【10】 次元の魔王は覗きに没頭する
「お前、名前は……?」
ボクは自分の従者の名を今更ながらに問い掛けた。
修羅の側の人間の、しかも従者の名前なんてこれまで気にも留めていなかったし必要とさえ思わなかったのだけど、今はこの従者にほんの少しだけ興味が湧いている。
従者はル・グウェインと名乗った。修羅の王の専属従者に選ばれる程だからその実力は折り紙付きだった。
ボクは『第三の闘争の魔王』と呼ばれるようになってからも一応は鍛錬を続けていて、【レベル】は12000、【ステイタス】はオール2万台に到達していた。
『第一の万障の魔王』に比べるとまだまだ比較にもならないけど、それでも修羅の世界では三番目に強い存在だって評されてる。
それに対してル・グウェインの【レベル】は7500。【ステイタス】は1万台。一部は1万5千にも到達している。
これは早熟で【レベル】5000代で成長が頭打ちしてしまうはずの修羅人間の中では、かなりの強さを誇る。
初めにボクの元へ仕えに来た時はまだ【レベル】6000くらいだったのだけど、最近の彼の成長度合いの高さは群を抜いていた。
短期間でこれ程の成長を見せるなんて。魔王になる前のボクとそんなに変わらないくらいなんじゃないか?
ル・グウェインの急成長の謎は解けないけど、彼が持つ豊かな賢智はボクの新しい目標を支える大きな助けになっていた。
ボクはル・グウェインの膝の上に抱えられたまま、バニラブリュレ仕様のストロベリープディングを片手に、黙々と表の世界を観測していた。
修羅世界での魔王生活も思ったより悪くないかもしれない。それでもボクの真実の愛は表の世界にこそあるのだけれど。
すっかりボク専用の『生ける抱き枕』と化したル・グウェインは、相変わらずぎこちない所作でしか主を満足させてはくれない。
頭を撫でさせてみても全然心地よくない。あまりにも下手くそ過ぎて何だか笑えてくる。身体を触らせてみても不自然。こそばゆい。やっぱり笑ってしまう。
別にボクの事を笑わせろだなんて、命じた覚えはないんだけどな……。
ボクが欲しいのは愛情巧みに込められた精度の高いロマンスなんだ。でもそこら辺の触れ合いをル・グウェインに求めるのはもう諦めた。
彼は修羅の世界の機械人間なのだから、過度な期待を持つのはいささか不憫というもの。
ただぬくもりを持つ人形としてそこに居てくれるだけでいい。
そこに愛がなくても、たとえミリ単位だったとしても、ボクの寂しい心を僅かに埋めるのには役に立っている。
むしろ、そのくらいの情緒の方が今のボクには丁度よかったのかもしれない。
だって……ちょろい系女子を自覚している程のボクが、男の人に本気で愛されるというのはとても危険な事なんだ。
男性に愛される女の喜びに目覚めさせられたボクは、あっさりと殿方に身も心も許してしまう事だろう。
母との触れ合いでさえ理性を保つのに精一杯だった程なのだから、異性から受ける寵愛の天にも昇る心地よさと歓喜の渦に抗える自信なんてない。
特殊な系統の薄い本を用いることで、そっち系の情報の予備知識も備えてはいるけれど、実際に体験するのはまだ怖い。
一度でもそれを知ってしてしまえば、その後にどれだけ自堕落な行為に没頭してしまう事か予想もつかない。
気付けばあっという間に子沢山……。しかも相手は従者であるル・グウェインとか?
いやいやいや。そんな恐ろしい未来は微塵も望んでいない。ボクはまだまだガーリーな女の子としての余暇を心置きなく楽しんでいたいのだ。
そんなボクにはル・グウェインくらいの無感情生物が丁度いいんだって何となく理解した。
「ほら見て、ル・グウェイン。 あの子がボクのママかもぉ? だってすっごい美人だし!」
ボクは無数に存在する表の世界の中から母の転生体と思しき人間を探していた。それがボクの新しい魔王としての目標。
ル・グウェインは『幸せに暮らしているのかもしれません』なんて言っちゃって話を綺麗に終わらせようとしていたけど、ボクは母との事を終わらせる気なんてこれっぽっちもなかった。
「ウルスラ様。 あれは母上殿ではありません。 魂の波長があまりにも違いすぎます……」
「あ、そうなんだ……。 んじゃ次の人いってみよ」
今何人目だろう?もう千は超えてる気がする。修羅の世界の時間の流れは早い。
母の転生先を探し始めてから早くも数年が経過していた。
「ねえ。 ル・グウェイン。 ボクのやってる事ってもしかして間違ってるのかなぁ」
「……私の口からは何とも。 正しいとも間違ってるとも言えません。 私はただウルスラ様の意向に従うのみですから」
実直な機械人間と無意味な問い掛けを交わすのも恒例になってきた。
でも、ボクは確信を以って諦めずに挑んだから修羅の王にだってなれたんだ。今もその気持ちこそが一番大事なんだって信じて生きている。
だから母の事だって絶対に諦めない。それが新しく生まれ変わったボクという人間なんだ。
かといって別に、大層な大義名分なんてなかった。確かに母を救いたいって気持ちは昔はあった。
でも仮に転生後の母が過去を忘れて幸せに暮らしているとするなら、きっとボクのこの行為は無粋な行いになる。
母の新しい人生にとっては邪魔になるかもしれない。迷惑と思われるかもしれない。
でもそんな事は関係ないんだ。っていうか……知ったこっちゃない。
母だって頼んでもないのに勝手にボクの犠牲になって勝手に死んで、ボクをずっと苦しめてきたんだ。
ボクにだって母を追い掛け回して苦しめてやる権利はあるはずだ。
ボクは己の欲望に正直に衝き動かされるべき修羅の王なんだ。欲望こそがこの世界の王の強さそのものなんだ。
うん。だからボクは間違っていない。きっと間違っていない。これでいいんだ。
たとえ間違ってたとしてもル・グウェインという一番の従者が、ボクの行動を遠まわしに肯定してくれる。
だからもう何も躊躇う必要なんてないんだ。
そうして妙な理屈を重ねに重ねたボクは、転生した母を探し出す為の『次元を超えたストーカー行為』に没頭するのだった。
一応は表世界の変調を観測するっていう役目も兼ねてるんだけど、もちろんメインはお母さん探し。
これが意外と楽しくて、飽きる事無く眺めていられるものだから、ボクはすっかり表世界の人間観察にハマってしまった。
特に男と女の現実味溢れすぎた愛憎劇なんて、見ている分には最高の催しだった。
どんなに優れた才を持つ素晴らしい男の人生でも、一度厄介な女に引っ掛かってしまえば、その人生の全てを狂わされる。それは女の側にしたって同じ事。
どうしてこうも分かりきった過ちを人は何度も繰り返すのか?たぶんその気持ちを一番に理解できるのはこのボク自身。
愛とは不思議なもの。不足が続けばやがては死に至る病にもなるのに、かといって摂取し過ぎると心を侵す猛毒にも変わる。
とても不安定な要素なのに、愛がないと人は生きていけない。だから、まるで狂ったかのように愛を求め続ける。このボクのように。
口では『キミだけを愛してる』なんて言いながらも、裏では複数の女を股に掛けているような優男なんかも見ていて最高だと思った。
欲望に正直で時に狡猾で、人間味に溢れた表世界の人間は修羅の世界には存在しないものだから。
もう何度も繰り返してる事だけど、実直すぎる修羅の世界の人間は嘘を付くという事もないから何の刺激もないし、面白みにも欠けるんだ。
それに比べて表世界の人間の面白さときたら。どれだけ眺めていても飽く事はないだろう。
本来は誰にも覗かれてはいけないような夜の営みだって、ボクはしっかりと凝視しながら覗いていた。
両手で顔を隠して『キャーキャー』と騒ぎつつも思いっきり覗いていた。
これも後学のために必要な情報収集なのだ。だから絶対に覗きを止める気はない。
ボクを膝上に抱えるル・グウェインが少し呆れている気もしたけど、彼は心の無い機械人形なのだからそれはたぶん気のせいだ。
気にせず人間観察を続けるボクの予備知識だけが、やたらと豊富になっていった。
なんにしてもボクは終わりの見えない魔王生活をそこそこに楽しんでいた。こんな生活も悪くないな――と思い始めた矢先。
母の転生先と思しき人間が見つかったのは、本当に唐突な出来事だった。




