身分違いの縁談
ワタシは辺境に住んでいる。自然豊かな場所、と言ってしまえば耳触りは良い。しかし辺りは山や森が溢れ、狭い平地には田畑と貧相な家屋が並んでいるばかり。洒落た菓子店も優美な服屋もない。年頃のワタシにとっては退屈すぎる土地だ。とはいえ、どこにも行けはしない。弱小貴族の四女ともなると、引き取り先は中々見つからない。だけども、それで構わない。私には心に決めた相手がいるのだから。
彼との出会いは七年前、家族総出でバカンスへと赴いた先でのことだった。久々のバカンスに浮かれていたワタシは一人で出歩いた挙げ句、足を挫いてしまう。そんなとき、目の前に彼が現れた。ワタシの足を見るや、この身を背負い、家族の元に送り届け、その名も告げず去った彼。その紳士的な振る舞いに、ワタシの心は奪われた。
おそらく彼と再会する機会はない。しかし、それでもワタシの心は彼のモノ。出来うるならばこの身も捧げたいが、それは無理な話だろう。だとするなら、せめて誰のモノにもなりたくはない。
しかしそんな願いも虚しく、突如として縁談が持ち上がる。なんと相手は上流貴族の第一子。それも相当な有力貴族で、王族を支える御三家の一つ。辺境の弱小貴族である我が家とは身分の差があり過ぎる。父は大いに喜んだが、こんなことはあり得ない。何かの間違いだろうと思ったが、話はトントン拍子に進み、いよいよご対面の日となった。
「俺様の使用人に嫁を用意したい」
偉そうに言い放ったのは、有力貴族の第一子。長い足を組み、肘掛けを利用して頬杖を突いている。言葉だけでなく態度も偉そうだ。まぁ実際に偉いのですが・・・。そんな彼の言葉を聞き、父は驚きつつも異を唱える。
「たしかにウチとそちらとでは身分に差があります。とはいえ使用人の嫁にするなど・・・」
「その使用人は俺様の命の恩人で、俺様とは義兄弟の契りを結んでいる。この婚姻が成されれば、そちらの家とも懇意にしたいのだが?」
「そうですか! ではでは是非とも」
父の見事なまでの掌返しに呆れながらも、ワタシは口を挟む。黙ってなどいられない。
「・・・ワタシには心に決めた御方がいます。今回のお話は───」
「なっ!? なにを言い出すのだ!? この馬鹿者が!」
父から怒鳴りつけられたが、ワタシも引く訳にはいかない。するとそこへ宴席の料理が運ばれてきた。続々と現れる給仕たち。すると、【俺様貴族さま】が立ち上がる。
「おぉ来たか、義弟よ。なにをしている、配膳は他の者にさせよ。オマエは今日の主役だぞ」
彼の視線の先にワタシは顔を向けた。するとそこには、なんと愛しのあの御方。まさか再会できるなどとは思いもよらなかったので、ワタシの頭の中は真っ白になり、体は固まった。そんな中、愛しの御方が麗しい口を開く。
「ご主人さま。私は嫁など───」
「主人の命令は絶対です! さぁ、ワタシと婚姻の契りを!」
父親譲りの鮮やかな掌返しを披露したワタシに、父も【俺様貴族さま】も怪訝な顔で首を傾げていた。