やさぐれ英雄とドルイドのエルフ
カイトは笑ってはいないが、憎悪を持っているという風でもなかった。
ガドルードは盾を構えながら、カイトを窺った。
カイトは口元を隠しながら小声でガドルードに向かって言った。
「(相手の実力を見るんだ。俺たちだけじゃこの先進めない)」
その一言でやっとガドルードはカイトの意図がやっと見えてきた気がした。
改めてディーナを見やり、カイトの呼びかけに対して小さく頷いた。
「俺たちはゴブリンを根こそぎにしてやる。それができるかどうか、お前に教えてやろう。」
カイトはディーナを威嚇するように叫び、腰に下げてある剣の柄に手をかけた。
ガドルードはそれを合図に抜刀した。
「お主ら、後悔するぞ!」
「それはどうかな!ほえ面かかせてやるぜ。」
ディーナは改めてトーテムを握りなおすと、ばっとマントを開き、手足をあらわにする。
カイトはぱっと後ろに跳び、剣の柄に手をかけたままでいる。
ガドルードが最初に動いた、盾を前にしながら半身で前進する。
片手剣は切っ先を後ろに向け、相手の動きに対応できるように下の方に向けた。
ファイター・ガーディアンであるガドルードは、仲間を護ることに特化した剣技を使いこなす。
シールドが前でソードが後ろになる構えなのはそのためだ。
これが攻撃を主眼とする流派になると剣が前となる。ガーディアンは対応する剣、攻撃は攻める剣となるのだ。
ガドルードが前に進む。
ズサリと、足が前に進むたびに土と落ち葉とで覆われた地が音を立てる。
ピタリと風は凪ぎ、空気は張りつめている。じりじりと照りつける太陽とは裏腹に背筋には汗が流れ落ちているように感じた。
ガドルードは、身体を正面に向け、盾に半身を隠した、ディーナの様子を見る。
ディーナは肩に落ちていたマントをサッと開くとトーテムをガドルードへと向けた。
「エディ・イリアミナ・ビーク!」
歌うような軽やかさと、透き通るような声が聞こえ、いや、詠唱だ。
ドルイドは原始精霊に働きかけ、その力を招来する。
歌のような詠唱が聞き届けられ、精霊がその使徒の敵に一撃を振るう。
トーテムから、青白く煌めく稲妻がひらめき、波打つその光が左右に振れてガドルードを打つ。
「グッ」
ガドルードが呻き声を上げ、その進行を止める。
光に目をつぶされないように細めるが、電撃は身体に入り込みその手を、足をしびれさせようと駆け巡った。
剣を取り落しても、膝を屈してもおかしくない電撃、しかしガドルードは頑として動かない。
「ガドルード!」
カイトが叫ぶとガドルードの後ろから前へと回り込むように走りだし、ディーナの方へと進む。
ディーナはカイトの叫びを耳にし、視線を素早く左右に走らせると前へ飛び出してきたカイトへとトーテムを構えなおした。
「ビーク!」
先ほどよりさらに短い詠唱で、トーテムから稲妻が吐き出される。
カイトはトーテムが向き、ディーナの口元が動き始めるのを察知して、飛び込むように前転した。
稲妻はカイトが走っていた場所を確かに打ちたたき、地面からはシュウシュウと白煙が立ち上っている。
「はーずれ!」
カイトが挑発するように叫び、腰の細身剣を引き抜く。
レイピアを前に構え、カイトがさらにディーナとの距離を詰めようと前進した。
足取りは素早く、枯葉が舞う暇もない。
しかし、ディーナも黙ってみている訳ではなかった。トーテムをカイトに向けながら、新たな詠唱を始め、精霊の力を集める。
「ウィギ・ビリニカナ・スィージャ!大いなる群れよ、我の敵を阻み、滅ぼさんことを」
カイトが気配を察知して受け身を取ったとき、それは来た。
無数の“蝗”が現れ、カイトを取り巻くように飛び交った。
「な、この!」
カイトはがむしゃらにレイピアを振り回すが、小さな蝗の大群に対しては全く効果がない。
「くそっ!!」
やがて蝗はカイトに取りつき始め、鎧と言わず身体と言わずそのあごで齧りはじめる。
「ぐあー!」
カイトが膝をつき、身体を掻き毟る。ディーナは群れを操るためにトーテムをカイトに向け集中していた。
カイトが倒れる、と思ったその次の瞬間、カイトはディーナを鋭い視線で捉えた。
「へ、罠にかかったのはお前の方だ。」
刹那、ディーナが気が付くとガドルードがロングソードの切っ先をぴったりとディーナの喉に向けていた。
「これまでです。」
ガドルードが言うと、ディーナは動揺した。そして、イナゴたちは、操る意識を失い四方八方へと飛び去っていく。
「へっ、ほえ面をかいたのはお前だったな。」
カイトはレイピアを鞘に収めながらディーナに近づく。ディーナは怒りを隠さず、鋭い視線をカイトへと向けた。
カイトは怒りを向けられ、たじろぎはしたが、怒るような様子は見せなかった。
そして口を開く。
「結局のところ、多勢に無勢だったんだよ。ガドルードが防衛と見せて俺が前に飛び出し奇襲する。
これが上手くいけばよし、だがドルイド相手に奇襲は難しいだろう。
だから俺に攻撃が向いている間に前に詰めていたガドルードがお前に肉薄し無力化する。
お前は数に負けたんだ。」
ディーナは悔しそうに地面を見つめている。ガドルードは気の毒そうな顔をしたが、ロング・ソードを鞘に納めて視線を外した。
「なあ、お前わかってたんじゃないのか、ゴブリンは数が多い、村を襲うようなゴブリンは大抵数が集まって気が大きくなった連中だ。だから一人ではゴブリンの本拠へ攻め込めなかった。」
カイトが諭すような口調で話しかけると、ディーナはがっくりと肩を落とした。
「そうだ。私は元々この森のドルイドではない。ここはドルイドの森ではないのだ。しかし、ゴブリンの話を聞いてな、偵察で来たのだ。様子を見て、引き上げるか、しかし近隣の村人が脅かされていることがわかっての。戻るにも、進むにも困った状況になったのじゃ。」
ディーナは諦めたように心情を吐露した。カイトはそれを聞いて目を閉じたが、また開きガドルードを見る。
ガドルードは頷いた。最初からそのつもりでしょう。と彼は思っていた。
「俺たちが力になる。もとよりそのつもりだし、お前の力を貸してくれ。相手の数は多いだろうが、3人で組めばなんとかなる。」
カイトが言うと、ディーナは驚いたような顔で二人を見た。
カイトは照れ臭そうにして、右手を差し出した。
「お主らは全く鼻持ちならんが、その知略、度胸は認めよう。」
再び森の中を風が駆け抜ける。
ディーナは笑顔を見せると、カイトの手を握った。