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やさぐれ英雄とはじめての情報収集

「とは言ったものの。」

カイトが酔いどれドワーフ亭の前で腕を組みながら口を開いた。

「あては?」

大男のガドルードが心配そうな目で連れを見ている。カイトはその視線を知ってか知らずか、あるいは無視するかのように考えている様子を続けている。

「この仕事の問題点はなんだ、ガドルード」

「問題点といいますと……?」

胡乱な様子でガドルードが口を恐る恐る開く。問題点など山積みだ。食事のこと、ゴブリン退治のこと、一度にいろいろと起きすぎだとガドルードは考えた。だが、まくし立てても仕方ないということはガドルードはとっくに気づいていたし、カイトの考えを聞くのも重要だということは長い旅で得た知恵だった。

「いろいろとあるが。」

それは知っている。

「まずは、報酬だ。あれっぽっちのメシで動いたと思われるのも癪だからな。それに先に進むにしても金が要る。急いでいるにしたってだ。わかるか。」

カイトは噛み砕くようにガドルードに言った。いや、ガドルードに言い聞かせながら自分にも言い聞かせていたのだ、言い訳ではなく自分の動機として。

「わかりますが、誰が報酬を出しますかね。」

「そりゃ、お前、村なら村長がいるだろうよ。」

議会制政治じゃなければな、とカイトは思った。

ディルニムストン帝国、思い出すのも忌々しいこの国では、自治体は自由に政治形態を持つことが許されていた。小さな村であれば村長がおり、もめごとの調停、公金の支出管理等行っているのが一般的である。もう少し整備された街へ行くとそれこそ議会制が敷かれ、首長を立てずに議会の決定で政治が行われる場合もある。しかし、そういう先進的な街はあったとしても、現在どうなっているかは不明であった。

「では、早速村長のところへ行きますか。」

「あ、ああ。そうだな。村長ってのは大体デカい家に住んでるのが決まりなんだ。」

「そんな決まりあるでしょうか……。」

カイトのいい加減な主張にガドルードは力なく反論したが、カイトは聞きもせず歩き始めていた。

日は高くなり始めていたが、やはり村の中は静まり返っているのだった。


人が歩いていないので尋ねる訳にもいかず、結局酔いどれドワーフ亭まで一度戻り、再び村の中を歩き回って二人は村長の家へたどりついた。

村長の家の周りには明らかに急ごしらえと見える粗末な防壁が築かれている。

土を盛り上げて作られたその防壁だが、見張りに立つものもおらず、防衛の、いや村の統率がとれていないことは明らかだった。

カイトは悠々と防壁を乗り越えると家の入口の前まで進んでいった。ガドルードも大荷物を背負い直しながら防壁を越える。

家と言っても、ほかの“あばら”よりは随分マシなだけで、石壁の建物に、木のドアが据え付けられている。石は磨かれているわけでもなく、いかにも純朴な田舎という体に感じられた。

カイトはドアを見回すと、ドアに据え付けられたノッカーを勢いよく叩きつけた。

静寂が支配していたこの村のすべてに聞こえるかと思われるほどの音が響き、そしてまた静寂がやってきた。

しばらくして、きしむ音もせずにドアが開くと、陰鬱な瞳をした痩身の男がドアの隙間から二人の方を窺った。

カイトはドアをつかむと男に顔を寄せ口を開く。

「ゴブリンの話を聞いてきた。」

それを聞くとしばらく口をパクパクと動かし何か言おうとしているようだったが、男は頷くとドアを開き、二人を中へと迎え入れた。

家の中もやはり外と見栄え違わない武骨な石造りの建物ではあったが、壁に布がかけてあるなど、一応生活の便利さを考えているように感じられる。

床も平たい石が敷かれていたが、長年使われているのかすり減ってピカピカになっているのがわかる。

痩身の男は二人を再度よくよく見ていたが、かぶりを振ると

「私が村長のギーアンだ。ついてきてくれ、客間で話を聞こう」

と、掠れながらもしっかりとした声で話した。

カイトとガドルードは顔を見合わせ、頷くでもなしにギーアンについて行った。

客間には粗末なテーブルと椅子が数脚置いてあるきりだった。鎧戸がついた窓があり、鎧戸は閉められている。

うっすらと光が漏れているだけで、部屋の中は薄暗くなっていた。

視界が効かないな、とカイトは思い、部屋の様子をさらに探る。入った部屋を注意深く観察するのは、冒険時の癖とも言えた。

いくら警戒してもしすぎという事がないのが、今の世界の現実なのである。

「暑苦しいが、建物に人がいることを悟られたくないのでな、まあ腰かけてくれ。」

二人は椅子をすすめられたが、ギーアンが座るのを待ってから腰かけた。

「独り者でね、茶も出せずに申し訳ない。いでたちを見るに冒険者のようだな。」

ギーアンはいぶかしげな様子を隠しもせずに二人に話しかけてきた。

「ああ、旅の、ね。実は文無しで歩いているところにこの村があったんだ。」

ギーアンは再びかぶりを振ると、口を開く。

「帝国が崩壊してから……いや、まだ崩壊は“していない”か。いずれにしてもこの世界がまともじゃなくなったときから、この村も例外なく不幸に見舞われた。」

ため息を一つギーアンがつく。

カイトはテーブルの天板を指でこつこつと叩く。

ガドルードは、手を組み、視線をギーアンから動かさない。

「ゴブリンが出るのは別に珍しくは無い、しかし、村は執拗に狙われ続けている。大抵は、腹がいっぱいになればどこかにいく。行かなければ軍が動いていた。

 だが軍はどこへ行った?徴兵された村の若者たちは?」

「あなたの気持ちはよくわかるギーアン村長。だが、問題はゴブリンどもをどうするかだ。」

カイトがギーアンに言う。刺激しないように言葉を選んで、慎重に。

ガドルードが険しい顔をしていた。同情していたのかもしれない。

「わかっている。わかっているとも。奴らを何とかしてくれるんですか?」

「その話をしに来たんです、村長さん。私たちはやれと言われれば怪物とだって戦いますよ。」

ガドルードが口を開く、優しい口調で。

カイトは内心どうしたものかと悩んでいた。もちろん金は要る。しかし、この村から何かをもらえるだろうか?いやこの世界で?

しかし、現実は非情だ。旅はしなければならない。この世界だからこそだ。

「ゴブリンどもをなんとかしましょう。そうすれば俺たちも一晩ゆっくり眠れる。」

「お願いします。しかし、村に財産らしい財産はもうほとんど無い。」

ガドルードがカイトを見る。カイトがこの仕事をやめてしまうのではないかと思ったのだ。報酬がなしで怪物とやりあうのは賢いとは言えない。

ガドルードはこの短い時間ですっかりこのやせっぽちの村長に同情してしまっていた。

カイトは再びテーブルの天板をこつこつと叩く。

報酬なしで仕事をするのは割には合わない、しかし、何もなしで旅をする訳にもいかなかった。

「ゴブリンの巣穴を探します、“ヤツラ”はそこから来ているでしょう。そこで見つけたものは何であれ我々の報酬とさせてください。どうでしょうか。」

カイトの口調が変わった、考えながら話しているのだ。妥協点を探している。

丁寧に話しながら時間をかけ、頭を働かせているのだ。

ギーアンは頷く。それ以外、実際問題に対処できる方法は無いと思われた。

「よろしくお願いします。村を救ってください。」

「仕事はするとも。」

だが、英雄なんてがらじゃないとカイトは思う。

ガドルードが椅子から立ち上がった。カイトも立つ。

ここには絶望だけが渦巻いていた。暗闇の中で。


「なんだ、その顔は。金はねえ、何もねえ、それであの条件になっちまったんだよ。」

カイトは言い訳するようにガドルードに言った。

二人は村の外を歩いている。村には外壁らしい外壁は存在していなかったが、それでも、外というのは存在した。村の端に倉庫の類が並び立つのは、住むものの命を守るためでもあるように思われた。

ゴブリンが来る、と一言で言ってもすぐに来るわけではない。

どこかを拠点にしているなら、そこから来るはずであるし、何匹いるかも不明だった。

「いえ、私は、てっきり断るんじゃないかと思いましたよ。」

「いや、それは……。」

カイトは何か言おうとして言葉を継がなかった。

カイトは地面に顔を近づけ、神妙にその様子を見ている。

「駄目だ、オレ、自然はさっぱりなんだわ。」

「地下探検も得意じゃないでしょう別に。」

地面は乾き、足跡らしい跡はすっかり消えてしまっていた。

“大災厄”の日、起きた天変地異から天候は不順となり、干ばつが起きたかと思うと大雨が何日も続くような日ばかりになった。

「地形から“ヤツラ”の巣を探そう。俺たちが来た道は、見渡す限りの平原だった。北の方から来てな。」

確認するようにカイトがガドルードに話しかけ始める。

「生き物が隠れ住むような場所はありませんでしたね。“遭遇”した怪物どもは別ですけど。」

「あいつらは放浪癖のある怪物だ、獲物を探してな。ゴブリンみたいな弱小の怪物は集団で動く。数が多ければ身を隠す場所が要るんだ。

 じゃなければ奇襲もできなければ、分け前にありつくこともできない。」

カイトはしゃがんでいたところから立ち上がると辺りを見回す。

「この村からさらに南、街道沿いじゃなくても森や洞窟があれば、そこが巣だとみていいだろう。」

「近くですか。」

「家畜を襲ってるんだ、腐っちまう前に食うさ。まあ、あいつらなら腐っても食うだろうけどな。」

カイトはくるりと踵を返すと歩き始める。村の中へとどんどん進んでいく。

「戦いの準備をしろ、出会ってからじゃ鎧をつけてる暇はねえぞ。」

ここに来てから“馴染み”になった酔いどれドワーフの看板を見て、二人は中に入っていった。


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