理由のない選択
日曜日の午後、彼と並んで歩いたのは久しぶりだった。
目的もなく外に出たのは、彼が「たまには散歩でもする?」と珍しく口にしたからだ。彼からそんな言葉が出ること自体、何ヶ月ぶりだろう。私は驚きながらも、うなずいた。
近くの川沿いの遊歩道を歩きながら、私は内心で何度も自分に問いかけていた。
――なぜ、まだ別れていないのか。
――どうして、今日もこうして隣にいるのか。
答えは出なかった。答えを出すことから、目をそらしていたのかもしれない。
歩く間、私たちはほとんど言葉を交わさなかった。けれど、それはいつもの沈黙とは少し違った。無理に会話を繋ごうともしない分、風の音や足音が自然に心に染み込んできた。
道端のアジサイが色づき始めているのに気づいたとき、私は小さく声を出した。
「もう、そんな季節なんだね」
彼は少しだけ歩みを緩めて、アジサイをちらりと見た。
「今年も、早いね」
その言葉に、私はふと気づく。
「今年も」というその表現のなかに、まだ“私たち”が続いていることを、彼が当然のように受け入れていることを。
でも、それは愛情でも希望でもなく、ただの習慣だった。歯磨きをするように、一緒にいる。それだけのこと。
なのに、私はその言葉を、少しだけ嬉しく感じてしまった。
帰り道、私は自分のなかで答えの代わりになる言葉を探していた。確かな理由はない。ただ、別れたとしても、何も変わらない気がした。それが怖かったのかもしれない。
別れても、孤独は変わらずそこにある。
続けても、ぬるま湯のような無感動がある。
そのどちらにも、希望はない。けれど私は、希望よりも「慣れ」を選んでしまったのだと思う。
夜、彼は何も言わずにベッドに入った。私も遅れて隣に横になる。
暗闇の中で、私はようやく自分の決断を言葉にできた。
「もう少しだけ、一緒にいてもいい?」
ほんの囁きのような声だった。それでも、彼には聞こえていたらしい。
「……うん。そうしよう」
彼の声も、同じくらい静かだった。
そして、それ以上は何も続かなかった。
その夜、私は目を閉じながら思った。
きっといつか、本当に終わる。
でもそれが今日ではない、というだけ。
理由なんて、もういらなかった。