迷宮
「師匠はあの町を拠点にしているんですよね?」
馬車の外に見えてきた町を指差して、シーナが赤い髪を揺らしてこちらに振り返る。
五日間の馬車の旅で、こうやって普通に話せる程度には三人とも打ち解けることができた。相手が女の子三人ということで、仲良くなるまでが一番の難関かと思ったが、たまたま朝早く起きてまでしていた彼女達の自主練にアドバイスをしたところから話せるようになってきた。
たぶん不安だったのだろう。見知らぬ土地で指導者として付けられたのが知らない一探索者で。他の皆は騎士団や魔導士団や大手のクランに引き取られたが、俺はそういった組織には属していない一回の探索者で、ただ周りから育て屋と呼ばれているだけだからな。そして、その探索者がしっかりと教えてくれる保証もない。報酬に目が眩んで、引き取るだけ引き取って放置する可能性だってゼロではない。今回の依頼は結果不問なのだから。
実際に教えてもらったことで、少しは俺のことを信じようと思ってくれたのだろう。
「今はマインベートが拠点だな。育て屋としては仕事がしやすいから」
「始まりと再会の町でしたっけ?」
「そう。上層は比較的簡単で初心者にはうってつけだから始まりの町とも言われてる」
逆に下層はかなり難易度が高い。それに、他の迷宮と違って、マインベートの迷宮は特化したものが無い。
例えば、メイクトの迷宮はアンデットがメインになっているから、アンデット対策をすれば良い。
だが、マインベートの場合は階層ごとに特色はあっても、階が変われば違うタイプの魔物ばかりになることもある。
だからこそ、マインベートの迷宮には何かに特化した探索者より、ある程度卒なくこなせる探索者の方が良い。
マインベートの上層で迷宮の基本を知り、別の場所で経験を積み、そしてまた戻ってくる。
こういった探索者が多くいるため、始まりと再会の町という別名が付けられている。
特化型迷宮の場合、一度力を付けたクランやパーティーはなかなか崩れることはない。金さえあれば対策も周りより固めることができるから、安定して戦えるのだ。
マインベートの場合は、階層ごとに上位が入れ替わることも多く、経験を積んで実力が付いてきた者にとっては上を目指せるかもしれないという期待が持てる。
そうやって戻ってきた探索者の勧誘合戦もマインベートならではの光景だ。
「拠点だったら、穴場とか狩場の優遇なんかも期待できるじゃん」
出遅れを取り戻せると喜ぶリコ。選ばれずに余る度に馬鹿にされてきたようで、見返してやろうという気持ちが一番強いのもリコだ。
時間があれば剣を振ったりしているくらいやる気に満ち溢れていた。
「悪いけど、それは出来ないよ」
「な、なんでよ!?」
ぐっと詰め寄ってくるリコ。シーナとカノンも驚いた表情をしているということは、三人とも期待していたのか。
「迷宮の中は基本的に早い者勝ちだ。それに、魔物の出現はランダム。一フロア貸し切りなんて馬鹿な真似は出来ないから無理だよ」
さらに付け加えると、魔物の出現は人がいる周囲には起こらない。
狩場の固定ができないというのは効率的にはかなり辛い。上層は人も多いせいで運が悪ければ一時間くらい彷徨うこともあるからな。
この効率の悪さが、大手クランですら育成をしたがらない理由の一つだ。
逆に言えば、余っている人がたくさんいるから、何かあった時に助けてもらえる可能性も高い。よっぽどのことが無ければ、パーティーが全滅するなんてことが無いのは利点でもあるだろう。
「だったら、他の皆も同じだよね?」
他の勇者ってことだろうか。
マインベートに来ている勇者は少なくとも同じ問題を抱えているだろう。効率が悪くとも安全に経験を積ませるか、リスクを背負ってでも効率を上げるために下に行くかは指導者の判断にもよるが、知識なく中層に挑むのはやめておいた方が良いだろうな。
「マインベートに来ている勇者は同じだろうな。その点お前達は運が良かったと思って良い。俺がこの環境でも育て屋をやっているのは、ちょっとした穴場を知っているのと、俺の力のおかげだから」
「やっぱり穴場はあるのね」
「本当にちょっとしたものだがな。他の探索者も知っている場所だから場所が取られている可能性もある」
上層と中層の間。両方の魔物が出る場所は初心者には辛いが中層に潜れる探索者からすると楽だ。
この辺りくらいに来た探索者は違う町や迷宮に行く奴も増えてくる。
そのため、この辺りから人が減り始めるので、場所取りもそれ程大変ではなく、そこで安定して狩りができるのならば狩りの効率は上層に比べれば相当良い。
だが、情報を集めればすぐに分かる話だ。今回他に来ている勇者達もそれぞれ指導者を連れている。馬鹿みたいに突っ込んでいく勇者や指導者じゃなければ、上層と中層の間で強い魔物が出た時だけ下がらせて狩りを行う方法には、少しすれば気付くだろう。
「それでも、自信がありそうな顔ね」
「それくらいで結果が出せなくなるようじゃ、育て屋なんて呼ばれているわけが無いだろう」
「ということは、あなたのスキル? でも、完全補助型のスキル構成なのに、ソロでゴールドランクっていうのは……」
ぶつぶつと言いながら考え始めるリコを見てシーナが苦笑いを浮かべる。
ここまで来る間にも何回か見た光景だが、リコはこの世界のようなファンタジーな世界を旅するゲームとかいう遊びにハマっていて、その設定と比べたりしているらしい。
どんな設定かも、どういう風に旅をしたりするのかも知らないが、組み込まれたものと現実では全く同じという訳にはいかないだろう。
「スキルについては実際に見せて説明してやるから、今は迷宮に入る心構えをしておけ」