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【11】 次元の魔王のお仕事



挿絵(By みてみん)



 今日のボクのおやつはハニーシロップたっぷりのクリスピードーナツ。これは表の世界でしか手に入らない至高の一品。

いつも大人気ですぐに完売してしまうこのドーナツを好きなだけ頬張れるボクは、修羅の世界でも一番の幸せ者なんじゃないかってよく思う。

 

 別に品薄的な意味で希少価値の高いこのドーナツを修羅の実力を行使して買い占めてもいいのだけど。

でもやっぱりこういうものはちゃんと列に並んで手に入れる方が美味しさも増すというもの。


 だからたった数十秒の幸せのために、人々はまた長い長い行列に嬉々として並ぶんだ。それを毎日繰り返しても何も疑問にも思わない。

もう待つという行為、それ自体が楽しみになっているのかもしれない。


 ただしボクの場合はル・グウェインがボクの代わりに列に並ぶからボクはその楽しみを知らない。

彼は楽しそうに行列に並んでいるか?――と問われるとあんまり楽しそうではなかった。終始真顔のまま。むしろつまらなそうだった。


 でも妙に所帯感溢れる従者の様子を遠目でのんびりと眺める事だって、ボクの秘かな楽しみだったりするんだ。




 ボクは溢れんばかりの笑顔でクリスピードーナツにかじりついた。

本日7つ目になるこのドーナツも安定してボクの中に不思議な幸せを生み出してくれる。


 お昼のおやつとしてのドーナツは3つ目。朝はドーナツを4つ食した。

朝のドーナツはおやつではなくて主食扱いになるのだけど面倒だからカウントは同規格で構わない。


 それでもボクの身体はまだまだドーナツを拒絶する気配がなかった。

胃袋とは別にドーナツを保持するための体内空間が存在しているのかもしれない。


 ドーナツを多量に摂取する事でボクの周囲に甘い空気がフワフワと漂っていく。心の中までもが甘味に満たされていく。

おかげでボクの笑顔が絶える事はほとんどない。これは女の子だけが感じる事のできる幸福感なのではないか?


 だって……ル・グウェインの口にドーナツをいくつか放り込んでみても、彼は全然笑顔にならないから。

『女の子に生まれてよかった』という思いと共に、今日もまた豊富な糖分を味わえるという幸せを噛み締めながら、ボクは本日8つ目のドーナツを頬張らんとする。



 そんなボクの様相を恨めしく見つめる女魔導師がいた。

別にボクのドーナツが欲しくて奪い去りたい――とかそういう訳ではなさそうだった。



「ちょっと……。 なんでこんな緊迫した場面でそんなに美味しそうにドーナツばっか食べてるのよ……」



 女魔術師の問いに対する解。それは『ドーナツを食べたかったから』この一言のみに尽きる。それ以外の深い意味なんてない。

別にドーナツじゃなくてもいい。ただボクは本能の赴くままに甘い物を食べ続けていたいだけなのだから。


 この女魔術師がボクと睦まじい女の子の仲になってくれるのなら、少しはドーナツを分けてあげてもよかったのだけど。

でも彼女の掌には露骨な攻撃の意思が宿っていた。背後にふわりと漂う人工精霊達も攻撃的な輝きを放っている。


 この女魔術師はドーナツではダメなのかもしれない。

彼女の好物を下調べしておかなかった事はボクの怠慢だ。反省しなくては。


 でも今はもうそんな事を考えている暇もなさそうだ。





 女魔術師は『紺碧の麗姫・ミスティカ』と呼ばれる高名なスペルスピナー。


 彼女の魔素紡ぎとしての実力はこの界隈でも間違いなくトップクラスと評するに値するもの。

だけどそんな彼女は既に満身創痍。その身に受ける傷もとても浅いとは言えない。


 それはミスティカが『9999』の禁忌を破らんとしたが為にボクの粛清をその身に受けたから。



 最近ル・グウェインが母と思しき転生者の存在を感知した。

それを捜しに表の世界に赴いたら思わぬところで『9999』に近い者に出会ってしまった。

それがこのミスティカという女魔術師。彼女の持つ『9999』に近い力は非常に危険だ。

なんかの拍子でカンストを超えてしまえばすぐにでも例の存在を呼び寄せてしまう事だろう。


 でも今ならまだ間に合うから。だからボクが次元の魔王として彼女の前に君臨したんだ。

いつも遊んでるように見えるボクだけど、ちゃんと魔王としての仕事も頑張ってたりする。





 地に膝を付けるミスティカは依然としてボクを睨み続けていた。

いくらボクが手心を加えたといっても彼女の【HP】はもう一桁の域にあるはず。それでもまだ彼女のボクへの敵意が消える気配はない。


 ミスティカがこれ以上抵抗できないように、もっと肉体的な部位をどこか破壊しておいた方がいいのだろうか?

でもそんなのは普通にかわいそうだ。いや普通どころじゃない。加害を加えるこっちの心の方がヤバイ。

表の世界の子は痛覚にも敏感だから、そんな彼女の痛ましい姿を見てしまえばこっちの精神的ダメージの方が甚大になる事だろう。


 一応、最初は友好的な対話を試みてはみたものの、ほとんど会話が成立しなくてのこの顛末だ。

ボクのコミュニケーション能力が欠落している……?そうは思いたくない。

きっとミスティカの方が非常識極まりない感性の持ち主なんだ。


 だってボクはこのミスティカと仲良くなりたいって思ってるんだから。



「ねえ……、キミもドーナツ食べる?」



「ッ……!? い、いらないわよっ!」



 またもや怒りの感情を露わにするミスティカ。


 別にボクは煽っている訳じゃない。普通に仲良くしたいだけなのに。表の世界の子ってなんだか気難しいんだな、って思った。

もう何度か表の人間との接触を繰り返してきたけど全然上手くいかない。でもそれが堪らなく愛おしくもある。


 ちょろい系女子のボクとは違って簡単に(なび)いたりしないのが素敵だ。とても魅力に溢れる素晴らしい子達だ。

ボクは笑顔を絶やさずにドーナツを食し続けながらもミスティカに寵愛の眼差しを向けた。


 

 それを見たミスティカが困惑の表情を浮かべた。



「……ウウッ! なんなのよ、コイツっ! ぜんっ、ぜん意味分かんないしッ!

来なさいっ! シルヴァーナ! あの女を吹き飛ばすのよ!」



「ええ? また……やるの? 無駄だと思うけどなぁ」



 ボクの忠告を無視して戦闘を再開してしまうミスティカ。

人工精霊達に号令を送りつつ呪文の詠唱を始め、魔素を紡ぎだす。



「スイドリーム! アクアレンティカ! 三重詠唱いくよ!」



 ミスティカと人工精霊達の重なる詠唱の連鎖が超音波のように波打っていた。

畳み掛けるかのような圧倒的物量を以ってして無数に顕現する呪文の力。



「打ち砕け! 豪胆なる水流爆(スプレンド)!! 穿て! 連なる水呼の螺旋(アクアミザリィ)!!』



 豪胆なる水流爆(スプレンド)はスプレ系の中級呪文。それを放つのは彼女の人工精霊スイドリーム。

 

 天へと昇る巨大な水流の柱は、まるで意志を持ったかのように柔軟に(しな)って一直線にボクの方へと向かって迫る。

それに追従するのは高速回転する水球たち。アクアレンティカが唱えた連なる水呼の螺旋(アクアミザリィ)の呪文によって顕現された無数の水属性の誘導弾だ。


 人工精霊を介して唱えられた2つの呪文は、ボクの相対座標を完璧なまでに捉えていた。まあボクはこれを避ける気もないのだけど。



「うふふ……いいね、いいねぇ。 楽しいねぇ」



 表世界の基準でいえば確殺、必勝の一撃。

ミスティカの素晴らしく卓越した魔素紡ぎの技術を目の当りにしてボクは心躍らせた。


 巨大な水流爆がボクを飲み込み、視界一面が鮮やかな碧色によって支配された。とても涼しげな光景だった。漂う水泡が美しくてずっと眺めていたかった。

でもそれは一瞬の出来事。水流が通り過ぎた後に残されたボクはもうびしょびしょ。

もしこういうアトラクションが何処かにあるのなら毎日通いたいくらいだけど、たぶん燃費が掛かりすぎて実現は難しいかな?と思った。


 更に追撃せんと迫る螺旋の水球が何度も何度もボクに衝突した。

バケツの水を何度も正面からぶっ掛けられたみたいな錯覚を覚えて思わずボクは吹き出してしまう。



「ぷっ、あっはははは! なにこれすっごい楽しーい!」



「うっ……! まったく効いてない……!? バカにしてッ……!」



 ミスティカがボクの反応を見て激高していた。


 別にバカにはしていないんだけどなぁ。彼女を舐めて見下すプレイをしている訳でもない。

ミスティカの繰り出す呪文はどれも素晴らしいと思うし賞賛もしてあげたい。


 でもそれ以上にボクの楽しさの感情が勝ってしまっているだけなんだ。



 ミスティカの複数の呪文による強烈な多段攻撃。これは修羅世界の基準でいえば残念ながら確殺にはならない。

それでも普通の修羅の人間相手になら深手を負わせる事ができる威力だろう。それはとても凄い事なんだ。


 表の世界の人間が修羅の世界の人間に勝るなんて、賞賛を通り越して敬愛するに値する。

だからボクのドーナツが水浸しになった事なんて笑って許せちゃう範疇。

今すぐ水でふやふやになったドーナツをミスティカの口にねじ込んであげたいくらいだ。



 まあ次元の魔王であるこのボクを引き合いに出してしまうと途端に、この程度の呪文の力はそのほとんどが無効化されてしまうので、ミスティカが慢心喪失の念に駆られるのも無理はないのだけど。



「あの、ミスティカちゃん……このドーナツ食べる?」



 ミスティカにふやふやになったドーナツを差し出してみた。


 ボクは彼女に対する友好的な意志を崩したくない。彼女と何とかして仲良くなれないものか。『9999』の禁忌だって今はどうでもいいんだ。

禁忌を侵して神の真理の絶対者アルマ・アブソリュート・ゼロが召喚されるのは困るけど、ミスティカはまだ『9999』ダメージを出す一歩手前のレベル。


 まだまだ修復可能な段階。彼女がその考えを改めさえしてくれるならボクは彼女の事を何も咎めたりはしない。

もっとよく話し合えば、きっと向上心豊かな者同士で心を通じ合わせる事も可能だと思うんだ。


 ボクは他の次元の魔王とは違って、禁忌を侵す者達に対しても即刻排除するなんて断罪を強いたくはない。

ずっと表の世界の人間に慈悲を持って接していたい。っていうか普通に仲良くなりたい。そして恋人みたいになってイチャイチャしたい。



 でもそんなボクの片思いは玉砕する。やっぱりミスティカはとても気が難しい子のようだった。



「ああああああああ!! ドーナツなんかいらないっての! ふっざけんなあああああッ!!」



 ミスティカは叫ぶと同時に、鮮やかな色彩を纏った両手を広げた。

彼女の人工精霊シルヴァーナがミスティカと同化。スイドリームとアクアレンティカが彼女の周囲を激しく旋回し、大量の魔素を呼び集め収束させていく。


 彼女らの挙動は究極の呪文を放たんとする構え。ただちに紡がれる詠唱。周囲の大気が強大な力に呼応するかのように震えていた。



『宿命たる紺碧の星満ちる刻――、 渇きに苦渋するは有涯より解き放たれし定命の子らよ――!

消え惑え――! 諸共に相果ち、諸共に亡ぼさん――! 禁忌の災厄齎す紺碧の宿星アキシディース・ディザスター!!』



 禁忌の災厄齎す紺碧の宿星アキシディース・ディザスター

それはミスティカの魔導の集大成。神の力にも勝る圧倒的な力の顕在。

ボクは彼女の全身を包む青い輝きに完全に魅了されていた。でもそれをゆっくりと眺めている事はできない。



 彼女が構築した巨大な六芒から飛来するのは、想像を絶するスケールと甚大な破壊の規模を誇る水纏う流星群。

まばたきする間も許さない速度で次々と襲い掛かる超絶的な威力を誇る衝裂。それに伴って大爆発を起こす水泡。



 ボクは自身に迫り来る流星群を物理的な拳の力のみで迎撃してみせた。

だがさすがのボクでも流星群の全てをいなすのは不可能。こんな規模の爆風だって拳だけではどうしようもない。


 砕け散った岩つぶてがボクの眼前をかすめ、お気に入りの一張羅を引き裂いて地面に勢いよく突き刺さった。

強烈な爆風がボクを巻きあげて勢いよく吹き飛ばした。更にボクを仕留めんと追撃を仕掛けてくる流星群。


 これが結構痛かった。ちょっと血も出てるかもしれない。

このまま無抵抗に碧き流星を被弾し続ければ、どこかの骨を折る程度の重傷は負ってしまうかもしれない。


 でもむしろ身体を襲う痛みは心地よかった。怪我をしても構わなかった。

遠い過去の記憶、まだ修羅の人間達にいじめられていた頃の思い出がボクの脳裏に甦ってくるようだ。なんだか懐かしく思う。


 魔王になってからは痛みとは縁遠い生活を送っていたから、これもボクの心にはいい刺激になる。

服をビリビリに破かれるのには少しムカついたけど、それでもボクは怒らない。



 ボクが逡巡を重ねる間にも、禁忌の災厄齎す紺碧の宿星アキシディース・ディザスターはボクへの暴虐をひたすらに繰り返し続けた。


 やがて呪文によって齎された災厄は粛々と終息を向かえる。激しい硝煙からボクの視界がクリアに戻る。

自分の身体に無数の岩が突き刺さっているのが見えた。水蒸気爆発の影響か身体のあちこちが焼け爛れていた。


 いくら禁呪といえども、次元の魔王に対してこんなレベルの加害を加えられるなんて。


 彼女の禁忌の災厄齎す紺碧の宿星アキシディース・ディザスターの推定ダメージはおおよそでも8000台は堅いか。

おそらくミスティカは何らかのブーストスキルを所持している。そうでもなければボクにここまでのダメージを与えるなんて不可能。


 だって表の世界の人間の火力の最高水準は本来なら三桁程度が限界なのだから。



 身体を起こすのが少し億劫だった。右腕がピクリとも動かない。脇腹にも熱い痛みが走っている。

痛すぎて思わず苦痛の表情を浮かべてしまうくらいには痛い。


 それでもボクは怒らない。表の世界の人間はボクにとっては愛してやまない我が子のような存在。

多少の駄々は笑って許せてしまうのだ。



「えへへ……すっごい呪文だね……。 ミスティカちゃんって凄いんだねぇ……。

かなり……痛かったけど、でもまだ生きてるよぉ……?」



「ううっ……!? 災厄齎す紺碧の宿星アキシディース・ディザスターを喰らっても生きてるなんて……。 化け物め……ッ! ならば次はこれで……!」




 化け物呼ばわりは少し傷ついたかも。でもやっぱり気にしない事にする。


 ボクの痛々しく傷ついた姿とそれでも崩さない友好の姿勢を見せれば、彼女の戦意を削げるかなとも思ったけど……。

それでもミスティカは呪文の詠唱を止めなかった。



 (あっ……。 さすがにもっかい禁呪がきたら……死ぬかもぉ……あはは)



 まさかの形勢逆転。このままいけばミスティカに殺されるかもしれない。


 ボクはこの場から瞬時に離脱できるし、いくら重症を負っていたとしても、彼女の詠唱が完成する前に彼女を仕留めるくらいの事はできる。

でもそれはしない。敢えてミスティカのすべてを受ける。それがボクの意志。



 母を捜すのはもういいのか?未来のご主人様とラブラブするのはもういいのか?



 何処からかそんな声が聞こえてきそうだけど、今のボクはそこそこ至福の渦中にいるんだ。

それは痛みのせいなのか。ふわふわとした感覚が妙に心地よくて無粋な行為でそれを終わらせたくはない。

脳内に妙なアドレナリンが溢れているのかもしれない。


 愛する我が子の手によって殺されるなんて。それだってボクにとっては何ものにも代え難い程の幸福なのだ。



(うふふ……。 次元の魔王であるボクをここまで傷つけるなんて……。 やっぱりこの子達は素晴らしい……)






 だが、ミスティカがそれ以上呪文を詠唱する事はなかった。何者かが彼女を捕縛していた。



 彼女を制していたのは従者ル・グウェインだった。絶対に手を出すなってあれほど言ったのに。

次元の魔王の命令は絶対なのだ。それを星の意志に忠実なはずの修羅の人間が破るなんて。

ボクとミスティカの享楽をル・グウェインが邪魔するなんて……。


 最近の彼はどうも様子がおかしいところがあった。稀にだけどボクの命令を無視する事があるんだ。

機械人形であるはずの彼が一体どうしてなのだろうか?彼の心の中に何か不思議な意志でも芽生え始めているとでもいうのか?



「ぐぅぅ……! ごほっ……!」



 ル・グウェインによって首を掴まれてミスティカが苦しそうに呻いている。




「……………」



 終始、何も言う事はないル・グゥエイン。

それがまるで静かな怒りを湛えているようにも見えるのだった。





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