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四話 私の名は

 オルザと別れた少女は未だに状況がよく飲み込めてもいない中席につかされていた。


(どうすれば良いんだろう? 私がここに居るのって絶対何かの勘違いだよね?)


 少女はそう思うものの、異様な緊張感の中で身動き一つとることも出来ないでいた。

 そのまましばらくすると、教室に入ってきた数名の大人によって数枚ずつ紙が配られていく。勿論少女にも。

 配られた紙の一番上には騎士育成学校入学筆記試験と書かれている。それを見て少女の顔はサァと青ざめる。

 少女は記憶を失ってはいるが、常識などが全て抜け落ちている訳では無かった為、自分の置かれている状況を少しだけ理解する。この国において騎士というのは男がなるものなのだ……。


(今から女だから辞めますなんて言えないよね……。でも逆に言うと女だってバレてないんだから試験を受けるだけ受けといて、男の子として試験に落ちれば問題ないのかも)


 少女はそう結論付けると、問題用紙に目を向ける。何もしないのは不自然だし悪目立ちしてしまう恐れがあるからだ。

 知らない問題なら答えられないし、知っている問題ならわざと間違えることも可能だという算段もあったのだが、問題は少女の想像と違い、自分と親しい友人のどちらかが死ななければならないならどちらを死なせるか等という性格診断に近いものだった。


(これじゃあ、何が正解に近いものなのか分かんないよ)


 その上、自分が騎士を志望する理由を書けという作文などもあり、少女は時間いっぱい悩まされることになるのだった。




☆★☆★☆




 午前中で筆記試験が終わり、午後は外で実力試験という話を聞いて少女は逃げだそうかと思ったが、誰の目にも止まらずに逃げ出すことは不可能だと判断して、他の受験者と一緒に控え場所まで行くことになってしまった。


(はぁ、なんでこんなことになってるんだろう)


 結局、少女は作文は見ようとしたわけではないが見えてしまった周りの人のを書こうとしたり、迷惑になるかもということで消したりしている内に時間が無くなってしまったので、格好いい先輩の姿を見て憧れました! としか書くことが出来なかった。

 しかし、少女の中で優先されるのはそんなことへの嘆きよりもこの状況への恨み言である。そして、少女にとって最も重要なことは、美味しそうにご飯を食べている人や軽くご飯を食べて眠っていたり瞑想している人に羨みの視線を送ることであった。

 しかし、そんな少女の救世主が現れたのだった!


「ね、ねぇ君、もしかしてご飯持ってきてないの?」


 少女の目の前に現れたのは少し気弱そうな少女と同じぐらいの年齢の少年だった。急に話しかけられた少女は狼狽えながらもなるべく女とバレないように心掛けて返事をする。


「うん……そうなんだよね」


 不自然にならないか心配していた少女だったが、思っていたよりも普通に喋れてしまうことに人知れずショックを受ける。

 そんなことは知らない少年は話を続ける。


「だったら一緒に食べない? 親が張り切って作りすぎちゃってさ、一人じゃ食べきれないんだ」

「へ、いいの?」


 少女は少年の思いも寄らない申し出に、目を丸くする。それに対して少年は大きく頷く。

 少年の動作を了承と受け取った少女は満面の笑みを浮かべて、少年の手を掴んで上下にブンブンと振りながらお礼を言う。


「ありがとー! お腹が減って困ってたんだよ。わた――」


 ハイテンションで返事をする少女の動きはそこで止まり、冷や汗が溢れ出す。自分の状況を忘れて、わたしと言い掛けてしまったからだ。


「わた?」


 少女がしまったと思い、動きを止めてしまったのが良くなかった。そのまま言い切っていればそういうキャラでいけたかもしれないが、既に少年に不信感を与えてしまった。


(ど、どうしよう……)


 少女はあーでもない、こーでもないと考えて苦し紛れの一言を放つ。


「えっと、そう! わ、わたふたしててご飯持ってくるの忘れちゃったんだよね――ボク」

「あ、そうだったんだね。じゃあ、ちょうど良かったよ」


 少女の言葉は明らかに苦しいものであったものの、少年が初対面の相手にそんなに強気に出る性格ではなかったのが幸いして少女は窮地を逃れる。


 「えっと、おれの名前はレイン」

 レインは何かの空気を察したのか、話題を変えて自己紹介を始める。おれの言い方に慣れてなさを感じる辺りからレインが大人ぶった態度をとろうとしているのが伺えるが、少女がそれに気付くことはない。

 だってそれどころじゃないから。


(え? 名前……名前? 私の名前って何?)


 一難去ってまた一難。記憶の無い少女が、ごく普通に振る舞うには世間の風が冷たすぎるのだ。少女は頭を悩ませる。

 しかし、名前というのは一生ついて回る問題だ。少女は、もし自分に知り合いがいるのだとしたら、その場限りの嘘を貫き通すことは難しいのかもしれないと思ってしまい、何も言えなくなる。


「あ、時間が無くなるから早くご飯にしようか」


 何か訳ありだと察したレインをは、とりあえずご飯を勧める。


「そうだね! ご飯楽しみだなぁ」


 そんなレインの気遣いをありがたく受け取った少女もご飯の話に乗る。

 そんな感じで、名前の話には触れずに昼休みは過ぎていった。


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