依頼
トーキ君に続いてシュベット君も数日後には俺の手の元を離れ、俺に依頼をしてきていた中堅パーティーへと旅立って行った。
これで今請け負っている依頼は無くなったので、しばらくはゆっくりできると久しぶりの二度寝、三度寝を決め込んだ。俺が探索者として迷宮に潜るのは、欲しいものがあった時くらいなので次の依頼が来るまでは基本的にだらだらと過ごすことができる。
外を見れば既に日が高く登っていた。この一カ月程、立て続けに育成依頼が来ていたので、こんな時間まで寝ていたのは久しぶりだな。
俺が新人の育成をする時というのは大抵が二通りに分けられる。
一つ目は、トーキ君やシュベット君のようにクランやパーティーから依頼されて行う育成。これは、成長が期待される新人を任されるので、もともと何か良いスキルや技術があったりするので少し教えれば勝手に育ってくれる。その割には、依頼料として結構な額の金が手に入る。失敗してしまえば、評価もがた落ちだが。
二つ目は、手持ち無沙汰な時に行う適当な育成。例えば奴隷だったり、探索者ギルドでパーティーを探している新人だったりを育成する。これは、報酬なんて期待していない暇つぶしだ。さすがに元は取るために、魔物の素材なんかの売却で得た金の大半はもらうが、それで得られる金なんて生活費で消えていく程度しかない。
たまに、俺の元から旅立って行った奴らが、お礼と言って金やアイテムなんかをくれたりもするが、それは期待していないので貰えたらラッキー程度だ。
何故、新人育成の依頼がそんなにあって、依頼料も高いのかと言えば、それだけ実力のある探索者というのは限られているからの一言に尽きる。
この世界には先天的に得られるスキルと言うものがある。ほぼ全ての人に一つから三つのスキルがあると言われているが、稀に大量のスキルを持った者やスキルの無い者もいることはいる。
そして、スキルというのは、どのスキルを得られるかは運だ。血統とかも少しは影響するかもしれないが、確証を得た研究結果などは今のところない。
だから、魔法の才能が無いのに火魔法威力増大なんかのスキルを持っていても無意味だし、剣が使えないのに剣を使ったアーツと呼ばれる技の威力が上がるスキルを持っていても仕方がない。
スキルというのは持っているだけで使えるものと、スキルと才能の両方が必要なものもある。
だからこそ、スキルと才能が噛み合っている新人はすぐにスカウトされる。
ただ、育成をしたくとも、育成をするのには時間も手間もかかる。上層から中層にかけては効率の良い狩場は育成をするために取り合いになっている。
クランとしても育成に回す余力があれば、中層以降での素材集めや下層の攻略に力を使いたいのが現状だ。
そして、俺の元へと依頼がやってくる。俺としては、才能のある新人が来るので、教えるのも楽で金もかなり貰えて万々歳だ。
俺はスキルによって効率の良い狩場を得ることができるから、育て屋というのは俺のスキルに最も噛み合った職業だと言っても良い。
「ヘイレン殿はいるか?」
家のドアがノックされて外から声が聞こえてくる。
俺の家は狭くはない。一人暮らし用に借りているだけなので大きいかと言われればそうでもないが、外からここまで声がはっきりと聞こえるなんて、かなりの大声であることには間違いない。
誰だ?今日は予定も無かったはずなのに。
依頼なら、殆どは探索者ギルドを経由して伝えられるから、わざわざ家に来ることは無い。たまに急ぎだったり、俺の話を聞いただけの奴が直接来ることはあるが、家にまで押しかけられたのは数えるほどしか無い。
「いるなら出てきてくれないか?」
本当に急ぎのようだな。家の前で騒がれたり、ずっと待たれても困る。話だけでも聞きに行ってやるか。
玄関までやってきてドアを開く。視界に入ってきたのは、探索者ではなく、立派な鎧に身を包んだ国に仕える騎士だった。
「ヘイレン殿でしょうか? 私は王国騎士団所属のキースと申します」
畏まった対応に狼狽えそうになってしまう。何か知らない所で問題でも起こしたのかと思ってたが、この対応を見る限り俺を捕まえにきたのでは無さそうだ。
それなら、どうして騎士がここに?
考えても思い当たる節はない。埒があかない疑問は直接問うた方が早い。
「ヘイレンで間違いないですが、どう言った用件でしょうか?」
「お休みのところ申し訳ない。育て屋と呼ばれる貴方に依頼があるのだが、受けてもらえないだろうか?」
ちらっとキースの後ろを見るが、どの騎士も俺の手助けが必要な様子は無い。
寧ろ、精鋭を集めてきたと言った感じがするほど、五人全員がきっちりと並びこちらを窺っている。
「あいにくと騎士の立ち回りなんかは知らないから教えることはできないよ」
あくまで探索者専用の育て屋だ。
探索者ならば近中遠どのタイプも育てたことはあるが、騎士なんて自分も経験したことのないものを教えるのは無理だ。
「私自身も育て屋の力を知りたかったのでそれは残念ですが、今回は違います。探索者としての教育で大丈夫なのでお受けいただけないでしょうか」
探索者としてなら、いつも通りで良いということだろう。相手が相手なだけに疑いたくなる部分もあるが、わざわざ俺に声をかけるということはそれだけ人手が欲しいか切羽詰まっている。そう考えれば、報酬なんかは期待できるかもしれない。
「まず話を聞こう。引き受けるかどうかはそれからだ」