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地殻内細菌

 先の地震の影響で、山が崩れた。

 土色した山肌が現れ、一部には深い亀裂すらも入っている。何メートルあるのか分からないほど深くて、なんとなく地の底の底にまで届いていそうな気がした。

 もちろん、その場所は立ち入り禁止になっていたのだけど、僕はこっそりと忍び込んで、興味本位でその辺りを散策したのだった。そして、そこで綺麗な岩を見つけたのだ。恐らくは山が崩れて、地上に顔を出したもの。岩と言っても、人間の顔くらいのサイズで、金属かガラスを思わせるような光沢があり、珍しいと思った僕はそれを家に持ち帰った。

 それからしばらくは何事もなかった。しかし、ある頃から僕の身に異変が起こり始めてしまったのだ。何故だか、腕が白っぽくざらつき始めてしまったのだ。

 “なんだこりゃ?”

 痛くもないし痒くもないのだけど、ただ事じゃないのは当たり前に分かる。風呂で石鹸を使って、がんばって洗ってみたりもしたけど、良くはならない。それどころか、却って悪くなってしまった。まるで、岩のような感じに肌は変わっていく。

 病院に行っても原因不明と言われてしまった。どうすれば良いのか分からずに、途方に暮れていると、ある晩に僕はこんな夢を見たのだった。

 『ヨッ』

 寝に就くなり、いきなりそんな声が。しかも妙にフレンドリー。

 ヨッって…

 僕にはその夢の中の光景が何処だか分からなかった。見た事なんか一度もない。でも、それでも何故かとても見慣れた場所にも思える。そこには岩のような、細胞のような、妙なものがいくつも転がっていた。その妙なものには毛が生えていて、それをまるで手みたいにして上げている。

 どうも、その岩細胞が僕に『ヨッ』と話しかけてきたようだと悟ると、僕は「お前は何なんだ?」とまずはそう訊いた。岩細胞はこう答える。

 『菌だな。今は、お前の肌の上で繁殖させてもらっている。因みに、この映像はイメージであり、実際のものとは異なります』

 はぁ…

 なんだか、と思いながら僕は次にこう尋ねた。

 「君が菌で、僕の肌の上で繁殖しているって事は、ここは僕の肌の上ってこと?」

 『まぁ、そうなる。しかし、何度も言うようだが、この映像はイメージであり、実際のものとは異なる訳だが』

 僕はそれを聞くと少し迷ってから、こう言った。

 「どうして僕はこんな変な夢を見ているのだろう?」

 これは、まぁ、独り言だったのだけど、それにも岩細胞は答えた。

 『それは、簡単。このワタシが、君をこの場所に招待したから』

 僕はそれを聞いて驚く。

 「へ?」

 と、思わず声を上げた。どういう事? それから、こう問いかけた。

 「君は菌なのだろう? なんで菌なんかにそんな事ができるんだよ?」

 『うん。菌というのは、語弊があるな。実はワレワレは地底人なのだ。ワレワレの能力をもってすれば、こんな事も可能だ』

 「地底人って… いくらなんでも菌と違いすぎないか?」

 『うん。地底人というもの語弊があるな。人=知的生命体と思ってくれれば、分かり易いかもしれない』

 「菌が知的生命体?」

 『その通りだ。君、自分だけの感覚で世界を見てはいけないよ。世界には、君の想像を超えた事象が山のようにあるのだから。君の見てきた物事なんて、世界のほんの一部の一部の一部さ。

 ワレワレは、500メートル以上の地下で生息をしている。もっとも、ワタシのように、山に埋まっているモノもいるがな』

 それを聞いて僕は驚いた。夢の中の、しかもこんな知的生命体な菌の言う事を、本気で相手にするのもどうかと思ったのだけど。

 「地下500メートル以上だって? そんな地下じゃ、栄養もエネルギーも、多分、水もほとんどないのじゃないか。そんな場所で、生命が生息できるはずないよ」

 『言ったろう? 自分だけの感覚で、世界を見るものじゃないと。しかし、君の疑問はもっともだ。確かに地下深くは、生命が活動するのに適した場所じゃない。だからワレワレはほぼ休眠している。わずかな栄養とわずかなエネルギーを少しずつ使って生きているのだな。つまり、物凄くゆっくりとした時の中を生きている。一呼吸に一年以上をかけるような、そんなイメージだ。

 ワレワレは、君達が想像しているのとは全く別の進化を経た生命なのだ。そして、実を言うなら、地下に潜ったのはワレワレの自らの選択でもある。

 喧騒に包まれた、エネルギーの溢れる地上よりも、ゆっくりとした時の流れる地下の暮らしをワレワレは望んだのだな』

 僕はそれを聞いても納得がいかなったし、頭が混乱してもいた。でも、取り敢えずは、これだけは言ってみた。

 「よく分からないのだけど、その地下の菌が、どうして僕の夢の中に出てくるのさ。それに、僕の腕がおかしくなったのは、君達の所為だな?

 どうして、こんな事をするのさ」

 すると、岩細胞はこう返した。

 『君の腕の上で繁殖をした理由は簡単だ。君がワタシの巣を、この部屋に運んでしまったからだな』

 そう聞いて僕は思い出した。僕が、例の珍しい岩を部屋に置いている事を。

 『実を言うなら、ワタシにとってはここに運ばれたのは迷惑な話でね。先にも言ったが、ワタシの暮らし場所は、こんなエネルギーの溢れた場所ではなく、ゆっくりとした時間の流れる地下深くなんだ。できれば、帰して欲しい。

 それで、ま、こうして君にそれを訴える為に、君の腕で繁殖し、こうしてアピールしている訳だな』

 僕はそれを聞くと、

 「つまり、あの岩を地下に戻せば、僕の腕は元に戻るってこと?」

 と、尋ねた。

 『その通りだ。山にできた亀裂に、岩を落としてくれればいい』

 「でも、繁殖した菌ってのは、そんなに簡単にいなくなるものなの?」

 『それについては、心配ない。何しろ、ワタシは本来は、地下に適応した菌だからな。人の腕の上は、あまり好ましくない。君にアピールする為に多少無理をしたが、あの岩を落としさえしてくれれば、本来の君を護っている表皮常在菌が復活してワタシの残骸を駆逐し、君の腕は元に戻るだろう』

 「菌が、僕の腕を護っている?」

 『その通り。君の腕には、君を護る無数の菌が繁殖しているんだ。清潔にするのはいいが、あまり石鹸でこすり過ぎないように。人の身体と相性の良い菌を大切にするんだ』

 岩細胞が、そう言い終えると、なんだか楕円にゾウの鼻が生えたようなものが、いきなりその場に現れた。しかも、僕に近付いて来る。それを見ると、岩細胞は笑った。

 『ハハハ。ほら、見ろ。そんなに甘えて。君によく懐いているじゃないか』

 その謎の何かは、僕にゾウの鼻のようなものを絡ませてきた。

 「なんだよ、これは? まさか…」

 『そのまさかさ。君の表皮で繁殖している細菌の一つだな。もっとも、この映像はイメージであって、実際のものとは異なる訳だが』

 その僕の表皮細菌は、長い鼻のようなものでそのまま僕をぐるぐる巻きにしてきた。僕はそれで疑問の声を上げる。

 「これ、本当に甘えているのか? 食べようとしているのじゃないだろうな?」

 岩細胞は答える。

 『ハハハ。さぁな』

 「さぁなって!」

 ツッコミを入れた僕に向けて、岩細胞はこう続けた。

 『さて。そろそろお別れだ。君も目覚める頃だろう。ワタシとの約束を忘れないでくれ。岩を地下の底にまで続く、あの亀裂に落とすんだ…

 そうすれば、君の腕は治る。

 では』

 そして、僕は目を覚ました。


 その次の日、インターネットで調べて、僕は本当に500メートル以上の地下に、細菌が生息していると知った。岩細胞が語った通り、ほとんど休眠しているようだけど。

 ただ、石油やメタンなどの燃料は、実はそういった地下の細菌の活動によって、生み出されているという仮説もあると知った。もしかしたら、地下でも活発に活動している細菌がいるかもしれない、という事になる。

 僕は約束通りに、例の岩を山にできた亀裂に落とした。そうしたら、それから、夢の中の岩細胞の言葉通りに、僕の腕は直ぐに治っていったのだった。

 完全に治りきった頃、僕はあの奇妙な夢を思い出す。そして、もしも、と思うのだ。もしも自分が、地下のゆっくりとした時間の中で生きられる道を選択できるとしたら。僕は、地下の世界を選択するだろうか? それとも、このまま地上で暮らす事を選択するのだろうか?

 分からなかった。

 でも、少なくとも地下に逃げ込んだ、地殻内細菌の細菌の気持ちは分からないでもない、と、この人間社会に生きる僕は、そんな事を思ってしまうのだった。

 地下深くのゆっくりとした時間の中を想って。

「もやしもん」みたい。

と、書いた本人も思ってはいるのですよ? ま、共通点は菌がしゃべるってくらいですが。

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