第48話:会いたいと言えるようになった朝と言えなくなる夕方
朝。
目覚ましより先にスマホの通知音で起きた。
(……誠さん?)
期待して画面を見る。
《誠:おはよう。今日は朝から移動が多い。
会えるかわからないが、連絡はする》
(……“連絡はする”って言ってくれるだけで嬉しい)
昨日、ちゃんと「会いたい」って言えた。
その言葉を誠さんが“喜んでくれた”。
それだけで昨日の夜は胸がいっぱいで、
眠れなかったくらい。
(今日は……ちゃんと素直になれるよね、私)
胸に両手をぎゅっと当てて深呼吸した。
「……よし、頑張ろ」
⸻
出社してすぐ、成田が駆けてきた。
「おはよう真由! お、なんか今日顔が明るいな!」
「えっ!? そ、そう?」
「昨日の“会いたい事件”の続き、絶対なんかあったろ!」
「事件って言わないで!」
美咲もコーヒー持って登場する。
「真由ちゃん、“恋してる人の顔”ってすぐわかるのよ。
ちょっと目が優しくなるの」
「やめてくださいほんとにぃ……!」
でも、嬉しかった。
(昨日より、少しだけ強くなれた気がする)
⸻
午前の仕事中。
全然スマホを見てないのに、胸の奥がそわそわして仕方ない。
誠さんからの連絡は――まだ来てない。
(……会議が始まってるのかな)
隣の席の成田がひそひそ声で言う。
「藤原〜、“統括室の今日のスケジュール”知りたいか?」
「知りたいけど知りたくない……!」
「どっちだよ!」
「……知りたい……です」
「ほら、やっぱ興味あるじゃん!」
「興味じゃなくて……心配なの!」
成田はスマホを見せてくれた。
「統括室、午前は3件連続の打ち合わせ。
午後から取材対応、そのあと役員会議だな」
「……っ」
「柊さん、今日めちゃくちゃ忙しいぞ」
(……わかってた。
でも、やっぱり……聞くと胸が痛くなる)
(会えない日って、こんなに苦しいんだ)
⸻
昼休み。
美咲が唐揚げ弁当をつつきながら呟く。
「真由ちゃん、“会いたい”って素直に言えるようになったのはいいけど」
「うん……」
「本番は、“言えないとき”どうするかよ」
「……言えないとき?」
「忙しそう、疲れてそう、余裕なさそう……って育ちのいい恋人ほど
“気を遣って言えなくなる”のよ」
(……っ)
なんか、胸を突かれた。
「連絡が来なくて不安なときこそ、
『会いたい』って言えるかどうかが“関係の強さ”になるのよ」
「……それ、難しくないですか……?」
「難しい。でも、“本気の恋愛”ってそこからがスタートなのよ」
美咲は真由のおでこを軽くつつく。
「君たち二人は似た者同士だから、
お互いに“遠慮しながらすれ違う”タイプなのよ。
気をつけなさい?」
「……気をつけます……」
(たしかに……
誠さんも私も、お互いを思いやって余計な距離作っちゃうタイプだ)
⸻
夕方。
やっとスマホが震いた。
(誠さん……!)
開いた。
《誠:今日、ここから全て押している。
終わりの時間が読めない。すまない》
短い文。
でも、その短さが逆に、
誠さんの“余裕のなさ”を伝えてきて――胸が痛んだ。
返信しようとして、手が止まる。
(“会いたいです”って送ったら……負担になるかな……)
美咲の言葉が頭をよぎる。
“言えないときが、本番”。
でも、言えない。
どうしても言えない。
打った文字を消してしまった。
《真由:大丈夫です。無理しないでくださいね》
送ってすぐ後悔した。
(……はぁ……)
(なんで私は……素直に言えないの……?)
その時、オフィスの自動ドアの向こうから声がした。
「藤原さんー! 柊課長、まだ戻らないのー!?」
「いや、戻る予定は……わからないです」
「今日統括室めちゃくちゃ地獄らしいよ!
“今月一番の激務”って言われてる」
(……そんな日に……)
なんで私は“負担になりたくない”なんて思っちゃったんだろう。
誠さんは昨日、“言ってほしい”って言ったのに。
⸻
夜。
空は真っ暗で、風が冷たい。
帰りの駅に向かう途中、スマホが震えた。
(……誠さん!?)
画面を開く手が震える。
《誠:帰れそうにない。今日は会えない。
本当にすまない》
たったそれだけの文なのに。
目の前がじんわり滲んだ。
(……会いたいって言えなかった。
言ってないのに、会えないって言われた)
情けなくて、悔しくて、苦しくて。
(……会いたいよ……)
そう思うのに、声にならない。
スマホを握りしめたまま駅まで歩いた。
電車の窓に映る自分の顔が、
ひどく寂しそうで――目をそらした。
⸻
家に着いたころ。
スマホがまた震えた。
《@WORK_LIFE_BALANCE》
「弱さを隠す時間ほど、心は遠くなる。」
その言葉は、まるで今の私を見ているみたいだった。
震える指で返す。
《@mayu_worklife》
「強がりすぎると、会えない距離がもっと遠く感じます。」
数秒で返事がきた。
《@WORK_LIFE_BALANCE》
「なら、強がらなくていい相手を選べばいい。」
胸がぎゅっと痛くなった。
(……誠さん……
本当は全部わかってるんだ……気づいてるんだ……)
涙がこぼれそうになって、
スマホを胸に抱えた。
(明日は――
ちゃんと言おう。“会いたい”って。)
心にそう決めて、目を閉じた。




