育て屋―2
「なんだか緊張してきました」
クランハウスの前まできて、トーキ君が緊張でガチガチになっている。
何を今更と思わなくも無いが、グランシーカーは様々なクランの中でも上位に入るクランだ。ダンジョンの攻略よりも、素材やアイテム回収に力を入れている分、他の実力派クランよりは華が少ないが彼らの活躍によりダンジョン産素材やアイテムの供給がある程度安定している。
商人や職人なんかからはかなりの支持を得ているクランであり、そこに自分が入ることを考えれば緊張するのも仕方ないのかもしれない。
「クランハウスはクランメンバーにとって第二の家みたいなものだよ。そこに入るのに緊張しているようじゃクランメンバー失格だよ」
「そうですね。そうですよね。これからここでやっていくんだから、しっかりしないとですね」
緊張が無くなった訳では無いけれども、自分から中に入れるくらいには切り替えれたようで、見ているこっちとしてもほっとする。
「グランシーカーへようこそ。本日はどうされましたか?」
クランハウスに入ればすぐに受付から声をかけられる。
クランメンバーの顔は大抵把握しているんだろう。態度なんかもあるだろうが、俺達が部外者であることを見ただけで分かるんだもんな。
「スイかザイザラはいるか? いるなら育て屋が来たと伝えてくれ」
「かしこまりました。スイがただいま執務室にいるので、少々おかけになってお待ちください」
ソファーに腰掛けてスイが来るのを待つ。執務室まで往復するくらいならそんなに時間はかからないだろう。このクランハウスの中は一年程前に入った以来なので詳しくは覚えていないが、執務室はそこまで遠くなかったはずだ。
「これがクランハウスですか……」
キョロキョロと周りを見ながら小さく呟いたのが聞こえた。
どこの貴族の屋敷か高級宿かと言いたくなるような大きさと豪華な内装。
それだけグランシーカーの実力が高いということが分かる。これだけのクランハウスを持っているのはほんの一握りのクランだけなので、スカウトされたトーキ君は本当に運が良かったと言って良いだろう。
「待たせたね。今日は……ああ、もう終わったのかい?」
階段を下りてきたのはグランシーカーのクランマスターでもあり、錬金術の使い手でもあるスイだ。
細身で小柄な体型に眠そうな目。全く強そうには見えないけれども、グランシーカーのトップなだけあって実力も並どころでは無い。
事務処理か錬金術の実験か何かは知らないが、少し緑がかったような金髪はボサボサで目の下にはほんのりとクマが出来ていて、自分が女であることを忘れているのかと問いたくなる。
「もう中層くらいならまともなパーティーなら余裕でやっていけるだろう。補助職だから下層に行くにはパーティー次第ってのはあるが」
マインベートにあるダンジョンは地下型だ。下に潜れば潜るほど魔物は強くなり、その分素材やアイテムなんかは良い物が手に入る。
「十分すぎるね。後はうちのやり方次第ってことだ。また報酬は振り込んでおくよ」
「お前なら大丈夫だろうが、あまり無茶はさせるなよ」
「優秀な人材を潰すようなことはしないよ。こっちだって優秀な人材を簡単にスカウトできる訳じゃ無いからね」
そのせいでなかなか楽をできないよ。と溜息を吐く。
どこのクランもパーティーも優秀な人材というのは必死に探しているからな。特に大手クランはスカウト専門の人材まで用意しているくらいだ。
どれだけ良いスキルを持っていても、どれだけ最初の能力が高くとも、育ってみないと使えるかどうか分からない。
「トーキ君はこのまま残ってもらえるかな? ちょうどパーティーメンバーになる予定の子達がクランハウスにいるから顔合わせでもしておこう」
「はい! 大丈夫です」
トーキ君に奥に行くように伝えて、スイは俺に用があるみたいでその場に残る。
「君のおかげで本当に助かっているよ。また、良い人材がいたら育ててくれるかい?」
「それが俺の仕事だからな。金さえ払ってくれれば断る理由はないさ」
「頼むよ。それと、今度五十二層のレッドドラゴンの素材を集めに行くんだけど、良かったら助けてくれないかい? 戦力的には問題ないのだけれども、より万全を期したいからね」
五十二層のレッドドラゴンか。さすがにトーキ君には厳しいだろうな。後衛として援護したり解体するだけなら大丈夫だろうが、戦力として数えるのはやめておいた方が良い。
「悪いが、そういうのは他を当たってくれ。俺は"育て屋"だからな。傭兵擬きにはなれないよ」
「やっぱり断られるか。君の実力なら問題ないと思うんだけれどね」
「それは買い被りすぎだ。じゃあ、また依頼があれば連絡してくれ」
クランハウスから出ようとした時にまだスイがその場に残って俺を見ていたので、ひらひらと背を向けた状態で手を振ってその場を後にする。