一話 幕開 〜マクアキ〜 「物事が新たに始まること。また、その様子」
初投稿。やってしまった感が少しあるけど・・・。楽しく読んで頂ければ幸いです。
目の前にはただただ真っ白な原稿用紙。
……埋まる気がしないなぁ
大きく一つ伸びをすると僕は椅子から立ち上がった。
2階の校庭側に位置するこの僕達が研鑽を積む教室からは部活動に励む沢山の生徒が見える。
我らが高校生活という「青春」の代名詞ともいえる時間を過ごすこの学舎は、市立高山高等学校。地元の高校だから、倍率は極めて低い。多分、1.1倍にも満たないんじゃないかな? お陰で僕も何とか入れたけど。
それでも一応、地域一番の進学校なんてことになってはいる。だけど、そうだなぁ、高山高校生全員に「高山高校ってどんな所?」ってアンケートを行なったとしたら、進学校だなんて答える人は殆どいないに違いないね。賭けてもいい。多分、大多数の人がこう答えるだろう。「文化系部活が活発な学校だ」ってね。
ま、そんな学校だから、1100人ちかくいる全校生徒の殆どが何かしらの部活に所属している。本当に色んな部活があるから、やること、やりたいこと、それには困ることはないね。
高山高校の校舎を上から見たら、ロの形をしているはずだ。いや、もし本当に真上から見たとしたら、ロの横棒二本が少し長いこと、校舎から細い屋根付き廊下が少しあって体育館に繋がっていること、さらにいくつかの小さな別棟、グラウンド、池なんかが見えるだろうね。あ、あと、校舎の窓からグラウンドに身を乗り出している人影が一つ、かな。埋まらない原稿用紙にうんざりしている僕だ。
僕は窓から体を引き抜くと、風を浴びるのは止めにして窓を閉めた。いつまでもこうはしてられない。こいつに取りかかるかな。僕は再び白紙の原稿用紙と向き合う。
* * *
「あ、こんにちは、藤宮さん」
「やぁ、遅れちゃってごめん」
教室に入ると楚々とした声で挨拶された。ここは本校舎3階、階段のすぐ隣にある特別教室。元々は図画工作室として使われていたらしいけど、今は放課後だけ、使われている。
「皆はどこだい?取材かな?」
「私も知らないんです。ついさっき来たばっかりなので…すみません」
「嫌だなぁ、千歳さんが謝る事はないよ」
「そうですね、つい、謝ってしまいました」
そう言って柔らかく微笑むのは僕と同じ、一年生の千歳 沙穂さん。家が地元の昔からの地主で、豪農·千歳家の長女。本人は否定しているけど、名家であることは間違いない。ま、このご時世、家柄で決まる何てのは前時代的すぎる。ここはそんな面を少し含んではいるけどね。
「そういえば、何故、藤宮さんは遅れていらっしゃったんですか?」
「うん、それはね……」
「はい…」
「スバリ、宿題をやっていたのさ!」
「」
思わずといった調子で僕につられて声を落とした千歳さんは驚いた顔で僕のことを見つめた。うん、いい反応だ。仕掛けた側とすればこんなに嬉しい事はないね。
「えーと、それはつまり、宿題をやって来なかったということですか?」
「うーん、やっては来たさ。それはもう、原稿用紙三枚にギッシリ一杯ね」
「それって……持ってくるのを忘れたってことですか」
「うん。二度目だと最初のをなぞろうとしちゃってね。逆に進まなかったんだ」
「あ、何となくそれ、分かります」
ふふ、と千歳さんは笑った。うーん、これだけだと千歳さんも、ただのおしとやかなお嬢様に見えるんだけどなぁ。
(千歳)
私が教室に着いたのは四時半過ぎ頃でした。誰もいません。掃除をした後、先生のプリントを運ぶのを手伝い、お友達の相談に乗って、私の所属している図書委員の仕事の一つ、蔵書整理(今日は当番ではなかったのですが……つい)をしてきたのですけど……。少しお手伝いし過ぎたでしょうか。
以前、藤宮さんにそれが私の長所でもあり、短所でもある、といつも通りの飄々とした口調で言われたことがあります。これって直したほうがいいのでしょうか、それとも直さなくてもいいのでしょうか。私、分かりません。
藤宮さんというのは、私と同じ部活に所属している方です。フルネームは藤宮 悠真、だそうです。私、人の名前を覚えることには自信があります。いつも飄々としていて、掴みどころのない方なの
ですが……本人曰く、「似非エピキュリアン」だとか。
少しそんなことを考えていると、ガラリと扉が引かれる音がしました。そういえば、引き戸って扉と称してもいいんでしょうか。藤宮さんなら知っているかもしれません。入って来たのはその藤宮さんでした。
「あ、こんにちは、藤宮さん」
「やぁ、遅れちゃってごめん」
あら?藤宮さんも今来たところだったようです。てっきり皆さんと取材にでも行っていたのかと思いました。確かに、よく見れば斜め掛けリュックを背負っています。私もさっき来たところだと伝えようとしたのですが、藤宮さんに先を越されてしまいました。
「皆はどこだい?取材かな?」
「私も知らないんです。ついさっき来たばっかりなので…すみません」
「嫌だなぁ、千歳さんが謝る事はないよ」
「そうですね、つい、謝ってしまいました」
そうです、私はもっとしっかりしなければなりません!謝る事は悪いことではありませんが、必要ないのに謝るのは相手に気まずさを与えてしまいます。
「そういえば、何故、藤宮さんは遅れていらっしゃったんですか?」
「うん、それはね……」
「はい…」
藤宮さんはまるで秘密の話でもするかのように声を落としました。ついつい、私もつられて声を小さくしました。
「スバリ、宿題をやっていたのさ!」
「」
え、えーと。流石です、藤宮さん。よく考えれば遅れた理由に秘密も何もありませんよね。それなのに私、何かあるのだと勘違いしてしまいました。藤宮さんは演出の天才です。
「えーと、それはつまり、宿題をやって来なかったということですか?」
「うーん、やっては来たさ。それはもう、原稿用紙三枚にギッシリ一杯ね」
「それって……持ってくるのを忘れたってことですか」
「うん。二度目だと最初のをなぞろうとしちゃってね。逆に進まなかったんだ」
「あ、何となくそれ、分かります」
藤宮さんはそういう作文やエッセイは得意なはずなのに……と私は疑問を抱いてたのですが、それで納得がいきました。確かに、一度書いてしまうと、それをなぞろうとしてしまいます。
(藤宮)
さて、そろそろ僕も動くかな。いつまでもこうしてるわけにはいかないからね。教室の中にあるロッカーから小さめの肩掛け鞄を取り出すと、しっかり中身を確認! よし、忘れ物は無さそうだ。
「藤宮さんは取材に行くんですね」
「うん、まだ調べたいことがあってね」
「そうですか、私は校了をやっておきますね」
「千歳さんは仕事が早いなぁ。僕も頑張らなくちゃ」
「はい、頑張って下さいね。前回は……」
「頑張る」
耳が痛い話だから、にげた。はい、頑張ってください、という声を聞きながら、僕は教室を出る。
さてと。僕が追っているのは、今月末に行われる「夏越しの祓」。六月晦日に各神社で行われる、祓いの行事だ。水無月祓とか、夏祓とか色んな名前で呼ばれる。こんな古風の行事を、ここ高山市が逃すはずがない。毎年、きっちり盛大に行われている。
そんな祭りなんだから、これを調べない手はない。先輩もゴーサインを出してくれた。さあ、出発だ!
という訳で僕が向かうは市立図書館。僕には馴染みの場所。僕は気になることは何でも調べるからね。インターネットも悪くないけど、やっぱり本の方が信憑性もあるし、何より詳しいと僕は思う。
学校を出て、真っ直ぐ進む。学校帰りなのに殆ど荷物を持っていない僕の格好は、少し人の目を集めた。橋を渡った辺りから、人通りも増えていく。なぜなら町の中心、高山商店街に近づいているから。僕の目的地もこの商店街の一角にあるんだ。
八百屋、魚屋、雑貨屋にブティック、食堂まで。本当にここは沢山のものがあるなぁ。今度はこの商店街について調べてみるのもいいかもしれない。
そうしているうちに図書館に到着。受付のおばさんに会釈して、僕は中に入った。おばさんとはもうすっかり顔馴染みだ。
どういう面から調べようかなぁ。僕は腕組みをして、うーん、と考え込んだ。やっぱり何を大事にするかは凄く重要だからね。内容も大きく変わってくるし。よし、決めた。決断、判断、即断ってね!……今作った。まぁ、そこはさておいて。夏越しの祓の歴史はもちろんだけど、地元と関連づけてしらべよう。ここは古い町だから、色々あるに違いない。
そうと決まればあとは調べるだけさ。僕は新たに得るであろう知識にニヤッとした。
(??)
うーん、どうしよう? テーマを決めたのはいいものの、どういう風に書けばいいのかさっぱりわからない。大体エッセイは悠ちゃんか宮森先輩の枠じゃない。エッセイみたいな自分を出していくような文章、私苦手なんだけど……。
そんなことを考えながらも私はしっかり資料を集めていく。本当にこの図書館は大きい。蔵書数は確か……ううん、思い出せない。悠ちゃんが何千冊だーとか言ってたっけ。ところで悠ちゃんはしっかり書いてるんだろうか。前回の原稿は悠ちゃんがなかなか書き上げないせいで大変だった。それで迷惑を被る私の立場にもなって欲しい。まぁ、悠ちゃんの自由奔放っぷりは昔っからだけど。
ん? 今、何か……? 私は視界の端に違和感を感じて、本を胸に抱えたまま、後ろ向きで数歩戻る。違和感の正体はすぐに見つかった。どうやら、今回はちゃんと調べてるみたい。今時公衆の面前であんなにわざとらしく腕組みをして、うーん、なんて唸りながら考える高校生なんて他にはいない。
私が悠ちゃんに声を掛けようと歩きだすと、まるでタイミングを見計らったように悠ちゃんも歩き出した。口元がニヤッとしている。
ううん、駄目よ、私。悠ちゃんのあれはただ楽しみな時の笑いなんだから……。わざとじゃないってことぐらい分かっているけど、少しムッとした。大体三メートルぐらいしか離れてないんだから、気づいてくれたっていいじゃない。だから私は早足で悠ちゃんに追いつくと、少し強めに背中を叩いた。
「やぁ、奏。奇遇だね、こんな所で会うなんて」
ん。悠ちゃんは驚く様子もなく、私に挨拶を返してきた。今は私が叩いた背中を擦りながら、芝居がかった顰めっ面をしている。これって、気づいてたってことよね。
「気づいてたんなら、何で逃げるのよ」
私は口を尖らす。それに話し掛けてくれてもいいじゃない。私の中で文句はどんどん増えていく。でも、悠ちゃんの返答は違った。
「いや、気づかなかったさ。いきなり叩かれた時には少し驚いたよ」
「でも、普通に私だって分かってたじゃない」
「考えてもみてよ、奏。公共の場所、しかも静かな図書館でいきなり僕の背中を叩くのなんて、奏ぐらいだよ」
「……喧嘩売ってるの?」
「へ?」
私が怒気を纏いながらゆらりと近づくと、悠ちゃんは汗をかきながら顔を引き攣らせていた。
* * *
私達は図書館の真ん中でそれぞれの資料を捲っている。あの後、私はクロスアッパーを悠ちゃんに食らわせ、崩れ落ちた所を引きずって来たんだけど……。周りの視線が痛い。
悠ちゃんは気にせず、「高山市 沿革100年」とかいう題名の分厚い本を呼んでいる。時々「ほぅ」とか、「へぇ、」なんていいながらしきりにメモに書き込んでる。
私の方はというと全然ペンが進まない。エッセイとか、随筆とかは苦手なんだから、仕方ない。そうしていると悠ちゃんが話かけて来た。
一応言っておくと、私は悠ちゃんのことが好きだ。そして、中学二年の時から何度か告白もしている。その度上手くかわされてるけど。
「進まないのかい?」
「当たり前よ。基本的に私は簡単な取材と、創作物が中心なの、悠ちゃんも知ってるでしょ。いきなりエッセイなんて言われても難しいわよ」
「エッセイなんて、ふと考えていたことを、詳しく考えて、書けばいいだけさ。まぁ奏は努力家だからね、斜めに構えて、のらりくらりと書くエッセイには、確かに向かないかな」
「そんな風に書くのは悠ちゃんだけでしょ」
私がそう指摘すると悠ちゃんは無言で肩を竦めてみせると、また資料に戻った。こういう悠ちゃんのわざとらしいジェスチャーは私は嫌いじゃない。
でも、「ふと考えていたこと」、か。ちょっと、考え直して見ようかな。
(藤宮)
うん、やっぱり奏はこうでなくっちゃ。僕は心の内でそう呟いた。僕の隣に座っている、ショートカットの女子は名原 奏。奏の笑顔は凄くいい。ただ、彼女の皮肉っぽい反骨精神はなかなか奏にその笑顔を出させない。最も、だからこそその笑顔に、何にも変え難い価値がうまれるんだけどね。
さて、そろそろ種明かしと洒落こもうかな。僕らが所属する、文化系部活が活発な高山高校においてもその情報の一翼を担い、学校に貢献している我らが部活は――――
壁新聞部、さ。
読んで下さってありがとうございます。自分で読み返してみるとどこかで読んだような感じになってしまっているのですが…。
多人数視点なので一応ここまでの人物紹介を。まだまだ増えます。
·藤宮 悠真
一年生。身長168cm、体重50kg、青瓢箪。
趣味は色々。今は手芸にはまってる。成績は下の下。高校に受かったのは奇跡。雑学、役に立たない知識は豊富。フットワークが軽すぎる。要は節操がない。
·千歳 沙穂
一年生。身長160cm、体重 「秘密です。最近食べ過ぎちゃったので……」、髪は長め。
旧家名家が多い高山市でも有名な豪農·千歳家の長女。天然。ただのおしとやかなお嬢様ではないらしいが……?
·名原 奏
一年生。身長164cm、体重「よし、その喧嘩買ったわ。表にでなさい」、力は強め。
藤宮とは中学校からの付き合い。中二から二回告白しているものの、はぐらかされている。書くのも読むのも事実を元にしたものより創作物の方がすき。
作者はかなり筆が遅いのでどうなるやら分かりませんが、次回更新は土曜日を目指してます。
訂正でもいいので、感想を切に待ってます、よろしくお願いします。