これはジャックが開いた闘技場に乱入した少年がもぎとったミノタロウスの首
これは、ジャックが開いた闘技場に乱入した少年がもぎとったミノタロウスの首。
ご覧のとおり、あっけにとられた顔をしている。
多分、自分が死んでしまったことも分かっていないだろう。
あまりにも想定と違う事態が眼前に展開されたせいで、観客たちは振り上げた腕もそのままに固ったままだ。
また、首をもぎとった張本人である少年も、痩せていながら丸みをわずかに残した頬っぺたに血をひっつけて、ぽかんと口を開けている。
次の瞬間。
ミノタロウスの巨大な躰がぐらりと傾き、少年に向かって綺麗な弧を描きながらずんと倒れた。
―まるでそれは、ほんのさっきまではついていたはずの顔を追い求めたかのように綺麗な軌跡を描いていた、と古なじみの客は後に語る。
しかし悲しいかな、間の抜けた牛の顔は少年のちいさな手でぐしゃりと潰されてしまい、(まるで筋肉自慢がりんごを潰すようにあっさりと。)
結果。
ミノタロウスの首からどくどく流れ出る出血と相まって、舞台の上は一面血の池地獄と化したのだった。
「……っきゃああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
水を打ったように静まり返った観客席に女性客のひきつれた悲鳴が響く。
そこで我に返ったジャックは、乾ききって苦くねばつく口をもつれさせながら、勝者の名前をようやく呼んだ。
「…あ、…あ。えと…。勝者、…こ、小僧…!」
ジャックは震える足をなんとか地面に踏みしめて、血の海の真ん中でぼんやりしている少年に近づいた。
腕をつかむと、棒っきれのように細い。
―この腕でミノタロウスの頭を潰すなんて、絶対にあり得るわけがねえ。魔法でも使わねえ限り…
しかし少年は魔導士に必須であるはずの魔道書も携帯しておらず、魔導士特有の特権階級然とした雰囲気も持ち合わせていない。
あるのは平凡で薄汚れた茶色い髪と、痩せこけて貧相な躰のみ。
…それに、魔物の頭を握りつぶす魔法なんぞ、今まで聞いたこと無えぞ…。
ふと。
もの思いにふけるジャックの頬を、白い物体がそっとかすめて赤い地面にぽたりと落ちた。
何かと思って上を見上げれば、賭けの半券がぱらぱらと舞っている。
皆ミノタロウスに賭けたため、膨大な数だ。
…まるで吹雪みてえだな。
その光景はこの金の亡者の脳裏から一瞬間、損得を忘れさせるほど見事で、ジャックは打ち寄せる観客のどよめきを聞きながら、ぼんやりとその場に立ち尽くした。
「綺麗だね。」
幼い声に顔を向けると、痩せこけた少年がこちらを見上げてにこりと笑った。