ツギハギ布のワニ
ぼくなんて、みにくい。ぼくなんて、きたない。ぼくなんて、おぼれるワニだ。
そんな悲しい声が、いつも森のどこからか聞こえます。
ここは、美しい森と大きな沼のある場所。
その森で、ゴミ拾いをしながら、二匹の美しいワニがお話しをしています。
青空色の青空ワニがこういいます。
「地球が青いのは、こうしてゴミを拾ってるのと、おれの色のおかげ。そうでなければ、今ごろ地球の顔色は土色さ」
「その通り。おかげでわたしも、その下で燃える夕日のようにかがやけますよ」
そういったのは、夕日のような色のオレンジワニです。
「よく燃えるといえば、ツギハギ布のあいつは、燃えるゴミの方かな?」
「なんたって、色んな布きれをつなぎ合わせて、出来てますからね」
「あいつは、いらない物で出来てるきたないツギハギワニ。南のどくの沼が、おにあいだな」
二匹のワニは、そういって大笑いしました。
すると、そこへとても美しい虹色のワニが、やってきていいました。
「バカにしちゃいけないよ。あいつは、お前たちより、心もきれいなワニさ」
二匹のワニは、おどろいた顔を見合せました。
「おれたちよりだって?ふん。まぁ、いいさ。美しい君にいわれたら、おれたちはかなわないからな」
「その通り。ぼくたちより、心のきれいなワニにいわれたら、悪いことはいえませんね」
二匹のワニは、そういうと、ゴミを投げ捨て、そこからはなれて行ったのでした。
さて、北にある少しよごれた大きな沼を、一匹のワニがながめていました。ツギハギだらけの布のツギハギワニです。
他のワニは、少しよごれているくらいならと、平気で泳いでいます。だけど、ツギハギワニはちがいます。
「どうして泳がないのよ」
と、花柄ワニが、ゆうがに泳いでいいました。
「だって、ぼくは……」
「知ってるくせにいじわるだな」
と、星柄ワニが笑って泳いでいいます。ツギハギワニが出来るのは、ただジッと見ているだけ。ほんとうは、みんながうらやましいのです。
「だって、あいつは水に入ったら、スポンジみたいにすってしずんじまうのさ!あいつは、やくたたずのスポンジワニさ!」
そうして、みんなはいつもバカにするのです。だから、ツギハギワニは、もう見ていることも出来なくて、ただしずかに帰って行くのでした。
ある日も、そうして森の中を、歩いて帰っている時でした。美しい森に、おそろしいサイレンがひびきわたりました。
「ワニ食いライオンだ!水の中に身をかくせ!」
ワニ達のさげぶ声が聞こえてきます。ワニ食いライオンは、ワニが大好物なのです。
ワニにしみついた、沼や川の水のにおいをかぎつけ、美しくうまそうなワニを見つけだすのです。
「わぁ!助けて!」
また、一匹のワニが食べられました。だけど、たった一匹、ツギハギワニは見つかりはしませんでした。みんながいうように、沼にも川にも、入ることの出来ない、においのないまずいワニなのですから。ツギハギワニは、いつも森のほら穴に身をかくし、ただうつむいて、終わるのをふるえて待つだけでした。
「おれも、いっしょにいいかい?」
と、そのほら穴に、美しい虹色のワニがやってきました。
「美しい君なら、ことわりはしないよ。せまいならぼくが出ていくし」
「入れてくれてありがとう。でも、つまらないことをいうんだな」
虹色ワニは、落ちついた声でそういって、となりにならびました。ツギハギワニは、ムッとして、
「君には、ぼくの気持ちはわからないさ」
と、いいました。
「ああ、わからないね。それなら、教えてくれるのかい?」
虹色ワニがいいかえすと、
「いや……、いいよ」
ツギハギワニは、すぐにだまってしまい、何もいえませんでした。
それから、二匹は長い間何も話しもせずに、ただしずかに森を見つめていました。
美しい森に、ひびきわたるライオンのおたけびと、ワニ達の悲しい声。体の布のつなぎ目が、やぶれてしまいそうな痛みを感じます。
ツギハギワニは、つい、昔を思い出しました。
ワニ食いライオンに、食いちぎられ、沼ににげ落ちた時のことを。血で赤くなっていく沼。しずんでいく自分の目の前から、消えていく森のけしき。美しい虹のでた空を。目を覚まして、次に見た物は、川の水にうつる布をつなぎ合わせた、ツギハギだらけのみにくい自分の姿でした。
ポトリと、鼻先に水が落ちたしゅんかん、ツギハギワニはおどろいて目をさましました。
しずかになっていた森には、雨がふっていました。いつのまにか、眠ってしまっていたようです。
「なぁ、君もみんなと泳いだらどうだい?」
虹色ワニがいいました。 「泳げないって知っているくせに。君もつまらないことをいうね」
ツギハギワニは、うつむいていいました。
すると、虹色ワニはやさしくいいました。
「泳げないなら、みんながバカにするならおれが助けるからさ。友達として」
ツギハギワニは顔を上げました。とてもうれしかったのです。
「ほんとうに、そうおもうの?」
「ほんとうに、そうおもうよ」
いつのまにか、雨はあがりやんでいました。
二匹のワニは、おだやかな顔で森をながめています。その、いつもより美しく見える森のけしきを。空には、七色の虹がかかり、二匹が出てくるのを待っています。虹色のワニがほら穴から出ました。
「さぁ、出たよ。ほら、君の番だ」
だけど、ツギハギワニはこわくなっていました。虹色の空が、こわいのです。
待ちうけている深い沼が、こわいのです。
それらは、恐怖をつのらせていくのでした。ツギハギワニは、ほら穴の中でうつむいたまま、
「でもね、ぼくが沼に入ったら、たちまち沼とおんなじ茶色に、そまってしまうだろうね。君は、ぼくがしずんでしまう前に見つけだせるかい?」
そういってしまうのでした。
けれど、虹色ワニはおこったりはしませんでした。でも、何もいいませんでした。
「きれいな虹色の君には、わからないさ。ぼくは、沼の茶色にしずんでそまっても、あの高い空にある虹の色にはそまれないんだ」
ツギハギワニは、体を小さくちぢめました。
「……君がそういうなら、それが君の本当の心なんだな。わかったよ」
虹色ワニは、それだけいうと、どこかに行ってしまいました。ツギハギワニは、その後ろ姿を、ただ見ているだけで、ほら穴から出てくることはありませんでした。夜になっても。
ツギハギワニは、ほら穴の入口で水たまりを見ていました。キラキラとかがやく星がうつっていました。水たまりにうつる自分が、キラキラとかがやいて見えています。
「ふん。キラキラかがやいている自分は素敵だね。こんな風であれたらうらやましいよ」
ツギハギワニは一晩中、かがやく水たまりを見ていました。ずっと一人でいることも、そんなに悪くないとおもえるのです。
みんなの楽しそうな声も、姿も見ることはないのですから。
「こんな悲しい気持ちはいらない。ぼくはきたなくて、みにくいワニだ。けっして、だれも入らない南のどくの沼で、おぼれるのがおにあいさ」
そして、ツギハギワニは、ほら穴のもっと奥にひっこんでいったのでした。
よく日、また雨がふりました。美しい森を、暗くおおう黒雲と強い雨。ツギハギワニは、ほら穴の奥にいて、ウトウトと眠りかけていました。
「わー!」
今、大勢のワニ達のさげぶ声が聞こえたでしょうか?サイレンは聞こえてはきません。
「あー!」
今、やさしい声の虹色ワニのさげぶ声が、聞こえたでしょうか?ツギハギワニは目を開け、ほら穴の入口へと歩きました。
すると、
「ワニ食いライオンが来るぞ。逃げろ。こんなおそろしい雨の日を青空にする事は、さすがのおれにも出来ないね」
近くから、青空ワニの声が聞こえます。
「その通りです。あなたがいなくちゃ、私もかがやけませんよ」
オレンジワニがいっています。
「虹色ワニもおしまいだな。みんなのかわりに食われて、美しい森に虹色の花をさかせておしまいだ」
「そいつは美しい。みんなのみがわりになるなんて、心のきれいなワニはえらいですね」
「ねぇ、それは本当?」
ツギハギワニが、ほら穴から顔を出してたずねました。
「あ、弱虫ワニだ。本当だけど、かんけいないだろ。きたないワニに何が出来る?」
「その通りですね」
「そうだけど、でも……、助けたい気もするし」
ツギハギワニは、小さな声でいいました。
「ちっ。今ごろ、北の沼で食われてるさ。心のきれいなワニは、さぞかしうまいだろうな」
青空ワニは、口で北の方をさしました。
「虹色ワニは、君がぼくたちより、きれいだなんていってましたね。だったら、食われちゃうから行かない方がいいんじゃないかな」
オレンジワニがいいました。
「オレンジワニのくせに、よけいなことをいうな!」
「でも、虹色ワニのいうことは、いつもその通りですよ。ぼくたちの心はい!」
「だまれ」
二匹のワニは、ケンカをはじめました。すると、ツギハギワニがほら穴から出てきました。そして、
「北の沼だね。ありがとう」
と、ツギハギワニは雨の中を、走り出して行きました。
「ふん!虹色ワニもあいつもきらいだ。おれより心がきれいだなんて」
「いや、その通りですね!」
「口ごたえするな!いくぞ」
「はい」
オレンジワニは、ほほみました。
二匹のワニはケンカをやめて、歩きだしました。
「で、どこにです?」
「うるさいぞ。北だよ」
「あの、でも、ツギハギワニは反対に行っちゃいましたよ」
「何だって?やっぱり、にげ出したのか……」
ツギハギワニは、南にむかっていました。必死に走っていたけれど、しだいにおそくなっていました。布の体に、雨がしみこみます。布の足に、ドロがしみこんできます。このけわしい道の木々や、枝や草が、体をきりさいていくのです。
そして今、ようやくたどりついた場所にあるもの。そこにあるのは、毒の沼です。
すると、
「ついた。さぁ、行くぞ」
ツギハギワニは、まよいもなくそのどくの沼に入っていったのです。なんということでしょう。みるみるうちに、布の体に毒の沼の水がしみこみ、黒くなっていきます。なんという痛みなのでしょうか。じわじわと、おそろしさまでがこみあげ、ツギハギワニの目を、永遠に閉じようとしています。
けれど、それでいいのです。どくが、ツギハギの布の体にたっぷりとしみこみ、これ以上にないおそろさを感じることが……。
北の沼では、虹色ワニが美しい七色を少しずつなくし、おぞましい血の赤色にそまりだしていました。またライオンが、キバをむいてかみつきました。もうおしまいです。だれもが、美しい虹色を目にやきつけ、これ以上の痛みのない死をいのっていました。
「ねぇ、ライオンさん。ぼくを食べなよ。昔よりおいしいと思うよ」
そこへあらわれたのは、ツギハギワニ。
つなぎ目もわからないくらい、真っ黒なみにくいワニ。
「おお、ずいぶんきたならしいが、心のきれいなりっぱなワニだ!」
といって、ライオンはおたけびをあげました。そして、大きな口を開けて、ツギハギワニに一かみ!布の体は、食いちぎられました。
二度、三度と食いちぎられ、すぐにツギハギワニは動かなくなりました。もうすぐ、ほんとうにえいえんに目を閉じて、眠ってしまいそうです。その目は、強い雨の中に、にじんでうかぶ美しい虹を見ていました。それは、雨で体から、赤色の血が流された虹色のワニでした。やっぱり、何度見ても、うらやましい美しい虹色の体。虹色ワニは、ツギハギワニを見て、悲しそうにないています。
「美しい君を守りたくてきたよ。これで、みんなもよろこんでくれるだろうね。ぼくがみがわりになるのは、かんたんことだよ」
ツギハギワニは、笑顔でいいました。
「君は、なんて強くてりっぱなワニ。ぼくを、君の友達にしてくれないかい?」
虹色のワニも、笑顔でいいました。
「ほんとうにそうおもう?」
「ほんとうに、ほんとうにそうおもうよ」
「ありがとう」
ツギハギワニは、静かに目を閉じました。
その時でした。ライオンが、悲鳴をあげました。そして、苦しみながらたおれました。
ライオンの体に、ツギハギの布にしみたどくがまわったのです。ライオンは死んでしまいました。そして、今、おそろしい雨がやみ、青空が顔をだしました。
「青空の出番だ。さぁ、みんなで雨を青空にしてくれたこいつを助けなくちゃいけないだろ」
青空ワニがあらわれて、そういいます。
「その通りですね。だけど、どうやって?」
オレンジワニがたずねました。
「つまらないことをきくな!みんなで、きれいな川まではこぶんだ。さぁはやく」
それから、みんなでツギハギワニを川まではこびました。そして、ツギハギワニを川にいれて、水をしみこませてだすと、ツギハギの布の体から、どくをしぼり出しました。
それを、何度何度もくりかえしました。ツギハギワニが、目をさましてくれるまで。だれもが、ツギハギワニをりっぱなワニだとおもいました。
「みんなを助けにきたこと。どくの沼に入ったこと。ワニ食いライオンをやっつけたこと。どれも、君にしかできないりっぱなこと」と。
その日は、とても天気がよく、沼で泳ぐにはちょうどいい日でした。だけど、天気がいいというのに、沼のふちで、楽しそうに泳ぐみんなをながめているワニがいました。それは、ツギハギワニです。
「なぁ、君も泳いだらどうだい?もし、おぼれたら、おれとみんなで助けるからさ」
美しい虹色ワニがそばにきて、いいました。
「そうだろうね。でも、やっぱり、まだこわいし弱虫だから」
ツギハギワニは、笑顔でいいました。
「でも、今の君は、美しくてぜいたくなワニだからね。よごしてしまうにはもったいないかもね」
「そんなことはないよ。ぼくは、ずっとツギハギのワニさ」
ツギハギワニは、今でも、ツギハギの布の体をしたワニです。だけどあの時、食いちぎられてなくなった布の体を、みんなが大切にしているシーツや、ハンカチやスカーフで、ぬってつなぎあわせてくれたのでした。シルクにリネンに、羊の毛の布に、みんなの体と同じ柄の布。美しい虹色の布も。ツギハギワニは、いつも体があたたかくて、安心した気持ちでいられました。そして、いつも虹がうかぶ青空を見上げて、しあわせな気持ちで毎日をすごしました。
「わたしのゆうがな泳ぎを見て。君に見ていてほしいの」
花柄ワニがいいます。
「ずるい。ぼくだって見てほしいのに」
星柄ワニもいいます。
「そりゃ、ぜいたくだ。いてくれるだけでいいじゃないか」
青空ワニもいます。
「その通りです!」
オレンジワニまで。
ツギハギワニは、それをただ、笑顔でこたえて見まもっています。
だれもが、ツギハギワニにいうようになりました。
「君は美しい。君は素敵。君がいるだけ、それだけでいい」
了