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食べたかった毒リンゴ

作者: 前田葉月

「私、お姫様やるよ」

 学芸会の劇のホームルーム、初めて勇気を出して手を挙げた。

1年生の時からずっと楽しみにしていた学芸会。今年はたまたま私の班が提案した『白雪姫』が演目に決まった。


「はい、じゃあ今年6-1は『白雪姫』をやります」

 先生が淡々と黒板に〈王子様〉〈小人〉といった配役を書き出す。


 ふと、〈お姫様〉の欄で目が止まる。

何を考えているんだ、と思いとっさに目を背ける。…けどまた無意識に目を戻してしまう。いとこの愛海ちゃんが中等部の時、文化祭で白雪姫をしていたのを思い出す。愛海ちゃんは私達親族の中ではバレエをやっていて一人だけスタイルが良い。だから舞台映えしてすごく綺麗だった。本物の"白雪姫"みたいだった。


 愛海ちゃんに対して私はよくおばさん達から「このほっぺが可愛いのよねぇ」といいながら頬をぷにぷにされるくらいにぽっちゃりしている。おまけに顔だって愛海ちゃんみたいに綺麗じゃない。だから、私はお姫様なんて無理だ。


 もじもじしながら下を向いていると、私が考えていた内にもう王子様はクラスのムードメーカーの小林君に決まったみたいだ。

わっと拍手が沸き起こる。小林君は決してイケメンとかではないけどそれでも一生懸命でみんなの人気者だ。


「はい、じゃあ次お姫様。やりたい人いる?」

 先生のチョークの音が止まる。と同時に教室もいっきに静まる。さっきまでのざわざわが嘘みたいだ。お姫様いないの?なんで?って男子のひそひそ話でさえも響くほど、女子はなんとなく緊張した雰囲気だった。


 お姫様いないの?私は慌てて通路を挟んで隣の紗英ちゃんのを見た。


 紗英ちゃんはクラスで1番可愛い女の子で、男子からも一番モテてる。紗英ちゃんは私には全く気づかないで黒板の文字をじっと頬杖をついて眺めてる。すると、その目がすっと私に向いた。


「紗英ちゃんはやらないの?お姫様!」

 必死に明るい声を作る。


「セリフ、少ないかな。紗英セリフ覚えられる自信無いんだよね〜」


「…お姫様は多いんじゃないかな」


「やっぱり?じゃあできないかも。微妙!」

紗英ちゃんはふわふわの髪に視線を落とした。一気に鼓動が早くなる。35人のクラスの中で紗英ちゃんのグループはみんなお姫様できるくらい可愛いけど、紗英ちゃん以外の子は前に出るようなタイプじゃないし。もしかして、もしかして。


「ねぇ、誰もお姫様やりたくないの?誰もいないならもう一回やる劇のタイトル変えようか?」

 先生がコンコン、とチョークを叩く。

 えーっ!みんなの声がシンクロする。


「だったら誰かやらないと。誰かいるでしょう?」

 先生が溜息をつく。


 お姫様をやりたい子は誰もいないし、みんな困ってる。みんな白雪姫をやりたいんだ。私だって、白雪姫やりたい!精一杯自分に言い聞かせて勢い良く手を挙げた。


「私、お姫様やるよ」

 声が震えた。また教室が静まり返る。誰も私を笑ったりばかにする人はいなかった。


 でも、それにはあまりにも静かすぎた。


どんどんいたたまれなくなって泣きそうになる目をこすって笑顔を作る。


「…誰もいなかったら、の話です。正直紗英ちゃんとかお姫様にぴったりなんじゃないかなって私は思ってます」

 その瞬間、氷が溶けるみたいにみんなに笑顔が見えた。

その笑顔で私の隣に視線を移す。


「いいじゃん紗英。どうなの?」


「原がお姫様かー。ちょっと見てみたいかも」


「確かに白雪姫にぴったりじゃん!」


「どうすんだよ原!」


 紗英ちゃんはちょっと嬉しそうな照れ笑いを向けた。

「えー。でもセリフ多いし…まあいっか!先生!紗英のセリフちょっと少なくしてくれるなら紗英やるよ!お姫様がんばる」

 みんなが拍手する。先生はほっとしたみたいな表情を見せた。


 あぁ。やっぱりそうなんだ。私みたいな子がお姫様なんてやっちゃだめだったんだ。思えば紗英ちゃんはお姫様がやりたくなかった訳じゃなかったんだ。今みたいにみんなから拍手が欲しかったんだ。


「じゃああとは、悪い魔女か!」

 小林君が言い出す。小林君は紗英ちゃんが好きって噂だからか顔が赤い気がする。


「誰もいない?それも、困るんだけど」

 先生が私の方をちらっと見る。手を挙げろって?


 本当に涙が出てきた。思い上がってた自分が恥ずかしくて惨めで。私はこっちの人なんだ。こっちの顔なんだ。

 恐る恐る手を挙げる。先生がおっ、と声をあげる。


「まじでありえないんだけど」

 ぼそっと呟いた声の主が私の挙げかけた手を無理矢理降ろす。


「えっ本郷悪役やんの?」


「いやでも魔女だぞ」


「本郷君の女装なら似合うかもね」


「うるせー。文句あんのかよ」

 代わりに隣の席の本郷君が手を挙げた。


「男が女役やって何が悪いんだよ。誰もいないんだから俺がやってもいいだろ」

 わざと"誰もいない"を強調して本郷君が先生を睨みつける。本郷君は綺麗な顔だから睨み顔は本当に怖い!先生さえも縮み上がってる。


「分かりました。本郷君、もう中学生になるお兄さんなんだから敬語くらい使えるようになりなさい。じゃあ残りの役はまた来週決めます」


「だからお前嫌いなんだよ」

 私にしか聞こえないくらい小声で言ってる。


「あ、ありがとう本郷君」


「いいよ別に。それよりお姫様良かったのか?やりたいんじゃねーの」

 ぶっきらぼうで的を射た言葉に心臓をぎゅっと掴まれる。バレてる。


「やりたかったけど…やっぱり私じゃ無理だなって。私、デブでブスだし」


「俺はそんなこと無いと思うけど。そう言ってるうちはそうだろうな」

 否定してくれた嬉しさとはっきり言われたショックで変な気持ちになる。やっぱり外部受験組の言ってることは難しくてよく分かんない。


「泣くんじゃなくて、見返せってこと」


「見返す…」

 無理だよ、とは言えなかった。無理かもしれない。でも、悔しかったから。


「うん、頑張ってみる」

 本郷君はちょっとびっくりしたみたいに目を丸くした。


「すごいじゃん。一ヶ月席隣だけど、今初めて俺の目ちゃんと見た。まあ頑張れ」

 ちょうど先生が黒板を書き終えたとき、チャイムが響いた。

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