往来
思いついた
「頼む!お前を買わせてくれないか!」
さてどうしよう。店の前で箒を一心に振るっていた黒衣の麗人ーーーここらでロウと呼ばれるその人物は、表情の変わらぬまま、心の中で呟いた。均整のとれた、細身だがしっかりと筋肉のついた体、そして被り物の奥にのぞむ、似合いの美しい顔。鈍い鉄の輝きを腰に吊り、纏うものは地味な黒衣ではあるが、着飾って歩けばそこらの娘子は見惚れて足を止めるだろうと思われる、涼やかな美丈夫である。
対してそんなことを叫んだ男の方は、ここらでは見慣れぬ貫頭衣のような、しかしよくよく見れば上等な生地の衣を身につけている。ひょろりと長く、ひょいと突いたらたちまち倒れてしまいそうな男である。
日もまだ落ちぬとはいえど、ここは往来のど真ん中。そこにまあ縋り付かんばかりの、異国の身なりをした男が半ば叫んでいるともなれば、奇異の目線が尽きぬことこの上ない。
退くも押し除けるも間に合わず、矢も盾もたまらぬと男はがっちりとロウの両腕を掴んでくる。ロウと比べてなよなよしげな男だが、その必死さ故かなかなかに強く握りしめて、そう簡単には抜け出せないようである。
「知らんのならば教えてやるが、この町で黒い服を纏う者は」
「知っている!下働きに用心棒、あくまでも客を取る者ではないというのだろう。だが他にいないんだ。こんなことになるなら誰か連れてくれば良かったと思っても......!」
ロウの言葉へ被せるように喋る男は、腕を掴むのに使っていなければ、その両手で頭を抱えて崩れそうなくらいの面持ちである。はあ、と一つ零してから、ずるずると掴まれた腕ごと男を横道へ引っ張り込んだ。状況はとんと掴めないが、これ以上悪目立ちをするわけにもいくまい。ロウは手伝い兼用心棒として、せめて店に迷惑はかけられんと、そういうわけである。
人気も少ないところまで引き摺り引き摺りいくと、次第に男も正気に帰ったようである。そのまま、軽く腕を払うと、男ははっとして慌てて手を離した。ロウが軽く目で続きを促すと、男は息を整え話し出す。
「この国の花町に、まさか客を取る男がいないとは思わなかったんだ。うちでは十店があればニはあった。だからすっかりないとは考えもせずに、気楽に探そうと思ったらこの様だ」
「成程、男色かね。それは、まあ、可哀想にと言うべきか。それにしては先程までの焦り様、尋常ではないが、ただ義理も理由もない。相手をしてやるつもりはない」
黒衣の意味をわかっているというならば、もしや用心棒としての要請かと話を聞こうと思ってはいたが、そうでないなら話は別と踵を返そうとしたロウへ、男は慌てたように言い募る。
「いや違う。俺が呼ぼうとしているわけでもなければ、体を売って欲しいわけでもない。酌でもしてくれれば十分だ。うちのお嬢様は顔のきれいな男を侍らせるのが趣味でね、旅先でもそれをしたがる。どうにかして呼ばなきゃあ拙いんだ。ただこの町でお眼鏡に適いそうなのはあんたしかいなかった。頼む!」
勿論金も出す、あんたの雇い主に話も通す。だからどうか、とついには膝までつきだして懇願する。さすがにこれを丸ごと無視するのも寝覚めが悪い。手を差し出すと、萎びていた男の顔が僅かに期待を帯びた。
「わかった、わかったから立ってくれ。......よし、立ったな。仕様がない、返答しよう」
言い辛そうに間を空けると、ロウは男の目を覗き込みながら言った。
「すまんが、益々無理だ」
どうして!と悲鳴のように男がなおも言い募るも、ロウは淡々と語った。
「何故って、自分は女だからな」
一拍ののち、驚愕の叫び声が横路地へ木霊した。