プロローグ
約1年ほど前に書いていた小説です。
最近また書き始めました。
ストック分は随時更新していきますが、以降は1週間に1回ペースで出していくつもりです。
皆さんが楽しみながら読んでくれたらうれしいです。
よろしくお願いします。
赤。
少年の目に映るものはすべてそれだった。
腕。空。大地。普段赤ではないはずのそれらが少年にはそう見えてしまう。
普通ならば、自身の視覚がおかしくなってしまったのではないかと思うだろう。
無理もない。それが普通の反応だ。
だが今、それらがそう見えてしまうのは、なんらおかしいことではない。
なぜなら、それは現に赤色をしているから。
赤黒く染まる、まるで血の色のような空。
あちこちから聞こえる数々の悲鳴と唸り声。
燃え盛る大地と木々。
そして、真紅の血に染まった腕と、その腕に抱きかかえられた血まみれの幼い少女。
どうしてこうなった。僕はどこで間違えてしまった。
答えの返ってくるはずもない、それらの問いが頭の中を駆け回る。
「あなた……なら……で……きる。わたし……は……もうだめ……だけど……いつ……かきっと……できるって……しん……じ……てる……か……ら……」
炎の燃え盛る巨大な森の中。
その地獄のような場所の中心で全身を血まみれにし、今にも息絶えそうな美しい白髪の少女が幼い少年に抱きかかえられながらそう声を振り絞った。
側には少年と血だらけの女の子を見つめながら力なくへたり込む、黒髪の幼い女の子がもう一人。
そしてさらに一人。いや、正確には人ではない。
恐怖、醜怪、邪悪。そのような言葉でしか表せないような異質な存在。
そこには彼女ら三人を殺気のこもった赤い眼光で見下ろす、黒い服を纏った人型の魔物が立っていた。
服の袖からは、触れたものすべてを切り裂くような鋭い爪が覗き、額からは天に向かって伸びた不気味な黄色い角、さらに背後からは長く巨大な漆黒の尾が伸びている。
それは見るものすべてを恐怖に陥れるような凶悪な雰囲気を漂わせていた。
―創魔神―
人間や精霊と並ぶ、この世に存在する三大種族の一つ。
少年のような人間族、また、そこにいる二人の少女たちのような精霊族と違い、一切の共存を望まず、ただ破壊のみをもたらす種。その絶対的な力は、まさに神。
「ふん、自らを犠牲にするとは。精霊という種族は本当に愚かだな。まったくもって無様だ。理解に苦しむ」
黒服を纏った創魔神はそう言うが、少年を庇って魔物からの攻撃を受けた白髪の少女は構わず言葉を続けた。
「だ……から……あきらめ……ないで……あなたの……ちからを……はあっ……せかいの……みんなの……ため……に……」
少年の頬に添えていた小さな掌が落ち、少女の意識はそこでとぎれた。
「サラ、サラ!」
少年は少女の名前を叫ぶが、彼女からの反応はない。
少年の瞳から涙が零れ落ちる。
創魔神はそれを鼻で笑い、「まったくだ」とつぶやくと、
「だが、主を守ろうとするその心意気は認めてやろう。お前のような存在は利用価値があるからな。俺の配下として側に置いてやる。……来い」
そう言い、創魔神は少年から少女を奪うと、
「ぐっ、……がはっ!」
少年ともう一人の少女を蹴りとばした。
二人の体が宙を舞い、地面にはじかれた後、木にぶつかり草むらへと落ちる。
あまりの激痛に少年はたまらず血を吐く。
この世のものとは思えぬほどの圧倒的力。
今まで体験したことのないような激痛が少年の蹴られた腹部に走る。
「さらばだ、か弱い人の子よ」
創魔神はそう言い残すと少女を抱え、空へと飛翔する。
朦朧とする意識の中、
「ま……て……」
少年は赤い空へと去っていく創魔神にぼろぼろになった細い腕を伸ばし、つかもうとするが、伸ばした手は届くはずもなく
――――やがて創魔神は遠い空へと消えてしまった。
腕を下ろした少年の周りを、静寂が漂う。
心の奥底から悔しさが込みあがる。
「……くっ、そぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
大きな声が轟々と燃え盛る烈火の森に響き――
――少年はそこで目を覚ました。
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外から聞こえる小鳥のさえずり。
かすかに鼻腔をくすぐる暖かな毛布の匂い。
程よい汗に、張り付く服の感触。
目を覚ました少年は額に腕を置きながら、天井を見つめていた。
「また、あの夢か……」
閑静な住宅街のとある一軒家。
その家の二階、最奥の小さな部屋に、優しく、それでいてどこか芯のある少年の声が小さく響いた。
薄暗い部屋の中で、時計の針の音だけがやけに大きく聞こえている。
少年はベッドから体を起こし、すぐ横の小窓のカーテンを開けた。
毛布から僅かに毛屑が舞い、朝の光に照らされる。
「………………」
もう幾度となく夢となって甦る、少年の幼き頃のあの記億。
忘れたくても忘れられないあの光景、あの思いが少年の心をかきむしる。
あれから10年。
あの日なにもできなかった自分を悔やみ、以来、つらく厳しい鍛練を続けてきた。
苦しい毎日ではあったが、叶えたい願いと強い思いがあったからこそ、これまで頑張ってこれた。
あのころと比べて、身も心も確実に強く、強靭になったことであろう。
窓からのぞく広い青空を眺めながら少年は今までの鍛錬の日々を思い返していた。
「ツカサー、まだ寝てるのー? はやくしないと入学式始まっちゃうよー」
不意に外からいつもの聞きなれたかわいらしい女の子の声が聞こえ、少年はふと我に返る。
(この声は……)
窓を開け顔を覗かせると、風に吹かれた髪を抑え、微笑みながらこちらを見る幼馴染の姿がそこにはあった。
「やっと起きた? さっさと着替えて早く学校行くよー」
新しい制服を身に纏い、かわいらしくなった幼馴染の姿に思わず見とれそうになってしまうが……
「わかってるよ。すぐ行くから待っとけ、このバカ」
いつものペースに戻そうと少年は声を上げる。
「なっ! バカとはなによこのバカーー!!」
町中に響くような、彼女の声を無視しながら少年はベッドから降りる。
カーペットのざらざらとした感触が足の裏をくすぐる。
「さーて、それじゃあ準備しようかな」
首を回し、軽く伸びをした後、少年、篠崎ツカサは今日から始まる新しい生活に大きな希望と若干の気だるさを感じながら、ドアを開け部屋を後にするのだった。
ありがとうございました!
ぜひ、また読みに来てください!