おそらくは過去から来た手紙
お暇な方はどうぞ。
一人の友人が、行方不明になった。
発明家、というなんともうさんくさい肩書の職業をしていた友人だった。
数日前の話である…ちょっと変わった物や便利グッズの発明をしていた彼が『画期的な発明をしたから見に来い』などと、メール等ではなく珍しく直接電話で連絡してきた。
面倒な…と思わないではなかったが、休日でもあり画期的な発明とやらに少し興味もあった私は、重い腰を上げて彼の自宅兼研究室まで出かける事にしたのである。
彼の研究室に到着し呼び鈴を押したが、一向に出てくる気配がない…何かに夢中になっている彼にはよくある事なので、いつものように勝手に中に入る。
けっこう広い研究室の中には誰もいなかった…確か百坪余りだったか…自宅に戻っているのかと声をかけ研究室から扉一つの自宅内にも入ったが、彼はいなかった。
コンビニにでも行ったか、もしくは何か必要な部品が足りなくて買いに行ったか…車が車庫にあったので、おそらくはすぐに帰ってくるであろうと、その時私は考えていた。
研究室に戻った私は、彼が私に何を見せたかったのか気になり室内を見渡した。
しかしながら彼の研究室は私には何に使うかさっぱり理解できない物であふれ返っており、どれが私に見せたかった画期的な発明なのかは判らなかった。
先ほどから気になっていた場所が一か所だけあったのでそこへ向かう…いつもは研究中の物や部品が所狭しと並べられているその研究室の中で、不自然な空白が存在したのだ…まるでさっきまでその場所に何かが存在していたかのように…。
紙?…さっき見た時は、床には何も無かった気がしたが…。
そう、不自然な空白だった床には何も無かったはずなのに、一枚の紙が落ちていたのだ。
気付かなかったのだろうか?…脳が錯覚して目の前の物を見落とす事は事象としてよくある、おそらくはそれであろうと考えた私はなんとはなく落ちていた紙を拾った。
拾った紙には細かい文字が両面にびっしりと書かれていた…手紙だ。
その紙は彼からの手紙であった。
私は彼からの手紙を何度も…何度も読み返した。
その手紙は私個人に宛てた手紙ではなかったが、私宛の手紙でもあった。
おそらくはボールペンで書かれたであろう手紙を何度か読み返した末に、この手紙は公開すべきと私は考えた…故に彼が消えてからもう数日経つが、急ぎ手紙の内容を記す。
誤字脱字や句読点の位置などもそのままに記しておく。
修正する事によって、私の主観による解釈の間違いが発生する可能性があるだろう為だ。
以下が、手紙の本文である。
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この手紙を誰が読んでいるか分からないが、たぶんあいつだろうが、まずこの手紙にこれから俺が書くことを信じてほしい。それからできるだけこの手紙の内容を広めて欲しい。
俺はタイムマシンを発明した。いや、発明したというのは語弊があるかもしれない。タイムマシンを理論通りに作り上げた、というのが正しいだろう。
タイムマシンの理論そのものは、三百年前に既に完成されていた。だが今まで誰もそれを実践しなかっただけだ。いいや、それも正しくない。たぶん俺と同じことをしたから成功例が存在しないだけだ、つまり実践して戻れなくなったのだ。
俺は三年前にタイムマシンの理論を手に入れた、発明のアイデアを求めて色々な文献を漁っていた時だ。それは百二十年前のある科学者による手記からだ。
その手記に書かれていた内容はとても興味深いものだった。俺は似たような文献が無いか、片っ端から探しまくった。その結果いくつかの同じ理論が書かれたものを見つけたが、最も古いものは約三百年前のものだった。
その著者の中には何人か行方不明者がいる、たぶん俺と同じく実践して戻れなくなったのだと思う。詳しくは俺の研究室にある資料を調べてくれ。
ここからが本題だ。なぜ俺が元の時空に戻れなくなったのか、時間を移動するときに何が起きるのか、どうすれば自由な時間移動ができる完全なタイムマシンが作れるのか、これからタイムマシンを作ろうと考えている科学者たちの、そのヒントになればと思いこの手紙を書いている。
結論から言えば、俺は今宇宙空間にいる。原因として俺が考えているのは、時間移動の際に俺が作ったタイムマシンで移動できているのは時間だけだからだ。
つまり空間の座標は全く動いていないと考えられる。これではあいつには理解できないか。
まず地球の自転を考えてほしい。半日後に、今この手紙を読んでいる場所はどうなっている? どこにある? この場所は固定で、地球だけが半周するとどうなる? そう、この場所は地球の裏側に移動し、この場所から見て地球の裏側がこの場所に移動して存在しているはずだ。
つまり半日の時間だけを移動すれば、移動した先は半周移動した地球の裏側になるはずなのだ。
これであいつにも理解してもらえるだろうか? まあいい、話を続けよう。
さらに地球は太陽の周りを回っている。半年後にはこの場所は、太陽を挟んで地球の裏側だ。
そして宇宙的な視点から見れば、星々、銀河も宇宙空間を移動している。一年も時間だけを移動すれば、もう自分が銀河の、宇宙のどこに存在するかも観測と計算無しには分からなくなるだろう。
そう、タイムマシンという物を、俺たちのイメージするタイムマシンとして完全な物にするには、時間と同時に空間も移動しなくてはならないのだ。
それも地球の動きだけでなく、銀河の動きや、他の要素も計算しなければならないかもしれない。僅かな時間移動で膨大な空間移動が必要になるだろう。その方法はこれからタイムマシンを作る人たちに任せる。
俺がこの手紙の内容を広めて欲しい理由は、完全なタイムマシンを作る手助けになりたい、ただそれだけだ。いや違う、本当は完全なタイムマシンをこの目で見たかった。自分自身の手で作り上げ、自由な時間旅行をしてみたかった。
とにかく時間と同時に空間を移動する方法と、その座標の正確な計算。そこがクリアされれば完全なタイムマシンが完成するはずだ。
これから作ろうとしている科学者たちに、この事だけは伝わるようにして欲しい。俺の最後の頼みだ。
俺がこの手紙を書けているのは、時間移動したときに洪水などの災害に巻き込まれる可能性を考えて、気密性と頑丈さを備えていたからだ。
今までにタイムマシンを作った人物たちは、宇宙空間に出た時点で助からなかっただろう。
ほんの僅かな時間を移動したとしても、空中か地中か海中か、命が助かる場所には存在できなかったはずだ。タイムマシンの成功例が今までに無かった事で、それは推測できる。
時間移動に莫大な電力を使ったので、帰りの分は無い。移動先で確保するつもりだった。
ソーラーパネルも準備していたが、帰りの電力が溜まるまでにかなりの時間がかかるだろう。太陽と呼べるほどの恒星が近くに存在しない。もっとも近くにあれば熱によって死にかねなかったが。
電力が溜まるまでは酸素が持たないだろう。さすがにそこまで考えていなかったのを、俺の落ち度とは言わないでくれ。
文字を書いた紙とインクほどの質量なら、元の時間に戻せるだけの電力はある。
時間移動に必要な電力は、移動する質量と時間に比例して大きくなる。
だからこの手紙だけなら元の時空に戻せるはずだ。
この手紙をヒントに、完全なタイムマシンが完成する事を祈る。
もちろん俺が救助される可能性も考慮に入れてある。俺はちょうど一年前の世界にいる。タイムマシンで時間移動した出発時間は、日本時間で20××年・〇月△日・*時@分ぴったりだ。
期待しないで、いいや、少しだけ期待して待っている。
最後に、わざわざ呼び出しておいてタイムマシンを見せられなかったあいつに詫びておく。無駄足を踏ませてすまなかった。
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手紙の内容は以上だ。
本当に彼がタイムマシンで一年前の世界に行ったのかどうか、私には判らない。
ひょっとしたら何かの事件に巻き込まれたのかもしれないし、自分からどこかに身を隠したのかもしれない…それでも私は彼の事を信じてみようと思う…いいや、信じたいのだ。
彼の資料や発明品その他諸々は、出資者だとかいうどこかの研究機関に根こそぎ持っていかれてしまった。
その研究機関をネットで調べてみたのだが、検索してもそのような研究機関は見つからなかった。
私が読んだ手紙も持っていかれてしまったが、幸いスマートフォンで写真を撮っていた。
ひょっとしたら私が撮影した手紙の写真も、何らかの方法で消去されるかもしれない。
そこで今のうちに、手紙の内容をこのサイトに掲載する事にした。
小説という体裁ならば、少しは消去されるまで時間が稼げるかもしれない。
ひょっとしたら、見つからずに残るかもしれない。
実は最初から、手紙の存在を消去する気など無いのかもしれないが念の為だ。
願わくばこの手紙が、タイムマシンを製作しようとしている全ての研究者に読まれますように。
それが彼の望みだから、私は叶えてやりたい。
最後に記しておく。
この小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません、と。
もちろん念の為なのは言うまでもない。
この小説が消去されない事を祈る。
2017/10/14 18時 本文の一部修正。
後書きの余計な一文を消去しました。