二話 先輩騎士の狼狽え
未来の騎士候補達が問題を起こさないか見張りながら、先輩騎士として憧れられるように心がけて行動するという面白くもなんともない仕事を外面的には忠実にこなしていた男の名はオルザという。
さて、彼の現状なんてものは置いておくとして、とりあえず彼のバレないように何回欠伸をするかを数えていたらこの退屈な仕事も終わるだろう、という目論見は一人の少女によって呆気なく崩れ去ってしまったのである。
そして、今なおその少女は目の前に立っている。まぁ、正確に言えば少女の格好と場所のせいで、オルザは少女を騎士を夢見る少年だと思っているのだが、今はさほど重要ではない。
とにかく、その少女が何度もごめんなさいを繰り返しているのだ。それが問題なのではなく(問題ではあるけれど)、重要なのは先輩騎士であり大人として子どもを見守る立場である筈のオルザにとって、この光景を見られることはどういう意味を持つものであろうか。
そんなもの決まっている、オルザが後輩候補をいじめたということになる。ということは先輩騎士として尊敬されるような姿を見せられていないということになる。つまり――
(そんなことになったら任務失敗ってことじゃねーか)
ということである。目の前の光景を見ながらそんなことしか思えないとか自分本位のくそ野郎だと思われるかもしれないが、一応そんなことになったら、騎士というもの自体に傷がつくかもしれないとは思っている。本当に。
というわけでオルザもこの状況を何とかしようとはしているのだが……。
「な、なぁ、俺に何か恨みでも――」
「何をしたかも覚えていないんですごめんなさい!」
だったり、
「ちょっとだけでも話を――」
「何かしてたらごめんなさい!」
なんてことから、
「お願いだから――」
「何もしてなくてもごめんなさい!」
そして、挙げ句の果てには……
「いや――」
「生まれてきてごめんなさいー!」
という具合にオルザに弁解の余地は無く、誰がいつ来るかも分からないから落ち着く時間も無いし、話しかけてもごめんなさいとしか返ってこない。
――もしかしたら俺の信用とこれから得られる筈だった名声は、目の前の一人の子どもによって消え去ってしまうのだろうか。
時間が経つにつれて、どんどん追い詰められていくオルザはそう考えてしまい、目の前の少女が放つ謎の威圧感によって、この場から逃げ出してしまいたい衝動に駆られる程の恐怖を感じるが、大人としてのプライドから、それはグッと堪える。
(誰か助けてくれ……)
オルザはそう願うが、そもそも他者そのものが今のオルザにとって敵でありタイムリミットである。せめてと思い、オルザは人智を超えた存在に頼ろうとするが残念ながらオルザには縋れる相手などいなかった。
(あぁ、時間が無いってのに。……ん? 時間が無い?)
そんな感じで諦めずに考え続けたからだろうか(若干現実逃避していた気もするが)、オルザはこの窮地を脱するための簡単な策という程のものでは無いが、本人にとっては世紀の大発明と言っても過言ではない閃きを授かる。
それは、単純に受験者なのだからこの控えの場所から試験会場まで連れて行くというものだった。
(連れて行ってしまえばなんとでもなる。第三者の目があれば少しは冷静になるかもしれないし、その場にいる監督者となら話は出来る筈だからな、迷ってしまったことに関して謝罪してるとか何とかで丸め込めるだろ。良い考えなんじゃないか? いや寧ろこれしかない!)
そう考えたオルザはすぐに行動に移す。
「ごめんなさいごめんなさいごめ――」
「ああもう! いいからとりあえず来い!」
オルザの大声に驚いた少女がブルリと体を震わせるが、オルザはそんなことに気を止めずに、少女の手を取って急ぎ足で歩き始めた。