第15話:噂とハッシュタグ
昼下がり。
新プロジェクト「BRIDGE」の準備が進む中、
社内チャットがざわつき始めていた。
「ねぇ見た? “#理想の上司復活”ってタグ、またトレンド入りしてる」
「マジ? 今度は“理想の上司×部下の絆”だって!」
「え、なにそれ! BLみたいなタイトル!」
「ちがうちがう! あの“理想の上司”本人が、また投稿してんの!」
(え……まさか、課長……?)
真由が慌ててスマホを開く。
《@WORK_LIFE_BALANCE》
「“仕事”の相棒は選べないけど、
一緒に歩く相手は、自分で決めたい。」
(……やっぱり!)
⸻
隣の席で、成田がニヤニヤ。
「なぁ真由〜、これ、完全に藤原のことじゃね?」
「な、なんで私!?」
「“相棒”って言ったら、お前しかいないだろ!」
「ち、違うってば! たまたま!」
「ほぉ〜、“たまたま”ね?」
「だから違うって言ってるでしょ!」
そこへ、柊が書類を持って現れた。
「おしゃべりはそこまでだ。午後の会議、準備しろ」
「は、はいっ!」
(……課長、聞こえてた?)
すれ違いざま、彼が一瞬だけ目を向けてきた。
その視線に、ほんの一瞬の“照れ”が混じっていた気がした。
⸻
会議中。
広報部と営業部のメンバーが揃う中、
美咲が冗談めかして口を開く。
「ねぇ、“理想の上司”さん。
またSNSでバズってるわよ?」
「……俺は今、会議中だ」
「“仕事の相棒は選べないけど〜”って、
あれ、社内ネタだと思われてるみたい」
(わぁ、美咲さん直球すぎる!)
柊は軽く咳払いして、ホワイトボードに向き直った。
「プロジェクトに関係ない話は後にしよう」
「はいはい、“プロジェクト限定の相棒”ね」
(だからそういう言い方やめてぇぇぇ!)
⸻
会議が終わり、
廊下に出た真由の背中を柊が呼び止めた。
「藤原」
「はい!」
「……あの投稿、気にしてるか?」
「い、いえ、まぁ……!」
「誤解を生まないように気をつける」
「そんなの、気にしなくていいですよ」
「いや、君が困るだろ」
「困ってません!」
少し沈黙。
「むしろ……嬉しかったです」
「……そうか」
一瞬、彼の目元がやわらかくなった。
けれどすぐに真剣な顔に戻る。
「とはいえ、社内は敏感になってる。
“理想の上司”関連は当面、控えるように言われた」
「そんな……」
(また、言葉を奪われるの?)
「俺のアカウントは凍結にはならなかったが、
監視対象にはなった」
「じゃあ……もう、投稿できないんですか?」
「……たぶんな」
(そんな……あの言葉たちが、たくさんの人を救ってたのに)
⸻
夜。
オフィスの照明が少しずつ落ちていく。
残業しているのは、柊と真由だけ。
「課長、今の気持ち、SNSに書けないのつらいですか?」
「……正直、少しな」
「ですよね」
「でも、それでも君が隣にいるなら、それでいい」
「っ……」
顔を上げると、彼の目が真っすぐ自分を見ていた。
「“発信”より、“共有”のほうが難しい。
でも、俺は今、それを学んでる」
「共有……?」
「君と、だ」
(ずるい……またそうやって真面目に言うから)
「……SNS、禁止されても、“言葉”まで止められませんから」
「そうだな」
二人の笑顔が重なる。
それはもう、“上司と部下”ではなく、
“相棒”の笑顔だった。
⸻
数日後。
社内でまた噂が流れる。
「見た? “理想の上司”が“いいね”してた投稿」
「“隣にいる人こそ、答え”ってタグ付けてた!」
「誰の投稿に!?」
「“@mayu_worklife”!」
(――ばれた!)




