育て屋
爪を立て突き刺そうと真っ直ぐに突っ込んでくる二足歩行の魔物であるチーア。そんなネズミのような姿をした魔物の爪は俺に届くこともなく、剣の一閃によって首を刎ねられて力無く倒れた。
「もっと型を意識して切らないと意味がないよ、シュベット君」
「すいません。あまりに無防備だったので」
防御を捨ててやけくそに突っ込んでしていたから、ガラ空きの首に剣を適当に振るってしまうのも仕方ない。
だが、これは命がけの戦いではあるけれども緊迫した戦況では無く、訓練として狩をしているのだから一つ一つの動作に意識しないと意味がない。
とはいえ、今日ももうかなりの時間ダンジョンに潜っているわけなので、そろそろ疲れてもきているだろう。
「トーキ君がそのチーアを解体し終えたら、今日は終わりにしよう」
「はい。先生」
かなり手際良く解体していくトーキ君を見て成長したなと感心する。
最初の頃は何処から手をつければ良いか全く分からず、一つずつ俺に聞きながらビクビクと怯えながら解体用のナイフを刺していたと言うのに。
解体を終えたトーキ君が使える素材を俺に渡してくる。余った要らない部分は燃やして軽く埋めているのだから、もう彼に教えることは無いだろう。これならば十分に探索者としてやっていける。
後は経験しながら試行錯誤していくだけだ。全ての魔物の解体方法を教えることなんて到底無理だから、ここから先は自分での努力になる。
そう言えば、彼が俺のもとに来てからもう一ヶ月が経とうとしているのか。
ダンジョンの階層ごとに設置された転移陣を抜け、地上に戻って来た所で立ち止まる俺をパーティーメンバーがどうしたのかと見つめる。
「そういやトーキ君が来てそろそろ一ヶ月だ。立ち回りも解体も基本は問題ない実力がついたから、もういいかなって」
「本当ですか!?」
「ああ。今日の動きを見ていたら問題ないね。一応期限としてはあと一週間あるけれども、彼らも早い方が助かるだろうから、今日で終わりにするかい?」
転移陣の前で立ち止まっているのは邪魔になるので、素材の買取をしてくれる窓口へと向かう。
歩きながらトーキ君はどうするのが良いかと悩んでいるようで、ぶつぶつと独り言を呟いていた。
素材を売った分のお金を受け取って買取所を後にしようと歩き出したところでトーキ君が俺を呼び止める。
「もっと色々教わりたい気持ちもありますが、待っているクランメンバーの為にも先生が許可をくれるなら皆のところに行きたいです」
しっかり考えたようだし、実力的には文句はない。トーキ君が入ることになるクランであるグランシーカーは無茶な探索を強制するようなクランでは無いから、トーキ君がパーティーを組んでも徐々に慣れさせていくだろう。
「俺は良いと思うよ。それだけの実力はつけさせたつもりだし、無理さえしなければ大丈夫さ」
「今までありがとうございます。先生から教わったことを忘れずにクランに入ってからも頑張ります」
頭を下げるトーキ君に何か渡せるものでも無いかと考える。完全に忘れていて急だったから何も用意してなかったなと少し後悔する。
手持ちの物でトーキ君が使える物とすれば、解体用に使っているナイフくらいか。
「クラン加入のお祝いとしてこのナイフをあげよう。俺は解体用に使っていたが、性能的には近接戦で短剣がわりに使うこともできるから、自由に使うと良い」
「あ、ありがとうございます! 良いんですか? 教えてもらっておいて、こんな良いナイフまでもらってしまって」
「良いんだよ。ナイフくらい買えば良いだけだし、今回教えたのはグランシーカーが俺に依頼として金を払ったからだ。それに、ナイフと今までトーキ君に使ったアイテムなんかを含めても、グランシーカーから依頼料としてもらった額より少ないからね」
グランシーカーからもらったのは五十万ベル。渡したナイフは確か二十万ベルくらいの物だし、使ったポーションなんかのアイテムは十万ベル程度。
狩りで得た素材を売った分のお金も一部もらっているから、大黒字なのは間違いない。
「本当にありがとうございます」
「俺だけでなくて、依頼料を出してくれたグランシーカーの皆にも感謝するんだよ。そして、しっかりとその金額分以上の貢献をするんだ」
「はい! 精一杯頑張ります!」
「ああ。じゃあ、このままグランシーカーのクランハウスに向かおうか。報告は早い方が良いだろう」
シュベット君とは別れて、トーキ君と二人でグランシーカーのクランハウスへと向かう。
普通なら別のクランの人間がクランハウスに簡単に行くなんてことは出来ないのだけれども、俺の場合は特別だ。
マインベートの街を歩いているとダンジョンを探索する探索者が多いのが分かる。
それだけ、探索者というのは一攫千金を夢見る者や職に困った者など様々な人々から構成され、人気の職でもある。探索者の稼ぎだけで生きていくのは大変だが、しっかりとしたパーティーである程度の実力があれば大丈夫だ。そのしっかりとしたパーティーを組むのも、ある程度の実力を手に入れるのもコネや才能、はたまた運などが無ければ難しいのだが。
そして、ある程度以上の探索者が手に入れてくる素材やアイテムが、この街を、この国を潤し発展させる。
だからこそ、高ランク探索者は優遇され、それを見た若者が夢見るという循環により維持し続けているのだ。