寄ってその背後に立った。そのままそっと彼女の腕に自分の腕を這わせる。

さらに彼女を全身で包むかのように胸も腹部も臀部も密着させた。


 彼は修羅の世界の人間だ。だからこれはセクハラ行為ではない。彼の中には何の如何わしい情欲も猥りがわしい感情もない。

だから女の子に密着できて羨ましい、とか思ってはいけない。彼にそういう意図はない。



 ル・グウェインはウルスラの細い指と自分の指を連動させるかのようにして重ねた。

さすがにこの所作には頬を紅に染める魔王。これは何となく恥ずかしい。



「あっ……」



「魔王様。 私と同程度の加減で力を込めて下さい。 大丈夫……慣れればすぐですから」



 2人での初めての共同作業……と見せかけて。それは実質ル・グウェインがウルスラに代わって調理作業を代行しているようなものだった。

いつものアグレッシブな彼女なら従者の介助など秒速以下の早さで拒絶しそうなもの。


 だが、何故かこの時だけは素直にル・グウェインに自身の指を掌握させていた。



(たまにはこういうのも悪くない……かな? でも何だろぉ。 この不思議な気持ち……変なの……。)



 ウルスラは激しく甘えん坊な気質を持つ反面、常に自分が一番に主導権を握っていたいと願っていた。

その強い意思が彼女を次元の魔王という強大な存在へと昇華させたのも事実。


 厳密にいえば甘える時でさえ、それは彼女の一方的な感情の押し付けである場合が多い。

甘えの中にも彼女の絶対的優位が確立されているのが常なのだ。

だから彼女が他人を撫でたりする事はほとんどないし、誰かに甘えさせたりもしない。


 それはウルスラの性質が『女の子寄りの女の子』ではなく、『男の子寄りの女の子』である事の象徴。

つまりそれが真なるボクっ子属性なのである。甘えるという行為自体も女性特有のものではない。

それは男性も多く持ち合わせている性質なのだ。だから『甘えん坊=女の子寄りの女の子』とはならないのだ。



 そんなボクっ子気質のある彼女が自身の主導権を他者に委ねる。それも自分より力で劣るはずの従者という存在に。

だが、ウルスラはその行為の中に妙な心地よさを感じていた。かといってそれを明確には認識できていない。だから急に従者にデレたりするなんて事も無い。


 これは彼女の中に生まれた大人の女性へと成長するための一つの段階なのだろう。


この段階が真なる最終進化を遂げる時、ウルスラは少女から大人へと変わり、その一人称も『ボク』から『アタシ』に変わるのだろう。




 ウルスラの手の中にキラキラと輝くようなチョコの原液が生まれていた。

さっきまで泣き出しそうだった彼女の表情が桜のような笑顔を満開に咲かせている。



(何とかご機嫌を損ねさせずに、いつもの爛漫な魔王様へと戻って頂けた。 ……ふう)



 我が主の眩いばかりの笑顔を見て、ホッと胸を撫で下ろすル・グウェインだった。




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