これはジャックが開いた闘技場に乱入した少年
【これはジャックが開いた闘技場に乱入した少年】
これは、ジャックが開いた闘技場に乱入した少年。
ご覧のとおり、可哀想なほど痩せている。
それは午前の部、第2試合。ケルベロス対魔導士ミルラの試合が始まったばかりの時。
その少年は、戦いの舞台にふらりと乱入し、そのままばったり倒れ伏した。
いきなり子供が目の前で倒れたことに動揺した魔導士の青年、ただいま50連勝中は、動揺して呪文の詠唱に失敗し、あわれケルベロスの鋭利な牙に腕を裂かれそのままもんどりうって腰をしたたか打ち、あわてて敗北宣言をした。
怒ったのは彼に金を賭けていた観客たちだ。
「こんな試合は無効だろ。奴には高い金賭けてたんだ。ふざけんな!」
「だいたい何だあの小僧は!なんでこんなとこにいるんだ!」
「あ~ん、ミルラ様がやられた!」
「ジャック、お前の管理が甘いからこんな事態になったんだろう?当然金は返してもらえるんだろうなあ。」
今にも暴れ出しそうな観客たちを前に、ジャックは極めて冷静に言い放った。
「試合結果は当然有効。表の看板を見なかったか?」
ジャックの指さす見ずぼらしい看板には、かすれた文字でこう書いてあった。
…試合中如何なる不測の事態が起きようとも、当闘技場の認知する所ではない。
「例え試合中にミンチになろうが首が飛ぼうが…邪魔が入って負けようが。それは舞台に上がった奴の責任だ。トウホウ、何のセキムも負う義理はねえってやつだ。…文句なら、不測の事態にビビったミルラか、神聖な戦いを邪魔した小僧に言うんだな。」
ジャックが低い声でそうすごむと、観客たちは思わず息を飲んだ。
昔に比べ衰えたと言え、ジャックの筋肉は未だ健在。
おまけに、若いころから悪かった人相は、歳を重ねて更に凄みを増している。
口ばかり達者な観客たちの怒りの矛先は、相手が悪いと見るやすぐ、未だ舞台の上で気絶している少年に向かった。
「こ…、小僧起きやがれっ!おい!」
観客の1人が少年に駆け寄り、思い切り蹴とばした。
小さな少年横ざまにふっとび、うつ伏せに倒れたままピクリとも動かない。
「…。おい動かねーぞ。これもしかして死んだんじゃねーのか。」
「別に死んでもいいだろ。うすぎたねえ恰好してるし、どうせ身寄りのねえ浮浪児とかだよ。」
「…裏返して見ろよ。」
「げ。俺死体触るのとかイヤだぜ。」
「足で転がしゃいいだろ。よいしょっと…。」
「…あらヤダ。意外とかわいい顔してるのね。」
「…おい、息あるみてえだぞ。腹も動いてるし、まだ生きてる。」
「こんなにガリガリなのに、しぶてえなあ。」
「きゃ、今瞼も動いたわよ。ピクって。」
「んん?目を覚ますか…?」
皆の視線が少年に集まった正にその時、それまで際で静観していたジャックが大股で皆の方に近づいて、こう言い放った。
「てめえら、みんなどきな。これから第3試合をはじめるんだからよ。」
それを聞いた観客たちはそろって些か面食らい、口をもごつかせた。
第3試合でミノタロウスと戦うはずだったミルラは、怪我の為教会送りになっていたからだ。
「…第3試合?でもミルラはいねえし、あの分だと当分試合には出られねえし…。」
「そうよ。ああ、ミルラ様、可哀想…。」
「…そうだそうだ。それにしても、看板スターがいなくなっちまうとはなあ。ジャック、お前もヤキがまわったな。」
「この闘技場も下火になること間違いねえな。」
いつも偉そうな闘技場の主に若干の嫌みをこめてそう言っても、当のジャックは平然としたもの。
「そうでもねえ。むしろありがてえくらいだ。最近ミルラ様の宣伝ショーになりかけてたからな。ここらでガツンと戦いってものが何であるかをオキャクサマにみせつけなきゃならねえと思ってたところだ。」
その堂々とした物言いは、とても強がりとは思えない。
「…代わりの戦士が、すぐ用意できるってのか…?」
「用意ってか、いるだろ。てめえらの目の前に。」
「…まさか…。………ジャック、お前が出る…のか?」
「まさか!冗談じゃねえ。俺は8年も前に引退したし、最近腰が痛くてしょうがねえんだ。」
「じゃあ誰が出るってんだ?」
「そこの小僧さ。」
ジャックはアルカイックな笑みを顔に張り付けて、舞台の隅に転がっている少年を顎でさした。
当の少年は、震える肘で痩せた体をなんとか支えようともがいている。どうやら起き上がろうとしているらしい。
「へえ?!この小僧は浮浪児の部外者だろ?俺毎日ここ通ってるけど、みたことねえもん。それとも子飼いの新人か?」
「まさかだろ。こんな弱そうな小僧。」
「だったら…。」
「お前ら、ルールをよく見てみろ。③ってとこに、『試合中、闘士と審判以外舞台に立ち入ることを禁ず。万が一、それ以外に舞台に立つものがあった場合、全て闘士とみなすこととする。』…ってあるだろ?この小僧は神聖な試合の途中で舞台に上がった。だからこいつも闘士だ。…ちょうど目も覚ましたみてえだし、十分試合もできるだろ。審判である俺が認めてやる。」
「…つまり、どういうことだ?」
寝ぼけ顔の観客がこう言うと、さえぎるように別の観客が腕を振り回し叫んだ。
「今日のお楽しみはまだ続くってことだな!さすがジャックだ!客を楽します方法をわかっていやがる!」
「お、俺はミノタウロスに賭けるぞ。」
「俺も俺も!」
「はは、みんなミノに賭けるんじゃあ賭けが成立しねえだろーがよ。ま、俺もミノタウロスに賭けるがな。」
「たしかに最近ぬるい試合が多かった!俺実はあのミルラっての前々から気に入らなかったんだよ。かっこつけやがってさあ…。ま、勝つから金は賭けてやってたが。…久しぶりに刺激的な奴がきたな!」
「きゃ、ミノタウロスってあれ?おっきい~。コワーイ!」
「ぎゃはは、ジャック!さすがやることがゲスい。これは戦いっつうか虐殺だろ。小僧の背丈の軽く10倍はあるじゃねえか。…だが、こういうのもたまには悪くねえ。」
「…試合、始め!」
ジャックが叫んだその瞬間。
真っ赤な血しぶきが宙を舞った。