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これはジャックが開いた闘技場に乱入した少年がもぎとったミノタロウスの首を埋葬する使い走りの小男


これはジャックが開いた闘技場に乱入した少年がもぎとったミノタロウスの首を埋葬する使い走りの小男。

名前をネロと言う。



ネロは元々辺境の農家に生まれた、4人兄弟の3男坊だ。

しかし、昔から田舎の生活をとことん忌み嫌っていた。


「いつかこんな田舎を出て行って、都会で一旗揚げてやる。」


というのが当時のネロの口癖で、その言葉を実行するべく14歳の誕生日に満を持して家出した。


―向かうは、通称【悪魔の巣】。

黒い霧に包まれた、ボロネロの街。











―…あの頃、俺は若かった。


ネロは黒く重い土を掘り返すシャベルを休めると、目の前に整然と並んだ墓石を見遣った。

目に映るどの墓も、ネロが闘技場で死亡した闘士を偲んで丹精込めて作り上げたものだ。

死亡したものが人間であろうと、魔物であろうと、ネロは決して手を抜かない。


―…もちろんさ。手なんて絶対抜くもんか。ここにいるのは【敗者】しかいねえ。俺らは仲間だ。仲よくしようぜ。


ネロは口元を歪めて、足元に転がっているかつてミノタロウスの頭部であった肉片に微笑みかけた。


―おうおう、可哀想に。…さて、お前にはどんな墓石が似合うかな。隆々とした黒い肢体を彷彿させるぼこぼことした黒石か?はたまたぎょろりとした赤い目を思い出させる丸い綺麗な赤石か?


ネロは新しい墓に思いを馳せる。

口元に抑えきれない笑みを浮かべて。





「ネロ!!!!」


突然耳元で響いた大きなだみ声に、ネロの夢想は突如敗れた。

思わず取落としたシャベルをあわてて拾いながら振り向くと、どこから湧いて出たのかジャックが隣で苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


「ひぇっ!ジ、ジャック様…。いつからそこに…。」

「3分前くれえだ。」

「ま、全く気がつかなかった…。」

「…全く、お前は昔から鈍くせえなあ。」

「す、すみません。新しい墓をどうするか考えていたもので…。」

「墓ぁ?ミノタロウスのか?んなもん適当でいいんだよ。汚ねえ死体が土で隠れりゃそれでいい。俺は敗者にゃあ興味ねえんだ。」

「…し、しかし…。」

「…お?俺に口答えする気か?ネロのくせしていい度胸だな?」


威嚇を込めたジャックの言葉に、ネロは思わず口をつぐんで俯いた。

その様子にジャックは勝ち誇ったように鼻を鳴らした。


「…へっ!やっぱりネロはネロだな。全くてめえが初めてこの闘技場を訪ねてきた時はびっくりしたよなあ。田舎者のちび助が、『剣闘士になりたいんですゥ!』とかいって俺に直談判しに来た時は傑作だと思ったぜ。全く身の程知らずのバカというか…。」

「…や…、やめて下さいよ昔の話は。何年前の話ですか。もう剣闘士なんてとっくに諦めてますって…。」

「当たり前だアホ!…それに比べてアイツはすげえぜ。」

「アイツ…?」

「決まってんだろ。そこに転がってる汚ねえ死体を作りあげた、あの小僧だよ!」

「ああ…。」


ネロはミノタロウスを一撃で屠り、血の海の中佇んでいた少年の姿を思い出した。

うすぼけた茶色の髪も、痩せこけた小さな体も、まだあどけない幼い容貌も。

そのどれもが、この街に来たばかりのかつてのネロと酷似していたはずなのに。


「イヤ、もう小僧とは呼べねえな。勝者様とでも呼んどくか?…俺は決めたぜ。アイツをこの闘技場の看板に育て上げる。今ちょうどミルラも使い物にならねえしな。このボロネロで一番の、最強の闘士に育てるんだ。」


ネロは欲にまみれて爛々と光るジャックの眼を眺めながら、自分の思考が深く沈んでいくのをどこか他人事のように感じていた。


「今日の一件が相当な宣伝になってくれたはずだ。民衆の心を掴むコツは他人の不幸と気に入りの無双。闘技場経営の基本だぜ。」


―…首を奪われたあの一瞬。コイツ、どんな気持ちだったんだろうな。


「あの小僧、よくみると結構顔もいいんだよ。女性客もつかめるぜえ……。」


―痛かったんだろうか。苦しかったんだろうか。


「…それに……。」




―それとも…。


「……おい、聞いてんのか、ネロ???」


意識の海に沈みかけたネロの思考は、ジャックの大声で再び現実に引き戻された。


「は、はい。なんでしょうジャック様…。」

「…まったく呆れたもんだお前って奴は。負けた奴の墓なんかに無駄にこだわってねえで、さっさと終わらせて他の仕事を片付けろよ。」


そう言ってジャックはにやりと笑い、いそいそと立ち去った。


きっと少年のところに行くのだろう。

小さくなっていくジャックの背中を見送ると、ネロはそっと目をつぶり、今朝見た少年の姿をそこに映した。


痩せこけた肩に、うすぼけた茶色い頭。

まだあどけない、幼い容貌。



「毎日毎日、土ばかりいじってなにが楽しいんだか。」



畑を耕しに行く父親の背中にそう毒づくのは、かつての自分。




ネロはため息をつくと、シャベルを強く握り直した。

再び土を掘り進める。


深く、深く。


―あの巨体を埋めてしまうのだ。そうとう深い穴がいる。


ざく、ざく、ざく。


林立した【敗者】の墓の真ん中で、ネロはもくもく土を掘る。


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